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文献名1霊界物語 第68巻 山河草木 未の巻
文献名2第2篇 恋火狼火よみ(新仮名遣い)れんかろうか
文献名3第5章 変装太子〔1729〕よみ(新仮名遣い)へんそうたいし
著者出口王仁三郎
概要
備考
タグ データ凡例 データ最終更新日----
あらすじ
太子は、スバール姫との逢瀬のため、アリナを自分の身代わりにする。太子は労働服を着て城を抜け出し、アリナは太子の錦衣を着て太子の部屋に座り込んだ。アリナは、太子が平民生活を希望するなら、自分が代わりに王位に上ろうか、と独語している。

ところへ、アリナの父、左守が太子に会いにやってくる。妻の命日に、息子を帰宅させようと頼みにやってきたのであった。アリナははっとするが、「アリナは先に帰った」と嘘を言って、その場を切り抜ける。

アリナが、自分の父親さえも騙せた自分の手並みに一人悦にいっているうちに、夜はふけていった。
主な人物 舞台 口述日1925(大正14)年01月29日(旧01月6日) 口述場所月光閣 筆録者加藤明子 校正日 校正場所 初版発行日1926(大正15)年9月30日 愛善世界社版71頁 八幡書店版第12輯 176頁 修補版 校定版71頁 普及版69頁 初版 ページ備考
OBC rm6805
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本文  タラハン城太子殿の奥の間には、スダルマン太子と、アリナがいつもの如く睦しげに首を鳩めて或秘密を語り合つて居る。
アリナ『太子様、昨夜は如何で厶いました。定めてスバール姫様もお喜び遊ばしたでせう』
 太子は稍頬を染めながら、アリナに顔を隠すやうな調子で、
太子『いやもう本当に愉快だつた。人生恋愛の成就した時位楽しいものはない。余も生れかへつたやうな心持がしたよ。之と云ふのもお前の尽力の致す所と感謝して居る』
ア『勿体ない何と云ふ事を仰有いますか。臣下が君の為に、所有力を尽すのは当然で厶います。併し乍らタルチンの家は見る影もない茅屋で嘸お窮屈で厶いましたでせう。九五の御身を以て彼のやうな所へお通ひ遊ばすやうにしたのも皆私の不行届きからで厶います』
太『それだと云つて外に姫を匿す適当の家もなし、お前としては力一ぱい尽して呉れたのだ。そんな心遣は無用だ。さうしていつも広い館で起臥して居る吾身は、あのやうな風流な茅屋が大変気に入つたよ。平民生活の味を覚え、昨日初めて平民の気楽な事や、何事も大袈裟でなく簡単に片づく事の味を覚え実に有難かつたよ。初めて人間になつたやうな心持がした。あゝ俺はなぜこんな身分に生れて来たのだらう、門の出入にも仰々しい数多の衛兵に送迎され、まるきり動物園の虎を送るやうな塩梅式だ。出来る事ならお前と俺と地位を代つて欲しいものだ』
ア『左様に思召すのも御無理は厶いませぬ。御窮屈の御境遇察し奉ります。併し乍ら、殿下はタラハン国の君主たるべく使命をもつて、天よりお降り遊ばした神の御子で厶いますから、是許りはどうする事も出来ませぬ。夫故私は能ふ限り殿下の御自由になるやうと務めて居るので厶います』
太『実はアリナよ、お前に折入つての頼みがある。何と聞いては呉れまいかなア。余が一生の願ひだから』
ア『父祖代々厚恩を受けた私の身の上、如何なる事でも身命を賭して承はりませう』
