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文献名1霊界物語 第66巻 山河草木 巳の巻
文献名2第3篇 異燭獣虚よみ(新仮名遣い)いしょくじゅうきょ
文献名3第15章 喰ひ違ひ〔1697〕よみ(新仮名遣い)くいちがい
著者出口王仁三郎
概要
備考
タグ データ凡例 データ最終更新日2018-04-19 12:40:02
あらすじ
主な人物【セ】玄真坊、シーゴー坊、パンク、ヨリコ姫(女帝)【場】-【名】サンダー、スガコ姫、大足別、ジャンク 舞台オーラ山 口述日1924(大正13)年12月17日(旧11月21日) 口述場所祥雲閣 筆録者北村隆光 校正日 校正場所 初版発行日1926(大正15)年6月29日 愛善世界社版209頁 八幡書店版第11輯 807頁 修補版 校定版213頁 普及版67頁 初版 ページ備考
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本文の文字数5956
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本文  玄真坊は、サンダー、スガコの二人の美人に現をぬかし、いかにもして両手に花をかかへた色男たらむと、七つ下りになつて数多の信者の帰つて行つたのを幸ひ、自ら包丁を手にして両人の喜びさうな珍味佳肴の料理にとりかかり、ホクホクもので捻鉢巻、襷がけで板場を稼いでゐる。そこへ附近村落の宣伝を了へて頭目のシーゴー坊が錫杖をガチヤつかせ乍らドシンドシンと帰つて来た。
シーゴー『これはこれは玄真坊殿、沢山の部下のあるにも拘らず、お手づから炊事をなさるとは不思議千万、人は重からざれば威あらず敬せられずとか云つて、さう軽々しうされちや部下を治むる重鎮の貫目が零になりますよ。サアサア早く部下にいひつけて料理をさせ、貴僧はヨリコ姫御女帝の前に伺候なされ。拙者も之から女帝の御前に宣伝の模様を報告致す厶らう』
 玄真坊は、
『悪い所へシーゴーが帰つて来やがつた』
と聊か面喰つたが、流石の曲者、さあらぬ態にて、
玄真『アハヽヽヽ、これはこれはシーゴー殿、永らくの間の宣伝、御苦労で厶つた。貴殿の昼夜不断の御尽力によつて愚夫愚婦の寄り来ること層一層多く、人山を日々築き拙僧も随分疲労致して厶れば、今日は自ら料理をなし、快よく一杯やつて浩然の気を養はむと思つた処で厶る。サア早く女帝のお側へ行つてお休み下さい。拙者はキツトあとからお伺ひ致すで厶らう』
シーゴー『拙者も随分疲労致しました。貴僧のお手料理を賞翫するのも、亦結構で厶らう。どうか精々と御馳走を願ひ度いものですわい。時に玄真殿、コマの村の里庄が娘サンダーと云ふ花に嘘つく美人が当山へ来てゐる筈ですが御存じでせうな。拙者思ふ所あり山住ひの無聯を慰めむとて、懸河の弁を揮ひ、当山迄おびきつけた筈で厶る。御存じならば一目、彼に会はして貰ひ度い、アハヽヽヽ』
 玄真坊は此言葉にヒヤリと頭から冷水を浴びせかけられたやうな気がしたが、もはや隠す訳にも行かず、思ひ切つて、
玄真『成程、チツト許り渋皮のむけた美人が先日参りました』
シーゴー『その美人は今何処にゐますか。是非一目会ひ度いものです。かう身体縄の如く疲れ果てては酒の一杯や二杯飲んだ所で到底元気は恢復致さぬ。絶世の美人の花の顔を眺め、丹花の唇より静かに出づる言の葉を耳に聴聞するが唯一の力で厶る。美人の笑みは所謂生命の源泉となるものだから、実は拙者の命の洗濯用にもと存じ、布婁那の弁を以て当山へ差向け置いた次第、如才のない貴僧の事であるから、キツト大切にして置いて下さつたでせう。貴下のお手料理は所謂、彼の美人等に勧むる為で厶らう。イヤハヤ感謝致しますよ。貴殿も自ら料理なんか成さるやうな方ではないが、恋愛と云ふ曲物に取挫がれては、からつきし駄目ですな。恋の奴となり、甘んじて下郎の役を遊ばすと見える。世の中に何が強いと云つても恋と云ふ奴ほど、無限力をもつてゐる奴はない。鬼を欺く髯武者の男子、しかも此白髪首も蕾の花の綻びむとする優姿を眺め、馥郁たる香気を嗅いだ時は、もとの昔に返つたやうで厶る、アハヽヽヽ』
