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文献名1霊界物語 第69巻 山河草木 申の巻
文献名2第1篇 清風涼雨よみ(新仮名遣い)せいふうりょうう
文献名3第5章 性明〔1750〕よみ(新仮名遣い)せいめい
著者出口王仁三郎
概要
備考
タグ国公(国照別)、愛公(国愛別) データ凡例 データ最終更新日2019-09-11 14:58:48
あらすじ
国、愛、浅の三人が政治談義に気勢を上げているところへ、話を立ち聞きしていた取締りが入ってきます。

浅公は空とぼけて取締りを帰そうとしますが、この取締りはブルジョア階級に敵意を露にし、逆に三人の政談に乗ってきます。

ここにいたって愛公は自らの素性を明らかにします。自分は実はヒルの国の国司・楓別の倅、国愛別であり、珍の都で出会った国公と一緒に民衆のために活動している者である、と名乗ります。

取締り(松若彦の御家人で幾公)は、愛公・国公と意気投合し、仲間になってしまいます。そして、それぞれ愛公、国公を親分として結党し、都の南北に侠客として覇を利かせようと相談します。

そうしているうちに、外が騒がしくなり、「国司・国依別の倅、国照別(国公)が車夫となって帳場に潜伏」との号外が出てしまいます。夕暮れにまぎれて四人は裏口から姿をくらまします。
主な人物 舞台 口述日1924(大正13)年01月19日(旧12月14日) 口述場所伊予 道後ホテル 筆録者松村真澄 校正日 校正場所 初版発行日1927(昭和2)年10月26日 愛善世界社版79頁 八幡書店版第12輯 300頁 修補版 校定版81頁 普及版66頁 初版 ページ備考
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本文  珍の都の町はづれ、深溝町の俥帳場に国、愛、浅三名の輓子が大気焔を挙げてゐる所へ、交通取締の青白い瘠こけた先生が三人の話を立聞きした上、素知らぬ面してツツと這入つて来た。そして厭らしい目をギヨロつかせてゐる。三人は今の話を此取締に聞かれたのではないかと、聊か胸部に動揺を感じたが、キチンと行儀よく坐り直し素知らぬ顔。
浅『ヘー、旦那何用で厶います。車体の検査で厶いますか。二三日前に御役所へ行つて査べて貰つた許りの健康車体で厶いますから、滅多にお客さまを泥道に転覆させるやうな気遣ひは厶いやせぬ。どうぞ早く帰つて下さい。貴方が店に永くゐられますと、何だか博奕でもうつてゐて、又お叱言を頂戴してるのぢやなからうかと、客が怖がつて寄りつきませぬ。さうすれば、たアちまち、吾々の鼻の下が干上つて了ひます。ドツサリと膏は取られ、車体の修繕は命ぜられ、おまけに営業の妨害をせられては、俥夫だつてやり切れませぬからね』
取締『イヤ、車体検査でも何でもない、僕は交通取締だ。余り面白さうに政治談が流行つて居つたので、僕も一つ聞きたいと思つて這入つて来たのだ。随分偉い気焔を上げたものだな。僕だつて稲田大学の堕落生だから、君等と同じ仲間だよ。先づ安心して胸襟を開いて、君の抱負を聞かして呉れ玉へ、アーン』
浅『ヘン、今の取締は何とかかんとか云つて衆生の気に合ふやうなお世辞を云ひ、臓腑の底迄喋らしておいて、ソツと役頭に上申し、御褒美を貰ふ事許り考へてゐるのだから、滅多に政治談などは話せないのだ。何程取締だつて俺達の汗膏で飯を食つてゐるのだ。言はば俺等は旦那さまだから、余り横柄に云はないやうにして呉れ。之でもタツタ今普選施行になれば天下の代議士だからなア』
