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文献名1霊界物語 第64巻下 山河草木 卯の巻下
文献名2第3篇 開花落花よみ(新仮名遣い)かいからっか
文献名3第13章 漆別〔1819〕よみ(新仮名遣い)うるしわけ
著者出口王仁三郎
概要
備考
タグ データ凡例 データ最終更新日2017-11-26 19:10:13
あらすじ
主な人物守宮別、警官、有明家の綾子 舞台路上、青楼(有明家) 口述日1925(大正14)年08月20日(旧07月1日) 口述場所丹後由良 秋田別荘 筆録者松村真澄 校正日 校正場所 初版発行日1925(大正14)年11月7日 愛善世界社版174頁 八幡書店版第11輯 560頁 修補版 校定版177頁 普及版63頁 初版 ページ備考
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本文  昨日の暴動騒ぎで、憲兵や警官が血眼になり、行交ふ人を一々誰何して、主義者の入込まない様と、警戒網を張つてゐる。守宮別は新調の洋服を着け乍ら、駅の棟が仄かに見える地点までやつて来ると、一人の警官がツカツカと寄り来り、
『一寸待つて下さい。身体検査を致しますから』
 守宮別は警官よりも何よりも恐ろしいのは、疑深いお花の追跡である。余り彼方此方をキヨロキヨロと見廻し乍ら歩いてゐたものだから、警官に怪しまれて、首尾よく取つ捉まれたるなりき。
『私は守宮別です。警官に調べられる理由はありませぬ。これでも日出島の高等武官ですよ。余り乱暴な事をなさると、帝国公使館へ訴へて、エルサレム署の暴状を曝露し、国際問題を起しますよ、そこ放して下さい。急用がありますから』
『さう慌てるには及ばないぢやありませぬか。どうも其処辺をキヨロキヨロ見廻し、おちつきの無い貴方の歩き方、挙動不審と認めますから、一応身体を取調べます』
『取調べるなら調べても宜しい。後腹の病めないやうに気をつけなさいや、ヘン、人を馬鹿にしてゐる』
といひ乍ら、自分からボタンを外し、大道のまん中で、赤裸となり、オチコもポホラのヌボも丸出しにして見せる。
『イヤ、宜しい、エー御邪魔を致しました。どうぞ服を着けて下さい』
『服を着いと言はなくとも、俺の服だ、勝手に着るワイ。要らぬおとがいを叩くな』
と云ひ乍ら、スラスラと洋服を着け、十日程前にチラツと見ておいた、白首の居る青楼指して、一目散に走り行く。裸になつた際、三千円入りの蟇口を落し、気がつかぬ様子なので、警官は何か秘密書類でもあるのではなかろか。日出島の高等武官だと云ひよつたから、軍事探偵かも知れない。軍備に関する秘密書類でもあらうものなら、巡査部長は忽ち警部になれるだらうといふ、いろいろな考へから、ソツと拾ひあげ、本署へ持帰り署長の前で中を検める事とした。守宮別は確にポケツトの中に蟇口と共に三千円入つてゐるものと安心し、鷹揚な態度で、青楼の段階子を上り、三階の見晴よき一間に入つて、頻りに手を叩いてゐる。階下の方に『ハーイ』といふ甲走つた女の声がしたと思へば、間もなく、トントントンと段階子を轟かせ上つて来たのは、兼て見ておいた、色白の十七八の美人である。守宮別は俄に口のはたの泡を拭いたり目ヤニを取つたり、鼻をかみたりし乍ら、済ました顔で控へてゐると、
『お客さま、コンチは、今日はありー……』
『ホヽヽヽ、何だ今日は有りーと云ふたつて分らぬぢやないか。俺や砂糖ではないぞ、佐渡の土の化身だぞ。モツとハツキリ言はぬかい』
『ハイ、あテイは、総理大臣に呼ばれましても、知事さまに招ばれましても、華族さまによばれましても、今日はアリーで通るのですもの、今のお役人さまは、官等で一級違ふと、それはそれは偉いものですがな。局長さまの所へ課長さまがお出になると、直立不動の姿勢で、……ハ、ハ、ハヽヽと、かう畏まつてゐやはります。局長さまは局長さまで、不行儀な格好で、椅子にのさばり返つて、……何々の事務は何うなつたか、巧くやつとけよ……と仰有ひます。さうすると、課長さまは、……ハア、オチ二三式で、怖い様にして下つて行かはりますワ。其局長さまが大臣の側へ行くと前の課長さまよりも、マ一つエライ謹慎振ですよ。総理大臣と来ちや剛勢なものですよ。其総理大臣さまがチョコチョコ妾を呼んで呉れやはりますが、イヤもう女にかけたら、ヤクタイなものですワ。おつもの毛を握つたり、鼻をつまみ、頤髯を掴んでパクパクさして上げても、顔の相好を崩して……コリヤ綾子、無茶をするない……かう仰有るのですもの、絶対無限の権威を、芸者といふものは具備してゐますよ。それだから、お客さまに、アリー……といつたのは余程光栄だと思つて下さい』