 玄真坊は二人の美人を永らく食料攻めにして苦めおき、今日ヤツト両人が香ばしい言葉を出したので恋の願望成就と、なるべく味のよい加減のよい食物を与へ、層一層二人の歓心を得むものと心を砕き力を尽し、汗を絞つて漸く馳走を拵へた所へ、シーゴーが帰つて来て、いろいろと耳の痛い事を聞かされ、夜食に外れた梟鳥か、小田の蛙が蛇に追はれて泣きそこねたやうな面をして、ブツブツと口の奥にて小言を云ひ乍ら、匆々に膳部を拵へ、シーゴーをして早く此場を立去らしめむと、いろいろと謎をかけるけれども、意地の悪いシーゴーは此場に立ち塞つて女帝の側へ伺ひに行かうとはせぬ。
シーゴー『ハヽヽヽ、此膳部は三人前で厶るな、成程、女帝様と拙者と貴殿とで厶るか、ヤ、貴僧ばかりに骨を折らせても済まない。拙者が膳部を運びませう』
玄真『イヤ、お構ひ下さるな。徹頭徹尾、拙者が取扱致しませう。サア早く貴僧は女帝様の御機嫌を伺つて来て下さい。女帝様も先日より貴僧のお帰りをお待ち兼ねですからな』
シーゴー『然らば之より女帝様に御挨拶に参りませう。幸ひ拙者も空腹なり、時分もよし、女帝様もお腹が空いてゐるでせう。貴僧が丹精をこらして手づから拵へになつた百味の飲食を三人で頂くのも愉快で厶らう。いや楽しい事で厶る』
 玄真坊は二人の美人を喜ばせ、自分も一緒に舌鼓を打つて二人の嬉しい顔を見乍ら一杯やらうと思つて居たのに、九分九厘の処にシーゴーに帰つて来られ、
『どうせ御馳走はあて外れの処へ持つて運ばねばならぬやうになつて来た。加ふるに、苦心惨憺して吾意に八九分靡かせたサンダーは、どうやら、シーゴーが懸想してゐるらしい。今のシーゴーの言葉から考へて見れば、彼は自分の妻にしようと思つて、ここへ詣らせたのに違ひない。イヤ確に目的があつて弁舌にまかせ、彼サンダーを、此処へよこしたのだ。ハテ気の揉める事だわい。三人前の馳走をシーゴーに見つけられた以上は、どうしても女帝様に奉らねばなるまい。自分の分丈けを残して二人前、送るとした所で二人の女に一人前の膳部とは可笑しい、又女帝様の命令で……三人揃うて一杯やらう……等と云はれちや一人前の膳部も助からない。アさうすりや二人の美人に此玄真坊は益々信用を落す道理だ。……人を騙した残酷な奴だ……と、層一層怨まれるやうになつちや恋の目的は達成しない。チヨツ、偉いジレンマにかかつたものだわい。アーアー、此方立てれば、彼方が立たぬ、彼方立てれば此方が立たぬ。両方立つれば身が立たぬ……とは自分の事だ。アーア』
と吐息をついてゐる。そこへ慌ただしく、パンクが女帝の使として、やつて来た。
パンク『もしもし玄真坊様、女帝様のお使で参りましたが、今シーゴー様が久し振で宣伝を終へお帰りになりましたので、女帝様も非常にお喜び遊ばし、貴方にも来て貰つて女帝様、左守、右守のお三方が祝酒を飲み、御馳走をお食り遊ばすので、私に女帝様が「料理をせよ」と仰せられました所、シーゴーさまの仰有るのには、「イヤ女帝様、御心配下さいますな。今玄真坊様は天眼通を以て、拙者の帰るのを前知し三人分の馳走を拵へて居られますから、それさへここへ運んで来れば、いい」との事、流石の女帝様も「玄真坊様は何と、偉い奴だな」と、舌をまいて感心遊ばしましたよ。サア、何卒お待ちかねですから、女帝様のお居間へお越し下さい。お膳部は私が運ばして頂きます』
 玄真坊は是非なく溝狸が頭から煮茶を被せられたやうな不足な顔して、二人の女に心を残しつつ天王の社の床下に築かれた地下室、女帝の居間へと進み行く。
