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文献名1霊界物語 第67巻 山河草木 午の巻
文献名2第2篇 春湖波紋よみ(新仮名遣い)しゅんこはもん
文献名3第10章 スガの長者〔1712〕よみ(新仮名遣い)すがのちょうじゃ
著者出口王仁三郎
概要
備考
タグ データ凡例 データ最終更新日2018-05-13 18:15:21
あらすじ
一行は、スガの港に到着する。

アリーは三五教により救われ、感謝の後に皆に別れる。

イルク、ダリヤは自分たちを助けてくれた宣伝使たち一行を、家に招く。

父親でスガの街の長者、アリスはウラル教に、息子・娘の無事を念じていた。

過去の悪行を思い、懺悔をしていたところ、息子・娘の無事の帰宅を知る。

アリスはウラル教の神殿に悔い改めの祝詞を上げ、息子・娘と三五教の宣伝使たちを迎え入れる。

そこへ、南方の方より鬨の声が聞こえ、雲焼けを認める。一同は、バルガン城に大足別将軍が攻め入り、市外を焼き払ったことを知る。(トルマン国の話は第70巻へ、梅公のその後の行動は第68巻第16章へ続く)
主な人物【セ】アリー、イルク、ダリヤ、梅公、ヨリコ姫、花香姫、カル(門番、甲)、アル(門番)【場】シーゴー【名】アリス、目付役、ウラル彦、アリスの最初の妻、アンナ、アンナの夫(アリスタン)、大足別 舞台 口述日1924(大正13)年12月27日(旧12月2日) 口述場所祥雲閣 筆録者松村真澄 校正日 校正場所 初版発行日1926(大正15)年8月19日 愛善世界社版132頁 八幡書店版第12輯 78頁 修補版 校定版134頁 普及版68頁 初版 ページ備考
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本文  港の家々の点燈は湖水に映り、恰も不夜城の如くにみえた。天空冴え渡り、星光きらめき亘つて、えも云はれぬ清新の空気が漂うた。数百人の乗客は先を争うて棧橋を渡り、各家路に帰る者、宿を求めて行く者、一時は非常な雑鬧を極めた。梅公一行は今や船をおりむとする時、船長のアリーはあわただしく梅公司の前に跪き、熱い涙を流し乍ら、
『宣伝使様、思はぬ御縁によりまして、天国の福音を聞かして頂き、又日頃の妄執もサラリと晴れました。之よりは父の仇を報ずる代りに、往来の人を吾子の如くに愛護し、善一筋に立返ります。どうか私たちの身の上に平和と喜びの幸あらむ事をお守り下さいませ。此船が無ければ、私は何処迄もお伴が願いたいので厶いますが、今日の事情許しませぬから、残念乍らお別れ申します。どうぞ途中無事に神業成就して、斎苑の館へ凱旋遊ばすやう、私も朝夕お祈り致して居ります。次にダリヤさま、イルクさま、私は今迄あなたの家庭を仇敵として附け狙つてをりましたが、最早今日となつては三五の神風に吹き払はれ、心中一点の塵も止めない清浄無垢の霊身に立返つたやうな精神が致します。恨み、妬みも憤怒の念も厶いませぬから、どうぞ御安心下さいませ。そしてダリヤさまは私と同じ母の胎内より生れた、いはば私の妹も同様ですから、どうか今後は親しく御交際を願ひたう厶います。お父さまにも宜しく仰有つて下さいませ』
イルク『何事も因縁事で厶いませう。私も今の貴方のお言葉を聞いて安心致しました。実の所は、今迄貴方が私の父を附狙つてゐられるといふ事を、方々の人々から内聞致しまして、内々心配してゐた所で厶いますが、最早其お言葉を聞く上は、私も此世の中が広くなつたやうな心持が致します。ダリヤに対して貴方は兄上さま、又私もダリヤに対しては兄で厶いますから、どうか三人兄妹となつて、仲能う神様の恵に抱かれて、世の中を渡らうぢや厶いませぬか』
アリ『ハイ有難う厶います。こんな嬉しい事は、生れてから一度も味はつた事は厶いませぬ。どうか親子兄妹仲よう暮らして下さいませ。時にダリヤさま、私は月に一回づつ此港へ参りますから、又どうぞ遊びに来て下さい』
ダリ『ハイ、有難う厶います。貴方も此港へお着きになつたならば、キツト私の宅をお訪ね下さいませ。私は本当の兄さまのやうに存じて居りますから』
アリー『有難し皇大神の御恵に
  日頃の胸の雲霧はれぬる』

