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文献名1霊界物語 第71巻 山河草木 戌の巻
文献名2第1篇 追僧軽迫よみ(新仮名遣い)ついそうけいはく
文献名3第4章 琴の綾〔1793〕よみ(新仮名遣い)ことのあや
著者出口王仁三郎
概要
備考
タグ データ凡例 データ最終更新日2019-01-11 17:47:11
あらすじ
玉清別の館から閉め出しを食い、玄真坊はますますダリヤ姫への情欲に身をさいなまれている。

神の子はそこへやってきて、ダリヤとバルギーが逃げたと嘘を教えてからかう。玄真坊とコブライは暗がりの野山をダリヤを追って駆け出す。

一方、ダリヤ姫は、実家に戻るまではバルギーを自分の護衛としておこうと、酒をついでご機嫌を取っている。

バルギーは自分の男らしさを誇ろうと、盗賊をやっていたころの話をするが、逆にダリヤ姫に嫌な顔をされてしまう。
主な人物 舞台 口述日1925(大正14)年11月07日(旧09月21日) 口述場所祥明館 筆録者松村真澄 校正日 校正場所 初版発行日1929(昭和4)年2月1日 愛善世界社版51頁 八幡書店版第12輯 517頁 修補版 校定版53頁 普及版23頁 初版 ページ備考
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本文  四方に堅牢な高塀を囲らした玉清別の神館の門外へ追つぽり出された天真坊は、現在自分の恋慕ふてゐる最愛のダリヤ姫が小泥棒のバルギーと共に、情緒濃やかに喋々喃々と暖かい夢を見てゐるかと思へば、妬けてたまらず、如何にもして、翼あらば此塀を乗越え、二人の居間に飛込み、バルギーの面を掻きむしり、髻を引まはし、鬱憤を晴らさむと雄猛びし乍ら、ウンウンと唸りつめ、拳を握つて自分の太股のあたりを、無性矢鱈に擲つてゐる。コブライは此体を見て可笑しくてたまらず、
『モシ、天真坊様、御化身様、大変な偉い雄健びですな。そらさうでせう、お肚の立つのは御尤もだ。つぶしに売つたつて千両や二千両の値打のある美人を、まんまと、バルギー位に占領され、自分は門外に追ひ出され、指を喰はへて見てるのも余り気の利いた話ぢやありませぬな。私だつて世が世なら、あのダリヤ姫を女房にして見たい様な心も起らぬではありませぬワ。ダリヤ姫の俤は、どこ共なく優しい親しい所がありますなア。私だつて一度はあの白い手を握つて、共に山雲海月の情を語りたいやうな気も致しますワイ。縦から見ても横から見ても、優美で高尚で艶麗で而も宗教的熱情に富んだ純朴な心が、あの下膨れのした垂れ頬に現はれて居りますからなア』
 天真坊は太い吐息を漏らし乍ら、
『俺は天性此通りの面構、さうだから別に恋と云ふのでもないが、コリヤ実際俺の心から出たのではない。恋は凡て神から来るものだ、結婚は人間のする仕事だ。神さまから命ぜられた神聖の恋と感じてよりの心機一転の此行脚、思はず知らず花のかげを踏んで驚く足を上げたと一般の、よそ目にはさぞやさぞ、バカの白痴の骨頂とも見えるだらうが、神の命じ玉ふた此恋愛はどうあつても成功しなくちやおかない筈ぢや。玄真坊自身としては、仮令水中の月、手にとるを得ず共、せめては岸上の一念、うたた此境遇を甘んずる丈でも結構だが、何と云つても、御本尊の神様が御承知遊ばさぬのだから辛いものだ。丸切り只今の心持はあたら名玉砕けて粉となり失せし心地だ。あーア、天来の救世主も恋にかかつたら、からつきし駄目かいな』
コブライ『ハヽヽヽ、天真坊さま、大変な御愁歎ですな。…初めは竜虎の如く、終は脱兎の如し…とは貴方の心底、御境遇、誠に早察しまするワイ、イヒヽヽヽ』
天『コリヤ、コブライ、バカにするない。世の中は夜許りぢやない、又昼もあるぞ。何程失恋の淵に沈んで居つても、又もや起上る時節があるから、さう見下げたものぢやないワイ』
