文献名1霊界物語 第68巻 山河草木 未の巻
文献名2第3篇 民声魔声よみ(新仮名遣い)みんせいませい
文献名3第11章 宮山嵐〔1735〕よみ(新仮名遣い)みややまあらし
著者出口王仁三郎
概要
備考
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データ凡例
データ最終更新日----
あらすじタラハン城の南にある大宮山は、タラハン王家の氏神盤古神王をまつった聖地である。
アリナはその社殿に潜めているが、そこへ父親のガンヂーがやってきて、事態収拾のために息子の処断もやむをえないと祈願する。
アリナは身の危険を感じ、父親の意気をくじこうと天狗の真似をする。
脅されたガンヂーは思わず、自分の身よりも息子の将来の守護を祈願し始める。
守旧派のガンヂーとて、国家や息子を思う心に変わりはないことが示される。
主な人物
舞台
口述日1925(大正14)年01月29日(旧01月6日)
口述場所月光閣
筆録者加藤明子
校正日
校正場所
初版発行日1926(大正15)年9月30日
愛善世界社版149頁
八幡書店版第12輯 206頁
修補版
校定版150頁
普及版69頁
初版
ページ備考
OBC rm6811
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本文
タラハン城より正南に当つて三千メートル許りの地点に千年の老木鬱蒼として生え茂る風景のよき小高き独立したる山がある。是を国人はタラハンの大宮山と称へて居る。山の周りに深い池が廻つて居て碧潭を湛えて居る。此山にはウラル教の祖神盤古神王が宮柱太敷建て、開闢の昔より鎮祭されタラハン王家の氏神として王家の尊敬最も深く市民は此地を唯一の遊園地として公園の如くに取り扱かつて居た。八日の月は楕円形の姿を現はして宮山の空高く輝いて居る。幾百とも知れぬ時鳥の鳴き声は何とも云へぬ雅趣を帯び、文人墨客の夜な夜な杖を曳くもの引きも切らない有様である。然るにタラハン市の大火災が起つてからは時鳥を聞きに行くやうな閑人もなく、又あつた所が世間を憚かつて足を踏み込む者も無かつた。左守ガンヂーの悴アリナは取締所の捜索隊を避けて、盤古神王を祭りたる古き社殿の中に身を忍び時の至るを待つて居た。民衆救護団の団員として聞えたるハンダ、ベルツの両人は、目付の鋭鋒を避けて社の階段の中程に腰打ちかけヒソビソと囁いてゐる。
ハンダ『オイ、ベルツ、惜しい事をしたぢやないか。も些し目付連の出動が遅ければ、右守の館も遣つ付けて仕舞ふのだつたのに、取返しの付かぬ事を遣つて了つたぢや無いか。彼の際に遣り損ねたものだから目付の奴、四方八方にスパイを廻し、危くつて手も足も此頃は出す事が出来ない。何とかして彼奴を片付けねば、到底吾等の目的は達せられないだらうよ』
ベルツ『今となつて死んだ子の年を数えるやうに愚痴つて見た所で仕やうが無いぢやないか。まアまア時節を待つのだなア。併し乍ら惜しい事には左守のガンヂーを取逃したのが残念だ。彼の夜さ彼奴は玉の原の別荘に居やがつたので、死損ひの命を助かりやがつたのだ。も些と彼奴の居処を調べてから遣つたら宜かつたのだけれどもなア』
ハンダ『何あんな老耄爺、放つて置いても、もう爰三年と寿命は有るまい。手を下さずに敵を亡ぼさうと儘だ、放つとけば自然死ぬる代物だ』
ベルツ『俺だつて年が寄つたら死ぬるぢやないか。是丈国民の苦しむで居る世の中に、彼んな奴を一日でも生かして置けば一日丈でも国家の損害だ、彼奴が、一日早く死ねば、少くとも千人位の人が助かるのだ。彼奴が十日此世に居れば万人の人が饑餓て死ぬる勘定だ。夫れだから俺は「一刻も猶予ならぬ」と主張したのだが、大体貴様のやり方が緩漫だから蜂の巣を突いたやうな事をやつて仕舞つて、二進も三進も仕やうのないやうな事になつて了つたぢやないか。大頭目のバランス女史は取締所へ引かれると云ふ有様、先づ吾々の計画が甘く図に当つて漸く取返しは仕たものの、其後と云ふものは七八人のスパイが尾行して居るから、何程英雄豪傑のバランス親分だつて、手の出しやうが無いぢやないか』