ダリヤ『一度は恐はしと思ひ一度は
  恋しと思ひし人に別るる。

 恋雲も吾兄上と聞きしより
  拭ふが如く晴れにける哉』

アリー『胤違ひ吾妹と知り乍ら
  恋のきづなに縛られにける。

 あゝされど神の教の畏ければ
  道ならぬ道行くすべもなし』

梅公『大空の星冴えわたり両人が
  きよき心を照りあかしぬる』

ヨリコ姫『いざさらばアリーの君に別れなむ
  安くましませ湖の浪路を』

アリー『ヨリコ姫珍の言霊おだやかに
  吾魂を打ぬきにける』

花香姫『惟神厳の道芝ふみしより
  いとさまざまの色をみる哉』

 かく互に別れの歌を歌ひ乍ら、軒燈輝くスガの港の市中をイルクが館を指して、宣伝歌を歌ひ乍ら進み行く。
 スガの港の百万長者と聞えたるアリスの館は広大なる土塀をめぐらし、数十棟の麗しき邸宅や倉庫が建並び、天を封じて鬱蒼たる庭木が彼方此方に立並び、自然の森をなしてゐた。表門には二人の門番が若主人や姫君の帰宅なきに心を痛め、酒を呑み乍ら小声に囁いてゐる。
甲『オイ、アル、嬢様は今日で半月許りになるのに、未だお帰りにならないが、一体何うなさつたのだらう。離れ島へ御遊覧の帰り路に海賊にさらはれ遊ばしたきり、何の音沙汰もないのだから、親旦那も此頃の御心配相な顔と云つたら、見るもお気の毒のやうだ。それに若旦那は又十日前から、お嬢さまの行方を探して来ると云つて行かれたきり、之も何の音沙汰もないぢやないか。丸で木乃伊取りが木乃伊になつたやうなものだなア』
アル『何と云つても、目付役が無能だからね。まして海賊に捉はれたなんて云はうものなら、真青な顔をして慄うてゐるのだから、たまつたものだないワ。鼠取らぬ猫は飼うとく必要はないのだけれどなア』
カル『本当に汝のいふ通りだよ。去年の春だつたが、此珍館へ泥棒が忍び込んだ時、俺が一目散に目付役へ飛込んで、目付役に、今泥棒が這入つてゐますから、今すぐに来てしばつて下さいと云つたら、目付役の奴、真青の面しやがつて、地震の孫のやうにビリビリとふるうて斗りゐやがつて、早速に出て来ようとしやがらぬ。そこに七八人の部下の目付がコクリコクリと夜舟をこいでいたが、俺が泥棒が入つたといふ声を聞いて、ビツクリ目をさまし、梟のよな目をさらし、泥棒の人相はどうだ、何人連れか、年はいくつ位だ、どこから入つたか、着物の縞柄はどうだ、男か女か、老人か子供か、跛か眼つかちかなど聞かいでもよいことを聞きやがつて、グヅグヅ時間をのばし、可いかげん泥棒が帰つた頃、ブリキをちやらつかせてやつて来ようと云ふ算段だ。案の定、帰つて来ると、泥棒がグツスリ仕事をして帰つて了つた跡だつた。本当に盲目付の状態だ。到底吾々はこんな泥棒の蔓延する世の中に、安心して暮すこた出来ないワ、目付といふ者は間に合はぬ者だね』
アル『それもさうだらうかい。僅な月給を貰つて、夜も昼もこき使はれ、命がけの仕事をせいと言はれちや、誰だつて尻込みするよ。目付になる奴ア、何奴も此奴も社会の落伍者斗りだからな。チツト斗り気骨のある者なら、誰がそんなつまらぬ役を勤めるものかい、小学校の教員には学が足らずしてなれず、商売せうにも資本はなし、働くのは厭なり、つまり堕落書生上りが食はむが悲しさに奉職してゐるのだから、チツタ、大目に見てやらねばなろまいよ』
カル『併し、目付は月給が安いから、先づ大目にみるとした所で、目付頭の奴、エラ相に大将面をさげて居り乍ら、泥棒と聞いて、腰を抜かさん計りに驚くのだから恐入るぢやないか。今時の役者にロクな奴が有相なこたないけれど、人民保護の任にある目付役がこんなザマでは、天下は益々紛乱する斗りだ。呑舟の魚は法網を破つて逃れ、小魚やモロコは皆ふん縛られて獄中に呻吟してゐる世の中だから、到底お規定を便りに、吾々は安閑と暮す訳には行かぬ。自守団でも組織して自ら守るより途はないだないか』