コ『それよりも夜明を待つて、ダリヤが庭園をブラつき初めたら、すき塀の穴から御面相なりと拝顔して、悶々の情を消すのですな』
 悪戯小僧の神の子は、門の節穴から、ソツと外を覗いてみると、うす暗の中に二つの影が一間許り間隔を保つて、愁歎話に耽つて居る。
神の子『オイ、天真さま、何を云つてるんだい。ダリヤさまはな、お前さまが此処へ尋ねて来たといふ事を聞いてビツクリし、裏口から一人のおつさまと、たつた今の先、東の方を指して逃げ出したよ。お母さまに内証で、余り可哀相だから、一寸知らしに来てやつたのだ。ダリヤに会ひたけりや、早く行かつしやい、モウ今頃は吾子山の麓あたり迄行つてゐるだろ』
天『ナアニ、ダリヤが逃げたといふのか、其奴ア大変だ』
神の子『金城鉄壁に囲まれてゐるダリヤよりも外へ飛び出したダリヤの方が、お前の為には都合が可いだらう』
天『そりや又本当かい、嘘ぢやなからうな』
神の子『嘘なら嘘にしておけやい。人が親切に、此眠たいのに知らしてやるのに、勝手にしたが可かろ、イヒヽヽヽ』
と笑ひ乍ら、屋内深く隠れて了つた。後に天真坊は双手をくみ、少時思案にくれてゐたが、
天『オイ、コブライどうだろ、本当だろかな。あんな事云つて、うるさいから俺達を追ひ出す手段ぢやなからうか』
コ『子供は正直ですよ、ダリヤだつて、現在天真坊さまが、ここへ来てゐられるのに、安閑としては居れますまい。私がダリヤだつたら、キツと逃げ出しますよ』
天『いかにも尤だ、サア、コブライ、半時の猶予もならぬ、サア行かう』
と薄暗がりの野路を、転つ輾びつ、吾子山の方面さして駆りゆく。
 ダリヤ姫は離れの間に、平気の平左で、スガの港へ帰る迄は、巧く此バルギーをチヨロまかしおかむものと、一生懸命に酒をすすめて機嫌をとつてゐる。
ダリヤ『最も敬愛するバルギーさまえ、本当に天真坊といふ奴、気の利かねい売僧坊主ぢやありませぬか。妾と貴方と玉清別さまのお館に斯うして、ゆつくりとお酒を汲みかはし、恋の未来を楽んで遊んでゐるに、此家の奥さまに追ひ出され、門の外でベソをかいてゐるといふ事、本当に一掬同情の涙をそそいでやりたくなるぢやありませぬか』
 バルギーはあわてて、
『ソヽそりや何を仰有る、ヤツパリ姫さまは天真坊に一掬同情の涙を注ぎたいやうな心持がするのですか、そりや大変だ。私だつて、姫様の御心持がそんな事だつたら、安心は出来ないぢやありませぬか、仮令一命をすてても姫様の為には悔いないといふ私の決心ですのに……』
と血相変へる。
ダリ『ホヽヽ嘘ですよ、世間に対する義理一遍の辞令ですワ。仮令心の中は如何でも妾は女ですからね、男さまの様な赤裸々なこた云へないでせう』
バル『ウーン成程、分つてる。エー、それで俺もチツと許り安心した。然し乍ら姫さま、僕に対する御誓約も其伝ぢやありませぬか。厭なら厭と、赤裸々に今の間に云つて貰はなくちや、最後の壇の浦迄行つた所で、エツパツパとやられちやたまりませぬからな。何と云つても僕の面は恋愛に対しては険呑千万な御面相だから、気がもめて堪りませぬワ』
ダリ『ホヽヽそんな御懸念は御無用にして下さいませ。何程容貌がよくても、気甲斐性のない男子はダメですワ。今の世の中は一程二金三容貌ですからね、何程容色が悪くつても、金がなくつても、程さへよけら女が吸付きますよ。私だつてバルギーさまに惚れたのは、容色でもなし、金でもなし、又金や容色を望んだ所で、からきし、ダメですもの、肝腎要の恋男になくてはならない第一の美点、程のよいのに惚たのですワ』
バル『そゝそれ程、僕は程が好くみえるかな。余程お気に入つたとみえるな、エヘヽヽ』
ダリ『金や容色はどうでもよいが
  程のよいのにわしや惚た。
といふやうなものですワイ、ホヽヽヽ』
