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文献名1霊界物語 第71巻 山河草木 戌の巻
文献名2第2篇 迷想痴色よみ(新仮名遣い)めいそうちしき
文献名3第10章 荒添〔1799〕よみ(新仮名遣い)あらそい
著者出口王仁三郎
概要
備考
タグ データ凡例 データ最終更新日----
あらすじ
玄真坊、コブライ、コオロは捕り手を恐れて田んぼ道を逃げてゆく。

すると、道ばたの古井戸に、自分たちを捕り手に通報しようとしたリンジャンが落ちているのに気づいた。3人はリンジャンを助け出し、森の古堂に運んで介抱する。

しかしそれは、親切心ではなく、リンジャンの気を引いてものにしようという下心からであった。

リンジャンが息を吹き返すと、3人は互いに自慢話をしてリンジャンに気に入られようとするが、ことごとく難癖をつけられて言い負かされてしまう。

そうこうしているうちに捕り手が堂に迫って来て、3人の泥棒はたちまち逃げ失せた。
主な人物 舞台 口述日1926(大正15)年01月31日(旧12月18日) 口述場所月光閣 筆録者加藤明子 校正日 校正場所 初版発行日1929(昭和4)年2月1日 愛善世界社版132頁 八幡書店版第12輯 548頁 修補版 校定版137頁 普及版63頁 初版 ページ備考
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本文  水草の平一面に生え茂つて居る、ジクジク原の足を没する田圃道を、玄真坊、コブライ、コオロの三人は、追手の危難をおそれて行歩に艱み乍ら、一生懸命に走つて行く。道の両側は、あちらこちらに浅い水が溜り、静に月や星が映つて居る。行く事三町許り、路傍に古井戸があつて何者かが落ち込んだやうな気配である。コブライは怖々乍ら月の光をたよりに古井戸を覗いて見ると、最前カンコの家で見た美人によく似たものが、命限りに這上らうとして井戸端の水草を掴んでは落ち込み、掴んでは落ち込みして居る。泥棒稼の三人も人の危難を見ては見のがしも得せず、コブライは自分の帯を解いて古井戸の中に吊り下した。溺れむとするものは毒蛇の尻尾も掴まむとする譬、吾身に危害を加へむとする泥棒の群とは知らず、リンジヤンは其帯に確りとくらいついた。コブライ、コオロ、玄真坊の三人は汗をたらたらたらし乍ら、漸くの事で救ひ上げ、よくよく見れば玄真坊が野心を起した掘出しものの美人である。美人は殆んど無我無中になり、何者に救はれたかと云ふ事さへも知らぬ態であつた。玄真坊は二人に目配せし乍ら、濡鼠の如うになつた女の衣服を身につけたまま、彼方此方と圧搾し、雫をたらし、かたみに担いで脛まで没する難路を西へ西へと急いで行く。行く事殆んど一里半ばかり、月夜に浮いた如うにこんもりとした森が眼前数町の処に横たはつて居る。三人は兎も角あの森へ行つて休息せむものと、汗をたらたら流し乍らあへぎゆく。やつと森の前に近より見れば、古ぼけた堂が淋しげに立つて居る。
コブライ『あゝ随分骨を折らしやがつた。もし玄真さま、ここの森で一夜を明しませうかい。さうしてこの美人を実意丁寧親切をもつて介抱し、人情義理づくめでウンと云はせ、お前さまの一時のお慰みものとせうぢやありませぬか。いやお前さま許りでなく吾々が拾ひ上げて担いで来たのだから共有物として置きませうかい。仲々お前さまが惚れた女だから、捨てたものぢや有りませぬワイ。このコブライだつて、聊か食指が動かぬぢやありませぬ』
玄真坊『何は兎もあれ角もあれ、この女を正気づかした上の事でなくては、斯うして置いては縡れて了ふではないか』
コ『いやそんな御心配には及びませぬ。些と許り水を飲んで居ますが命には別条はありませぬ。今の間に共有物にするか、但しはコブライの専有物にするか、後でする喧嘩を先にして置かなくちや、この美人が気がついてからこんな相談を聞かれては見つとも好くない。玄真さま私の専有物として下さるか……サアどうだ。お前さまは自分の専有物としたさうだが、さう勝手には行きませぬよ』
玄『何と云つても初めて懸想したのは俺だ。正に俺の霊がこの女に憑依して居る。又この女とは閨門関係からすでにすでに因縁が結ばれて居る。いはば此方は縁者、お前は赤の他人ぢやないか。そんな事は云はなくても定つて居る、屹度玄真さまのものだよ』
