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文献名1霊界物語 第69巻 山河草木 申の巻
文献名2第2篇 愛国の至情よみ(新仮名遣い)あいこくのしじょう
文献名3第7章 聖子〔1752〕よみ(新仮名遣い)せいし
著者出口王仁三郎
概要
備考
タグ データ凡例 データ最終更新日2018-11-07 09:35:38
あらすじ
進歩派の老中・岩治別が、守旧派の追及を逃れて城を飛び出して以来、社会の不安が増し、世の中の立替が起こるとの流言が飛び交い、容易ならぬ雰囲気になってきた。

実は岩治別は侠客・愛州のもとに潜んでいた。

さて、高砂城内では、世継の国照別が城を飛び出し、行方をくらましてしまった件について、協議がなされていた。

結論:監督責任のあった老中伊佐彦、松若彦は今回の件おとがめなし、そして、国照別の代わりに妹の春乃姫を世継に立てる。

ただし、春乃姫は世継になるにあたって、城の出入りの自由、結婚相手選択の自由、進退の自由、老中任免権、を要求する。老中もしぶしぶこれを認めざるをえなかった。
主な人物 舞台高砂城 口述日1924(大正13)年01月23日(旧12月18日) 口述場所伊予 山口氏邸 筆録者松村真澄 校正日 校正場所 初版発行日1927(昭和2)年10月26日 愛善世界社版105頁 八幡書店版第12輯 311頁 修補版 校定版109頁 普及版66頁 初版 ページ備考
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本文  珍の都高砂城内に於て、進歩老中或は投槍老中と仇名を取つてゐた岩治別が、風を喰つて何処ともなく姿を隠せしより、彼は何事か大望を画策し、酒偽者と語らひ捲土重来して、一挙に松若彦、伊佐彦両老を引退させ、珍の天地の空気を一掃し、再び正鹿山津見神の聖代に世が立直るならむと、種々の流言蜚語が盛に行はれ、人心恟々として安からず、よるとさはると、どこの大路も、裏町も、長屋の嬶連が井戸端会議にも喧伝さるる様になつて来た。松若彦は事態容易ならずとして、老衰の身を起し、賢平や取締などを市中隈なく配置し、或は私服取締を辻々に横行せしめ、怪しき言をなす者は片つ端から検挙せしめ、夜中になれば恐れて一人も外出する者なく、さしも繁華な都大路は曠野の観を呈し、火の消えたる如く淋しくなつて来た。
 岩治別は其実岩公と名を変じ、侠客の愛州が館の奥深く普通の侠客となつて住み込んでゐた。命知らずの若者許り数百人、蜂の巣の如く固まつてゐるので、流石の賢平も取締も此館のみは一指を染むる事だも躊躇してゐたのである。愛州親分は岩公の岩治別老中なることは当人の懇請に仍つて、万事呑込んでゐたが、併し乍ら胸中深く秘め置いて、他の乾児共には一言も示さなかつた。それ故数多の乾児は老耄親爺の岩州と口汚く酷き使ひ、よその見る目も気の毒な次第であつた。
 話替つて高砂城の大奥には、国依別の国司を始め、末子姫、春乃姫、松若彦、伊佐彦の五柱が卓を囲んで、何事か重要会議を開いてゐた。
国依『松若彦殿、爾も老齢の身を持ち乍ら、昼夜寝食を忘れて国務に鞅掌する其誠実は実に感歎の至りだ。予も末子姫も常に爾の至誠至実なる行動について時々感謝の意を表し、何よりも先に爾の噂をしてゐるのだよ。併し今日爾の請求に依つて、予は妻子と共に爾両人と何事か協議する運びに至つたのは、要するに神の摂理であらう。今日は真面目に予も耳を傾けるから、忌憚なく両人とも意見を吐露せよ』
 松若彦は嬉しげに笑を泛べて、
