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文献名1霊界物語 第66巻 山河草木 巳の巻
文献名2第1篇 月の高原よみ(新仮名遣い)つきのこうげん
文献名3第3章 酒浮気〔1685〕よみ(新仮名遣い)さけいうけい
著者出口王仁三郎
概要
備考
タグ データ凡例 データ最終更新日2018-04-11 15:52:38
あらすじ
主な人物【セ】アンコ(ジャンク家の門番、28歳)、バンコ(ジャンク家の門番)、セール(ジャンク家の下僕)、インカ(隣のコマ村の百姓、侠客)、照国別、梅公、タクソン【場】照公、エルソン【名】ジャンク(タライの村の里庄)、スガコ姫(ジャンクの娘)、大足別、コマ村の里庄、サンダー(コマ村の里庄の息子) 舞台タライの村の里庄ジャンクの家 口述日1924(大正13)年12月15日(旧11月19日) 口述場所祥雲閣 筆録者加藤明子 校正日 校正場所 初版発行日1926(大正15)年6月29日 愛善世界社版37頁 八幡書店版第11輯 742頁 修補版 校定版37頁 普及版67頁 初版 ページ備考
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本文  タライの村の里庄ジャンクの家の表門には、甲乙二人の門番が胡坐をかいて雑談に耽つて居た。
甲『オイ、バンコ、どうも此頃位怪体な時候はないぢやないか。朝も早くから日の丸様がカンカンとお照りなさるかと思へば、直様西の方から黒雲がやつて来て日の丸を呑んで了ひ、お月様が照るかと思へば、雲に呑まれ、この暑い国も底冷たい風が吹き何とはなしに悪魔に襲はれさうな気分で、酒でも飲まなければやりきれぬぢやないか』
バンコ『オイ、アンコ、それは何を云ふのだ。酒どころかい、大事な大事な一人娘のお姫様はお行衛が分らず、ジャンクの旦那様が日々青息吐息で、大自在天様に火物断をし艱難苦労をして御座るのに、其家の子の吾々が安閑と酒を呑むやうな不始末が出来ようか。姫様がお帰りになつたら三日なりと五日なりとお祝の酒を頂かうとままだ。旦那様が火物断をして厶るのに、吾々は結構なお扶持を頂き安閑と門番をさして頂いて居るのぢやないか。勿体ない、冥加に尽きるぞよ』
アンコ『夫れだつて人間はさう悲観斗りするものぢやない。天地の道理を考へて見よ、黒雲は日月を呑み、大蛇は人を呑み、蛇は蛙を呑み、大魚は小魚を呑み、暴君は人の国家を呑み、英雄は天下を呑み、女房は夫を呑み、大工の宝は槌と鑿、人間は酒を呑み、茶を呑み、水を呑み、芸者は人の家倉を呑み、おまけに床の下から這い上つて来て吾々を遠慮会釈もなく噛んで血を啜る奴は蚤だ。それだから門番のみに心力を費し謹慎々々と謹慎のみに日を送つて居るやうな事で、どうして人間様の生命が保たれようか。人間は生活する為に生て居るのぢやないか』
バンコ『馬鹿云ふな、今の人間に生活なんてあるものか。生活と云ふ奴は生々として社会に最善的活動をなし、神の御子として世の為、人の為に愛善の徳に住し、信真の光に浴して、善美なる生涯を送るものを称して生活者と云ふのだ。どいつも、こいつも生活難がどうだの、生命がどうだのと学者振つて吐いて居るが、生命がどこにあるか。何奴も此奴も、機械人形のやうに、ウヨウヨと蠢動して暗黒界に堕落し、虫の息で半死半生の境遇にあり乍ら、新生命だとか何とか云つて居るのが、をかしいわい。生活難ではなくて生存難の事を云ふのだらう』
アンコ『生存難に打ち勝ち半死半生の境涯を脱却しようとして吾々は活動をして居るのだ、それだから生活といふのだ。今日の種々の主義者を見よ彼奴だつて……………、左に傾いているのぢやないか。左に傾くのは酒に限る。それだから左傾(酒)党と云ふのぢや、あゝ酒なるかな、酒は百薬の長だ。万民愛護の神様だ、平和の曙光だ』