バル『ナール程、程なる哉程なる哉だ。これ程迄に惚込んだ女をみすてやうものなら、女冥加に尽きやう程に、梵天帝釈自在天、オツトドツコイ、三五教の大神さまに誓つて、万劫未代ダリヤの君はすてませぬ。どうか御安心なすつて下さいませ、おん嬶大明神様』
ダリ『イヤですよ、おん嬶大明神なんて、未来の女房と云つて下さいな』
バル『其未来丈除つて欲しいな、肩書があると何だか窮屈でたまらないワ。海軍大将だとか、何々局長だとか肩書があると、知らず識らずの間に官僚気分になつて、心までが四角ばつて仕方のないものだ、どうか未来といふ肩書をここで削除して頂けませぬかな、ダリヤ姫の君様』
ダリ『ホヽヽヽ気の短い事仰有いますこと、一秒間先でも未来ですよ。未来と云つたら、さう遠いものぢやありませぬワ。どうぞこうぞスガの港迄送つて下さいましたら、妾がお父さまやお兄さまに御願して、合衾の式を挙げたいと思つてゐますのよ。どこから見ても申分のない程のよい殿たちだこと、ホヽヽヽ、頬辺が知らぬ間に赤くなりましたわ。心臓の動悸が烈しくなり、警鐘乱打の声が胸に響いてゐますワ』
バル『頬辺が赤くなつたのは葡萄酒を呑んだ加減ぢやないか、甘い事云つて、僕を……俺を誤魔化すのぢやあるまいな』
ダリ『どしてどして、孱弱い女の身でゐ乍ら、仁王の荒削みたいな、程の好い殿たちを騙してすみますか、男冥加に尽きますからね』
バル『どうか、御変心なき様に頼んでおきますよ、猪鹿つきて良狗煮らるる事のない様にね』
ダリ『ホヽヽ、御念には及びますまい、羽織の紐ですから……ね』
バル『妾の胸においてあるといふのか、よし、分つてる。併し姫さま、クラヴィコードが此処にあるぢやないか、一つ弾じて貰ふ訳にや参りますまいかな』
 バルギーは自分の女房にしたやうな気もするなり、又何処ともなしに犯し難き気高い他人の嬢さまの如うな気もするなり、きたなく言葉を使つてみたり、丁寧に云つてみたり妙な心理情態に陥つてゐる。ダリヤは傍のクラヴィコードを手にとり、糸をしめ直し乍ら、無聊を慰むる為、さしかまへのない、子供の時に覚えておいた唄を唄ひ出した。
『唄はどこでもかけ行く  子供と仲よくはねまわる。
 シヤシヤ シヤンシヤン  歌は花さく木にみのる
 小鳥がそれをついばむよ  シヤシヤ シヤンシヤンシヤン
 歌は月夜の笛の音に  合せて遠く響きます
 シヤシヤ シヤンシヤンシヤン  歌は心の噴水よ
 涙にみちる微笑よ  シヤシヤ シヤンシヤンシヤン
 歌はきらめく玉の音  やさしく清き思出よ
 シヤシヤ シヤンシヤンシヤン  唄は世界を洗ふ波
 舟は勇んで出かけます  シヤシヤ シヤンシヤン
 歌はすべての息よ  命の終る鐘の音よ
 シヤシヤ シヤーンシヤーン
モウこれで怺へて貰ひませう、永らく弾かないので、糸のねじめが思ふ様になりませぬからね』
バル『ヤア感心々々、生れてから始めて、クラヴィコードの音をきいた、何とマア琴といふものは殊の外よい音の出るものだな。それに姫の声といひ、様子といひ、程といひ、中々素敵滅法界な天下の逸品だつたよ』
ダリ『ホヽヽヽ、貴方何ですか、クラヴィコードの音を聞いた事がないとは、余り無風流ぢやありませぬか。スガの港辺では、裏長屋のお婆さまでも琴を弾じない人はありませぬよ。男だつて大抵の人は弾奏の術には馴れてゐますからね』
バル『イヤ、成程々々々々、可い音の出るものだ。それで琴をひく女を、可いねいさまといふのだな、分つてる』
ダリ『ホヽヽヽ、琴のよい音が出るから、ねえさまなんて、可いかげんに呆けておきなさいませ。殊の外文盲な男さまですね、妾そんな事聞くと、さつぱり厭気がさして来ますワ』
 バルギーはあわてて、手をふり乍ら、
『イヤイヤイヤ、さうぢやない さうぢやない、一寸テンゴに云つてみたのだ、俺だつてクラヴィコードは知つてるよ、天下の妙手と評判をとつた俺だものなア』