松若『常になき吾君のお言葉、此老体も始めて甦つた如き心地が致しまする。誠に申上にくい事乍ら、御世子国照別様は御行衛が分らなくなりましたので、大責任の地位にある微臣、吾君に対して申訳なく、又衆生に対しても会はす顔が厶いませぬ。夫れ故吾君様には済まぬ事乍ら、内々探りを市中に配り、捜索致させましたなれど、今にお行衛が分りませぬ。誠に監督不行届の罪、万死に値致しますれば、松若彦は此責任を負ふて、大老職を拝辞し、一切の政務を伊佐彦殿に譲らうと存じまする。何卒々々此儀御聴許下さいますれば有難う存じまする』
国依『ハツハヽヽヽ、悴が行衛を晦ましたのは、予はとつくに存じてゐる。別に心配する必要はない。如何に親なればとて、吾子の思想迄束縛する訳にも行かない。其事については決して心配致すな』
と平然として笑つてゐる。松若彦は国司の怒に触れ、雷の如くに叱咤さるるかと思ひの外、余り平然たる態度に呆れ果て、返す言葉も出なかつた。
伊佐『吾君様、斯かる重要問題が突発致しましたのは、全く微臣等の罪の致す所、何卒厳重なる御処分を願ひたう厶ります』
国依『去る者は逐はず来る者は拒まずだ。何程引止めようとしても、逃げよう逃げようと考へてゐる者は駄目だ。悴も比較的大人物になつたと見えて、此狭苦しい鳥屋の中が厭になつたと見えるワイ。そして爾等両人骸骨を乞はむと申出て居るが、爾等両人が幽霊となれば後の国政は何う致す考へだ。後任者を推薦して、向後の国政上支障なき迄に準備を整へ、而して後骸骨を請へよ。後継者の物色は済んだのか、それが先づ先決問題だ』
松若『ハイ、恐れ入りました。併し乍ら此珍の国におきまして寡聞なる吾々の目より窺ひますれば、一人として国家の重職に適当な人物はない様で厶ります。何れの役人も皆ハイカラ的気分に襲はれ、真面目に国家を思ふ者は一人として見当りませぬ。実に国家の前途は寒心に堪へませぬ』
国依『あゝさうすると、後継者の適当な者が無いと云ふのか。爾等両人は実に不忠不義の甚しき者だ。下り居れツ』
と雷声を発して厳しく叱咤した。両人は縮み上り涙を押へ乍ら、口を揃へて、
両人『吾々は不肖乍ら、主家の為国家の為身命を賭して国務に鞅掌致して居りまする。然るに只今のお言葉、不忠不義とは心得ませぬ。仮令国司なればとて、此お言葉に対しては何処迄も明りを立てて頂かねば、吾々は一歩も此場を退きませぬ』
国依『爾等、予を詐つて居るではないか。老齢職に堪へずとか、責任を負ひて辞任するとか云ひ乍ら、国家の柱石たる人物がないと云つたでないか。後継者無きを知り乍ら辞任を申出づるは、全く国司家を脅かす者だ。否予をして困惑せしむる者だ。斯かる心理を抱持してゐる爾両人に対し、不忠不義と云つたのが、何処が悪い』
と一層強く怒鳴り立てられ、両人は一たまりもなく縮み上つて了つた。末子姫は此体を見て気の毒がり、
『吾君様、暫くお待ち下さいませ。彼等両人は国家を思ふの余り、君の決心を促さむと、今の如き詭弁を弄し奉つたので厶いませう。何と云つても珍一国の柱石、少々の過は赦しておやりなさいませ』
国依『赦されぬ此場の仕儀なれ共、最愛の末子姫殿の御仲裁とあらば止むを得ない、先づ盲従しておかうかい、アツハヽヽヽ』
と最前の怒声は何処へやら、気楽相に大口開けて笑ひ出した。両人はハツと息をつぎ、縮み上つた睾丸の皺を漸く伸し始めた。
松若『年にも似合はず吾君に対し、不都合な事を申上げ恐入りまして厶います。何卒唯今の私の失言は、広き仁慈の御心に見直し聞直し下さいまして、従前の通りお召使を願ひ度う存じます』
伊佐『微臣も同様、御使用の程を御願申上げます』
国依『ウン、ヨシヨシ、分れば別に文句は無いのだ。モウ之からは心にも無い辞令を振りまはすな。汝等両人の内心は何処迄も政権に恋々として、其執着を去る事は出来ないであらうがな』
 両人『ハツ』と顔を赤らめ、無言の儘俯く。
