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文献名1霊界物語 第63巻 山河草木 寅の巻
文献名2第2篇 日天子山よみ(新仮名遣い)すーらやさん
文献名3第8章 怪物〔1615〕よみ(新仮名遣い)かいぶつ
著者出口王仁三郎
概要
備考
タグ データ凡例 データ最終更新日2017-06-05 20:33:20
あらすじ
翌日、伊太彦一行はアスマガルダの船に乗ってスーラヤ山指して進んでいく。アスマガルダは舟歌を歌い、伊太彦とブラヷーダは竜王を言向け和すという神業への決意の歌を歌った。

一行は島に上陸し、しばらく登ったところの大岩石の陰に身を潜めて湖上の旅の疲れをいやした。そして明朝登山することと決めた。

深夜になると、あたりの密林の枝をガサガサとゆすり、青い舌を垂らし錫杖をついた怪物が一行の寝所に近づいてきた。怪物は雷のような声を張り上げて、伊太彦を怒鳴りつけた。

伊太彦は目を覚まし、怪物を認めるととどろく胸をぐっと抑え、「惟神霊幸倍坐世」を高唱すると、怪物に向かって言霊で応酬した。

伊太彦は怪物に言い負けると敗北すると聞いていたので、空元気を出してこちらから言霊の問答を仕掛けた。

怪物は伊太彦の粗を並べ立てて責めたてた。またスーラヤ山の中腹に死線という毒が充満する恐ろしい場所があることを明かして登山の意気をくじこうとした。

しかし伊太彦も屁理屈で応戦して一歩もひかなかった。ついに怪物は捨て台詞を吐いて、いずこへともなく消えてしまった。

アスマガルダ兄妹とカークス、ベースは恐ろしさにふるえながら問答を聞いていたが、怪物が伊太彦を言い負かせず消えたので、やっと胸をなでおろした。

その後は何事もなく夜が明け、五人はウバナンダ竜王が潜む岩窟を目指して進んでいくことになった。
主な人物 舞台 口述日1923(大正12)年05月24日(旧04月9日) 口述場所教主殿 筆録者加藤明子 校正日 校正場所 初版発行日1926(大正15)年2月3日 愛善世界社版103頁 八幡書店版第11輯 298頁 修補版 校定版105頁 普及版64頁 初版 ページ備考
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本文  紺青の浪を湛へたスーラヤの湖面を稍新しき船に真帆を孕ませ、晩夏の風を受けて、彼方に霞むスーラヤ山を目蒐けて徐々と進み行く。アスマガルダは艪を操りながら欵乃を謡ふ。
『テルはよい所南をうけて
  スーラヤ颪がそよそよと。
 沖に浮べるスーラヤ嶋は
  夜は千里の浪てらす。
 昼は日輪夜は竜王の
  玉の光で澄み渡る。
 此海は月の国でも名高い湖よ
  浪のまにまに月が浮く。
 三五の神の司の伊太彦さまが
  今日の門出のお目出度さ。
 空高く風澄み渡る此湖面は
  底ひ分らぬテルの湖』
 伊太彦は謡ひ出した。一同は船端を叩いて拍子をとる。
伊太『三五教の神柱  神素盞嗚の大神の
 瑞の御言を畏みて  玉国別の師の君と
 山野を乗り越え海渡り  千々に心を砕きつつ
 神の依さしのメッセージ  尽さむ為に遙々と
 テルの里まで来て見れば  思ひがけなきブラヷーダ
 姫の命の現れまして  神の結びし赤縄をば
 茲に悟らせたまひけり  吾等は神の御言もて
 大黒主の蟠まる  ハルナの都へ言霊の
 軍に進む身にしあれば  途中に於て妻を持ち
 夫婦気取で征討に  上るも如何と思へども
 三千彦司もデビス姫  妻に持たせる例あり
