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文献名1霊界物語 第65巻 山河草木 辰の巻
文献名2第2篇 地異転変よみ(新仮名遣い)ちいてんぺん
文献名3第8章 異心泥信〔1664〕よみ(新仮名遣い)いしんでいしん
著者出口王仁三郎
概要
備考
タグ データ凡例 データ最終更新日----
あらすじ
主な人物 舞台 口述日1923(大正12)年07月16日(旧06月3日) 口述場所祥雲閣 筆録者松村真澄 校正日 校正場所 初版発行日1926(大正15)年4月14日 愛善世界社版93頁 八幡書店版第11輯 643頁 修補版 校定版97頁 普及版44頁 初版 ページ備考
OBC rm6508
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本文  治道居士はベル、バット、カークス、ベースの四人と共に、うす暗い石の牢獄に投込まれ、セールの厳命に仍りて、飲食物を断たれて了つた。されど心の中にて治道居士に帰順してゐる牢番のヤク、エールはいろいろと苦心して五人の為に飲食を供給し、あらむ限りの便宜を与へた。親分のセールはヤク、エールを深く信任し、一度も牢獄を見舞に来なかつた。そして自分の大将軍と仰いでゐた治道居士には何だか恥しいやうな、恐ろしいやうな気がして、会ふ事を欲しなかつた。先づ治道居士の一隊は両人に任しておき、他の子分を四方に派遣し、財物の収集に全力を注ぐ一方、自分は二人の美人を、何とかして自分の者にせうと、それのみに、現をぬかしてゐた。
 ヤク、エールの両人は、治道居士とブラヷーダ、デビス姫の間の、郵便夫の様な役を密かに勤めてゐた。牢獄の中では、治道居士を真中に、四人の改心組が、いろいろと小声で話し合つてゐる。
ベル『オイ、俺達も何だかチツと許り不安な気分になつたぢやないか。身の自由を縛された籠の鳥も同然、生殺の権利を親分に握られてゐるのだから、何程治道居士様に法力が有ると云つても、此牢獄を経文の力に、打破つて下さらぬ以上は、険呑な物だないか。治道居士様は平気の平左で、心身の休養だとか云つて、温泉にでも入つた様な気分で、前後不覚に眠つて厶るが、俺達ヤ何うも、そんな気になれないわ。お前等、何とか工夫をこらして、ここを飛出す考へはないか』
バット『何心配するな。サアといへば、ヤク、エールが牢番してるから、何時でも開けてくれるよ。今彼奴が開けないのは深い思案があつての事だ。何しろこれ丈の人数が集まつて居るから、下手な事をやると虻蜂とらずになつて了ふ。治道居士様はそこを見込んで、平気で寝てゐらつしやるのだ。何事も惟神に任して置くが一番安全だ』
ベル『それだと云つて、人の心は分らないよ。ヤク、エールの両人が、若しも心機一転して親分の方へ肩を持たうものなら、それこそ俺達は、箒で押へられた蝶々のやうなものだ。モウ少し治道居士様に法力があると、俺達も安心だけれどなア』
バット『ナアニ、構ふものかい。マア安心せい。ここへ来てから、まだ一夜逗留した丈ぢやないか。仮令三日や四日位、ここへ入つた所で、一片のパンを食はなくつても辛抱は出来るよ。先づ楽隠居だと思つて、体を休養させ、愈となつたら岩窟退治をやるのだな。何奴も此奴も、軍人上りで、皆手が利いてるから、俺達が四人や五人で暴れたつて仕方が無いからな』
ベル『オイ、バット、汝、さう楽観してゐるが、寸善尺魔と言つて、吾々は死の魔の手に捉へられてゐるのだから、些とは尻へ手をまはして置かねばなるまいぞ。ナア、カークス、ベース、お前は何う思ふか』
カークス『何事も俺たちは神様にお任せしてゐるのだ。それよりも御祈念をするが一等だなア』
ベース『そりやさうだ。カークスの云ふ通り、此天地間はすべて神様の御意志の儘だから、何程俺たちが騒いだつて駄目だ。斯うして牢獄へ蟄居してゐるのもセールがしたのでない。神様の深遠な御経綸に仍つて、修養させられてゐるのだ。余りクヨクヨ思ふな』
ベル『俺もう何だか信仰の土台がグラついて来たやうだ。オイ、一層の事○○を○○して、○○の御機嫌を取り、牢屋の苦を遁れて再○○に逆転したら何うだ。何程世の為だとか、死後の生活の為だとか云つても、忽ち現在がやりきれないぢやないか。末の百より今の五十だ。何程死後の世界があると云つたつて、雲を掴むやうな話だからのう』
