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文献名1霊界物語 第68巻 山河草木 未の巻
文献名2第1篇 名花移植よみ(新仮名遣い)めいかいしょく
文献名3第4章 茶湯の艶〔1728〕よみ(新仮名遣い)ちゃのゆのえん
著者出口王仁三郎
概要
備考
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あらすじ
スバールは、タラハン市の町外れにある、茶湯の宗匠タルチンの館にかくまわれることになった。タルチンは、茶湯の道をかなり悟ってはいるが、流行らない宗匠。その女房は若い色黒の大女で、五斗俵を軽々と持ち運び、ヒステリ性を尊ぶ当世流の才子連には、見向きもされないようなタイプである。

タルチンがスバール姫に茶湯を教えているところへ、スダルマン太子がやってくる。二人は互いの逢瀬に恋の歌を交換し合う。
主な人物 舞台 口述日1925(大正14)年01月28日(旧01月5日) 口述場所 筆録者北村隆光 校正日 校正場所 初版発行日1926(大正15)年9月30日 愛善世界社版58頁 八幡書店版第12輯 171頁 修補版 校定版58頁 普及版69頁 初版 ページ備考
OBC rm6804
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本文  タラハン市の町外れ、裏は薄濁つた可なり広い溝が流れてゐる。常磐木のこんもりとした余り広からぬ屋敷の中に茶湯の宗匠タルチンの形ばかりの茅屋が建つてゐる。家は古く狭けれども宗匠一人が独身生活には可なり広い。しかも母屋と離れて煩き物音も聞えず、生い茂れる庭の植込みを吾物と見れば、世間体を飾つた紳士紳商の苦しい外観を飾る別荘よりも遥に勝り、呑気で住心地もよい。春雨に包まるる向日の森、朧月夜に見渡す田圃道、軒端に近い若葉の揺るぎ、窓に聞ゆる小田の蛙の泣き声、見るからに茶人の住みさうな家構へである。
 雀の子が羽ばたきをするのは、やがて天空をかける準備だ。猫の子がじやれるのは大好物の鼠をとらむとする下稽古だ。年頃の女が鏡に向つて、顔面や頭髪の整理をするのは恋愛至上主義を完全に達せむ為の準備である。
 茶の湯の宗匠タルチンは朝早うから、坊主頭に捻鉢巻、腰衣を高くまき上げ座敷を掃いたり、門を掃除したり、何か珍客の出て来る様子。さうして何となく万金の宝を人知れぬ処で拾つたやうな顔付してニコニコと笑つて居る。愚者の一芸とか云つて、此茶坊主も茶の湯の道丈けは可なり覚つて居るやうである。母屋の方には宗匠の女房として年の若い体格美に傾き過ぎた布袋女が一人住まつてゐる。五斗俵を軽々と持ち運ぶその力、どこに一点の女らしい処も見えない。顔色黒く頭髪は茶褐色の大女、到底ヒステリ性を尊ぶ小説家の材料になりさうもない奴。もし当世流の才子風より見れば一切の境遇に何等の意味もなく殆ど生存の要もなく、只一個の哀れ至極なる肉体物に過ぎないのだ。鞋虫の文学者や、穀潰しの政治家や、蓄音器の教育家や、米搗螽斯の小役人共が、仔細らしく茶の湯の手前を誇り、交際場裡の補助にもがなと、茶坊主の茅屋を折々訪ねて来るのみで、余り流行らない宗匠である。身代は痩せて壁迄が骨を出し軒は傾き、上雪隠の屋根から月を見る重宝な住居である。夕立の時にはバケツや、盥、手桶等を慌てまはして座敷中に持ち運び、時ならぬ雨太鼓の音をさせてゐる。