『此奴ア面白い、一寸話せるワイ。お前は今綾子といつたが、本名は何といふのだ』
『ハイ、妾の本名も綾子、源氏名は有明家の綾子さまですよ』
『ナニ?綾子に菖蒲、怪体な事もあるものだな。女に迷ふとあやめも分かぬ真の暗になるといふ事だが、俺の心もチツと許りあやしうなつて来たぞ』
『お客さま、何程あやめが分らなくなつても、綾子しい事さへ無けりや、晴天白日ですワ』
『イヤ、実ア観世音菩薩綾子の君の艶麗な御容姿を拝観して、心の土台があやしくグラ付き出したのだよ。オイ、綾子、素面では話が出来ない。酒肴を金は構はないから、充分拵へて持つて来てくれ。そして此処に芸者が何人居るか知らぬが、仮令百人居つても結構だ』
『お客さま、ソンナ訳にや行きませぬよ。当地の規則として、一人のお客さまに一人より芸者は出す事が出来ないですもの』
『フーンさうか、そら仕方がない。今日は実ア三千円の散財をせうと思つて来たのだが、ナアンのこつちやい。厭でも応でも流連せねばならぬのか、どれ丈使つたつて、一人の芸者に三百円は使へまい。さうすりや、十日も有明楼の牢獄住居かな、アハヽヽヽ』
『牢獄住居なぞと、何仰有います。激戦場裡に立つてゐる紳士紳商、大臣其他の男さまが、命の洗濯を遊ばす天国浄土ですよ。どうかお金さへあれば、十日なと百日なと千日なと、流連して下さい。其代り妾が手枕して可愛がつて上げますワ』
『ヨーシ来た。此奴ア洒落てる、吾意を得たりといふべしだ。実ア綾子、俺はな十日程以前、此門先を通つた時、お前の姿をチラツと見初めてから、煩悩の犬が狂ひ出し、寝ても醒てもゐられないので、国許へ電報を打ち、金を送つて貰つて、お前の顔を見に来たのだ。俺の心底もチツトは、汲取つて呉れなくては困るよ』
『あ、さう仰有いますと、十日程以前に、あの有名な気違婆アさまのお寅さまとかいふ救世主のお伴をして歩いてゐられた、ゐもりとか、とかげとかいふお方ぢやありませぬか。随分親密相な態度で歩いてゐられましたね。あんな立派な奥さまがあるのに、妾のやうなお多福が相手になつて、もしやお寅さまに嗅付けられては、妾の命がありませぬワ。どうか今日は帰つて下さいな。一生のお願ですもの』
『馬鹿いふな、俺は三ケ月以前、国許を出発し、スイスのゼネバへ、エスペラント会議があつたので、一寸覗きに行つた帰りがけだ』
『何時ゼネバからお帰りになつたのですか』
『ウン昨日帰つて来た所だ』
『ようマア、お客さま、ソンナ嘘つ八が言はれたものですな、現に今妾に、十日前に妾の顔を見たと仰有つたぢやありませぬか』
『そら言ふた。確に言ふた。其十日前はゼネバへ行く道すがらだもの』
『成程、ソンナラさうにしておきませう。兎も角お金さへ払つて貰へば、商売ですから、金丈の愛は注ぎますよ』
『オイ早く酒を持つて来ぬかい、座が白けて仕方がないぢやないか』
と云つてゐる時しも、トントントンと階段を上る足音が聞え来たりぬ。
『お客さま、お待兼のお酒が来た様ですワ』
『ヤ、其奴ア豪気だ。早く早く、待兼山の杜鵑だ』
 茲に両人は喋々喃々と酒汲み交はし、下らぬ話に時を費したり。守宮別も綾子も無敵の上戸連で瞬く間に七八十本の燗徳利をこかして了ひぬ。綾子は酒に酔ふたが最後、仕だらのない女性で、自分の方から、お膳を据ゑるといふ、したたか者である。守宮別は益々笑壺に入り、
『アヽア、一万円の金があれば、一月は悠くり遊べるのになア……』
と私かに歎息をもらし乍ら、会ふた時に笠ぬげ式で、味の悪い蛤を食つた口直しにと、無性矢鱈に上を下への大活劇をやり出した。到当二人は髪の毛から爪の先迄解け合ふて了ひ、切つても切れぬ恋仲となりにけり。
『オイ、綾子、お前は一体どこから来たのだい』
『ハイ妾はエルサレム生れですよ。お父さまが極道だものですから、たうとう妾をコンナ所へ売つて了つたのです。妾の生れた時は相当な財産家だつたさうですが間もなくお母さまが亡くなられたので、お父さまが後妻を引入れ、朝から晩まで酒池肉林の大騒ぎ、何程金が有つても働かずに食つて許り居れば、山さへ無くなる道理、たうとう貧乏のドン底に落ちて、首がまはらぬので、妾を十一の年から、此有明楼へ十年千円の約束で売つて了つたのです。本当に困つた親ですワ』