取締『ハヽヽ、ソロソロ臓腑を見せ出したな。ヤ面白い、僕も賛成だ。君が立候補をやつたら、僕を買収して呉れ玉へ。僕も一票の権利はあるんだからな』
浅『ヘン、君等の一票が何になる。君等に投票して貰ふ為に金を出すのならば、モチツとらしい人間に投票して貰ふワ、ヘン、済みまへんな』
取締『大老だつて、清家だつて、富豪だつて、俺だつて君だつて、矢張権利は一票だ。買喰大将の一票も、俺達の一票も効能は同じ事だ。余り見くびつて呉れない』
浅『フーン、そんなものか。さうすると、俺達も買喰大将も普選即行となれば同等だな。ヨシうまい、それでは労働者を味方につけ、大いにやつて見ようかな、大政党を組織して党首となり、内閣をとつて衆生の為に大いに経綸を行ふ積りだ、イツヒツヒ。其時には君も滅多に交通取締位はさしておかないよ。ドツト抜擢して大目付位には任じてやるからな』
取締『アツハヽヽヽ面白い面白い…時に君は国さま、愛さまでないか。何うして又こんな所にこんな商売をしてゐるのだ。モウ隠しても駄目だから、何もかも云つて貰ひたい』
国『僕は国さまでも何でもないよ、黒さまだよ。だから下層階級に帳場の哥兄をして苦労をして居るのだ。余り見違へて貰ふまいかい。それよりも早く四辻に立たないか。又田車と児童車の衝突があつちや、忽ち雄とか雌とかの字を頂戴して、おまけに煙多イ所へブチ込まれねばならぬやうな羽目に陥るぞ』
取締『何とマア、君は偉いものだね。能く変相した者だ。隠しても駄目だよ。併し乍ら君の行動は僕も随分気に入つたね。児童車や田車が衝突したつて何だい。将来見込のある君の乾児になれば、今日から此十手を棒に振つたつて恨むことはない。あの児童車には、いつもブルブル階級が狸町の芸者を乗せて、そり返つてゐやがるのだから、一遍位衝突さしてやつたら却て通街だ、アツハヽヽヽ』
国『これは怪しからぬ。汝は食務に不忠実な奴だな』
取締『ナニ、それが却て忠実になるのだよ』
愛『ハヽア、たうとう白状しやがつたな。交通取締とは表面を詐る口答鼠輩だな。何だか怪しい目をしてゐると思つた。モウ斯うなれば仕方がない、云つて聞かしてやらう。俺はヒルの都の楓別の悴国愛別と云ふ男だ。愛州と名乗つて民情視察の為に此処へ来てゐるのだ。さうした所、此国州にベツタリコと出会し、互に胸襟を開いて、大いに天下蛮衆の為に尽さむとしてゐる所だ。汝も大方松若彦のお先だらうが、あんな古親爺に何時迄ついて居つても末の見込がない。社会の廃物だからな。それよりも此国さまの乾児になつて、天下刻下の為に大活動をする気は無いか。斯う打明けた以上は、ロハでは帰さないのだ。サア何うだ降参するか、従ふか、二つに一つの返答だ。俺達も自分の素性を明かした以上は、此儘お前を帰す訳には行かぬ、返答を聞かして貰はふかい』
取締『ヤ、仕方がない……ではない、結構だ。万事君に任すから、良き様にして呉れ玉へ』
国『僕も実の所は普通の人間では無いのだ。併し乍ら本名を云ふの丈は待つて貰はう。何時密告されるやら分らないからな。併し乍ら此国さまは強きを扶け弱きを挫く惑酔会員でもなければ、猜疑と嫉妬に充たされた三平社員でもないから安心し給へ』
取締『ヤ、分つてる。名は聞かいでも、君の風采と云ひ、言葉と云ひ、大抵何処の狸か狐か位は呑込んでゐる。名乗らなけや名乗らいでも可い。マア兎も角互に胸襟を開いて刻下の為、相提携しようだないか』