などと目付役の悪口をついてゐる。そこへイルク、ダリヤの兄妹は宣伝使に送られて悠々と帰つて来た。アル、カルの両人は夢かと許り狂喜し乍ら、
アル『これはこれは、若旦那様、お嬢さま、待かねまして厶います』
カル『マアマアマア無事で能う帰つて下さいました。これで私達も睾丸のしわが伸びました。親旦那様のお顔のしわも今日からのんびりとする事で厶いませう。ヤ、沢山なお連さまで厶いますな』
イルク『さぞお父さまが待つてゐられただらうな。サア早く案内してくれ。イヤ、お父さまに二人が無事に帰つたと申上げてくれ。其間に足でも洗つてゐるから』
 『ハイ畏まりました』とカルを門に残しおき、アルはアリスの居間に急ぎかけ込んだ。主人のアリスは奥の一間にウラル彦の神を念じ終り、煙草をくゆらし乍ら、首を傾け、独り言をいつてゐる。
アリス『あゝ私程型の悪い者が世にあらうか。親代々から沢山な財産は譲られて、生活上の困難は少しも感じないが、肝腎の女房はイルクを生んだまま、産後の肥立悪く、冥土黄泉の客となり、三年が間空閨を守つて妻の菩提を弔うてゐた。思ひまはせば吾家へ古くより出入する売薬行商人の女房が自分の亡くなつた妻に其容貌そつくりなので、忽ち煩悩の犬に逐はれ、道ならぬこととは知り乍ら、女房の側へ主人の不在を考へて、幾度となく言いよつてみたが、どうしても頑として応じてくれぬ。恋の炎は吾身をこがさん計りに燃え立つて、到底こばり切れないので、無理と知りつつ彼の女房アンナを手だてを以て、吾館へ引張り込み、倉の中へ閉ぢこめておいて、無理往生に女房となし、遂に妹のダリヤを生んだが、又もやアンナは先妻と同様産後の肥立が悪く、先妻の命日に亡くなつて了つた。そして彼の夫は女房を捕られたのが残念さに、ハルの湖水に身を投げて死んで了つた、思へば思へば自分の運の悪いのも天の為す業であらう。杖とも力とも柱とも頼む二人の愛児は、又もや行方不明となり、只一人巨万の富を抱へて、此世に残つてゐても、何一つの楽みもなく、それだと云つて、死ぬにも死なれず、現世に於て犯した罪の報ひによつて、死後は必ず地獄のドン底に落されるだらう。それを思へば淋し乍らも、一日でも此世に永らへて居りたいやうな気もする。あゝ何うしたら、此苦患から逃れる事が出来るだらう。ウラル彦の神様を念じ乍ら、心の底を神様に見透かされるやうな気がして何だか恐ろしいやうだ。神様の前へ出るのでさへもオヅオヅして来る。あゝ淋しい事だ。最早二人の吾子は、無事に帰つて来る気遣ひはあるまい。あゝ何うしたら可からうかなア』
と首をうな垂れて、悔み涙にくれてゐた。そこへ門番のアルが慌ただしく、ニコニコとして現はれ来り、
アル『大旦那様、お喜びなさいませ。お二人様が無事お帰りになりました』
アリス『ナニ、二人が帰つたか。そしてどちらも機嫌ようしてゐるか』
アル『ハイ、シヤンシヤンしてゐられますよ。何だか四人許りお伴れがあるやうで厶います。詳しいことは存じませぬが、若旦那様もお嬢様も、あの方々に助けられてお帰りになつたのぢやなからうかと思ひます。今お足を洗つてゐられますから、軈てここへお出でになりませう』
アリス『それは何より嬉しい事だ。私は之からウラルの神様へ御礼を申上げるから、お前たちは番頭や下女にさう云つて呉れ。早く夕飯の用意をせよ』
アル『ハイ、畏まりました。左様ならば旦那様』
と云ひ乍ら、勝手元をさして急ぎ行く。アリスは神殿に向ひ感謝の祝詞を奏上してゐる。