 吾師の君も此度の  赤縄をいなませ給ふまじ
 只何事も人の身は  神のまにまに進むより
 外に道なし伊太彦は  茲に夫婦の息合せ
 スーラヤ山に駆け登り  竜の腮の宝玉を
 神の助けに手に入れて  ミロク神政成就の
 珍の神器と奉り  神の御稜威を四方八方に
 完全に委曲に照らすべし  あゝ惟神々々
 スーラヤ山は高くとも  ナーガラシャーは猛くとも
 神の恵を笠に着て  誠の道を杖となし
 進まむ身には何として  醜の曲津の障らむや
 あゝ勇ましし勇ましし  一度に開く木の花姫の
 神の命の御守り  ブラヷーダ姫と諸共に
 珍の神業に仕へむと  進み行くこそ楽しけれ
 あゝ惟神々々  御霊幸倍ましませよ』
 ブラヷーダは又謡ふ。
『父と母とに育くまれ  十六才の年月を
 蝶よ花よと愛られつ  送り来りし身の果報
 思へば思へば有難し  これも全く三五の
 皇大神の御恵と  朝な夕なに感謝しつ
 大御恵の万分一  報はむものと朝夕に
 祈りし甲斐やあら尊  天津国より下らしし
 御使人の伊太彦に  嫁ぎの契結びつつ
 言霊軍の門出に  立つ白浪と諸共に
 彼方に浮ぶスーラヤの  御山に進む嬉しさよ
 ナーガラシャーは猛くとも  スーラヤ山は高くとも
 神の恵に抱かれし  吾等は如何で撓まむや
 救世の船に身を任せ  兄の命に送られて
 千尋の湖を進み行く  今日の旅路の勇ましさ
 あゝ惟神々々  御霊幸倍ましまして
 吾背の君の使命をば  遂げさせたまへ大御神
 珍の御前に願ぎまつる  朝日は照るとも曇るとも
 月は盈つとも虧くるとも  星は空より墜つるとも
 スーラヤの湖は涸るるとも  神に誓ひし赤心は
 いや永久に動かまじ  吾背の君よ兄君よ
 カークス、ベース両人よ  勇ませたまへ惟神
 神は汝と共にあり  神は吾等を守ります
 神と神とに抱かれし  人は神の子神の宮
 天地の中に恐るべき  ものは微塵も非ざらむ
 進めよ進め此御船  吹けよふけふけ北の風
 あゝ惟神々々  御霊幸倍ましませよ』
 今日は一入天気がよいので漁船の影は殊更多く、彼方此方に真帆片帆浪のまにまに浮んで、春野の花に蝶の狂ふが如く翅の様な帆が瞬いて居る。少しく浪は北風に煽られて高けれど、何とも云へぬ爽快な気分である。アスマガルダ、カークス、ベースが汗をたらたら流して漕ぎ往く船は其日の黄昏時に漸く、スーラヤ山の一角についた。磯端は白布を晒した如く、打ち寄する浪が立ち上つて岩にぶつつかり、砕けては散る其光景は可なり物凄じかつた。雪のやうな白い水煙の一丈許りも立つ中を船を漕ぎ寄せ、漸くにして陸地についた。さうして船を高く磯端に上げて繋いで了つた。日は漸くに暮れて来る。俄に暴風吹き荒び、湖面は荒浪立ち狂ひ、ザアザアと物騒がしき音が聞えて来出した。一行五人は上陸地点より一二町許り登つた所の大岩石の蔭に身を潜めて湖上の疲れを休める事とした。さうして明日の払暁を待つて登山する事と定めて仕舞つた。蓑を布き笠を顔の上に乗せて岩蔭に一同は横たはつた。夜はおひおひと更わたり暴風も止み、海の唸りも静まり、四辺は深閑として来た。十四日の月は雲を排して皎々と輝き初めた。伊太彦、ブラヷーダ、アスマガルダの三人は他愛もなく睡つて了つた。カークス、ベースの両人は何だか気が立つて寝られぬので、まぢまぢして居ると、子の正刻と覚しき頃、四辺の密林の枝をガサガサと揺つて怪しき物影が近よつて来る。カークスは慄ひ乍ら、盗むやうにして其姿の行方を見詰て居る。怪しの姿は五人の前に矗と立ち火のやうな赤い顔を晒し、青い舌を五六寸許り前に垂らして錫杖をついて居る。忽ち怪物は雷の如き声を張り上げ、