国『実の所、刻下々々と鶏のやうに云ふのも結構だが、寧人類愛の為と云つた方が時代相応だらうよ』
取締『実の所は僕は、松若彦の御家人で幾公と云ふ者だが、何時迄も馬通族の提灯持をしてゐるのも気が利かない、可い加減に足を洗つて時代に目覚めねばならないと思つてゐた所だ。それでは国さま、如何なる貴い方の血統か知らぬが、先づ国州、愛州で交際つて貰ひたい。君が誤大老になつた時は又敬語を使ふからな、ワツハヽヽヽ』
国『ヨシ気に入つた。そんなら幾公、サア握手だ』
幾『イクらでも握手ならして呉れ。何分資本が要らぬのだからな』
国『二つ目には資本だとか何とか、そんなケチなこと云ふない。僕はモウ資本だとか清家だとか、そんな声を聞くと、耳が痛くなり胸が悪くなり、肚の中に擾乱が勃発するやうな気がしてならないワ。今の資本家は所謂足の四本家だからなア』
愛『幾公が俺等の素性を嗅ぎつける様に、寒犬も鼻が利き出した以上は俥夫も最早駄目だ。キツト他の奴が嗅ぎつけて来よるに違ひないから、何うだ、一つ、此れから侠客にでもなつたら、将来の計画上都合が好いかも知れないぞ』
国『ソラ面白い。併し誰が親分になるのだ』
幾『先づ親分は国さまに願はうかな。併しモ少し年がいつてると睨みが利いて可いのだがなア』
国『そんなら浅の野郎は腰抜だから、例外として俺の乾児にしてやる。君は愛州の兄弟分となつては何うだ。此珍の都の北と南で侠客の親分となり、覇を利かさうぢやないか』
三人『賛成々々大賛成だ』
国『そんなら直様此処で結党式……いな分列式を行らうだないか……オイ浅公、横町のお多福屋へ行つて、豆腐と酒を買つて来い。湯豆腐で一杯、柔かう四角う盃をしよう。併し浅州、誰にも云つちやア可けないよ』
浅『ヨシ合点だ』
と徳利をぶら下げ、裏口からチヨコチヨコ走りに出でて行く。
 表の大道にはどつかに馬鹿旦事件が怒つたと云ふので、喧平隊が四五十人列を正して走つて行く靴の音が、三人の耳に異様に響く。
 暫くすると一升徳利を二本ぶら下げて浅公は帰つて来た。
浅『ハアハア……、エライ エライ、雀の子が待つてゐると思ふて、一生懸命に走つて来た。サア一杯やらう。二升なれば、四五二十だ。五合宛になるから一寸酔へるだらう。早くから喉の虫奴がギウギウ ゴウゴウと催促してゐやがらア、ヘツヘツヘ』
幾『オイ、豆腐は何うしたのだ』
浅『酒呑に豆腐が要るかい。都府は此の間の地震で滅茶々々になつたと云ふ事よ。今福幸院を起して震議の最中だから、暫く待つてゐるが可からう。シロ都風も焼豆腐もサツパリ滅茶々々だよ。何と云つても松若彦の老体がナマクラの別荘で梯子段に圧せられて死んだとか至難とか云ふ問題で、豆腐所の騒ぎぢやないワ。先づ酒さへあれば何とか酒段がつくだろ』
幾『何うも仕方がないな。オイ兄弟、モウ仕方がねい、豆腐は無くても、此儘徳利の口から呑み廻してやらうかい』
国『エ、邪魔臭い、こんな小つポケな口からチヨビチヨビやつてゐてもはづまないワ。徳利の尻を叩き割つて風の通ふやうにすりや能く出て来るだらう。卵でも一方口では吸へないから、両方へ穴を開けるだないか』
と云ひ乍ら、俥の梶棒に徳利の尻をコンと打つけた機に、徳利は切腹して忽ち庭の土は一升の酒を舐めて了つた。
国『チエツ、金城鉄壁も国さまの一撃に遇ふてサツパリ滅茶々々だ。ヤツパリ酒たる徳利が備はつて居らぬと見える哩、ハヽヽヽヽ』