ハ『まアさう慌てるものぢやない。親分はあゝして尾行付として置けば、取締所の奴は凡暗だから、安心して段々と目配線を緩めるに相違ない。其時はバランス親分に成り代り、俺とお前が国内の団員を煽動して水も漏らさぬ計画の下に、クーデターを決行しようぢや無いか。今日のやうにスパイが迂路つき圧迫を受けて居ては、如何に智謀絶倫の俺だと云つても手の着けやうが無い。まアまア時節を待つ事だなア』
ベ『左守右守を取り逃がしたのは残念だが、併し彼の左守の悴アリナと云ふ奴は、今はあゝして居るけれど、実際は吾等の味方だよ。今度事を挙げても彼奴ばかり、助けねば成るまい』
ハ『ウンさうかも知れない。此頃は大目付に憎まれて何処かへ逃げたと云ふ事だ。鳶が鷹を生むと云ふ譬があるが、本当に彼のアリナと云ふ奴は、吾々に取つては頼母しい人物かも知れない。此間からサクレンスの屋敷を四五人の部下に交る交る伺はして居るが、彼の大火災以来警戒が厳になり、屋敷の周囲には数十人の目付を以て固め、外出の時には侍に鉄砲を担がせて登城すると云ふ厳重の目配振りだから、マア暫くの間は彼奴の命も預かつて置くより仕方が無いワ』
ベ『左守の悴、アリナは何処かへ逃げたと云ふ事だが、噂に聞けば妙法様も亦行衛が不明だと云ふ事ぢや無いか、彼の太子も余程新らしい思想を以て居るらしい。彼のアリナを唯一の寵臣として使つて居た事を思へば、カラピン大王のやうな没分暁漢では有るまい。俺達は別に妙法様が世に出て立派な政治をさへして下されば、何所までも喜んで従ふのだ。唯憎らしいのは君側を汚す右守、左守、其他の重臣共だ。そして第一気に喰はないのは大小名や物持ちの奴等だ。是丈け民衆の声が彼奴等の奴聾の耳には通ら無いのだから、寧ろ憐むべき代物だ。地雷火の伏せて有る上に安閑として睡つて居る代物だよ』
ハ『オイ、ベルツ、何だか階段を登つて来る影が見えるぢやないか』
ベ『成る程、あの提灯は左守家の印が這入つて居る。左守の奴、沢山の守侍を連れて遣つて来たのだ。何うやら俺達を取り押へに来らしいよ。オイ、油断は大敵だ、逃げろ逃げろ』
と云ひ乍ら二人は階段を上り、社殿の後へ廻り一生懸命に下樹の生ひ茂つた森の中を倒けつ転びつ茨にひつかかれ顔と手とを傷つけながら森を潜り宮山の南麓の一本橋を渡つて一生懸命に並山の方面さして逃げて行く。左守のガンヂーは太い杖を突き乍ら漸く階段を昇り来り、二十人の護衛兵に四方を取り巻かせ祠の前に坐り込み、拍手の音も静に一生懸命に祈願を籠め初めた。
『掛巻も畏き大宮山の上つ岩根に宮柱太敷き立てて永久に鎮まります盤古神王塩長彦命の大前にタラハン城の柱石と仕へまつる左守の司ガンヂー謹み敬ひ畏み畏み祈り奉ります。如何なる曲神の曲禍にや、カラピン王様は思ひがけない重病に罹らせたまひ、お命の程も計られず、お蔭様によつて殆んど御臨終かと大小名一同が憂ひに沈みましたが、漸く此頃は少しく御快よき方にならせられましたなれど、何を云つても御老体、到底此儘では平年の御寿命も難からうと存じます。今やタラハン国は、各地に暴動起り国家の危急目前に迫り居ります際、国の要のカラピン王殿下が万一御昇天でも遊ばすやうな事が御座いましては、吾々大名を初め国民の歎きは如何ばかりか計り知られませぬ、何卒々々大王殿下の御病気が大神様の御神徳に依りまして、一日も早く御全快遊ばしますやう、偏に祈り奉ります。次には妙法太子様、先日の火災の有りし日より、踪跡を晦まし給ひ今に御行衛も分明ならず、大名共は日夜殿内に集まり種々と協議を為し、目付連を四方に派遣し捜索に勤めて居りますが、今に何の頼りも御座いませぬ。何卒々々一日も早く太子のお行衛が分りまして城内へお迎へ申す事が出来ますやうに、お祈り申します。不幸にして大王殿下が御昇天遊ばす様な事が御座いましたら、直様王位を継承遊ばさねばならぬ太子様のお行衛が知れぬやうな事では此乱れたる国家を治める事は到底不可能で御座います。どうぞ太子様が御無事でいらせられまして、一時も早く城内へお帰り下さいますやう、大神様の御守護を祈り上げ奉ります。又私の悴アリナと申すもの、去る五日の火災の夜より行方不明となりまして厶いますれば、是も恐れ乍ら無事に帰つて参りますやう、さうして彼は太子様を唆し種々の好からぬ智慧をつけましたもので厶いますから、彼を一時も早く捕縛致しまして、民衆の前で重き刑に処さねば、何時までも此国は治りませぬ。盤古神王様、何卒々々此老臣が願ひをお聞き下さいますやう、王家の為め国家の為め赤心を捧げて祈り奉ります』
