伊太彦たちは船団を出航させた。アキス、アンチーは舟歌に述懐を乗せて歌った。一行の舟は自然に猩々ヶ島に向かった。早くも正午ごろには船団は島に着いた。
見れば、島の中心に屹立する岩山に大蛇が取り巻き、猩々の群れを飲み喰らおうとしていた。これはキヨメの湖の底深く潜んでいる海竜でサァガラ竜王という。三年に一度この島に現れて、あらゆる生き物を食い尽くそうとする恐ろしい悪竜である。
今までは猩々女王が控えていたためにサァガラ竜王も島に上陸することができなかったが、女王が死んだ今、眷属たちを飲みこもうと上がってきたのであった。猩々たちは磯端に集まって、ヤッコス、ハール、サボールたちに救いを求めていた。
ヤッコスたちは自分たちもどうせ食われるならできる限り抵抗しようと覚悟を決め、磯端の石を拾って竜神に投げつけた。三百余匹の猩々たちも三人にならって石つぶてを投げ始めた。
さすがの竜王も辟易し、まず人間を倒そうと鎌首を上げて目を怒らし、隙を狙っている。伊太彦はこの様子を見ると船の先に立ちあがり天の数歌を奏上した。すると竜王の身体の各部より煙を吐きだし、鱗の間から火焔が立ち上った。
竜王はついに熱さに堪えかねて岩山から転げ落ち、湖水中深くに沈んでしまった。あたりの水は湯のように熱くなり、たくさんの魚が浮いてきた。伊太彦は魚族を助けるために天津祝詞を奏上し、天の数歌を唱えた。水は冷え、魚は動きだし、幾十万とも知れず磯端の泳ぎ来て伊太彦に感謝の意を表すごとく首を上下に振りながら、一斉に姿を水中に隠した。
ヤッコスたちは伊太彦に感謝の意を表した。伊太彦が酒樽の栓を抜かせると、猩々たちは集まってきて舟に乗り込んだ。ヤッコスたち三人も舟に乗せると、天の数歌と祝詞を唱え、船首を転じて帰路に就いた。