末子『時に吾君様、今日両老が君の御出場を願ひましたる要件と申しますのは、既に御承知の通り、世子国照別の行衛が分りませぬので、一層の事、春乃姫を後継者となし、上下人心の安定を計らねばならないと両老から申出でまして、其御承認を得たい為で厶いますれば、よく御熟考下さいまして何れなり共、都合好き御命令を仰ぎたいので厶います』
 国依別は無頓着に、
『ウンさうだ、春乃姫さへ承認すればそれで可い。姫の意思迄強圧的に曲げる事は出来ぬ。此問題は姫に聞いたが早道だらう』
末子『女が後を継ぐとは前代未聞では厶いませぬか、養子でもせなくちやなりますまい。さうすれば万代不易の国司家は断絶するぢやありませぬか』
国依『三五教の教にも女の御世継が良いと示されてあるではないか。女の世継としておけば、腹から腹へ伝はつて行くのだから、其血統に少しも間違ひはない。若し男子の世継とすれば、一方の妻の方に於て、夫に知らさず第二の夫を拵へてゐた場合、其生れた子は何方の子か分らぬやうになつて来る。それだから却て女の方が確実だ、現に国照別だつて、予の正胤であるか、或は末子姫殿が第二の夫を私かに拵へて其胤を宿したのか、分つたものぢやないからのう、ハツハヽヽヽ』
 末子姫は泣声になつて、
『お情ない吾君のお言葉、妾がそれ丈不信用で厶いますか。又誰かと姦通をしたと仰有るので厶いますか、残念で厶います』
と地に伏して泣く。
国依『ハヽヽ、嘘だ嘘だ、比喩にひいた迄だ。貞操の神と迄尊敬されてゐる、家庭の女神様だ。予は決して毛筋の横巾程も、汝の行状に就て疑つてはゐない。否大いに感謝してゐるのだ。マア心配するな、比喩だからのう』
と背中を二三遍撫でさする。末子姫は漸く機嫌を直し、涙と笑顔を一緒に手巾で拭き乍ら、
『ホヽヽそれで安心致しました。そんなら吾君様、妾をどこ迄も信用して下さいますね』
国依『雀百迄牝鳥を忘れぬと云つて、今は夫婦共皺苦茶だらけの爺婆になつて了つたが、時々昔のあでやかなお前の姿を心に描いて、笑壺に入つてゐるのだ。其時丈は実にはなやかな思ひがするよ』
末子『そりや違ひませう。昔の事を思ひ出し、はなやかな気分に御なりなさる肝心の玉はお勝さまぢや厶いませぬか』
国依『ウン、お勝もヤツパリ追想中の一人だ。乍併最も秀れて印象に残つてゐるのはヤツパリお前と結婚当時の艶麗な姿だよ、ハツハヽヽヽヽ』
と娘や老臣の前で夫婦が、あどけなき意茶つき合ひを始めてゐる。松若彦、伊佐彦もつい話に引ずられて腮の紐をとき、粘着性の強い涎を七八寸斗り、天井から蜘蛛が下つたやうに糸を垂れてゐる。
国依『春乃姫さま、最前から一同の話を聞いて略承知だらうが、どうだ、世継になる気はないかな』
春乃『厭ですよ、人生長者となる勿れといふ諺も厶いませう。窮屈な籠の中へ祭り込まれて、心にもなき追従の雨をあびせかけられ、敬遠主義を取られ、二三政治家の傀儡となつて一生を送るといふ様な不幸な事は厶いませぬワ。妾はお父さまやお母アさまのお身の上を見て、実にお気の毒な境遇だと同情の涙にくれてゐるのですよ。兄さまも亦お父さまの二の舞をなさるかと思へば、気の毒で堪らなかつたのですよ。流石の兄さまも二三政治家の傀儡に祭り込まれるのは人間として気が利かないと云つて、風をくらつてどつかへ逃出し、自由の天地に横行濶歩する幸福な身分となつてゐられます。本当に賢明な兄さまですワ。妾も兄さまの兄妹、自ら知つて窮屈な不自由な身分となりたくはありませぬ。之斗りは御赦免を願いたいもので厶いますワ』
国依『ハヽヽヽ、さうだらう さうだらう、父もかねて覚悟してゐたのだ。厭がる者を無理に押へつけるのは無慈悲だ。親たる者のなすべき事ではない。お前の好きな様にしたが可からうぞ』
末子『モシ吾君様、兄の国照別は家出をするなり、妹の春乃姫は世継は厭だと申ましたならば、国司家は茲に断絶するぢやありませぬか。貴方は如何なる御考へで左様な気楽なことを仰せられます。茲は可哀相でも春乃姫にトツクと言聞かせ、国柱保存上、厭でも応でも、世継になつて貰はねばなりますまい』