太『早速の承知満足に思ふ。実はアリナお前が俺に変装して暫く此殿内に納まつて居て貰ひ度いのだ』
ア『成程、妙案で厶いますな。私を替玉にしておいて殿下は姫様の匿家へお通ひ遊ばすと云ふ御考案ですか。半日や一日位は化け通す事が出来るでせう。併し長くなりますと化狐の尻尾が見えますから』
太『ハヽヽヽヽ。化狐か化狸か知らぬが、お前の顔は余に生写しと云ふ事だから、瓦を金に化したやうな事もあるまい。どうか頼むよ』
ア『殿下の仰せなれば如何なる事でも謹んでお受け致しますが、金玉の御身に化け済ました所で、塗つた金箔は直に剥げて仕舞ひますから、是れは私に取つて随分重大な役目で厶います。私も今日一日か半日か、仮に殿下となつて太子気分を味はつて見ませう。殿下は暫く平民気分を味はつて御覧なさいませ』
太『アヽ面白い、どうか頼むよ。今日の夕方から薄暗に紛れて頬被をグツスリとなし、労働服でも纏うて鼻歌でも謡ひ出かけて見よう。どうか其服をそつと調達しておいては呉れまいか』
ア『かかる御用命は必ず下るべきものと存じまして、ちやんと用意をしておきました』
太『お前は労働者に知己でもあるのか』
ア『いえ別に知己と云つてはありませぬが、横町の古物商で買つておきました』
太『何から何迄抜け目のない男だな、アツハヽヽヽヽ』
ア『私も亦女と云ふものの肌は存じませぬが、殿下に於かせられてもお初の様に伺ひます。如何で厶いました。随分趣味津々たるものでせうなア』
太『趣味津々どころか天も地もタラハン城は云ふも更なり、自分の命迄どこかへ吸収されたやうな心持になつたよ。世の中に恋と云ふもの位神聖な尊貴なものは有るまいと思ふ。あゝもう耐らなくなつて来た。早く今日の日が暮れないかなア』
ア『殿下、余りぢや厶いませぬか。貴方は恋の勇者、私は云はば恋の敗者否従僕です。従僕の前でさう惚けられては此アリナもやり切れませぬわ、アツハヽヽヽヽ』
太『夫だと云つて「どんな塩梅だつた」などとお前の方から余の情緒を引きずり出さうとするものだから恋には脆き余の魂は知らず知らずに浮いて出たのだ。あゝアリナもう余は耐へ切れなくなつて来たよ』
ア『大変お気に召したやうですが、私は一つ心配が殖えて来たやうです。殿下が神聖な恋愛に魂を傾注されるのは大変結構では有りますが、それが為に王家を忘れ、或は平民にならうなどの野心を起されては、お取持をしたこのアリナは王家に対し国家に対し、死をもつて詫ても及ばないやうな罪になりますから、そこは余り熱せないやう程々に恋を味はつて頂き度いものです』
太『王家は王家、国家は国家だ。王家や国家と恋愛とを混同して貰つては困るよ。余が王位に上れば国の父として万機の政治を総攪し、又恋愛としては上下の障壁を撤廃し、天成の意志によつて思ふ存分愛の情味を味はふ積りだ』
ア『殿下がそこ迄お打ち込み遊した上は到底私の言葉は今の所耳にはお留め下さいますまい。水の出端、火の燃え盛りは、鬼神と雖も是を制止する事は出来ぬとの事。暫く猛烈な殿下の情炎が稍下火になる迄何事も申上ますまい』
太『やア有難い、それが余に対しての忠義だ。余と雖も決して魂は腐つて居ないから、王家や国家を捨てるやうな事はしないから安心して呉れ』
ア『其お言葉を承はり、些しく胸が落ち付きました。どうか充分に注意を払つて完全に恋をお遂げ遊しませ』
太『未だ日が暮れないのかな。アヽどうして今日は又これ程日が長いのだらう。一日千秋の思ひとはよく云つたものだ。やつぱり聖人は嘘を云はないなア』