『フーン、話を聞けば聞く程可哀相だ。ヨーシ、俺がキツと助けてやるから心配するな。お前のお父さまといふのは今何してゐるのだ』
『ヘー、気違婆アさまと仇名を取つた、お寅さまとかいふ方の、玄関番に雇はれてるといふ事ですが、どうなつたか知りませぬ。此間も旦那さまによう似た男ハンとお寅さまと、妾のお父さまと、ここの門に立ち、妾を指さしてゐました。アンナ人がお父さまかと思へば恥しうて堪りませぬワ』
『ナニ、あのヤク、……』
といひかけて、俄に口をつめ、
『ソリヤ、ヤク介者だなア。お前の心痛も察する。併し人間は七転八起といふから心配するには当らないよ』
『ハイ御親切に有難う厶います。旦那さま、何う考へても、お寅さまと一緒に歩いて居られた、守宮別さまのやうに思へて仕方がありませぬワ』
『そら世界にや、他人の空似といつて、よく似た者が二人づつあるといふ事だから。それ程又私に能う似た男があつたかいな』
『色の浅黒い、口の尖つた所、目の丸い所、鼻の格好、毛の伸び具合、どつから何処迄瓜二つですワ、妙な事があるものですな』
『綾子、もうソンナこたア、何うでも可いから、一つあつさり唄はうぢやないか』
『どうか一つ旦那さまから唄つて下さいな。そして、旦那さまのお名を聞かして下さいな。旦那さま旦那さまでは、根つから気が行きませぬからな』
『ウン、俺の名かい、俺の名は……ウン、さうだな、マア、ブラバーサにしておかうかい』
『旦那さまツたら、なまくらな。そら三五教の宣伝使の名ぢやありませぬか。意茶つかさずに本当の名を仰有つて下さいな』
『さう短兵急に追及されては、早速に名が出て来ぬワ。マテマテ、急くな、慌てな、せいては事を仕損ずるからなア』
『せかねば事が間に合はず……とかいひましてね、ホヽヽヽヽ』
『俺の名を聞いて驚くな。吾れこそは、日出の島にて名も高き、ウヅンバラ・チヤンダーといふ者だよ』
『嘘許り、ウヅンバラ・チヤンダーは救世主ぢやありませぬか』
『此奴ア失敗つた。実は漆別といふのだよ』
『本当ですか、漆別か、うるさい別か知らぬけれど、何だか判然せぬお名前ぢや厶いませぬか』
『まア何うでも可い。目出度これで帰敬式も済むだのだから、お前と俺とは神の許した夫婦だ。何うだ嬉しいか』
 綾子はプリンと背を向けて、
『知りませぬ』
『ハヽア、肝腎の事を忘れて居つたワイ。お愛想をするのを……』
といひ乍ら、ポケットに手を入れて見たが蟇口が無いので、吃驚し、
『ヤ、此奴ア大変だ、失敗つたア……』
『漆別さま、何かお忘れになつたのですかい』
『落したア……、力おとした……。困つたなア……』
『そらお困りですな。警察へお届けになつたら何うです。正直な拾ひ主があつて届けてるかも知れませぬよ』
『実ア、そこの四辻で警官に怪しまれ、身体検査をやられた時にや、今考へてみると、已に有つてゐなかつたやうだ。どつかで、チボにでもやられたのだろ。併し綾子、俺は斯う見えても、国許では百万長者の息子だから、電報一つ打てば、一週間経たぬ間に電報為替で送つてくるから、それまで夫婦になつたよしみで、お前の金で、ここの払ひを済ましておいて呉れないか』
『ハイ、外ならぬ貴方の事ですから、払つて置きませう。お金が来たら、屹度来て下さいや』
『ヨシヨシ、お前を忘れてなるものかい。今日俺が此楼主に対して赤恥をかく所を助けてくれたお前だもの、況して切つても切れぬ仲となつたのだもの、之を忘れてたまるものかい。あゝ仕方がない。之から一寸カンラン山を見物して来るから、お前ここに待つてゐてくれ』
『ソンナ所へお出遊ばすにや及ばぬぢやないですか。妾の側に居るより、橄欖山の方が恋しいのですか』
『ナニ、ソンナ事があるものかい。お前の側を一刻も離れ度くないのだけれど、懐中無一物では、どうも安心して、世話になつてる訳にはゆかぬぢやないか』
『妾と貴方の仲ぢやもの、三日や五日御逗留遊ばしたつて構ひませぬワ。衣裳を質に置いてでも、三日や五日は養ひますもの、マア安心して下さいな』
『ヨーシ、それでは序にモウ二日厄介にならう。実はな、僧院ホテルの第一号室を借切つてあるのだから、そこへ行つて宿れば金が無くても、五日や十日は暮せるのだからな』
 斯く両人は心から打とけて恋仲となり、守宮別は綾子の云つた如く、二晩逗留して三日目の昼頃ブラリブラリと、何くはぬ顔して、僧院ホテルへ帰り来りける。
(大正一四・八・二〇 旧七・一 於由良秋田別荘 松村真澄録)
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