バンコ『オイオイ アンコ、さう脱線しては困るぢやないか、酒と左傾党とを混同してるぢやないか』
アンコ『定つた事だ。酒に酔うた上に管を巻き、終ひの果には気に入らない嬶の横面をはり倒し、家から追出して新規播直しに愛善の徳に富み、信真の光に満ちた女神様を入れるのが酒の徳だよ。之を称して万民愛の世界改革酒断(手段)と云ふのだ。左傾党だつて同じやうなものだ。古い社会を立替へて新しい平和の社会を立て直さうとするのだから、いづれ一度は酒の酔と同様に、落花狼藉乱離骨敗、矛盾混沌の暗黒界を来さないとも限らない。破壊の為の破壊でなく、建設の為の破壊だよ。さあさうだから僕は仮令主人がどうあらうとも、僕は僕として酒に信頼するのだ』
バンコ『夫れやさうかも知れぬが、避得る限り酒は避たいものだなア』
アンコ『山はさけ海はあせなむ世ありとも
  酒に心は離れざりけり。

と云ふ古歌があるだらう。さうだから僕は酒を止める事は出来ないのだ。何奴も此奴もなさけない顔をして忠義面を振廻し、世の潮流に漂ひ、時代の風に吹きまくられて戦慄して居るのだからなア、困つたものだよ。酒の反対は浮けだ、「酒を呑め呑め呑んだら浮けよ」と云ふぢやないか。何程浮け浮け浮いて浮世を暮せと云つたつて瓢箪ぢやあるまいし、酒も呑まずに浮けるものか。左傾即右傾(酒即浮け)なりと云ふ這般の真理を知らない唐変木は、現代の世に処することは出来やせないぞ』
バンコ『オイそんな大きな声で左傾々々と云ふものぢやないわ。此の頃はバラモンのスパイが昼夜の区別なく往来して居るぞ、些し危険の言語は避けたら好からうぞ。大黒主から御発布になつた法律をお前は何と心得て居るか』
アンコ『法律と云ふものは、正邪善悪を蹂躙して立つ、暴君の専政を謳歌する唯一の機関に過ぎないのだ。強者は益々強く弱者は益々弱く、悪徳の蔓延する悪魔の機関だ。今日の法学者だつて奸吏だつてみんな善の仮面を被り、飽迄も悪を遂行しようとして居るのぢやないか。それだから暗黒無明の世界だと云ふのだよ。現代の悲境を救ふのには酒でも呑んで浩然の気を養ひ、恍惚として其心魂は天国の楽園に遊ぶためだ。世の中にこれに増したる救世主があらうか。あゝ酒なるかな酒なるかな。僕は飽迄酒党だ。酒党は即ち浮け党。どうだ、僕の教説が、うけ取れたかな』
バンコ『右確にうけとり不申候だ、アハヽヽヽ。併し貴様は臭いぢやないか』
アンコ『馬鹿云ふな、俺は二十八才だ、壮年の花盛りだよ。正に男子として美の頂点に達した所だ。スガコ姫さまだつて俺にはチヨイ惚れだつたのだからなア。俺もスガコさまのお顔をチヨイチヨイ拝むのが楽しみに、こんな卑しい門番になつたのだ。蛟竜池中に潜むとも、何時迄か池中のものならむや。一朝風雲を得れば天地に蟠つて日月を呑吐する底の神力を有する怪男児だよ』
バンコ『ハヽヽヽヽ、デカタン風のやうに、好くも吹いたものだなア。スガコ姫様に愛して貰はうと思へば門番ぢや気が利かねえ。なぜ貴様の云ふ通り天地に蟠つて風雲を捲き起し、男の中の男と謳はれないのだ。天下一の人気男となつて見たまへ。スガコ姫以上の美人が煩さい程貴様の周囲に集まつて来るやうになるわ。此んな門番位やつて居てスガコ姫様に対し、恋ぢやの愛ぢやの吐すのは片腹痛いわ、アハヽヽヽ。御主人の心も知らず、懐の中に朝から晩迄酒器を隠しやがつて、人の目を盗んでチヨイチヨイと引つかけて居ると云ふケチな根性だから、いつ迄も頭が上らないのだ、ハヽヽヽヽ』