怪物『イーイーイー、伊太彦の神司とやら、其方はスーラヤ山に、ウバナンダ竜王の玉を取らむとして来た心憎き曲者、これより一足でも登れるなら登つて見よ』
と呶鳴りつけた。此声に伊太彦も兄妹も目を覚まし、きつと声する方を見れば以前の怪物が立つて居る。伊太彦は轟く胸をグツと押へ、「惟神霊幸倍坐世」を高唱し終り、
伊太『アハヽヽヽ。スーラヤ山に年古く棲む其方は古狸であらうがな。吾々を何と心得て居る。勿体なくも大神の使命をうけて大蛇退治に進む神の使だ。汝等が如きものの容喙し得べき限りのものでない。控へ居らう』
 アスマガルダ兄妹を初め、カークス、ベースは一所に集まり、顔色まで真青にして慄つて居る。伊太彦は痩我慢を出して一人空気焔を吐いてゐる。怪物には此方から云ひ負たら敗北ると云ふ事を予て聞いて居たので、此方から負かしてやらうと思つて、矗と立ち上り怪物に向つて、
伊太『イーイーイー、斎苑の館の宣伝使、天下無双の勇士、伊太彦とは俺の事だ。種々な事を致して吾々の邪魔を致すと了見は致さぬぞ』
怪物『ロ、ロー、碌でもない女を連れて神聖無比なるスーラヤ山に登るとは何の事だ。汝は聖場を汚す痴漢、今此方が神力によつて其方の体をビクとも動かぬ様にして呉れる。覚悟を致せ。ワハヽヽヽ、ても扨ても可憐さうなものだわい』
伊太『ロヽヽヽ碌でもない、ど倒し者奴、ナヽ何を吐すのだ。妖怪変化の容喙すべき限りでない。早くすつ込み居らう。ぐづぐづすると言霊の発射と出かけようか』
怪物『ハヽヽヽヽ、腹が立つか、恥入つたか、薄志弱行の腰抜宣伝使奴、高が知れたウバナンダ竜王の玉を取るに加勢を頼み、女を連れて来るとは、実に見下げ果てたる腰抜野郎奴』
伊太『ハヽヽ張子の虎のやうに首ばかりふりやがつて何の態だ。サア早く退散致すか、正体を現はすか、何神の化身だと云ふ事を白状致すか、返答次第によつては此方にも考へがあるのだ』
怪物『ニヽヽ憎いか、いや憎らしいと思ふか、其苦い顔は何だ。
 ホヽヽ呆け野郎奴、身の程知らずも程があるわい。
 ヘヽヽヽ下手な事を致して、後でベースをカークスな。
 トヽヽヽ途方途轍もない大それた欲望を起し、栃麺棒を振つてトンボ返りを致し、岩窟のドン底迄おとされて頓死すると云ふ災厄が目の前に近づいて来て居るのを知らないのか。イイ馬鹿だなア』
伊太『チヽヽちやァちやァ吐すな、些も貴様等のお世話に預ら無くてもよいのだ。智謀絶倫の伊太彦、
 リヽヽ凛々たる勇気を鼓して、ウバナンダ竜王の館に進む神軍の勇士だ。
 ヌヽヽぬかりのない此方、水も漏さぬ仕組を致して茲に、いづ御魂が登山探検と出かけたのだ。すつ込んでおらう。其方の出て来てゴテゴテ申す幕ぢやないのだ』
怪物『ルヽヽ累卵の危きを知らぬ痴呆者奴、類は友を呼ぶと云ふ馬鹿者の好く揃つたものだ。
 オヽ大馬鹿者奴、大泥坊奴、大戯気者、神の道を歩きながら、鬼か大蛇のやうになつて竜神の玉を、ぼつたくらうとは此方もおとましうなつて来たわい。身の程知らずの横道者だな』
伊太『ワハヽヽヽ、笑はしやがるない。没分暁漢奴、吾輩のすることに容喙する権利がどこにあるか。悪い事は些しも致さぬ善一筋の宣伝使ぢや。分らぬ事を申さずに、己の住所にトツトと引込んだがよからうぞ』
怪物『カヽヽ構ふな構ふな、惟神だとか神の道だとか何とか、かとか申て、其処辺を騙り歩く我羅苦多宣伝使だらうがな。第一女をイヤ嬶を連れて登つて来るとは以ての外だ。当山の規則を破つた大罪人奴、サア覚悟を致せ、頭からこの大きな口で噛ぶつて食て仕舞つてやらう』
