顕津男の神はこの平原一帯を東雲(しののめ)郷と名づけた。そして、世司比女と共に、比女の館、玉泉郷の庭園を散歩し、東南の隅に建てられた三層の高殿に登って四方を見渡し、国生み・神生みが順調に進んでいる喜びを詠った。
顕津男の神、世司比女の神は、国の形を見る歌を互いに交わした。
東雲の国は、常磐木の松、樟が生い茂り、花が咲き乱れ、白梅が常に香っている。また無花果が常に実っている。
日向河が東北から流れ、国土は東南に扇形に広がっている。
高照山は南西にそびえている。
平原には濛々と湯気が立ち上っている。
日が暮れてきたので、二神は高殿を降り、庭の玉泉の傍らに立ってしばし安らった。すると、玉泉は二柱の姿を鏡のように清らかに写した。
顕津男の神と世司比女は、夕暮れの泉に円満晴朗の月が写るのを見て、月の恵みをたたえ、またその結晶である御子神が宿った喜びを歌に交わした。
すると、大物主の神は静かに庭を進み来たり、御子神懐妊の喜びと、自分が御子の後見となってこの東雲の国に留まり仕えようとの心を、恭しく詠った。
各々、玉泉の傍らで述懐の歌を詠い終わり、館に帰っていった。