アリス『天地万有の大司宰神たるウラル彦の大神の御前に、スガの里の薬屋の主人、アリス謹み敬ひ、感謝の辞を捧げます。日に夜に罪悪を重ね来りし、悪魔に等しき吾々が身魂をも見すて給はず、最愛なる吾倅、吾娘を安全無事に、吾家に帰させ給ひし、其広き厚き御恩徳を、有難く感謝致します。今日迄、吾身は貪瞋痴の三毒にあてられ、五逆十悪の巷に迷ひ、人の貧苦困窮を意に介せず、利己一片の利に走り、大神の御子たる数多の人民を苦めまつり、加ふるに人の妻女を奪ひ、悪逆無道の限を尽して参りました。極重悪人の私をも見すて給はず、御恵み下さいました其広大無辺の御仁慈に対し、感謝にたへませぬ。あゝ神様、私は今日より前非を悔改め、祖先より伝はりし一切の財産をあなたに奉り、スガ山の山元に清浄の地を選み、荘厳なる社殿を営み、吾罪悪の万分一をつぐない、来世の冥福を与へられむ事を祈り奉ります。どうか吾願を平けく安らけく、相うべなひ下さいまして、子孫永久に立栄え、大神の御恩徳に永久に浴し得る様、御守護あらむ事を、ひとへに願ひ奉ります。惟神霊幸倍ませ』
と悔悟の涙をこぼし乍ら、感謝と哀願の祈願をこめてゐる。そこへ兄のイルクを先頭にダリヤ姫、梅公、ヨリコ姫、花香姫、シーゴーの六人連れ、悠々として這入つて来た。
アリス『ヤ、其方は倅か、……娘か、能うマア無事で帰つて来た。父はここ半月の間、夜の目もロクに寝ず、神様におすがり申してゐた。其おかげで、今日はお前達の無事な顔を見ることを得たのだ。モウ私はこれつきり、此世を去つても心残りはない。……何れの方かは知りませぬがよくマア吾子を送つて来て下さいました。謹んでお礼を申上げます』
梅公『始めてお目にかかります、私は三五教の宣伝使のお伴に仕へる梅公と申す者で厶いますが、波切丸の船中に於て、イルクさまと眤懇になり、一夜の宿を御無心にあがりました。どうか宜しうお願致します』
アリス『それは能うこそお出下さいました。御存じの通り、茅屋で厶いますが、家は広う厶いますから、幾人さまたり共お泊り下さいませ』
ダリヤ『お父様、此神司様に妾は助けて頂いたのですよ。此方の御神徳に仍つて、妾は危い所を助けられたやうなものですから、どうぞお礼を申して下さい。それから、此奇麗なお方は、宣伝使様のお伴で、ヨリコ姫さま花香姫さまといふお方で厶います。又白髪のお方はシーゴー様といふ俄道心様で厶いますが、本当に心意気のよい方ですから、無事に吾家へ帰られた喜びを兼ね、家の祈祷をして頂かうと思つて、お伴したので厶います』
アリス『それはそれは、何れも方様、ようこそお越し下さいました。サアどうぞ、くつろいで下さいませ。御遠慮は少しもいりませぬから』
梅公『ハイ有難う厶います。お言葉に従ひ、性来の気儘者、自由にさして頂きます。サア皆さま、御主人のお許しが出たのだから、体の疲れを癒する為横におなりなさい』
ダリヤ『お父さま、此方々は本当の活神様ですから、粗忽があつては可けませぬ。どうぞ私にお世話を任して下さいませぬか』
アリス『よしよし、私もお前達の帰つたのを見て、俄に体がガツカリと草労て来たやうだ。皆さまに失礼だけれど、離室へ行つてゆつくり休まして頂くから、手落のないやう、御無礼のないやう、おもてなしをしておくれや』
と云ひ乍ら、エビの様に曲つた腰を右の掌で二つ三つ打ち乍ら、
アリス『皆様、左様なら、失礼致します』
と一言を残し、離室の座敷に身をかくした。此時南方の空に向つて鬧の声が聞えて来た。梅公はヨリコ姫と共に庭先に立出で、音する方を眺むれば、大空は大変な雲焼がしてゐる。之れはバルガン城へ大足別将軍の軍隊が攻め入つて、市街を焼払うた大火焔が、空の色を染てゐたのである。
(大正一三・一二・二 新一二・二七 於祥雲閣 松村真澄録)
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