七日七夜の宴の後、生き物たちはそれぞれ帰り行き、今は御樋代神の御聖所は静寂に包まれていた。
そこへ、白馬ケ岳の背後の夕暮れ空が、一種異様の光に包まれ、田族比女は驚いて高殿に立ってこの様を見るに、たちまち尊い御樋代神の降臨であると悟った。そして、輪守比古、若春比古を遣わして、来臨した御樋代神を迎えにやらせた。(第6章からの続き)
使いの二柱の神々は、田族比女の神言のままに、白馬ケ岳西方の御来矢の浜辺に駆けつけた。すると、常盤の森で憩う神々に出会った。一行を案内して万里ケ丘の聖所にたどり着いたのは、翌日の黄昏時になってからであった。
使いの二柱の神は、御来矢の浜辺で朝香比女の神一行に出会い、案内して、無事に帰り着いたことを奏上した。
田族比女の神は、早速朝香比女の神を高殿へ招いた。二柱の御樋代神は互いに挨拶の歌を交わした。朝香比女の神は、田族比女の神が、まだ若く曲津神の猛る万里ケ島を拓いたいさおしをたたえた。答えて田族比女の神は、朝香比女のねぎらいと称えの言葉に感激し感謝を述べ、ただまだ顕津男の神に巡り合って神生みの神業をなすことができないでいる思いを歌った。
ここに、顕津男の神への思いを同じくする二柱の御樋代神は、百年の知己のように心から打ち解け、互いに同情の涙にくれつつ、日を重ねることとなった。
田族比女の神は、曲津神征伐の戦利品として持ち帰った数多のダイヤモンドを、朝香比女の神に贈り物として送った。朝香比女の神は、珍しいものとして、快く受け取ったが、その返礼として、懐中から燧石(ひうちいし)を取り出し、あたりの枯れ芝を集めて火を燃やし出した。
万里ケ島の神々は、初めて天の真火が燃えるのを見て、感嘆の声をあげた。この燧石を、朝香比女は、田族比女への返礼として送ったのである。
田族比女は、天の真火の功徳を称え、朝香比女は、鋭敏鳴出(うなりづ)の神の賜ったこの燧石を、国の鎮めとして送るのだ、と歌い交わした。
それぞれの御樋代神に仕える従者神たちは、この出来事の述懐歌をおのおの歌い、国土の前途を祝した。しかし、朝香比女の神は、ここに長くとどまることはできず、万里ケ島の神々に別れを告げると、再び御来矢の浜辺から、岩楠舟に乗って、万里の海原を東南さして静かに静かに進んでいった。