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文献名1霊界物語 第71巻 山河草木 戌の巻
文献名2第2篇 迷想痴色よみ(新仮名遣い)めいそうちしき
文献名3第9章 踏違ひ〔1798〕よみ(新仮名遣い)ふみちがい
著者出口王仁三郎
概要
備考
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あらすじ
春山峠の南に、春山村という小部落があった。その一軒家にカンコという男が、名前も知れぬ病にかかって臥せっていた。

友人のキンスが見舞いにやってくる。キンスは病の原因を尋ねる。

カンコは、去年の夏にタラハン市の呉服屋に行き、そこで買い物をした時、呉服屋の娘インジンに恋焦がれてしまった。その後、インジンがカンコの家までわざわざやってきて、何か書き物をくれたのだが、それが恋文じゃないかと思ったとたん、病に臥せってしまったのだと言う。

キンスは、字の読めないカンコに代わって、その書き物を読んでやる。それは、カンコが買った木綿の請求書であった。

キンスは気の病を治すためには申の年・申の月・申の日・申の刻に生まれた女の生胆が効くという噂を信じて、友の恋の病を治すために、自分の妹の生胆をとろうとする。

妹のリンジャンを呼んでくるが、そこへ玄真坊一行が暴れこんできて金銭を要求する。

玄真坊はリンジャンの美貌を見て、気を引こうと、にわかに僧侶となり、自分は二人の泥棒からリンジャンを守ろうとしたのだ、と格好をつける。

しかしリンジャンは玄真坊の顔を見て、自分の妹をだまして汚したオーラ山の偽救世主だと見破り、役人を呼ぼうと外へ駆け出してしまった。

玄真坊らは役人が来る前にさっさと逃げ出してしまう。
主な人物 舞台 口述日1926(大正15)年01月31日(旧12月18日) 口述場所月光閣 筆録者北村隆光 校正日 校正場所 初版発行日1929(昭和4)年2月1日 愛善世界社版118頁 八幡書店版第12輯 542頁 修補版 校定版122頁 普及版56頁 初版 ページ備考
OBC rm7109
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本文  春山峠の南麓に春山村と云ふ全戸数七八戸の小部落が彼方此方に散らばつてゐる。何れの家も軒は傾き、壁はおち、別に煙突はなくとも壁の落ちた碁盤形の壁下地の穴から、赤黒い煙が朝晩に立上つてゐる。此村の一番高い景勝の位置を占めた一軒家にはカンコと云ふ一人の男が名のつかぬ病にかかつて日々なす事もなく破れ蒲団の上に息づいてゐる。太陽が七つ下りと覚しき頃、カンコの友人キンスがやつて来て、斜になつた戸をガラリと開け乍ら、
キンス『オイ、兄貴、エー、人の噂に聞けば此頃は、お前も何だかブラブラと体が勝れぬやうだが、一体どうしたと云ふのだい。俺ア昨日タラハン市から帰つて来たのでチツともお前の事も知らず訪問にも来ないで、本当にすまなかつたよ』
カンコ(元気ナイ声で)『オー、お前は友達のキンスだな、そらよう来てくれた。マアマアマア茶でも沸かして飲んでくれ。そして序に俺にも、一杯、うまさうな処を飲まして欲しいものだな』
キ『ヨシ、お前の事なら茶も沸かしてやらう、鰥暮しでは、飯焚にも困つてゐるだらう、早う、いい嬶でも貰つたがよからう。独身生活もよいやうなものの、人間と云ふものは、何時体に変化が来るか分つたものぢやないからのう。乞食の子でもいいから女と名のついたものを探して来てお前に世話してやらうと思ふがな、今時の女は、何奴も此奴も生意気になつてゐやがつてな、風がふいた位ぢや、其処らあたりには落ちては居りくさらぬのだ。俺の親父の話によると、昔は女と云ふ奴は三界に家なしとか云つて本当に男に対しては頭の上らないものだつたさうな、殆ど奴隷扱ひ玩具扱ひをされて居つたさうだが、今時の女は体の達者な奴は工女になつて大会社に抱へられよる、電話の交換手から自動車の運転手、役場の書記から巡査に迄採用され、一人前の男と肩を並べて歩くのみか、自分の人間としての一番快楽な事をするにしても、男子から金をとり、高等内侍になつたり、辻君になつたり、それはそれは女の職業と云ふものは、あり余つて居るのだから、仲々女の廃物がないので、俺もヤツパリ独身生活を続けてゐるのだ。此頃の男子と云ふものは、それを思ふと、女にはチツトも頭が上りはせないワ。まるつきり女の世界だ。此間も愛国婦人会を覗いて来たが、何奴も此奴も女計りだつたよ』