ア『まだ八つ時で厶います。夕暮迄には二時余りも厶いますから、御悠りなさいませ』
太『どうも、じつとしては居られないやうだ。余が魂は向日の森の茶坊主の館を既に已に訪問して居るやうだ。エヽもう耐らない労働服を貸して呉れ』
ア『夫れはお易い御用で厶いますが、さうお急きになつても昼の内は人目にかかる恐れが有ります。どうして此門をお潜り遊ばしますか』
太『アツハヽヽヽ、そんな心配はして呉れな。今日も早朝から裏の高壁を飛び越える稽古をしておいた。精神一到何事か成らざらむやだ。表門や裏門は衛士が立つてゐるから、余は適当な人目にかからない所から逃出す積りだ』
ア『万々一お怪我でもあつては大変で厶いますから、もう暫くの中お待ちを願ひ度いものです』
太『や、今日だけは自由に任して呉れ。暗雲飛び乗りの芸当も恋の為めには止むを得まい。アヽ、スバール姫はどうして居るだらう。きつと白い首を延ばして余の行く姿を今か今かと窓を開けて覗いて居るだらう。アヽ可愛いものだ。……オイ、スバール今行くから待つて呉れ。きつと余は其方を見捨てるやうな事はしない。「永久に永久にミロクの世迄お前を愛する」と云つた事は滅多に反古にはしないよ』
 アリナは頭を掻き乍ら、
ア『もし殿下余りぢや厶いませぬか。何程貴方のお声でも向日の森迄は届きませぬよ。そして私の前でお惚けをたつぷりお聞かせ下さるとは、些と殺生ぢや厶いませぬか。青春の血に燃ゆる私の心も些とは察して頂き度いもので厶いますなア』
太『ウン、それや察して居るよ。そんな事に粋の利かないやうな余ではない。お前も其内、どこかでスバールのやうな美人を探ね出し、妻にしたらよいぢやないか。ま一度どこかの山へ来月あたり遊びに行つて見ようか。又あんな美人に遇ふかも知れない』
ア『殿下もう沢山です。私は神妙に御名代を務めて居りますから、殿下は変装遊ばして思ひ切つてお出なさいませ。些し夕暮には早う厶いますが、恋愛の神のお守りが有れば、人目にかからず安全に姫様のお傍に行かれるでせう。サア労働服を着る事を教へて上げませう。早く錦衣をお脱ぎなさいませ』
 太子はアリナの言葉に得たり賢しと無雑作に錦衣を脱ぎ捨て、真裸体となつて仕舞つた。アリナは持つて来た自分の大トランクから労働服を取り出し太子に着せた。太子はニコニコしながら、
太『オイ、アリナ、どうだ、労働者として似合ふかな』
ア『如何にもよく似合ひますよ。金看板付きの労働者に見えますよ。殿下はお徳が高いから、どんな衣裳をお召しになつても本当によく似合ひます。労働者としても実に立派なものですわ。それではスバール姫様がゾツコン恋慕遊ばすのも無理は厶いませぬ』
太『一層の事、此衣裳は末代放したくない。労働者となつて九尺二間の裏長屋で、姫を世話女房として、一つ簡易生活でも送つて見たいものだなア、アツハヽヽヽ。オイ、アリナ、後を頼むよ』
と云ふより早く身軽になつたのを幸ひ、頬被をグツスリとしながら猿の如く高壁を乗り越へ深い堀を巧に飛び越して、城の馬場の密林の中へ姿を隠して了つた。後にアリナは茫然として溜息をつき、
ア『アヽ困つた事が出来て来たものだわい。どうか無事に茶坊主の屋敷迄お着き遊ばせばよいがなア。アヽ是から生れてから一度も着た事もない錦衣を身に纏ひ明日の朝迄太子となり済ましてやらうか』
と錦衣を纏ひ自分の着物をトランクの中に納め、わざと物々しく簾をさげ、桐の火鉢を前に置き沢山の坐布団を敷き、バイの化物然と澄まし込んで見た。
ア『何とまア猿にも衣裳とか云つて、よく似合うものだなア。どれ一つ次の間で鏡でも見て来う』