 女帝は一段高い床の上に座を占め、シーゴー、玄真坊は少し下つて鼎座となり、酒を汲み交はし乍ら手柄話に花を咲かした。パンクは酒注ぎ、飯つぎの役を忠実に勤めてゐる。何を云つても山賊の親分だから、余り小難い行儀もない。酒飲み乍ら、喰ひ乍ら、諄々と話を続けて云ふ。
ヨリコ『シーゴー殿、永らくの宣伝、御苦労であつた。その効果空しからず、神様は大変な御繁昌だよ。随分骨を折つたでせうな。その影響として玄真殿も、大変に多忙を極めてゐたやうだ、其方が帰つたら、一度慰労会を催し度いと思つて居た所だ。サア飲み乍ら食ひ乍ら、其方の活動振を聞かして貰はう』
シーゴー『ハイ、先づ顕著なる私の働きと云へばタライの村の美人スガコを初め、コマの村の美人サンダー姫を、うまく此方へ引寄せおき、尚も宣伝をつづくる中、ハルナの都より地教山に向ふバラモン軍の勇将大足別の部下が附近村落に宿営をなし、金銭物品を掠奪し、婦女を姦し甚しきは美人を持ち去り家を焼く等、乱暴狼籍至らざるなく、吾等が縄張を荒すこと甚しく、人心は恟々として、天の救ひを求むる好時節、此機逸してなるものかと、獅子奮迅の勢にて昼夜を分たず宣伝を致しました。中にも最も愉快なるはタライの村の里庄ジャンクは義勇軍を起し、バルガン城に向ふ事となり、最愛の娘は行衛知れず、自分が今戦場に向ふ上はもとより生て帰る事は思ひも寄らず、可惜巨万の財産を相続するものがないと云ふ破目、之ぞ天の与へ、拾はずんばあるべからずと、修験者の仮装を幸ひ、彼が出陣の間際に彼を訪ひ、殆ど応接の遑なき多忙をつけ込み、「オーラ山に降り玉ふ天来の救世主、玄真坊に全部財産を奉れよ」と掛合つた所、ジャンクの申すには「一人の娘は生死も分らぬ今日の場合、吾又戦場に向はば屍を山野に曝す覚悟、財産の必要はない、神様に奉るから天下万民のため、善用せよ」との頼み、イヤハヤ大成功で厶る、アハヽヽヽ』
ヨリコ『今に初めぬ其方の働き、天晴々々、マサカの時の軍資に宛つる事が出来るであらう。流石はシーゴー殿、ヤツパリ猪食た犬は猪食た犬だ。それでこそ三千人の頭目として恥かしからぬ頭目だ』
と頻りに褒めそやかす。シーゴーは満面の得意に大口を開けて笑ひ乍ら肩を揺すつて玄真坊に向ひ、
シーゴー『玄真殿、拙者の腕前はザツトこんなもので厶る。貴殿も一寸、おあやかりなさい。女帝様のお褒めの言葉を頂いて、もはや天下を握つたやうな気分が致すで厶る、アハヽヽヽ』
と酔に紛らし威丈高に笑ふ。玄真坊は折角二人のナイスを喜ばせようと思ひ丹精凝らして料理した膳部は捲き上げられ、田舎の爺が三里もある豆腐屋に行つて、油揚を買つて帰りに鳶に攫はれたやうな気のぬけた面をさらし、半泣きの態にて、
玄真『拙僧だとて、仲々の苦労が厶る。相手変れど主変らず、朝から晩まで雲霞の如く集まり来る老若男女に対して一々何とか、かんとか、ごまかさねばならず、中には骨のある奴があつて「そんな筈がない」とか「理が合はぬ」とか、難かしい哲学を楯に取つて理窟をこねる事もあり、日に幾度、ヒヤヒヤ、アブアブ、する事があるか知れないのですよ。その度毎に冷汗は出る、心臓は躍る、腹はデングり返る。何程小便が張りきつて居つても、活神様が中途に便所に行く訳にも行かず、大便は尚更のこと、真青な顔して、高座に上つてゐる時の苦しさ。シーゴー殿のやうに自由自在に広い原野を横行濶歩するのと違い、その苦しさは幾層倍かも知れませぬぞ。拙者の活動は地味ではあるが、最も苦しく且功績も多い。シーゴー殿の活動は云はば外的で花々しくて、愉快で、加ふるに功労は一々目に見えるのだから、拙者よりも余程勲功が高いやうに、一寸は見えるが、どうしてどうして拙僧の苦心に比ぶれば九牛の一毛にも如かないだらう』