カ『そら、さうだらうのう、俺は、もう、何だか、バーツとしてしまつたのだ』
キ『バーツとしたつて、何処がバーツとしたのだい、病気が起つたと云ふのか』
カ『ウン、トツト、モウ、何の事アない、バーツとして、ネツから気分が勝れぬのだ』
キ『フン、さうすると、病気だな』
カ『病気か何か知らぬが、俺は病だ』
キ『病も病気も同じ事ぢやないか』
カ『それが、バーツとした病だ』
キ『バーツとした初まりは如何ぢやつたのだい』
カ『バーツとした病の初まりは健康体だ』
キ『健康体は定つてるぢやないか、バーツとした原因を聞かせと云ふのだよ』
カ『原因か、ウン、ヤツパリ、淫だ、淫欲から起つてバーツとしたのだ』
キ『淫欲から起つてバーツとした、ねつからバーツとしないぢやないか、お前と俺との間だから、何も隠す事はない、お前の為には、どんな事でもする覚悟だ、竹馬の友ぢやないか、大方心の煩悶病だらう、包まず隠さず俺に云つて聞かせろ』
カ『笑はへんか、大方笑ふだらう、ヤツパリ、やめとこか、あーア、バーツとした』
キ『何、笑ふものかい、しつかり云ひ玉へ』
カ『そんなら、どこ迄も笑はせんな』
キ『ウン、断じて笑はぬ、サアサア云ふたり云ふたり』
カ『そんなら、云ふがな、俺が去年の夏だつたか、タラハン市の三つ丸屋へ褌を一丈買ひに行つたのだ、そした所が、そこの三つ丸呉服屋の娘さまに、インジンと云ふ別嬪があつたのだ。それから……バーツとしたのやな』
キ『アツハヽヽヽ、何故又一丈褌を買ひに行つたのだい』
カ『七尺は褌にして、残りの三尺を手拭にしようと思つてな、一丈の褌を切つて下さいと云つたら、インジンさまが、俺の名を、細こう聞いてな、「春山村のカンコさまですか、お金はいいから、まア持つて帰つて下さい」と云つてな、キレイな白魚のやうな手でな、褌を御丁寧に包んでな、俺の懐に突込んで下さつたのだ。それからやさしい、何とも云へぬ目付をしてな、「又来て下さいよ」と仰有つたのだ。その顔見るなり、俺はな、バーツとして目がまひさうになつたのだ。それからヤツトの事で宅へ帰つて来て、此褌は自分の股にするのは勿体ない、手拭にするのも勿体ないと床の間にブラ下げて毎日日日拝んでゐたのだ。さうすると、其褌の中からインジンさまの、やさしい姿がボーツと顕はれて来る、その度毎に俺の体がバーツとするのだ。それから月末になると、カランコロン カランコロンと駒下駄の音がしたと思へば、やさしい声で「あのカンコさまのお宅はここで御座いますか、私はタラハン市の三つ丸屋のインジンで御座います。一寸ここあけて下さい」と云ふ声がするので、夢か現か幻ぢやないかと思ひ乍ら門の戸を開けて見ると、鬼でも掴むやうな男衆つれて、やさしい声で「ア、カンコさま、毎度御贔屓に」と云つて、何だか書いたものを下さつたのだ。何だかあまり長くない、人の云ふ三行り半位だから、之は不思議、まだ結婚してゐないのだから、之は離縁状ぢやあるまいし、結婚の申込ぢやないかと思つた途端に、バーツとして、そこへ倒れて了つた。やつとの事で、気がついて見ればインジンさまの姿は見えず、隣村の薮井竹庵さまが見えて、介抱してくれておつた。それから毎日日々体はやせる許りで、コレ、此通り体も骨と皮許りになり竹細工に濡紙を貼つたやうに筋許りになつて了つたのだ』
キ『オイ、その書物を見せて見よ、俺が読んでやらう、お前は無学だからのう』
カ『竹庵さまに読んで貰はふと何遍思つたかしれないが、あんまり恥しいから隠してゐたのだ。笑はんでくれ、そして秘密を守つてくれよ』
と大切さうに懐から書物を捻ぢ出す。キンスは手早く、書物をとつて