コ『縁者か閨門関係が有るかそりや知りませぬが、このコブライが見つけて助けなんだら此女は已に命が無くなつて居るのだ。さうすれば命の親はこのコブライさま、ドツと譲歩した処で拙者が二晩使へば玄真さまは一晩お使ひなさい。権利の上から言つても其れが至当だと思ひますわい』
玄『ハヽヽヽヽ、お前のシヤツ面で何程命を助けて貰つたと云つてこの美人が靡くと思ふか、自惚もよい加減にしておけ。何だ蛙の鳴き損ねた如うな面をしてこいのうすいのとは片腹痛い、此女の事は一切玄真に任すがよからう』
コ『いや、そりやなりませぬ、そんなら此ナイスに自ら選ましたらどうでせう、お前さまだつて余りバツとした顔ぢやありませぬよ、屹度女に選ましたら拙者が最高点を得て月桂冠を頂くは火を見るよりも明白な事実です、エヘヽヽヽ』
コオ『コーラ両人。俺の命令を聞け、この女は一旦カンコの家に於てコブライの面を見て肝をつぶし、玄真さまの顔を見て愛想づかし裏口から逃出した代物ぢやないか、さうすりや已に已に両人に対する恋愛の脈は上つて居る。さうすりや黙つて居てもこのコオロさまに札がおちるのは当然だ。そして両人に対して命令権を持つて居るこのコオロは絶対に二人には与へない、コオロの宿の妻としてこれから先、長い行路の伴侶とする積だ、エヘヽヽヽヽ』
 三人はこんな掛合に現を抜かして居る間に、リンジヤンは元気恢復し、あまりの可笑しさにフヽヽヽヽと吹き出した。
コ『ヤ、姫さま気がつきましたか、ヤ、まあ目出度い目出度い、お前さま一体何の事ぢやいな、古井戸の中に落ち込んで鮒が泥に酔つたやうにアツプアツプとやつて御座つた処、縁の糸につながれたと云ふものか、玄真やコオロの後から行つた私の目にお前さまの姿がうつつたのも深い縁が結ばれて居るのだから、最早ない命だと思ふて一生を此のコブライに任して下さい。何と云つても命の親のコブライですからなア』
リ『あゝさうで御座いましたか、私も命を助けて貰ひ嬉しい事だと思つたら、あた汚らはしい、小泥棒に命を助けて貰つたとあつては、先祖の面汚し、あゝ残念の事を致しました。これどろさま、その刀をかして下さい、お前さま方に助けられたとあつては、兄の顔も立ちませぬ。此処で潔う自害をしてお目にかけませう』
コ『これこれお女中、悪い了見だよ、命あつての物種ぢやないか。人間はこの世に生て居りやこそ花も実もあり愉快があるのだ。死んで花実が咲くと思はつしやるか。在来の宗教に呆けて居るやくざ人足は未来が在ると迷信して居るだらうが、科学に目覚めた現代人には未来が在るなどど、そんな事は通用しませぬからなア、又先祖の名折れになるとか、兄の名が汚れるとか、泥棒に助けられたとか、不用ざる体面論に縛られて掛替のない可惜命を捨てようとは時代後れにも程がある。兎角人間は、自分さへ好かつたらよいのだ。どうだい一つ思案をし直して拙者の女房になつては下さるまいか。拙者だつて生れついての泥棒でもないし、悪人でもありませぬ。ほんの其日稼業に泥棒の修業をやつて居るのですよ』
リ『何と仰有つても、泥棒の名のつく人には絶対に身を任す事は出来ませぬ』
コ『ハテ、サテ意地固い女だなア。よう考へて御覧なさい、今日の世の中の有様を、上は左守の司より下小役人に至る迄、手をかへ品をかへて泥棒しない奴がありますか。砂利を噛る奴、印紙を食ふ奴、仏を売つて食ふ奴。神の足を噛る奴、上から下迄、隅から隅まで、泥棒の世界だ。泥棒が嫌だから男を持たぬなどとそんな堅苦しい事を云つて居やうものなら終身清浄無垢の男と出遇ふ事はありますまい。そこはよくお考へなさつたがよろしからう』
リ『そりやさうでせう、泥棒せないものは世界に一人もありますまいが、併しその泥棒の仕様にも種々の手段があつて、世の中から智者よ学者よ、聖人君子よ、英雄豪傑よと崇められて泥棒するやうでなくては駄目ですワ。お前さまの如うに正面から泥棒を看板に大刀担げて来るやうなものに碌なものはない。それだから御免蒙りたいのですよ』
コ『もし玄真さま、此奴は仲々手剛い奴です。どうかお前さまの雄弁術を以て言向け和して下さい。到底私の言霊では望みがありませぬわ』
