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文献名1霊界物語 第68巻 山河草木 未の巻
文献名2第3篇 民声魔声よみ(新仮名遣い)みんせいませい
文献名3第12章 妻狼の囁〔1736〕よみ(新仮名遣い)さいろうのささやき
著者出口王仁三郎
概要
備考
タグ データ凡例 データ最終更新日----
あらすじ
この事態を尻目に、右守のサクレンスはタラハン国を乗っ取ろうと妻のサクラン姫と策略を練っていた。

太子の行方不明にかこつけて、王女バンナに自分の弟を娶わせて女王に立て、自分たちは外戚として権力を振るおうとしていた。

サクラン姫は、この計画の邪魔になる太子とアリナを探し出して亡き者にしようと計画する。
主な人物 舞台 口述日1925(大正14)年01月30日(旧01月7日) 口述場所月光閣 筆録者松村真澄 校正日 校正場所 初版発行日1926(大正15)年9月30日 愛善世界社版160頁 八幡書店版第12輯 210頁 修補版 校定版161頁 普及版69頁 初版 ページ備考
OBC rm6812
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本文  若葉はそよぐ初夏の風  山時鳥四方八方の
 密樹の蔭にひそみつつ  悲しき声を張上げて
 神の造りしタラハンの  国の行末歎つなり
 李杏も梅の実も  色づき初めて遠近の
 田の面に数多の首陀たちが  生命の苗を植つける
 其有様を眺むれば  降る五月雨に蓑笠を
 おのもおのもにつけ乍ら  三々伍々と隊をなし
 田の面に唄ふ勇ましさ  一年三百五十日
 たつた一度の植付の  好シーズンのめぐり来て
 人の心もせいぜいと  希望に充てる折もあれ
 タラハン市街の大火災  忽ち暴徒蜂起して
 特権階級富有者共の  大邸宅に火を放ち
 婦女をば姦し金銭を  不逞の首陀団掠奪し
 諸種の主義者は一時に  手に唾して立上り
 吾等が日頃の鬱憤を  晴らすは今や此時と
 警戒厳しき警察を  向方に廻して戦ひし
 其勢は枯野をば  燃えゆく焔の如くなり
 茲に軍隊出動し  漸く一時は暴徒も
 鎮圧したれど何時か又  大騒動が起らむと
 期待されたるタラハンの  城下の人心恟々と
 安き心もなかりけり  左守右守の神司
 吾権勢の忽ちに  おち行く虞ありとなし
 所在手段をめぐらして  軍隊警察召集し
 水も洩らさぬ用心に  流石不平の連中も
 一時は影をひそめけり  カラピン王は重病に
 苦み玉ひて国政を  見玉ふ術も更になく
 太子の君は騒動に  紛れて影を隠しまし
 左守の司のガンヂーは  心許りは焦て共
 よる年波に力落ち  勇気は頓に阻喪して
 単に無用の長物と  誹れ乍ら気がつかず
 萎れ切つたる両腕を  ウンと叩いて雄健びし
 敦圉く様は螳螂が  斧を揮うて立てる如
 其スタイルの可笑しさよ  心汚きサクレンス
 此有様を見るよりも  国家の前途は風前の
 灯火の如しと吾妻の  サクラン姫と頭をば
 傾け前後の策略を  めぐらしゐるこそうたてけれ。
サクレンス『サクラン姫よ、世の中が追々と、斯う物騒になつて来ては、俺もウツカリはして居れない。今迄とは世の中が、何も彼も一変し、吾々如き特権階級や資本階級の滅亡する時期が迫つて来たやうだ。此儘に放任しておけば、タラハンの国家は言ふに及ばず、王家も吾々階級も遠からぬ内に地獄の憂目を見る様な事が出来はせまいかと案じて寝られないのだ。お前は一体、今日の世態を何う成行くと考へてるか』
サクラン『仰の通り、世はだんだんと行詰つて参りました。経済界、政治界、宗教界は申すに及ばず、実業方面に於ても一切万事行詰り、実に惨めな状態となりました。併し乍ら窮すれば通ずとか申しまして、禍の極端に達した時は、キツト幸の芽を吹くもので厶います。去る五日の大火災にも、城内の茶寮は焼け落ちて、所在国宝は全部灰燼に帰し、左守の邸宅迄、あんな惨めな事になりました。それにも拘らず、右守の邸宅は一部分暴徒に破壊された計りで此通り安全に残りましたのも右守家に、対し盤古神王様が、大なる使命のある事を暗示されたものと考へられます。斯様に混乱状態に陥つた社会では、弱いと見られたならば忽ち叩き潰され、亡ぼされて了ふものです。それ故此際は国家の為に満身の力を発揮し、空前絶後の大計画を遂行して、国民上下の胆を奪ひ、右守の威力を現はし、威圧と権威とを示して、国民の驕慢心を抑へ付けねばなりますまい』