 此頃此茶室に家と主人に不相当な珍客が、チヨコチヨコ窓の内外から顔を出す事がある。艶々した髪の色、名人の描いた天人の絵から抜け出したやうな美人が、何処とはなしに初心々々しいけれども、さりとて田舎出の女とも見えず、山猿の娘とも見えず、起居振舞しとやかに、頭の先から指の先まで、一寸動けば四辺の空気は千万里の彼方迄波動するかと思はるる位、有情男子の肝魂を奪つた。宗匠のタルチンは妙齢の美人に向つて得意の茶道に就いて鹿爪らしき講義を初め出した。美しき乙女は云ふ迄もなくアリナが山奥から生捕つて来た、山霊水伯の精の変化と云ふべき、スバール姫たる事は云ふ迄もない。
タル『姫様、女の最も習つておかねばならない事は茶の湯で厶いますから、今日は太子様の有難き尊き御命令によりまして、卑しき私が茶の湯の御手前を恐れ乍ら伝授さして頂きませう。先ず茶の湯の講目から心得て居つて貰はなくてはなりませぬから、あらましの事を申上げます』
ス『ハイ、何から何までお世話になりまして有難う厶います。何と云つても十年許りも子供の時から山奥に連れ行かれ、此世の風にも当つてゐないやうな、おぼこ娘の世間知らずで厶いますから、茶の湯に限らず何事も御指導をお願ひ申します』
 タルチンは笑を満面に浮べ、低い鼻をピコつかせ、三方白の目をきよろつかせ乍ら、フンと右の手の甲で鼻を左から右へ撫で、自分の尻の方でモシヤモシヤとこすりつけ、言葉迄も荘重らしく粧ひ乍ら、
タル『抑茶の湯は三ケの綱領を以て本とされてゐます。さうして茶の湯の仲通の習ひと云ふのは明徳を明かにするの謂であつて、天命に基いて性を率ゆるの道で厶います。扨て茶の湯も、その大本を極めるならば何れの手前も十三手前が父となり母となるのです。之から三百八十手前も分れるのです。「すべて物は本末があり、事には終始があり、前後する事を知る時は即ち道に近し。その本乱れて未だ其末をさまるものは非ざる也」と聖人が説かれてゐるでせう。それ故に茶の湯は十三手前を根本にして諸々の手前は此中にあるのです。そして又許可の手前と云ふ所迄稽古が進むと技芸が広くて、色々に別れます。これ新民の場にして品々変りあり。手前は、その心を選択するの謂であります。古東山殿より千の利休及現代に至つて其の命維れ新しく、拙者の教ふる所は真台子七段は允可至極なり。徳を明かにするを本となし、民を明かにするを末とするが故に、茶の湯なるものは仲通を本となし、手前を末となすのです。真台子を本となすを至善とするのです。されば七段は、その目の大なるものです。ここに於て其精美を極め、皆以て其止まる所を知る時は、少しの疑ひもなし。故に私の教へるのを茶の湯の真台子と申します。先づ茶の湯の席にはこれ此通り四畳半、順勝手と云ふ事がある。そして順のまはり式とは居畳より左へ廻るのを順と申し、又四畳半に順逆の勝手に習ひがある。順の回り式にして仲の半畳に爐をきり、自在鎖をかけるか、または五徳に釜をかけるか、之を順勝手と申すのです。今私が一つの歌を詠みますから、つけとめておいて下さい』
ス『ハイ、いろいろと高遠な御教訓を頂きまして有難う厶います。何分世間慣れのしない少女の事ですから、嘸御師匠様もまどろしい事で厶いませう』
と云ひ乍ら料紙箱より硯、筆、墨、巻紙等とり出し、タルチンの読み上げる歌を記し初めける。

タル『一、門に入り右に座敷のあるならば
  順勝手とはかねて知るべし。
 一、亭主居て左へ廻るを順と云ふ
  之は即ち正の字の心。
 一、家造りかねて思案をしてぞよき
  建て上りのなきは悪きものぞと。
 一、爐の内の見えにくき程難儀なは
  炭する時に燈火欲しきぞ。
 一、枯木だも香へと藤をまとわせて
  流石亭主の手利きとは知る。
 一、野も山も花も香も見乍らに
  生ける心を知る人ぞ知る。
 一、よりよりに埃を払ふ茶の湯師の
  心の塵はさもあらむかし。
 一、門に入り左に座敷のあるものは
  逆勝手ぞと知るがよろしき。
 一、亭主居て右へ廻るを逆と云ひ
  之は即ち従の字の心。