アンコ『これやバンコ、俺の金で俺が呑むのに何が悪い。貴様は俺の先輩ぢや、上役だといつも威張よるが、そんな事で人が使へるか。コセコセと何だい。部下の行動をゴテゴテ云ふやうな事でどうして世が治まるか。吾々は圧迫すりやする程頭を擡げるのだ。反抗と抗議と革命は吾輩の生命だ。チエー貴様もいまのうちに目が覚めないとアンコ主義者の暴動が起り貴様の地位を転覆し、バンコ末代浮かべぬやうになるかも知れないぞ。エーン。懐中に呑んで居た此酒徳利を貴様に看破された以上、もはや何の躊躇が要るものか。焼糞だ、やけ酒だ、言論では追付ない。示威行動だ』
と言ひ乍ら鬼の蕨を固めてバンコの頭を首も飛べよと擲りつけた。バンコはアツと叫んで其場に倒れた。
 かかる所へジャンクの家の下僕セールは慌しく走り来り、
セール『オイ、何だ何だ、妙な悲鳴が聞えたぢやないか』
アンコ『アハヽヽヽ、アンコさまが国家安固の為めに、バンコ平和の基礎を作る為め、日頃の主義主張(酒義酒張)の実行と出かけたのだ。ても扨ても脆いものぢやわい、イヒヽヽヽ』
セール『オイ、アンコ、そんな気楽な事を云つて居るどころかい。バンコが人事不省に陥つて居るぢやないか』
アンコ『アハヽヽヽ人事不省に陥るのも天の然らしむる所ぢや。此奴は自分の事ばかり考へて人事を省みないから人事不省に陥つたのだ。其癖人の頭に上つて不正の事ばかりやりやがつて、唯一の吾々の娯楽にして居る酒をどうだの、こうだのと頭から圧迫しやがるものだから酒の霊が聯盟して茲に直接行動となつたのだ、アハヽヽ』
セール『チエツ、酒呑と云ふものは仕方のないものぢやなア。どうれ介抱してやらねばなるまい』
とセールは清らかな湯水を汲み来り、頭部面部の嫌ひなく伊吹の狭霧を吹きかけ、…バラモン自在天救ひたまへ助けたまへ…と流汗淋漓として祈願を籠めた。半時斗りたつとバンコは息吹きかえし、セールに手を引かれ、ヒヨロリ ヒヨロリと吾居間を指して導かれ行く。
 後見送つてアンコは怪しき笑ひを泛べ、
アンコ『チヨツ、エヽ反古の小撚で造つた羅漢のやうな面曝しやがつて、酒がどうのこうのと何だい。又セールもセールだ。闇で蛙を踏み潰したやうな声を出しやがつて、吾輩に意見がましい事を吐きやがつた。ヘン何奴も此奴も古い頭だな。然し俺も、些とは好くないかも知れぬ。あまり直接行動が早やすぎたからなア。併し当家の旦那様もさう云ふもののお気の毒だ。一人よりないお嬢さまは悪漢に夜の間に奪はれ今にお行衛が分らず、其所へ向けてバラモン軍の大将大足別奴、沢山の部下を引きつれ闖入し来り、金銀珠玉を奪ひ取り帰つた後だから、旦那様も御心配なさるのも御無理はあるまい。アヽ思へば思へばお気の毒様だ』
と独り語ちつつ又もや懐から酒徳利を出し、額をピシヤピシヤと右の手で叩き乍ら、左の手で徳利の口を自分の口へ運んで居る。
 其所へ慌しく門を潜つて入り来る一人の男があつた。アンコは目敏くこれを見て、
アンコ『オイオイオイ、どこへ行くのだ。此処に門番が厶るぞ。此関所を越えるのにや吾輩の許可を受けねばなるまい。一体貴様の名は何と云ふか』
男『ハイ私は隣村の百姓でインカと申ます。ジャンクの旦那様に御報告の為め取急ぎ参りました。何卒お通し下さいませ』
アンコ『ハヽヽヽヽ。お前の名はインカと云ふのか。そんなら門の通過を允可してやらぬでもないが、貴様は右傾党か左傾党か、どちらだ。左傾党なら此酒を飲下して進むのだな』
インカ『イヤ有難う、私は酒の話を聞くとどんな大切な用でも忘れて仕舞ふのです。どうか帰りに呑まして下さい』
アンコ『ナランナラン、人の志を無にすると云ふ事があるか。先づ一ぱいグツと飲下して而して後に君の使命をジャンクの主に報告すれば可いのだ。さうクシヤクシヤと世の中を狭く小さく暮すものぢやないよ。まア一口やりたまへ』