 治道居士は、ベルが自分を殺害し、セールに裏返らうといふ意味を仄かしてゐるのを、鼾をかいてゐる振して聞いてゐた。
バット『オイ、ベル、左様な事を吐すと、俺ヤもう了見はせぬぞ。汝を○○して、○○へ○○するが何うだ』
ベル『ヤ、コリヤ一つお前達の心を引いて見た丈だ。誰がそんな勿体ない事をするものかい。これでお前達の意志も分つて俺も安心したのだ』
と俄に空トボケてみせる。カークス、ベースは治道居士を揺り起した。治道居士は寝むた相な顔をして起直り、拳を握つて上の方へグツと突出し、「あゝあ」と大欠伸を無雑作にし乍ら、
治道『アハヽヽヽ、あ、夢だつたか。ベルの奴、此治道居士を○○して○○の機嫌をとり、元の○○へ逆転しよつたと思へば、ヤツパリ夢だつたワイ。アハヽヽヽヽ。どうも人間の心といふものは当にならないものだなア。一切の欲望を捨て、命迄すてた此治道居士でさへも、矢張どつかに、命が惜いと云ふ副守が残つてゐると見えて、こんな怪ツ体な夢を見たのだなア』
カークス『モシ治道様、ソリヤ夢ぢや厶いませぬ。現にベルの奴、貴方が熟睡遊ばしたのを奇貨とし、あなたに対し、叛逆を企てようとしたのですよ。用心なさいませ』
治道『ハヽヽヽ猪口才千万な、蚯蚓のやうな魂で蛟竜の身辺を窺ふとは、実に身の程知らずだなア。ベルも亦此処へ這入つて来てから、臆病神に取つ付かれよつたとみえる。ても扨ても憐むべき代物だな。オイ、ベル、何うだ。私の命が取りたいか。とりたくば幾らでも取らしてやる。さあモウ一寝入りするから、其間に私の首でもかいて、セールの親分に身の潔白を示し、再泥棒の親分に使つて貰ふがよからう。遠慮はいらぬ。お前に首をかかれて天国行をするのも、一つは神様の御思召かも知れない』
ベル『メヽ滅相もない。勿体ない。何うしてそんな事が出来ませうか。どうぞ私の赤心を諒解して下さいませ』
治道『赤心のマは悪魔のマぢやないか、誠のマもあれば、間男のマもあり、閻魔のマもあり、悪魔のマもあり、マといふ者は何事にも附添ふものだから……、オイ三人の者、気を付けよ。虎狼と同居してゐるやうな物だからのう』
 かかる所へヤク、エールは二三人の泥棒と共に、牢獄を検分がてらやつて来た。
ヤク『コリヤコリヤ、静に致さぬか、今何を囀つてゐたか』
ベル『ハイ、治道居士始め三人の奴が、此ベルを○○せうと云ふのです。どうぞ私を別牢へ入れて下さいな。険呑で堪りませぬから……』
ヤク『ハツハヽヽヽ、お前達の命は旦夕に迫つてゐるのだ。親分に殺されるか、治道居士に殺されるか、どつちみち殺される身分だ。マア安心して四人の連中から、力一杯苛められたがよからうぞ。オツホヽヽヽ。汝は此中でも一番悪党だからのう』
ベル『モシ、ヤクさま、私は決してそんな悪人ぢや厶いませぬ。実の所は治道居士に改心したと見せかけ、此奴等四人の秘密を探つて御大将に報告する為、今迄化けてゐたのですから、どうぞ親分にさう言つて下さい』
カークス『ハツハヽヽ、本当に此奴ア悪い奴だ。猫の目程クレクレとかへる奴だから、治道居士様を暗殺しようとしよつた太い奴だ。こんな者が同じ牢獄の中に居ると、ゆつくり寝る事も出来ない。もし、ヤクさま、どうかベルを請求通、別室に置いて下さいな』
ヤク『ヨシヨシ、こんな奴を一所に置いておくと為になるまい。……又俺の都合も悪い……』
と小声に云ひ乍ら錠前を外し、ベルの手を引立てて、最も暗い深い岩壁で囲んだ牢獄へ打ち込んで了つた。ヤク、エールの両人は、ベルの為に自分等の計画の暴露せむ事を恐れたからである。
 ヤクは三人の盗人と共にベルを引立てて此場を去つた。跡にエールは牢番として一人残つてゐた。
治道『オイ、エール、岩窟の様子は何うだ。セールは今何をしてゐるか』
 エールは小声になつて、
エール『ハイ、二人の女に現をぬかし、涎をくつて居りますが、肝心の女が悪口計り言つて応じないものですから、泥坊商売はそつち退けにして、頭を悩めて居ります。それはそれは見られた態ぢや厶いませぬワ』
治道『ハヽヽ、あの洒ツ面では女にはもてまい。困つた奴だなア。そして其女といふのは何処の者だ』
エール『何でも大きな声では言へませぬが、三五教の宣伝使だと云ふ事です』
治道『ハテなア、そして其名は何と云つたか』
エール『ハイ、何でもブラブラ婆アさまだとか、エベスだとか大黒だとか聞きました。随分美人ですよ』
治道『ハア、それではブラヷーダにデビス姫の事だらう。ア、其奴ア可哀相だ。お前御苦労だが、治道居士が此処に居ると云ふ事を、何とかして知らして呉れまいか』