玄『ハヽヽヽヽ、如何にも御説御尤も、よい処で諦めて下さつた。サアこれからが玄真さまの一人舞台だ。これこれお女中、其方の言葉を聞くとこの玄真坊も何処ともなく肉躍り血湧き、両腕が鳴るやうだ。何とまあお前は世界無比の才媛だなあ。どうだ智勇兼備の良将と聞えたこの玄真に身を任せ王妃となつて暮す気はないか、未来のタラハン王はこの玄真坊で御座るぞや。人間の欲望は名位寿宝と云ふて最も貴いものは名を万世に残すことだ。その次は位といつて人格の向上を主とする欲望だ。所謂後は聖人だ、君子だ、英雄だ、豪傑だ、有徳者だ、世界の救世主だと万民に崇められ、人格を認めらるる事だ。その次が命、その次が金銭物品だ。どうだ、斯かる片田舎に生れて、タラハン城の王妃となる気はないか。世界の幸福を一身に集めて、この神的英雄の玄真坊と一緒に暮す気はないか。よくよく利害得失を考へたがよからうぞや』
リ『ハイ、種々と御親切有難う御座いますが、私はお三人さまの中に於て最も権威ある方と御相談が願ひたう御座います』
玄『ハヽヽヽヽ、そりやさうだらう。如何にも御尤も、この中で最も権威あるものとは取も直さずこの玄真坊だよ』
と鼻を蠢かす。リンジヤンは首を左右にふり、
『イヤイヤそれは違ひませう、命令権を持つて御座るコオロさまとやら、この方が一番の権威者と認めます。このコオロさまとお話したう御座いますから、お二人さまは森の奥で控へて居てもらひたう御座いますが』
コオ『エヘヽヽヽヽ、こりやこりや玄真坊、コブライの両人、三町許り此場より立退きを命ずる。ハヽヽヽヽ、これお姫さま拙者の権威はこの通りで御座る。何と云つても天帝の化身を頤で使ふ権威者で御座るから、よもや男に持つてお前さまも不足は御座るまい、エヘヽヽヽヽ』
玄『こりやコオロの奴、なにふざけた事を云ふか、すつこんでおれ。貴様の飛び出す幕ぢやないワ、しやうもない事を云ふと主従の縁を切らうか』
コオ『然らばあの夢をお前さまに売つたのは元々へ取り返しますぞ。お前さまは大外れたタラハン城を占領し国王にならうと云ふ陰謀を春山峠の頂上に於て企んで以来、依然としてその計画をやめないでせう。その夢の計画をやめない上はお前さまの身の上は風前の燈火だ。サア夢をかへして貰つた上はその夢の次第を逐一タラハン城に訴へ出る積りだ。これでも違背があるか。サア玄真さまキツパリと返事を承はりませうかい。お前さまの睾丸を握つたこのコオロは決して夢を見たのぢやありませぬよ。睡つた真似をしてお前さまの計画を皆聞いたのですよ。夢を返して貰つた以上は如何しようと、コオロの自由権利だ』
と早くも駆け出さむとする。玄真坊は慌てコオロに喰ひつき、
玄『マヽヽマア待つた待つた、さう短気を起すものぢやない。お前のやうに一寸俺がてんごを云ふても本気になつては耐つたものぢやない。そんならお前の望みに任せ、この美人を譲つてやらう』
コオ『ヘン譲つて遣らうなんて僣越にも程がある。お前さまの女房でもなければ娘でもない筈だ。このコオロは直接談判をする積りだから、吾命令を遵奉して二三町ばかり暫しの間退却を願ひたい』
玄『オイ、コブライどうせうかナ』
コブ『何と云つてもお前さまが睾丸を握られて居るのだから、コオロの命令に従はねばなりますまい』
玄『そんならコオロ、夢は依然として此方が買ふた。そのかはり命令権はお前に渡す必ず変替せないやうにしてくれ』
コオ『拙者の命令さへ神妙に遵奉する間、決して変替はしない。サアこれからが俺の一人舞台だ。これこれリンジヤンさま、拙者の妻となる件に就いては、よもや御異存は御座いますまいなア』
『ホヽヽヽヽ、あのまあコオロさまとやら虫のよい事、人の睾丸を握つて、否応言はさず自分の権利を主張するやうな方は私は嫌です。本当に惟神的に権威があり徳望のある人は、そのやうに権謀術数を弄しないでも世界から尊敬致します。そんな安つぽい女と見くびられては、このリンジヤンも迷惑いたしますワ。ねエ泥棒さま』
 かかる所へ提灯松明振りかざし数十人の足音がザクリザクリと水草の原野を踏んで押寄せ来る。玄真坊、コブライ、コオロの三人は周章狼狽なす所を知らず思ひ思ひに草の茂みに隠れて何処ともなく消えて仕舞つた。
(大正一五・一・三一 旧一四・一二・一八 於月光閣 加藤明子録)
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