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文献名1霊界物語 第78巻 天祥地瑞 巳の巻
文献名2第2篇 焼野ケ原よみ(新仮名遣い)やけのがはら
文献名3第9章 邪神征服〔1965〕よみ(新仮名遣い)じゃしんせいふく
著者出口王仁三郎
概要
備考
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あらすじ
朝香比女は野槌彦とともに戦況をうかがっていたが、四柱の神将の先頭の初頭比古は忍ケ丘の本営にはせ参じ、戦況を詳しく報告した。

朝香比女は四柱の神の功績をいたく誉めたたえ、歌に読み込んだ。また、邪神に長年虐げられていた国津神・野槌彦は喜びの歌を歌い、こうなった今は、御樋代神に仕えて共に聖所に進んで行こう、と歌った。

朝香比女は、野槌彦の言を承諾し、聖所に進もう、駒の用意をせよ、と歌った。

こうして朝香比女の神は、四柱の神を従え、国津神・野槌彦を案内役として、グロスの島を横切る中野河の濁流をわたる準備を整えた。
主な人物 舞台 口述日1933(昭和8)年12月21日(旧11月5日) 口述場所大阪分院蒼雲閣 筆録者谷前清子 校正日 校正場所 初版発行日1934(昭和9)年5月5日 愛善世界社版 八幡書店版第14輯 69頁 修補版 校定版154頁 普及版 初版 ページ備考
OBC rm7809
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本文  忍ケ丘の本営には、朝香比女の神、野槌彦を話相手としながら、今日の戦況如何に成り行きしかと稍不安の面色をたたへつつ、四柱神の凱旋を心待ちに待たせ給ひける折もあれ、駒の蹄の音勇ましく鈴の音もシヤンシヤンと四辺の空気を響かせながら、四神将の先に立ちたる初頭比古の神は一目散に忍ケ丘の本営に馳せ参じ、御歌もて戦況を𪫧怜に委曲に報告し給ひたり。
『御樋代神の神言もて
 グロスの沼に潜みたる
 曲津の軍をきためむと
 四柱神は大野原
 駒の蹄の音高く
 進む折しも常磐樹の
 一本松の下蔭を
 見出でてこれに休憩し
 駒の鋭気を養ひつ
 言霊戦の作戦を
 語り合ひつつ時を経て
 再び駒に跨りて
 はてしも知らぬ焼野原
 進む折しも道の辺に
 面ただれし国津神
 雉子と名乗る老媼は
 沼の大蛇はいち早く
 逃げ失せたれば神々は
 進ませ給ふも詮なしと
 言葉を極めて止めける
 媼は泣きつつ言ひけらく
 グロノス、ゴロスの醜神は
 吾等を悉傷つけて
 親子の命を奪ひとり
 国津神等を悉く
 滅ぼしおきて鷹巣山
 方面さして逃げ去りぬ
 神々等は駿馬を
 忍ケ丘に引き返し
 曲津の征途を止めませ
 などと細々言ひわけを
 言葉を極めて宣りけるが
 正しく曲津の偽りと
 吾は早くも悟りしゆ
 生言霊を打ち出せば
 曲津は大蛇と還元し
 雲を霞と逃げ去りつ
 グロスの沼の底深く
 怪しき姿をかくしけり
 ここに吾等は勇み立ち
 駒を速めて沼の辺に
 近寄り見ればいや広し
 うす濁りたる沼水は
 あなたこなたと泡立ちて
 数万の曲津見潜む状
 吾目のあたり見えければ
 吾等四柱神等は
 沼の東西南北に
 部署を定めて陣取りつ
 天津祝詞を奏上し
 七十五声の言霊を
 いや広らかに打ち出し
 天の数歌宣りつれば
 さすがの曲津も辟易し
 ひるむと見えし折からに
 御空ゆ高く聞え来る
 ウ声の言霊幸はひて
 沼の大蛇は正体を
 水上高く現はしつ
 のたうち廻るあはれさよ
 御空に聞えしウの声は
 御樋代神を守ります
 鋭敏鳴出の神の功績か
 ああ惟神々々
 生言霊の幸はひに
 沼の曲神は跡もなく
 雲を起して逃げ去りぬ
 吾等はそれより天地の
 神に感謝の太祝詞
 宣り上げ終りめいめいに
 元来し道をたどりつつ
 一本松の下蔭に
 集ひて戦況語り合ひ
 又もや駒に跨りつ
 遠の野路をば恙なく
 公のいませるこの丘に
 勝鬨揚げて帰りけり
 いざこれよりは中野河
 速瀬を渡り御樋代の
 比女神います聖所へ
 国津神等を率き連れて
 進ませ給へ惟神
 神の御前に願ぎ奉る』
と復命し給ひけるにぞ、朝香比女の神は四柱神の功績を甚く賞め讃へ給ひつつ御歌詠ませ給ふ。