サクレ『お前のいふ事も一応尤もの様だが、人心極端に悪化し、吾々の階級を殲滅せむと国民が殆んど一致して時期を待つて居ると云ふ時代に際し、なまじひに小刀細工を施してみた所が、却て万民の怒りを買ひ、滅亡を早める様なものだ。ぢやと云つて此難関を打ぬけ、民心を収攬し、太平無事に国家を復興する事は難事中の難事だ。如何なる聖人賢人と雖、此際かかる世態に対し、メスを揮ふ余地はあるまい。あゝ困つた事だワイ。大王殿下は御重病、何時お国替遊ばすやら計り知られぬ今日の有様、太子の君はお行衛は分らず、左守司は老齢激務に堪へず、又彼が悴のアリナは踪跡を晦まし、タラハン国はすべての重鎮を失はむとしてゐる。要のぬけた扇の如く到底収拾す可らざる内情となつてゐる。今後亦去る五日の如き騒乱が勃発せうものなら、夫こそ王家を始め貴族階級の断滅期だ。何とかして此頽勢を挽回する事は出来よまいかなア』
サクラ『私の意見としては此際思ひ切つて大鉈を揮ひ、大改革を断行せねば、到底駄目で厶いませう。老朽ちて将に倒れむとする老木も根元より幹を切り放たば、新しき芽を吹き、其為再び生命を持続する事が出来るものです。吾夫様、此際貴方は大勇猛心を発揮し、国体を根本的に改革遊ばす御所存は厶いませぬか』
サクレ『イヤ、俺にも考案はない事はないが、さりとて余りの叛逆だからなア』
サクラ『ホヽヽヽ、叛逆無道の世の中を立替立直すのが何故に叛逆で御座いますか、能く考へて御覧なさいませ。大王様はあの通り、太子殿下は御行衛分らず、左守の老衰、斯の如く国家の重鎮に大損傷を来した上は、最早タラハン国に於ける最大権力者は右守家を措いて外にはないぢやありませぬか。民心を新にする為、思ひ切つて王女バンナ姫様を表に立て、弟のエールを王位に就かせ、国民上下の人心を収攬し、貴方は国務総監となつて、無限絶大なる権威を揮ひ、政治の改革を断行なさるより外に、国家を救ふ道は厶いますまい』
サクレ『成程、俺も其事は今迄に幾度か考へてみた事もあるが余りの陰謀で、女房の其方にも言ひ兼ねてゐたのだ。お前が其心なら、俺は強力なる味方を得たも同然、思ひ切つて断行を試みやう。併し乍ら、ここ暫くは秘密を厳守せなくてはならうまい。万々一此計画が夫婦以外に洩れ散るやうな事があれば、それこそ右守家の一大事だ』
サクラ『凡て大業を成さむと思へば、秘密を守るのが肝心で厶います。暫く人心の治まつた潮時を考へ、公々然と天下に向つて国政改革を標榜し、エールを王位に上せ、バンナ姫を王妃と成す事を発表遊ばせば、茲に始めて維新改革の謀主として貴方を国民が欣慕憧憬する様になるで厶いませう。それより外に適当な方法手段は厶いますまい』
サクレ『それに就ては、第一気に懸るのは太子の君だ。折角エールとバンナ王女を立て、国家の改造を標榜してゐる最中へ、ヒヨツコリ太子が帰つて来て、異議を唱へ給ふやうな事が有れば、吾々の折角の計画も水泡に帰するのみならず、右守を叛逆者として大罪に問はるるかも知れぬ。夫故俺の思ふには、まづ太子の身の上から片付けて掛らねば成るまい』
サクラ『成程、それが先決問題で厶います。併し幸ひに太子様を巧く片付けた所で、左守の悴アリナが此の世に在る限りは、再び折角の計画を覆へさるる虞が御座います。之も序に何とか致さねばなりますまい』
サクレ『ウン、それもさうだ。併し乍ら此両人を処置するに付いては、石で臨むか、真綿で臨むか、何れかの方法を取らねば成るまい、どちらが能からうかなア』
サクラ『天下混乱の際、生温い方法手段では駄目で御座いますよ。疾風迅雷耳を掩ふに暇なき早業を以てキツパリと、幹を切り根を絶ち葉を枯らし、新生面を開かねば腐敗し切つたる現代を救ふ事は到底出来ますまい。但し其方法手段は……斯様々々』
とサクレンスの耳に口をよせ、奸侫邪智のサクラン姫は何事か右守に教唆した。サクレンスは幾度となくうなづき乍ら、
