山跡(やまと)比女の神は馬上の歌にあたりの様子を詠み込んだ。
白馬ケ岳の山頂には紫の雲が横なびき、南の深い谷間には、曲津の水火(いき)であろうか、黒雲が立っている。
霧を通して望む魔棲ケ谷に、虫の音も悲しき霧の野路。笹の葉には白露が置き、冷え冷えと冷気が背に襲い来る。
久方の天の高宮を立ち出でて、はるばるとやってきたのは、曲津神の猛り狂う万里の島を、生言霊で照らすため。田族比女に従い、曲津見の征途に上る今の楽しきことよ。
続いて、千貝(ちかい)比女、湯結(ゆむすび)比女、正道比古、雲川比古が行進歌にあたりの様子、征途の由来と決意を歌いこんだ。
そうするうちに、白馬山麓の雲霧はようやく晴れてきた。一行は行く手にあたって、楠の大樹が茂る、やや広い森があるのを見つけ、しばしこの森に息を休めることとなった。楠の樹下に湧き出る珍しい清泉に禊の神事をおのおの修しながら、一夜をここに宿り、明日の準備と天津祝詞を奏上し、英気を養った。