とインカの口許へ突つける。インカは目を細うしてガブガブと音を立て嬉しげに呑み干した。
アンコ『オイ、コラコラ貴様が皆呑んで了つたぢやないか。俺をどうして呉れるのだ』
インカ『誠にすみませぬ、あまり美味しい酒で口を離さうと思つたのですが、副守の奴、空になる迄離して呉れなかつたのです。何卒過ぎ去つた事は大目に見て下さいな』
アンコ『よし、それぢや俺の云ふ事を聞いて呉れるか、聞いてくれりや了見する』
インカ『どんな事で厶いますか、とも角聞かして頂きませう』
アンコ『俺の名はアンコだ。併し乍ら俺の地位は余り安固でない。今バンコに対して蛮行をやつたものだから、どうやら首が飛びさうだ。だから此所をスタコラヨイヤサと三十六計の奥の手を出さうとして居た所だが、此処を出されちや居所に困る。浮浪罪で捕まつては大変だから、暫くお前の家に養つて貰ひたいものだなア』
インカ『何の事かと思へばそんな御用ですか。ヘイ宜しい、私もコマの村の侠客ぢや。男が頼まれちや後には引けませぬ、安心なさい。きつと引き受けますよ』
アンコ『やア有難い、夫で一寸安心した。併し君、慌しうやつて来たのは何の用だ。一寸端緒だけでもよいが、僕に内報して呉れまいか』
インカ『や、実の所は自分の村に大変な騒動が起つたのだ。里庄の悴サンダーさまが当家のお嬢様スガコ様にゾツコン、ラブして厶つた所、お前も知つての通りスガコさまが行衛不明になつたのだ。サンダーさまが失望落胆の為め発狂したと見え、此間から行衛が分らぬのだ。夫が為めに村中は山と云はず谷と云はず広い野原迄、返せ戻せと鉦や太鼓で探して見たのだが、今に行衛が分らぬので許嫁のある当家へ無音信つて居る訳には行かないので、里庄に頼まれ使に来たのだ。自分も沢山の乾児を使つて昼夜兼行で探して居るのだが今にわからないのだよ。実に気毒な事が出来たものだ。夫のみならずバラモン軍が通過の際村中の婦女を誘拐し、村民は大変に困つて居る、何とかして一時も早く所在を探さねば此インカだつて男の顔が立たないのだ』
アンコ『アーさうか、夫れや気の毒だ。俺もお前の兄弟分となつて、一つ捜索隊の御用でも努めようかなア、アハヽヽヽ』
インカ『ヤア、兎も角も奥へ往つて報告を済まして来るから、又後で悠つくり話さうか』
と云ひながら足早にジャンクの館をさしてかけり往く。
 かかる所へ宣伝歌を歌ひながら、やつて来たのは照国別の一行五人であつた。アンコが厳重に鎖した門の外に宣伝使一行は立ち乍ら、
照国『お頼み申す、お頼み申す』
アンコ『ナヽ何だ、バラモン教の宣伝使はお断りだ。宣伝使なんかに用はない。トツトと帰つて下さい。当家は心配事が出来て上を下へと大騒動だ。そんな気楽さうな歌を歌つて来る乞食の潜る門ぢやない。トツトと帰んで貰ひませうかい』
梅公『主の神は此家の嘆きを救はむが為に、教の御子をつかはし門外に立たせ給へども、奸悪なる世はこの御使を迎へ入れ救はるる事を知らず、実に憐れむべきの至りだ』
と大声に叱呼した。
タクソン『オイ門番、アンコにバンコ、俺は主人にお気に入りのタクソンさまだぞ。お屋敷の難儀を救ふべく三五教の活神様をお迎へ申て来たのだ。何をグヅグヅして居るか。サア早く開けたり、開けたり』
アンコ『エイ、嬶盗まれのタクソン奴、偉さうに吐しやがる。仕方がない、開けてやらう』
と呟き乍ら、閂を外し、パツと門を開いた。
タクソン『ヤア御苦労、いつも元気な顔をして居るなア、結構々々』
と云ひ乍ら照国別一行を案内し邸内深く進み入る。
(大正一三・一二・一五 旧一一・一九 於祥雲閣 加藤明子録)
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