   覚
 一、白木綿一丈、
 右代金四拾八銭也   三つ丸屋、
  春山村のカンコ様

と読み上げ、
キ『ハヽア、此奴ア褌の妄念だ、四十八銭の金を受取りに来たのだ。恋文でも結婚申込書でも何でもないワ、チツと夢を覚さないか、何だ、恋病をしやがつて、あまりバツとせないぢやないか』
カ『掛金は掛金、恋は恋だ。仮令インジンさまが惚て居なくても俺の方は十分惚てゐるのだ。それだから、どうでも、かうでも、インジンさまと添はなくちや、バーツとした病の病気が癒らぬのだ』
キ『エー、困つた奴だ。然し俺もお前のお父さまには命のない処を助けて貰つたのだから、助けねばなるまい。気の病を癒すには申の年の申の月の申の日の申の刻に生れた女の生肝を取つて飲ましたら直に癒ると云ふ事だ。俺の妹は丁度それだ。待つとれ、お前の病気を癒す為に、之から帰んで妹の生肝をとつて来る』
と云ひ乍らスタスタと駆出し、吾家に帰つて見ると、妹のリンジヤンは嬉しさうに表へ出て迎へ、
『お兄さま、どこへ行つてゐらしたの、大変心配してゐましたよ』
キンス『ヤア一寸、あんまり景色がいいので春山峠の中途迄上つてそこらの眺望を見てゐたのだ、アー、いい気持だつたよ。然しな、今日はお前と俺と一杯飲みたいのだが、酒を一本つけてくれないか』
リンジヤン『兄さま、今日に限つて兄妹が盃をするとは、変ぢやありませぬか。何で又そんな事を仰有るのです、之には何か深い様子がありさうに思はれます。どうぞハツキリ云つて下さいな』
キ『実の処は俺の友人のカンコがタラハン市の三つ丸屋の娘さまに恋慕し恋病を煩つてゐるのだ。之を癒すにはお前の力をかるより外にないのだ。どうだ兄が一生の願だから聞いてくれまいか。俺もカンコの父親に恩になつて居るのだから、御恩報じをするのは此時だからのう』
リン『私が、どうすれば、いいのですか』
キ『妹、耐へてくれ、実はお前の肝、イヤイヤイヤ肝煎りで一つ、カンコの病気を癒して貰ひ度いのだ』
リン『兎も角、兄さまの友達が悪いのだから私がお見舞に上りませう』
キ『ヤア、そりや有難い、善は急げだ、サア行かう』
と茲に兄妹二人はカンコの破家さして急いで行つて見れば、カンコは破れ畳の上に大の字になつて倒れてゐる。キンスは友達の危急を見て躊躇するに忍びず、思ひ切つて妹に向ひ涙乍らに、
キ『オイ、妹リンジヤンよ、お前は母に聞いてゐたが、申の年、申の月、申の日、申の刻に生れた女ださうだな。お前の生肝をとつてカンコに直のませばカンコの病気は本復すると云ふ事だから、どうぞ、兄の顔を立てて生命を呉れないか』
リン『そら、兄さま無理ぢや御座いませぬか、何程何でも肝玉迄とらいでも病気本復の方法が御座いませう、どうぞ私の命丈は助けて下さい』
キ『イヤ俺も男だ、友達の病気を助けてやらうと云つた限りは、後にはひかれぬ。兄がお前の肝をとり出してカンコに飲ましてやらねばおかぬのだ』
リン『そら、兄さま、あまりで御座います。どうぞお許し下さいませ』
 かく話してゐる所へ玄真坊、コブライ、コオロの三人が、何処でぼつたくつて来たか三尺の秋水を抜き放ち、粗末な一枚戸を蹴り破り飛び込んで来た。リンジヤンは此姿を見るよりアツと驚き、
リン『兄さま、助けて下さい、ア怖い、肝が潰れましたワ』
キ『エー腑甲斐ない奴だ、肝が潰れたなら、もうお前に用はないわい。エー、何処の泥棒か知らぬが、要らぬ時に、来やがつて……コラ泥棒、ケツタイな面しやがつて断りもなしに人の家へ来ると云ふ事があるものか、エー、出て行け出て行け』