アリナは社の中に身を潜め乍ら、父ガンヂーの祈願を残らず聞き終り、
『や、こいつは大変だ。爺までがグルに成つて俺を探し出し民衆の前で殺す積りだな。よし一人より無い子を殺さうと云ふ鬼心なら、此方も此方だ。父々たらずんば子々たらずとは聖者の金言、よし一つ神様の仮声を使つて爺の肝玉を挫いて呉れむ』
と独り諾き乍ら、社殿もはじける許りの唸り声を出し、臍下丹田に息を詰めて、
『ウーウー』
と唸り出した。左守のガンヂーを初め守侍共は殿内の唸り声に肝を潰し、体を慄はせ乍ら大地に蹲まつて仕舞つた。
アリナ『此方は大宮山に斎き祭れる盤古神王塩長彦大神の一の眷族天真坊で厶るぞよ。汝ガンヂーとやら、其方は不届至極にも十年の昔モンドル姫を唆かし悪逆無道を敢行せしめ、カラピン王の精神迄も狂はせ、無二の忠臣左守のシャカンナを城内より追ひ出し、己取つて代つて左守となり、国民を苦しめ、国家を乱せし悪逆無道の張本人だ。去る五日の城下の大騒動も元を糺せば汝がため。なぜ責任を悟つて自殺を遂げ、王家及び国民に其罪を謝さないのか、不届至極の痴漢奴。其皺腹を掻き切る位が惜しいのか、否命が惜しいのか。痛さに怯えてよう切らないのか。てもさてもいい腰抜野郎だなア』
ガンヂーは慄ひ声を出し乍ら、
『いやもう恐れ入つて厶います。老先短かき吾命、決して惜しみは致しませぬが、今此際私が目を眠りますればタラハン国は瞬く間に滅亡致し、王家は滅び、遂に赤色旗が城頭に立てらるる様に成るで御座りませう。是を思へば大切な私の命、国家の為を思へば死ぬ事は出来ませぬ』
ア『其方が此世にある事一日なれば一日国家の損害だ。国家の滅亡を早めるのは其方が生て居るからだ。真に国家国民を救はむとする赤心あらば、一時も早く自殺を致すか、それがつらいと思はば一切の重職を王家に返上し、焼け残つた別荘も国家に献じ民衆の娯楽場と為し、其方は罪亡ぼしの為め乞食となつて天下を流浪致し、下万民の生活状態を新しく調べて見るがよからう。どうだ合点が行つたか』
ガン『ハハ、ハイ、左様心得まして厶います。併し乍ら私は乞食になつても国家の為めなら厭いませぬが、あの悴奴を代りに助けて下さいませ。さうして細々乍らも左守の家を継ぎますやう、御守護を願ひ奉ります』
ア『これやこれや老耄、汝は狼狽たか、血迷うたか。「悴のアリナを一時も早く捕縛し、民衆の面前にて重き刑に処せなくては民心を治める事が出来ない」と唯今申したではないか。汝は神の前に来つて口と心の裏表を使ふ不届至極の奴だ。待て、今に神が手づから成敗を致してくれむ、ウー』
と社殿も割る許りの大音声にて唸り立てた。守侍はガンヂーを捨てて吾先にと階段を下り、武器を捨て命辛々逃げて行く。ガンヂーも亦、怖さ淋しさに居耐まらず百二十段の階段を毬の如く転げ乍ら落ち下り、数ケ所に打ち創を負ひ、はふはふの体にて玉の原の別荘さして杖を力に帰り行く。アリナは父ガンヂー其他の逃げ帰りしを見て、やつと胸を撫で下し、宮山を南に下り危げな一本橋を渡つて山と云はず河と云はず、膝栗毛に鞭ちて月照る夜の途を、薄の穂にも怖乍ら、もしや追手に出遇ひはせぬかと安き心もなく西南の空を目当てに逃て行く。
父と子が内と外との掛合を
聞きて御神は笑ませたまはむ。
赤心は確かアリナの悴とは
知りつつ爺御前に訴ふ。
或時は吾子を憎み或時は
いとしと思ふ親心かな。
タラハンの城の曲神も大宮の
佯り神に恐れて帰りぬ。
守侍は吾職掌を打ち忘れ
主をすてて帰る卑怯さ。
(大正一四・一・六 新一・二九 於月光閣 加藤明子録)