サアサア此歌によつて爐の構へや室内の様子があらまし解るでせう。あまり一度に沢山教へると、お忘れになるといかぬから、もう少し教へて之で休みませう。又明日から実地の手前を御覧に入れますから。扨茶の湯の講目七段の習ひを申します。

初段、大盆、小盆、唐津物、茶入台、天目
二段、大盆、大海茶入、合子の物置、盆点
三段、大盆袋、天目茶筌入
四段、大盆内海長緒、薄茶台、天目三組
五段、大盆台、天目茶碗、二眼点
六段、丸盆、分紊隠架の蓋置
七段、大盆二つ台、天目穂屋、香爐、蓋置

の次第をもボツボツ教へませう』
ス『ハイ、有難う、どうかよろしう願ひます』
 かかる所へ面を包み足音を忍ばせて、空巣狙ひが人の住宅を覗くやうな様子で、四辺を憚り乍ら入り来るのはスダルマン太子の君であつた。
 タルチンは太子の姿を見るより且驚き且喜び乍ら、米搗螽斯宜しく幾度となく禿頭の杵で畳の上に餅をつき乍ら、玄関口迄五足六足スルスルと後びざりをなし、雪駄のやうに擦りへらした庭下駄を足にひつかけ、粋を利かして母屋の方へと茶色の帽子を目深に冠り、稍俯向き気味になつて、尻をプリンプリンとふり乍ら庭の木立を縫うて帰り行く。
 野山に嘯く虎、獅子、熊、狼も、山林に囀る百鳥も乃至は虫族地虫の類に至る迄、天地の間に生きとし生けるもの、一として恋を歌はぬはなく、色情におぼれぬものはない。況してや坊ちやま育ちのタラハン城の太子、青春の血にもゆる好男子が花も恥らう天成の美人の前に出ては胸の高鳴りを、止むる事は出来なかつた。スバール姫も同じ思ひの恋衣、頬を紅に染乍ら、片袖に艶麗な顔を包んで暫しは無言の幕をつづけてゐた。恋にかけては初心の太子と初心の乙女、互に云ひたき事も口ごもり、何とはなく恋の曲物にとり挫がれて、
『会ひたかつた、見たかつた、可愛いいものよ』
と只一言の口切りさへも、なし得ぬ迄に臆病になつてゐた。さりながら、数多のよからぬ小盗人と共に、山の奥とは云ひ乍ら、揉まれて居たスバール姫は、比較的心も開けオキヤンになつて居た。スバール姫は思ひきつて太子の肩に飛びつき、腕もむしれる許り固く抱き〆めて互の熱い頬面をピタリと合せた。四つの目には恋の叶うた嬉し涙が滲んでゐた。
 スバール姫は思ひきつて三十一文字に思ひを述べた。
『我君の御幸のありしその日より
  今日の吉き日を待ちし苦しさ。

 嬉しくもアリナの君に迎へられ
  太子の君に会ひし嬉しさ。

 吾恋路いや永久に続けかしと
  過ぎにし日より祈りけるかな』

太『浅倉の山に見初めし乙女子の
  御姿こそは命なりけり。

 汝思ふ吾恋衣ボトボトと
  乾く間もなく涙しにけり。

 天地の神の恵みに守られて
  今日嬉しくも汝に会ふかな。

 人はいざ如何に吾身を図ゆとも
  いねてむ後は如何で恐れむ』

ス『有難し吾恋ふ君の御言葉は
  賤の乙女の命なりけり。

 永久に変らずあれと祈るかな
  君と吾身の美しき仲を』

(大正一四・一・五 新一・二八 北村隆光録)
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