浅『オイ国州、イヤ親分、何と云ふ勿体ないことをするのだい。土が皆結構な酒を呑んで了つたぢやないか。本当に一生の損をしたものだ』
国『徳利階級の口計りへ入れてるのも勿体ないから、チツとはズブ下の土にも呑ましてやりたいと思ふて爆発させたのだ。タコマ山でもチヨイ チヨイ爆発するだないか。未だ、ここに一本残つてる、之を汝達自由にしたが可からう。俺はモウ呑むよりも、斯うして胚を打割つて酒の洪水を起す方が、何程痛快か知れないワ、アツハヽヽ』
愛『一升の酒を之から四人寄つて平げることとせう。さうすりや一人前二合五勺位だ。マア肴には公侯でも持つて来てバリバリとやるのだな。そして芸者もなし、一人注いで呑めば私酌にもなり、男のお給仕に注がせば男酌にもなり、小間物店を出せば吐く爵にもなるのだから、之で爵の病を癒し、溜飲を下げることに仕様かい』
浅『私酌も男酌も結構ですが、何うです親分、三筋の糸が這入らないと余り面白くないぢやありませぬか。私が之から刑務所……オツとドツコイ……芸務所へ走つて行つて、生首でも白首でも引張つて来ませうかな』
国『おけおけ芸務所は梅害の養生所だ。又一筋縄や二筋縄で負へぬ奴が、三筋の糸で鼻の下の長い奴を操つてゐるのだから、そんな代物を輸入されちや背水会の迷惑だ』
 斯く雑談に耽り乍ら四人は一升の酒を喇叭呑にして平げて了うた。
 斯かる所へ新聞配達の烈しき鈴の音チリン チリンと響き来る。
国『オイ浅、号外を一つ買うて来い、キツと変事が突発したに違ひないからな』
 浅は言下に尻引き捲り、号外屋の跡を追つかけ乍ら『オーイ オーイ』と熊谷もどきに跟いて行く。後に三人は浅の帰るのを今や遅しと待つてゐる。
国『地震でもなし、政変でもなからうが、今の号外は何だらうかな。如何も吾々は気懸りでならないワ』
愛『さうだな、此奴ア、普通ぢやあるまい。吾々の一身上に関する大問題が起つたのだあるまいか。コラ幾州、汝は俺達の話を立聞しやがつて、新聞記者の奴にでも、何か喋つたのだらう』
幾『何、俺は何も喋らない。悪徳新聞の記者が此処の軒に立つてペンを走らしてゐるから、此奴ア可怪しいと思つて近寄つて見れば、記者の奴妙な面して、どつかへ姿を隠しよつたのだ。それから其の後を少し許り俺が聞いた丈だ。余り大きな声で話してゐたものだから「国照別俥帳場に潜む」位な見出しで号外でも出したのかも知れないよ。さうすりや大変だ、大目付の奴驚いて部下の取締に命じ、俺達を逮捕に来るかも知れない。サア身を隠さう、侠客の成り始めに捕まつては幸先が悪いから……』
 三人はサツと面の色が変つた。其処へ転げる様にして帰つて来たのは浅公である。浅公は門口から、
『オイ、タヽ大変だ。クヽ国依別のセヽ悴、国照別が、此処の帳場に潜伏してゐるから其筋の手が都下一面に廻つたと、ゴヽ号外に書いてあるワ。クヽ国照別が捉まへられたら、オヽ俺も乾児だから同罪だ。サア何とかして此場を遁げようぢやないか』
 国照別は平然として、
『ハヽヽ、面白い面白い、之でこそ願望成就時到れりだ。オイ愛州、幾公、浅、俺に徒いて来い。第二の計画に移らうぢやないか』
と云ひ乍ら悠々として裏口から、一行四人は夕暮の暗を幸ひ、何処ともなく姿を隠した。
(大正一三・一・一九 旧一二・一二・一四 於伊予道後ホテル、松村真澄録)
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