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文献名1霊界物語 入蒙記 山河草木 特別篇
文献名2第5篇 雨後月明よみ(新仮名遣い)うごげつめい
文献名3第32章 弾丸雨飛よみ(新仮名遣い)だんがんうひ
著者出口王仁三郎
概要
備考2024/2/13出口王仁三郎全集第6巻を底本として校正。
タグ データ凡例 データ最終更新日2024-02-13 17:29:42
あらすじ
谷間を通り抜けて広大な草野に面した山すそで、開魯の軍隊から威嚇射撃を受けた。その間、真澄別はゆうゆうとその様を見物しており、日出雄は車の中で悠然と寝転んでいた。

盧占魁は応戦するなと言ってその場を駆け抜けた。十五日にはまた山間の通路で王府の兵が攻撃を仕掛けてきた。今度は盧占魁の部隊は応戦の構えを見せて追い払った。

続く六月十六日には、民家の付近で休息を取っている間に後方を王府の兵に襲われ、盧占魁の右腕である曼陀汗が戦死したため、盧占魁はいたく力を落とした。

真澄別は再び盧占魁に行く先を糾したが、盧は「先生方は安全地帯に滞在していただき、その間に自分は奉天に帰って、張作霖の誤解を解いてくる」という返事であった。

十八日に沼地にでくわし、盧占魁自らが御者となっていた日出雄の車はたちまち土中に半分ほどもめり込んでしまった。引き上げようもなく、仕方なく解体してようやく全部を復元すまでには、かなりの時間を費やしてしまった。

日出雄は神勅に、パインタラに行くのは薪を抱いて火に飛びこむようなものだ、と出たので、盧占魁に伝えた。盧占魁はただ、大丈夫です、と言ったのみであった。真澄別は神勅に敬意のない盧占魁の態度に不安を覚えた。

その夜、露営所に日本人が集まって評議がこらされた。猪野軍医は従卒の蒙古人に村民の噂を調べさせたところ、パインタラには盧占魁討伐の軍が数千も出動準備をしているということだったという。猪野は銭家店まで案内するから、道筋を変えたらどうか、と提案した。

一同は盧占魁を呼んできて、猪野軍医の報告と提案を告げた。しかし盧占魁は、自分を討伐するなんてありえない、自分が安全なところまで連れて行くので心配するな、と言うのみであった。

六月十九日、ラマ廟を出発してパインタラに向かう日の午後、パインタラ方面から吹き来る風はますます強くなり、姿勢正しく馬上にいることに危険を感じるほどであった。日本人一同は、不吉な予感を感じていた。

宵闇の中、日出雄の一隊は進めども進めども、同じ場所に戻ってしまい、先頭部隊との間が離れてしまった。真澄別は白孤が気をつけているといって心配したが、日出雄は進まなければ仕方がないと答えた。