コブライ『人の家に抜刀で這入るは俺達の商売だ。ゴテゴテ吐かすと、笠の台が飛び出すぞ。こんなチツポケな家に来て、金があらうとは思はない、御飯を焚いて出せ、此盗公は、チツト小盗児と違ふのだ、決して貧乏人は苛めない。飯を五六升許り焚いてくれ、代金は払つてやるから』
キ『どうかお前勝手に焚いてくれないか、実は俺は、此家の者ぢやない、ここの主人が人事不省に陥つてゐるのだから、介抱に来てゐるのだからのう』
コブ『さうすると、貴様は此家の主人ぢやないのか、ウン、割とは親切な奴ぢやのう。それではお泥棒様がお手づから御飯をお焚き遊ばしてやらうかのう、どつこへも出てはいけないぞ。又どつかへ密告でもすると、面倒いからのう』
キ『ヨシヨシ逃げも隠れも致さぬわい、マア ユツクリと飯でも焚いて行つてくれ、その代り此村許りは、脅かさぬやうにしてくれ』
コブ『ヘン、あまり見損ひをして貰ふまいかい。未来のタラハン城の左守司様だぞ』
と云ひ乍らコオロと共に黍の搗いたのを二升許り桶で炊ぎ、釜をかけて夕飯の用意を始めかけた。カンコはヤツパリ虫の息で倒れてゐる。玄真坊はリンジヤンの美しい顔をツラツラ眺め涎をたらし、目を細うし、心猿意馬にかられて又もや持病を起しかけてゐる。カンコはキンスの手厚き介抱によつて漸く回復し畳の上に起き上り、見馴れぬ男が来てゐるのに、又もや肝を潰し、
『オイ、キンス、どこの人ぢやか知らぬが、又どうやら、バーツとしさうだわい』
玄『コレコレお女中、何を慄ふてゐるのか、決して御心配なさるな、此奴等両人はお見掛通りの泥棒で御座る。当家へ暴れ込み、飯を喰はせと云つて居るのは実は偽りだ。本当の腹をたたくと、お前さまがこの家に来たのを嗅ぎつけ、否応なしに手込みにせむと、拙者が木陰に休んでゐるのを知らず話しあつて居るのを聞いて、お前さまの危急を救ふためにやつて来たが、此奴等が凶器を以て対つて来たから私も剣を抜いて応戦したのだ。此奴等二人は金箔付きの泥棒だが、俺は天来の救世主天帝の化身天真坊と云ふ名僧知識だ。此天真坊に身も魂もお任せなさい。さうなれば神仏の御加護により、福徳円満寿命長久疑ひなしだ』
リン『ハイ、何分よろしく御保護を願ひ上げまする、世の中に泥棒位恐しいものは御座いますせぬからな。地震、雷、火事、親爺よりも恐しいのは泥棒で御座いますワ』
 コブライは黍を研ぎ乍ら玄真坊の顔をチラリと眺め、
『チエツ、玄真坊さま、あまりひどいぢやありませぬか』
 玄真坊は大喝一声、
『バカ、気の利かねい野郎だな』
コオ『拙者が命令する。玄真坊は娘を世話するがよい、コブライは御飯の用意をせつせと致せ』
コブ『チエツ、馬鹿にしやがる』
と云ひ乍ら襷十字にあやどり、鉢巻を横にねぢ、せつせと飯焚きの用意にかかつてゐる。
 リンジヤンはマジマジと玄真坊の顔を見守り、ハツと呆れて反りかへり、
『ヤア、お前はオーラ山に立籠り、星下しの芸当をやり、私の妹を手込めにした売僧だな』
玄『ハツハヽヽヽ手込めにしても、生命は決して奪らないよ。命迄打込んで惚て居たのは、之も神様の結んだ縁だらう。つながるお前は俺の女房となつて然るべき神様からの縁が結ばれてあるのだ』
 リンジヤンは、
『エー、けがらはしい売僧坊主、これからお役所へ訴へて、妹の敵を打たねばおかぬ、覚悟しや』
と裏口より飛び出し、勝手覚えし田圃道を、何処ともなく駆け出して了つた。
 玄真坊、コブライ、コオロの三人は、
『こりや、かうしては居られぬ』
と又もや裏口より月夜の野原を、空腹を抱へて何処ともなく逃げ出して了つた。
(大正一五・一・三一 旧一四・一二・一八 於月光閣 北村隆光録)
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