『四柱の神の功の尊さに
  忍ケ丘は蘇りたり

 千早振る神世も聞かぬ功績を
  荒野ケ原にたてし神はも

 曲津見は生言霊に怖ぢ恐れ
  雲を霞と逃げ去りしはや

 今日よりは焼野ケ原の国津神も
  心安らかに世を送るらむ

 はてしなき広き国原隈もなく
  輝き渡らむ神の御稜威は

 待ち待ちし軍の公は帰りけり
  吾居ながらに言霊放ちつ

 言霊の光りにまさるものなしと
  今日の戦に深く悟りぬ

 曲津見は再び鷹巣の山の根に
  さやらむとして移りけむかも

 今日よりは中野大河を打ち渡り
  鷹巣の山をさして進まむ

 四柱の神の功は永久に
  グロスの島の語り草とならむ』

 国津神野槌彦は歌ふ。

『神々の貴の恵に浸されて
  今日より安けむ国津神等は

 十年の長きを艱みし曲津見の
  禍消えて蘇りけり

 諸々の国津神等はことごとく
  この地の上に大らかに住まむ

 地を掘りて深く潜みし国津神も
  荒金の土の上に生くべし

 土の上に家居を造り今日よりは
  天津日の光の恵に浴せむ

 いざさらば御樋代神の御供に
  仕へ奉りて聖所に進まむ』

 朝香比女の神は御歌詠ませ給ふ。

『国津神野槌彦の言の葉を
  諾ひ吾は聖所に進まむ

 諸神よ駒の用意を急ぎませ
  いざ立ち行かむ河のあなたへ』

 初頭比古の神は御歌詠ませ給ふ。

『吾公の神言畏み四柱は
  御後に仕へ急ぎ進まむ

 天津日は輝き渡り大空は
  澄みきらひたる今日の旅かも

 曲津見の影を潜めし焼野ケ原
  照る天津日はさやかなるかも

 白梅の花咲く野辺を駒並めて
  進まむ道のさやかなるかも

 右左丘の面を封じたる
  梅は漸くほぐれ初めたり

 白梅の花の香りに送られて
  聖所に進む今日の楽しさ』

 起立比古の神は御歌詠ませ給ふ。

『勇ましく曲津の軍に勝ちおほせ
  又も進まむ貴の聖所に

 吾公の今日の御行を寿ぐか
  迦陵頻伽は梅に囀る

 真鶴は翼揃へてこの丘の
  御空に円を描きて舞へるも

 鵲の声勇ましく聞え来る
  忍ケ丘は貴の聖所よ

 一夜の露の宿りの忍ケ丘に
  名残惜しみて吾は立つなり』

 立世比女の神は御歌詠ませ給ふ。

『御樋代の神の御供に仕へつつ
  曲津の軍に立ち向ひしよ

 言霊の厳の光の功績を
  悟りし吾は恐るるものなし

 駿馬は鬣ふるひ嘶きぬ
  今日の首途を急ぎけるにや

 国津神の艱みを払ひし今日こそは
  天地晴れし心地するかも

 久方の御空は高く荒金の
  地は広けし吾中を行かむ』

 ここに御樋代神の朝香比女の神は、四柱の従神と国津神野槌彦を案内役とし、グロスの島を横ぎれる中野河の濁流を渡るべく用意万端ととのへ終り、暴虎馮河の勢にて御歌うたひつつ進ませ給ひける。
(昭和八・一二・二一 旧一一・五 於大阪分院蒼雲閣 谷前清子謹録)
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