国依『フン、別に春乃姫に限つた事はない。松若彦にも悴もあり娘もある事だから、一層の事松若彦の悴松依別を吾養子として後をつがせたら何うだ。それも本人の意思に任すより仕方がない。松若彦、お前はどう思ふか』
 松若彦はおどろいて、
『これはこれは、吾君様とも覚えぬお言葉、未だ臣を以て君となした例は厶いませぬ。左様な事を仰せられずに、茲は春乃姫様に御願申上げ、御世継となつて頂きたいもので厶います。ましてや愚鈍な悴、左様な事が何うして勤まりませう。之計りは平に御断を申上げます』
国依『何事も惟神に任すのだなア』
末子『いつも貴方は惟神々々と云つて、凡ての問題を葬らうとなさいますが、斯かる重要事件はさう惟神計りでは行きますまい』
国依『サアそこが惟神だよ。身魂の濁つた国依別の血統を以て床の置物にせなくても置物になりたがつてるお人好しは三千万人の中には三人や五人はキツトある。そんな心配は要らぬ。……どんな身魂がおとしてあるか分らぬぞよ……と御神諭にも現はれてるぢやないか。観報を以て床の置物召集令を発するか、新聞記者を呼んで広告欄に載せさすか、幾らでも方法がある。それで行かねば、お神の力を以て、気の善い人物を物色するのだ』
と気楽相に言つてのける。
末子『それでは世が治まりますまい。匹夫下郎が俄に高い所へ上つた所で、国民の信用が保てますまい』
国依『国民は汝等の思ふ如く吾々を尊敬しては居ないよ。又吾々の腹から出た娘だと云つて、心の底から敬意を払つてゐるのではない。バラモン的色彩を以て包んでゐるから、止むを得ず、畏敬の念を払つてゐるのだ。そんな事を思つてゐると、時勢に目のない馬鹿者と、衆生から馬鹿にされるよ、アツハヽヽヽヽ』
松若『何と仰せられましても、かうなる上は春乃姫様を御願ひ申さねばなりませぬ』
春乃『厭だよ厭だよ、怺へて頂戴よ』
伊佐『是非共、姫様に御願申上げまする』
春乃『エヽ好かんたらしい爺だね。一度厭と云つたら厭だのに、………ねーお母さま、お父さま、人の意思を束縛することは罪悪ですからねえ』
末子『何と云つても此場合、国司家と国家の為に犠牲的精神を発揮して、世継になつて下さい。母が一生の御願だから……』
春乃『妾に註文が厶いますが、それを承諾して下されば、世子になつても宜しい』
末子『どんな事でも、貴女の要求を容れますから、世子になつて下さるでせうな。そして其註文とはどんな用件ですか』
春乃『一、自由自在に城の内外を問はず出入し得る事、
 一、吾身辺に侍女又は厳しき士を附随せしめざる事、
 一、自分の夫は自分にて選定する事、
 一、化儀に依りては世子を辞し、理想の生活を営むやも知れざる事、
 一、罪を寛恕する事、
 一、大老、老中以下の任免黜陟をなす実権を有する事、
以上マアざつと之れ丈の条件は、御承知を御両親に願つて置きたう厶います』
国依『面白い面白い、吾意を得たりと云ふべしだ。流石は春乃姫、偉いものだな。之には両老も参つただらう、アツハヽヽヽヽヽ』
 松若彦、伊佐彦両人は渋々乍ら、已むを得ずとして春乃姫の条件を容れ、世子と定め吐息をつき乍ら、神殿に感謝祈願の詞を奏上し、国司夫妻に慇懃に挨拶をなし、吾館を指して帰り行く。
 此日蒼空に一点の雲翳もなく、太陽の光は殊更清く、赤く、涼風徐ろに吹来り、百鳥の鳴く声もいと爽やかに聞え、四辺の雰囲気は何となく爽快に、天空よりは微妙の音楽響き渡り、芳香四方に薫じ、恰も第一天国の紫微宮にあるの面持であつた。あゝ惟神霊幸倍坐世。
(大正一三・一・二三 旧一二・一二・一八 伊予 於山口氏邸、松村真澄録)
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