伊太『ヨヽヽ妖怪変化の分際として此方に指一本でも触へられるのなら触へて見よ。下らぬ世迷ひ事を申さずに、もはや夜明に間もあるまいから、気の利いた化物は足を洗うて疾に引込む時間だ。与太リスクを並べずに、よい加減に伏さつたらどうだ』
怪物『タヽヽ痴呆者奴、要らざる頬桁を叩くと叩きつぶしてやるぞ。高が知れた人間の三匹や五匹一口にも足らぬわい。欲の熊鷹股が裂けると云ふ事を貴様は知らぬのか痴呆者奴、
 レヽヽ、恋愛至上主義を発揮して神聖なる当山に迄、初めて嬶をもつた嬉しさにトチ迷ひ登つて来ると云ふデレ助だから、吾々仲間のよい慰み者だ』
伊太『ソヽヽ、そうかいやい、そらさうだらう。羨りいなつたか。一寸位手を握らしてやり度いが、矢張それも止めて置こうかい、何だ、その六ケ敷い面つきは。貧相なものだのう』
怪物『ツヽヽ月が空から貴様の脱線振を見て笑つて厶るのも知らぬのか。心の盲、心の聾は仕方がないものだなア。捉まへ所のない屁理屈を並べて其処辺を遍歴致すと云ふ強者、おつとドツコイ、つまらぬ代物だからなア。
 ネヽ猫撫声を出しやがつて、夫婦がいちやづいて此島に打渡り、グウースケ八兵衛と睡つて居るとは念の入つた痴呆者だ』
『ナヽヽ、何を吐しやがるんだい。情ない事を云ふて呉れない。何程羨ましうても貴様の女房にしてやる訳には行かず、あゝ難儀のものが出て来たものだ。俺も同情の涙に暮れぬ事もないのう怪物』
怪物『ラヽヽ、らつちも無い事を吐くもんぢやないわい。
 ムヽヽ昔から誰一人目的を達した事のない竜王の玉を取らうとは無法にも程がある。ほんに命知らずの無鉄砲者だのう。こりや無茶彦、向つ腹が立つか、ムツとするか、虫が好かぬか、夫れや無理もない。併し乍ら玉が取りたけれや明朝とつとと登つたらよからう。此山の中腹には死線といつて人間の通れぬ所があるのだ。其処へ往くと邪気充満し、其方如きものが其毒にあたると心臓痳痺を起し、水脹れになつて死ぬるのだから、さうすれば俺達が寄つて集つて皆喰つて仕舞つてやるのだ。ても扨ても不愍ものだなア』
伊太『ウフヽヽヽ、五月蠅奴だなア、そんな事を申て俺達の荒肝を取らうと思ふても駄目だぞ。牛の丸焼でも二匹三匹一遍に平げる此伊太彦さまだ。ウゴウゴ致して居るともう堪忍袋の緒が切れるぞよ。
 イヽヽ何時迄も何時迄も羨ましさうに夫婦の睦まじい姿を見て指を銜へて見て居るより、いい加減に幻滅致したらどうだい。悪戯も程があるぞよ』
怪物『ノヽヽ、野太い代物だなア。野に寝たり、山に寝たりして露命を繋いで来て、漸くテルの里で満足の家に泊めて貰つたと思つて得意になり、ブラヷーダを女房に持つたと思ふて其はしやぎ方は何だ。天下の馬鹿者、命知らずとは貴様の事だ。イタイタしい伊太彦の我羅苦多奴、イヒヽヽヽ』
伊太『オヽヽお構ひだ、俺のする事をゴテゴテ構ふて呉れない。
 クヽヽ苦労の凝の花が咲いたのだ。貴様もこんなナイスが欲しけりや、ちつと誠の道に苦労を致せ』
怪物『ヤヽヽ矢釜敷いわい、夜分に山の中で露の宿を取る厄雑宣伝使奴、八岐大蛇の一の乾児の此方様に今命を取られるのを御存じがないのか。
 マヽヽ、負惜みのつよい、真面目腐つた其面付で表面をかざつて居るが、貴様の心の中は地異天変大地震が揺つて居らうがな。どうだ恐れ入つたか』
伊太『ケヽヽ怪体の悪い怪しからぬ奴だ。怪我の無い中に早く帰れといつたら帰らぬか。
 フヽヽ、不都合な、フザケた事を致すと、捕縛つて仕舞ふぞ。いや踏み潰してやらうか、何が不足で夜夜中、安眠妨害に出て来せたのだ。不都合な不届きな奴、