と云ひ乍ら、つと立つて鏡の間に入り独語、
『ヤア吾乍ら見紛ふ許り太子に能く似て居るわい。これなら一生化け済ました所で滅多に尻尾を捉まる事はない。太子様は平民生活がお好きなり、自分も同様だが、併し人間と生れて一度は王位に上つて見るも男らしい仕事だ。太子が永遠に代つて欲しいと仰有つたら太子の為だ、代つてもあげよう。又自分の為にも栄誉だ。併し乍ら大王殿下や父の左守や其他重臣共の目を甘く晦ます事が出来ようかなア。暗雲飛び乗りの芸当とは所謂この事だ。太子は危険ををかして恋愛の充実を遂げ、此のアリナは又大危険を犯して王位に上らむとするのだ。徳川天一坊も真裸足で逃げるだらう、アツハヽヽヽ。いや併し何時老臣共が御機嫌伺ひに来るかも知れない。どれ、太子の玉座に澄まし込んで居らねばなるまい』
と又もや鏡の間を立ち出でて、太子の居間に何喰はぬ顔して坐り込んだ。そこへ奥女中の案内で父の左守が太子の御機嫌伺ひと称し訪ねて来た。左守はポンポンと二拍手しながら低頭平身し、
左『エヽ老臣左守謹んで殿下の御機嫌を伺ひ奉ります。父大王様にも御変らせなく御政務を臠はせたまふこと大慶至極に存じ奉ります。畏れ乍ら殿下に、老臣として王家の為めに一応申上ますが、臣の悴アリナなるもの余り殿下の御寵愛に溺れ親を親とも思はず、悪言暴語を放ち、デモクラシーだとか、共産主義だとか訳の解らぬ事を申て、此父を手古擦らせます。それに此頃は殿下のお傍に御用なりと申し、一度も吾館へ帰つて参りませぬ。どうか今晩は亡妻の命日で厶いますれば、霊前に参拝させ度く思ひますれば、どうか明朝迄お暇をお遣はし下さいませ。折り入つてお願ひに参りました』
 アリナはハツと胸を轟かせ、俄に顔色青ざめ唇さえビリビリと慄ひ出したが遉の横着物。臍下丹田にグツと息を詰め、大胆至極にも初めて太子の口真似をやり出した。
ア『やア其方は老臣左守で厶るか。老体の身をもつて好くも入内致した。余は満足に思ふぞ。汝の申す通り父は極めて健全に政務を臠すによつて、必ず必ず心痛致すな。もはや夜間の事でもあり、余は少し研究したい事もあれば、一時も早く此場を退却せよ。又明日面会を許すであらう』
左『恐れ乍ら殿下の仰せを否むでは厶りませぬが、如何なる御用が厶いませうとも、今晩だけはアリナをおかへし下さいませ』
ア『其アリナは二時以前父の館に帰ると申て出ていつた。察する所汝と途中で入れ違ひになつたのであらう』
左『アヽ、左様で厶いましたか、これは失礼な事を申上ました。それでは老臣も急ぎ帰宅を致しませう、御免下さいませ』
と云ひ乍ら倉皇として奥女中に手を引かれながら下り行く。後見送つてアリナはホツと一息つきながら、
ア『アヽ、地獄の上の一足飛だつた。併し乍ら暗雲飛び乗りの第一線を突破したやうなものだ。現在の悴を殿下と間違へ帰るやうだからもう大丈夫だ。彼の抜目のない狸爺が吾正体を看破する事が出来ない迄巧に化け済ましたのも全く天の御保護だ。だがも一つの難関は大王様のお見えになつた時だ。エヽ取越苦労は禁物だ。まア其時は又其時の風が吹くだらう。あゝ愉快々々。もう何だかタラハン国の国王になつたやうな気がする。イツヒヽヽヽ』
と大胆不敵にも会心の笑を漏らして居る。
 夜の帳は下ろされて間毎々々に銀燭の火が瞬き出した。
(大正一四・一・六 新一・二九 於月光閣 加藤明子録)
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