ダリ『成程……鼠捕る猫は爪かくす……とか云ひましてな、人はどんな隠芸を持つてゐるか分りませぬな、本当に琴の名人であり乍ら、知らぬ面をして御座る其ゆかしさ程のよさ、それが第一、妾は気に入つてますのよ。今の世の中の人は、知らぬ事でも知つたらしう云ひたがるものですからな』
バル『ウン、そらさうだ、よく分る、イヤ、分つてる、知つても知らぬ面するのが床しいのだ、そこに男子の価値が十二分に伏在してると云ふものだ。所謂謙遜の美徳といふものだ、謙遜の美徳即ち人格をなす所以のものだ。時世時節で、泥棒の仲間へ入つてをつたものの、元が元だからの』
ダリ『ホヽヽヽ何だか知りませぬが、泥棒の小頭では、人格問題を云々する訳にも行きますまい。それはさうと、妾が弾奏しました返礼として、一つ貴方唄をうたひ、コードを弾じて、程好い音色を聞かして下さいな』
バル『ウーン、コトと品によつたら弾じない事はないが、これはお前と四海波謡ふ時迄保留しておこうかい、でないと隠芸とは云はないからな。お前の親や兄弟をアツと云はせる仕組だからな』
ダリ『ホヽヽヽ、何とマア程のよい御挨拶だこと、サ、今となつた時にや、お酒に酔ひつぶれたやうな面して、寝込んで了ふ今から野心でせう。其指先ではどうもコードを扱はれた形跡がないぢやありませぬか、妾の指をみて御覧、此通り堅い筋が出来て居りますよ』
バル『俺のはな、素掻と云つて、爪の先許りで弾奏するのだ。それが名物となつてるのだ、爪の奴伸びるでチヨイチヨイ切るものだから、今は爪先に筋がないのだ。マア、疑はずに待つてくれ、俺のは御神前か何かでやるのだからな、シヤツチン シヤツチン シヤツチンチン……と、そら本当に可い音色だよ』
ダリ『御神前でシヤツチン シヤツチンやるのは、そら八雲でせう』
バル『八雲でも小雲でも琴に間違はないぢやないか』
ダリ『あ、そんなら、此八雲琴を拝借して、妾を平和の女神さまと仮定し、一つ弾奏してみて下さいな』
 バルギーは頭を頻りに掻き乍ら、
『ヤア、ダリヤ殿、実の所は嘘だ嘘だ、琴なんか持つた事もないのだ。これ許りは閉口頓首する』
ダリ『ホヽヽ、それ聞いて、妾安心しましたワ、琴なんか女の弄ぶものですワ、男が琴を弾ずるのは伶人許りですワ、伶人なんか何時も貧乏で、祭典の時なんか、横の方に席を拵へて貰ひ、ミヅバナたらして慄ふてるのですもの、そんな者にロクな者はありませぬからね、男子は男子でヤツパリ荒つぽい事好む方が、何程立派だか知れませぬワ』
バル『ヘヽヽヽ、成程御尤も、分つてる、そらさうだ、お前の仰有る通り、俺の聞く通りだ。荒つぽい事と云つたら、高塀をのりこえ、大刀を引提げて大家へ飛び込み、コラツと一声かけるが否や、何奴も此奴もビリビリツとちぢみ上り、生命より大切に貯へておいた山吹色をおつぽり出して手を合して拝むのだから、偉いものだろ』
ダリ『貴方ヤツパリ泥棒やつてゐたのですね、泥棒なんか夫に有つこた厭ですワ』
バル『ヤ昔は昔、今は今だ、改心して三五教に入り、薬屋の主人となつた以上は泥棒なんかするものか、お前の内は富豪だから何時泥棒が入るか知れない、其時は俺が泥棒の要領を覚えてるを幸、反対に泥棒を赤裸にひきめくり、他所で盗つて来た物を捲上げて了つてやるのだ。これからスガの港まで帰るには、まだ大分道程もあるから、若し途中で泥棒でも出よつてみよ、俺が一目睨んだら、何奴も此奴も蜘蛛の子を散らす如く逃げるのだから、本当にこんな夫と道伴れになつて居れば安心なものだよ』
ダリ『成程、それ承はつて安心致しました。サアモウ夜も更けましたから、やすもうぢやありませぬか、お泥さま』
バル『チヱツ、要らぬ事いふものぢやない、意地の悪い姫様だな』
 二人は間をへだてて漸く寝についた。
(大正一四・一一・七 旧九・二一 於祥明館 松村真澄録)
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