 コヽヽ耐へ袋が切れるぞよ。こん畜生、八岐大蛇の眷族なぞは真赤な偽り、其方は数千年劫を経た、苔の生えた小狸であらうがな。
 エヽヽ、邪魔臭ひ、この金剛杖をもつて叩きつけてやらう。最愛のブラヷーダが安眠の妨害になる』
怪物『テヽヽ、てんごうを致すな、此方の神力と貴様の力とは天地の相違だ。デンデン虫の角を振り立てて気張つて見たとて岩石に蚊が襲来するやうなものだ。
 アヽヽ阿呆な限りを尽さずと、早く此処を立ち去れ。グヅグヅして居るとアフンと致して泡を吹くぞよ。それでも聞かねば、アンポンタンの黒焼にして食てやらうか、サヽヽサア、どうだ早速に口が開くまいがな。扨ても扨ても見下げ果てたる腰抜計りだな。
 キヽヽ気に喰はぬ怪物だと思ふであらうが、この方を一体誰だと心得て居る。鬼神もひしぐ勇ある結構な五大力様だぞ。
 ユヽヽ、夢々疑ふ事勿れ。只今幽界より其方の命を召し取りに来たのだ。ても扨ても愉快な事だなア。
 メヽヽヽ迷惑さうな其面付、薩張面目玉を踏み潰され、折角貰ふた嬶には愛想尽かされ、メソメソ吠面かはくのが、可憐さうだわい。サア冥途の旅にやつてやらう』
伊太『ミヽヽ、見て居れ。此伊太彦の神力を、何程貴様が威張つた所が駄目だ。死線だらうが、五線だらうが神力をもつて突破し、一戦に勝鬨をあぐる三五教の宣伝使様だ。え体の知れぬ汝等如き怪物に辟易するやうで、どうしてハルナの都に進む事が出来ようか。タクシャカ竜王でさへも屁込ました此方だ』
怪物『ヒヽヽ仰有りますわい。日向にあてたらハシャぐやうな腕振りまはし、何程威張つて見た所で、
 モヽヽもう駄目だ。耄碌宣伝使の伊太彦司、
 セヽヽ雪隠で饅頭食ふやうな甘い事を考へても薩張駄目だ。終りの果には糞を垂れるぞよ』
伊太『スヽヽ、好かんたらしい屁理屈を垂れな。酢でも蒟蒻でもいかぬ妖怪だな。一二三四五六七八九十百千万
 惟神霊幸倍坐世』
怪物『キヨキヨキヨ京疎い事を致す伊太彦司、また幽冥界でお目にかからう。エヘヽヽヽ』
と体を揺りながら何処ともなく消えて仕舞つた。
伊太『アハヽヽ、仕様の無い古狸がやつて来やがつて、嚇し文句を並べ立て面白い事だつた。アハヽヽヽ』
 アスマガルダは漸く胸をなでおろし、四辺をキヨロキヨロ見廻し乍ら、
『アヽ先生随分偉い奴がやつて来たぢやありませぬか。どうなる事かと思つて大変心配しましたよ。併し貴方の我の強いのにも呆れましたよ』
伊太『アハヽヽヽ、実の所は私も一寸面喰つたのだが、こんな事に負てはならないと空元気を出して見た所、キヤツキヤツと云つて逃げた時のおかしさ、いや心地よさ。斎苑の館出立以来のよい経験だよ』
ブラヷーダ『神様の仰の通り妾の夫伊太彦さまは本当に勇壮活溌の神使です。妾はもうこんな強い方を夫にもつならば世に恐るべきものは厶いませぬわ』
カークス『アハヽヽヽ、豪いお惚けで厶いますこと。なあベース、お浦山吹の至りぢやないか』
ベース『ウフツ』

伊太『古狸吾枕辺に現はれて
  フルナの弁をふるふをかしさ。

 ブルブルと慄ひ乍らに古さまの
  世迷ひ言をば聞く人もあり』

カークス『恐ろしさカークスと思へど何となく
  腹の底から慄ひけるかな』

ベース『恐ろしさにベースをカークス吾々は
  地獄におちし心地なりけり』

 其後は何事もなく夜はカラリと明けた。是より一行五人は死線を越へてウバナンダ竜王の匿るる岩窟の玉を取らむと進み往く事となつた。
(大正一二・五・二四 旧四・九 於教主殿 加藤明子録)
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