エール『ハイ、機会を考へて申上げませう』
治道『屹度頼むよ。私が今此処で手紙を書くから、之をソツと渡してくれ』
エール『承知致しました』
治道『何か……筆と墨と紙を貸して貰ひ度いものだな』
エール『畏まりました。暫時お待ち下さいませ』
と四辺を窺ひ乍ら、何処からか筆紙墨を用意して来た。治道居士はバットに墨をすらせ、何事かスラスラと書き認め終り、
治道『サア、エール、此二通の手紙を一通づつ両人にソツと渡してくれ。どちらでも構はぬ。同じ事が書いてあるのだから』
エール『ハイ承知致しました』
と手紙を懐に捻込み、いろいろ苦心して、二人の牢獄の前に窺ひ寄つた。見れば暗がりに一人の男が立つてゐる。
男『誰だ。何しに来たのだ。ここへは来る事はならぬと、あれ程喧しう云ふてあるのぢやないか』
エール『ハイ、私はエールで厶いますが、治道居士の牢番をして居りました所、済まぬ事乍ら、フラフラと居眠りまして、方角を取違ひ、斯様な所へやつて来まして、誠に済みませぬ』
と態とに大きな声して、治道居士の来てゐる事を、二人の女に聞かさうとしてゐる。
男『コリヤ、エール、チボや乞食を何うしたといふのだ』
とワザとにセールは二人に治道居士の事を聞かそまいと、詞を濁さうとする。エールは態とに其意を解せざるものの如く、
エール『もし親方様、チボ乞食ぢや厶いませぬ。三五教の比丘治道居士の事で厶いますよ』
セール『馬鹿ツ、早く下れツ。そして自分の職務を忠実に守るのだ。一時も早く行けツ。汝が居ると邪魔になる』
 エールは『ハイ』と云ひ乍ら暗がりを幸ひ、牢獄の窓から手紙を一通づつ、ソツと放り込んで了つた。
ブラヷーダ『あの治道居士さまも、此処に捕はれて居られますか。そりや本当に心地のよい事ですね。彼奴は随分私に無体な事を云つた奴だから、天罰が巡り来たのでせう、ホヽヽヽ。モシ隣のデビス姫様、貴女と私をひどい目に会はしよつた、あの治道居士といふ比丘が捉へられて来てると云ふ事ですワ。本当に気分が可いぢやありませぬか。ホヽヽヽ』
デビス『本当にねえ、私も溜飲が下りましたワ』
 エールは不思議な事だと、首をひねり乍ら、暗い隧道を帰つて行く。
セール『アハヽヽヽ、オイ両人、お前も何か治道居士に迫害を受けたのだなア。ヨシ、俺がお前の仇討をしてやるから、安心したがよからう。其代りに俺の云ふ事も聞くだらうな』
ブラ『姉さま、どうしまほうか、本当に、一つここで恨を晴らさなくちや、女の意地が立たぬぢやありませぬか』
デビス『そらさうですワ、何とかして彼奴を此処へ放り込んで頂き、二人よつて両方から嬲殺にさして下されば嬉しいですがな。さうすりや親分さまの御註文位には喜んで応じますけれどなア』
ブラ『姉さまが其お考へなら、私だつて賛成ですワ。あたいの夫を殺した奴ですもの。憎うて憎うて堪らないワ、その仇を親方さまの同情心に依つて、討たして下さるやうな事なら、御恩報じにどんな事でも、親方の云ふ事を聞かうと思ひますワ』
セール『ウツフヽヽヽ。オイ女、お前の願は聞届けた。其代りに私の言ふ事は何でも聞くだらうなア』
 両人一度に、
『ヘーヘー聞きますとも、貴方の仰有る事何うして聞かずに居れませうか……。二つも立派な耳を持つて居るのだもの……』
と小さい声で後を付けた。セールは声迄変へて、
セール『ウンウンヨシヨシ、可愛いお前の願だから、何でも聞いてやる。思ふ存分さいなんだがよからうぞ』
 両人一度に、
『有難う厶います。一時も早くお頼み申します』
セール『ヨシヨシ、之から牢番に申付けて治道をここへ引つ立てて来るから、お前の好きなやうにしたがよからう』
と云ひ棄て、自分の居間へ帰つて行く。
 セールは自分の居間に帰り、ニコニコし乍ら独言、
セール『ヤア、之で俺も願望成就だ。ウマイウマイ、矢張女といふ者は何か一つ刺戟を与へないと駄目だワイ。まだ懐を調べてゐないが、あの治道は○を沢山持つて居るに違ひない。それに恨のある奴が来てるによつて、俺にも都合がよいといふものだ。何しろ月と花にもまがふ美人だからな。エヘヽヽヽ。両手に花とは俺の事だ。二人の妻に手を引かれ、黄金の橋を渡るといふ言ひ置は、今実現しさうだワイ。ウツフヽヽヽ』
と四辺に人無きを幸ひ、独り笑壺に入つて居る。
(大正一二・七・一六 旧六・三 於祥雲閣 松村真澄録)
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