サクレ『ウンウン可からう。中々お前も隅にはおけぬ悪人だ。悪にかけては抜目のない逸物だ、ハヽヽヽ』
と小声に笑ふ。
 サクランは目を怒らせ口を尖らせ乍ら、サクレンスの膝を叩いて小声になり、
サクラ『国家の大改革を断行し、国民塗炭の苦みを救ひ、国家万年の策を立つるのがそれ程悪で厶いますか。どうも腑におちぬ事を仰有るぢや厶いませぬか。勝てば官軍負くれば賊子、兎角世の中は勢力が最後の勝利を占めますよ。一切万事躊躇逡巡せず、ドンドンとやつて下さい。妾は貴方の為、いな国家の為に内々奮闘努力を致しませう』
サクレ『ヤ、頼母しい。お前は見かけによらぬ偉女夫だ。此夫にして此妻ありだ。俺も始めてお前の心の底が解り、安心をしたよ』
サクラ『二十年も夫婦となつてゐ乍ら、まだ妾の本心が解らなかつたのですか。お側に近く寝食を共にする妻の心が、二十年目に始めて解る様な事で、能くマア今日迄右守の職掌が勤まつて来たものですなア。本当に之こそ天下の奇蹟ですワ』
サクレ『オイ、サクラン姫、馬鹿にするない。政治家は政治家としての方法があるのだ。天下国家を憂慮する余り、小さい家庭などの事に気を付けてゐられうか』
サクラ『家庭も治まらず、二十年も添うた妻の心が解らぬやうな事で、何うして大政治家が勤まりませう。まして多数国民の心を収攬する事が出来ませうか』
サクレ『ヤ、さう追撃するものでない。今の大政治家を見よ。一家を治める事は知らいでも、堂々として政治の枢機に参与してゐるぢやないか。左守だつて、決して家庭は円満でない。又左守の心と彼が悴アリナの心とは正反対だ、犬と猿との間柄だ。それさへあるに国家の元老、最大権力者として左守は立派に今日迄地位を保つて来たではないか』
サクラ『自分の地位を保ち得たのみで大政治家とは云へませぬよ。今日の国家の不安状態に陥つたのは、輔弼の重臣たる左守様に本当の技倆が欠けてゐる為ではありませぬか。現代の政治家は何れも皆袞竜の袖に隠れて、僅かに其地位を保ち、国民を威圧して居るのです。虎の威を借る狐の輩です。貴方だつて、ヤツパリさうでしよう。真裸にして市井の巷へ放り出してみたならば、履物直しにもなれないぢやありませぬか』
サクレ『馬鹿云ふな、俺だつて曲人官位にはなれるよ』
サクラ『自惚も可い加減になさいませ。貴方は大王殿下のお引立てがなく裸一貫の男として、自分の運命を開拓遊ばす勇者とすれば、精々小学校のヘボ教員かポリス位が関の山で厶いませう。それだから国民が貴方を称して死人官だと云つてゐるのですよ』
サクレ『エー、モウそんな小言は聞たくない。主人を馬鹿にしてゐるぢやないか』
サクラ『ホヽヽヽ、馬鹿にしたくても、貴方は本当の馬鹿になれない方だから困りますワ。世の中の才子だとか智者だとか言はれる人は何時も失敗許りするものです。それに引替へ馬鹿とならば、何事にかけても無頓着で如何なる難関に出会つても、少しも恐れず又後悔する事もなく、物に慌てて事に驚き気をもんで、無駄骨折に損をせない。そして禍を化して自然に幸になす態の馬鹿になつて頂きたいものです』
サクレ『あゝあ、何が何だか訳が分らなくなつて来たワイ。さうすると俺もまだ馬鹿の修業が足らぬのかなア。オイ、何だか胸騒ぎがしてならない。一杯つけてくれ、熱燗でグツとやるから』
サクラ『お酒をおあがり遊ばすのも結構で厶いますが、大事の前の小時、茲少時はお窘みなさるが宜しからう。貴方はお酒をおあがり遊ばすと、精神錯乱して、どんな秘密でも人の前に喋り立てるといふ、つまらぬ癖がおありなさるから、此大望が成就する迄は盤古神王様の前にお酒を断つて下さい』
サクレ『ヤ、此奴ア耐らぬ。飯よりも女房よりも国家よりも大切な酒を断つて、おまけに暗雲飛乗りの危い芸当を此老人にやらさうとするのは、随分ひどいぢやないか』
サクラ『少時の御辛抱で厶います。夜も深更に及びました。サア寝みませう』
と手を取つて奥の一間に導き行く。二人は之より夜を徹して細々と寝物語の幕をつづけた。果して何の秘事が画策されたであらうか。
(大正一四・一・七 新一・三〇 於月光閣 松村真澄録)
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