シーゴー『ヘン、何程苦しいと云つても、七つ下れば上跨を打つて美しい女を口説き乍ら、休んでゐられるのだから楽なものだ。拙者の如きは昼夜の区別なく、荒風に吹き捲くられ、時々ポリスの追跡をうけ、バラモン軍に追ひまくられ、犬には吠つかれ、猛獣にも脅かされ、おまけに露の弾丸、霜の剣を身に浴びて、荒涼たる原野の中を縦横無尽に馳駆する苦しさ。到底岩窟の中に蟄居する守宮さまの、想像し得る処ではない。エー、時に拙者が弁舌を振ひ、千変万化の秘術を尽して当山へ差向けたるスガコ、サンダーの二人の美人は如何なされたか。男許りの酒宴ではネツカラ興が厶らぬ。玄真坊殿、どうか両人をこれへ引出し、酒の相手に歌でも謡はせては如何で厶るな』
玄真『如何にも、尤も乍ら、彼は今断食の修業中で厶れば、仮令呼び出した所で、お間には合ひますまい。顔色憔悴して土の如く、殆ど此世の人ではあるまい如き窶れた姿、寧ろ見ないが花で厶らう』
シーゴー『然らば修業が済んだ上、拙者も、ユルユル女神様にお目にかからう。もし女帝様、私の御褒美にサンダーと云ふ女を頂き度いもので厶います』
ヨリコ『サンダーと云ひ、スガコと云ひ、何れも其方の苦心惨澹の結果、引寄せたものだから、其方の自由にしたが宜からう。妾は女の事でもあり美人の必要はないから、其方の勇気をつなぐ為、自由にしたが宜からうぞや。玄真坊は天帝の化身だから、ここ暫くは女なんかに心は寄せず、飽迄聖者と成りすまし、目的の成就迄は辛抱して貰ひ度いものだ。のう玄真坊、其方もそれ位の考へはあるだらう』
 玄真坊は頭をかき乍ら、
玄真『ハイ、エー、何で厶います。エー、拙僧もあく迄聖者を気取り、なるべく生神としての信用を保ち度く、昼夜に心を揉んでゐますが、何と云つても二人の美人、拙僧に恋慕致し、明けても暮れても玄真々々と云つて、夢現となり恋にやつれて今は見る影もなき有様、此両人を此儘にしておけば、もはや命は亡ぶるより道はありませぬ。此両人こそは音に聞えし富豪の娘、どこ迄も生命を保たせ人質となし、彼が親の財産を捲き上げて、軍資金の充実を図らねばならぬからと存じ、燃ゆるが如き二人の恋慕を煩さい乍ら、柳に風と受け流し、タワタワと濡れ畔を渡るやうにして、今日が日迄、彼等の心を慰め将来に望みを抱かせておきましたが、拙者が顔を見せない時は彼は焦れ死を致します。それで拙者は彼が犠牲となつて日夜真理を説きさとし、不離不即の態度を持し、彼の元気が恢復する迄、時々慰めてやる考へで厶いますれば、之から拙者が彼の岩窟に訪うとも決して怪しまないやうにお願ひ致します。彼等二人の元気恢復して元の身体となる迄は仮令シーゴー殿と云へども彼の室に出入せぬやう、女帝様より厳しく御申付け下さいますやうに……』
と虫のよい予防線を張つて云ふ。
 シーゴーは肩を揺すつて高笑ひ、
シーゴー『アハヽヽヽ、玄真殿の予防線、否鉄条網、イヤハヤ、シーゴー、感奮仕つた。それ丈けの腕がなくては美人に対し、云々する資格は厶るまい。玄真坊は年も若く男前もいい。拙者は御覧の如く頭に霜雪を頂き、到底若き女の好む面付では厶らぬ。此点に於ては玄真坊殿に対し一歩を譲らねばなりませぬ。然し乍ら、玄真殿、此御馳走は女帝様や吾々の口に這入るべき物ではなかつたのでせう。断食をしてゐると云ふ、修業者に向つての献立、大方影膳にお作りなさつたのであらう。拙者はお蔭を頂いて御馳走を鱈腹頂いたが嘸、二人の断食者は待ちかねてゐる事でせう。サア玄真殿、御苦労乍ら、炊事場に行つて二人前、否三人前の料理を調進召され。てもさても、器用なお方で厶る。アハヽヽヽ』
とあてこすられ、玄真坊は今戸焼の出来そこのうた布袋のやうな面をして、しやちこばつてゐる。
ヨリコ『面白し玄真坊の面ざしは
  泣きそこねたる羅漢面かな』

玄真坊『之はしたり羅漢面とは訝かしや
  女帝の言葉と覚えざりけり』

シーゴー『岩の戸に立て籠み置きし艶人に
  心揉みてや汝のをののき』

玄真坊『何なりと誹れば誹れ吾は只
  神のまにまに進むのみなる』

ヨリコ『何事も水に流せよ盃の
  中にも澄める望の月影』

(大正一三・一二・一七 旧一一・二一 於祥雲閣 北村隆光録)
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