翌朝、盧占魁の伝令によって呼び起こされることになった。
主な人物【セ】源日出雄、猪野敏夫(軍医長)、真澄別、井上兼吉、坂本、温長興、盧占魁【場】守高【名】萩原、白凌閣、劉陞山、曼陀汗、張彦三、張作霖 舞台 口述日1925(大正14)年08月 口述場所 筆録者 校正日 校正場所 初版発行日1925(大正14)年2月14日 愛善世界社版285頁 八幡書店版第14輯 652頁 修補版 校定版288頁 普及版 初版 ページ備考
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本文  谷間を通り抜けて広大な草野に面した山裾に、一台の轎車を取り巻いて守高、萩原、坂本、白凌閣其他日出雄に近侍せる支那将校以下一団の部隊が、不安の色を現はし乍ら後続部隊を待合せて居る。そして銃声が盛んに谺に響き亘るにも係らず、轎車の中には雷の如き鼾声が聞えて居る。折柄猪野軍医長は顔色を変へて飛び来り、倉皇として下馬し、轎車を覗き込み、
『先生大変です』と叫ぶ。
『アヽホンに銃砲の音が聞えるなア』
とやをら身を起したのは日出雄である。
猪野『先生どうやら開魯の兵隊が盧の軍を迎撃する為に来て居たらしいです。左側の山から射撃し始めました。真澄別さんに早く逃げなけりや危いですよと注意したのですけれど、真澄別さんは先に行つても後方に居つても弾丸は飛んでるんだ……なんて悟つたらしい事を云つて見物して居られますが、あれや駄目ですよ』
日出雄『アヽさうか、モウ直に追ひ付くだらう』
 と之れ亦悟つたらしく寝ころんで了つた。此時真澄別は井上兼吉を従へ、悠々と弾丸雨飛の間を進みつつ、
真澄別『井上さん吾々を狙撃する連中は一体何だい』
井上『此処の王府の兵でせう。弾丸が上の方を通る所から察すると、早く此管内を立退いて呉れ、迷惑が掛ると困るからと云ふ合図かも知れませぬなア。アハヽヽヽ』
真澄別『併し昨日喇嘛廟も王府もがら空だつたのが曲者だよ。盧を馬賊としての討伐令でも廻つて来てるのぢやなからうか』
井上『まさか……と思ひますが……おゝあれ御覧なさい。猪野の奴、衛生材料を放つたらかして逃げ出しましたよアハヽヽヽ』
 斯かる折りしも、真澄別と井上との中間へピチーンと銃弾が落下した。井上は平気な顔で
井上『オヤこん畜生狙ひ撃ちを始めよつたぞ』
 と言ひ乍ら、真澄別と轡を並べて見物気分で日出雄の轎車を目当に辿り行く。
 盧占魁は前後に馬を飛ばし乍ら声を励まして、
『応戦するな応戦するな』
 と叫び廻つて居る。全隊が青野ケ原を進む頃には、最早銃声も聞えずなつてゐたが、それでも二名の負傷者は出来たのである。銃声を他所に眠れる日出雄と、弾丸雨飛を平気で眺めてゐた真澄別との大胆さは、盧以下各将卒の賞讃の的となつた。是より周囲の警戒を益々厳重にして進むこととなつたが、十五日又々山間の通路に於て王府の兵が要撃を開始せむとするや、盧占魁は単身馬に鞭打ち両手にモーゼル銃を提げて走せ向ひ、劉陞山の部隊又機関銃の火蓋を切つたので、王府の兵は銘旗と若干の馬具を遺し地の理に通ぜるだけあつて、逸早く何れへか姿を隠して了つた。相変らず強行軍は南方もしくは東南方に向つて続けられた。馬が斃れて自然に落伍する者もあれば、中には又野馬を捉へて乗り移る者もあり、劉の部隊には十数頭の駱駝を徴発して乗り廻して居る者さへあつた。
 六月十六日(陰暦五月十五日)青草のまばらに生え茂つた高原に三々五々建ち並んでゐる民家の附近に腰を下ろして朝食を喫した。前日来人馬共に食料欠乏の為休む間とて与へられず、民家を求めて此処まで急いだのである。民家より炒米と鶏を徴発補充し、一同元気漸く回復した。炊事道具は何時も洗面器と鉄鍋を利用するのだが、調味料は塩のみで、それも有つたり無かつたりと云ふ状態であつた。此処の附近には畑らしい場所があり、其処にたまたま葱や菜つ葉が見付かつた時には、皆々先を争ひ、ちぎつては土を手で擦り取り貪り喰ふた。食事後日出雄は轎車の中に眠り、其他の随員は之を取巻いて大地の上にゴロリと昼寝の夢を貪つてゐると、遥か後方に当り一時盛んに銃声が聞えた。盧占魁は直ちに二三の従卒と共に駆出し、一時間許り経つた後、萎々と帰り来て涙ながらに語る。
『あの王府の兵が数十名執念深くも、沿道の民家に潜み居り、最後方部隊の曼陀汗を狙撃したので、曼陀汗は部下を前進せしめをき、単身で之に向つて近寄る途端に馬が銃弾に斃れる、第二の弾丸で曼陀汗は太腿を撃ち抜かれ、バツタリ倒れたさうです。それでも部下に向ひ……お前等は進め進め心配するな大丈夫だ……と云つて居る間に、人家より六七名の王府の兵が曼陀汗の側近く走せ寄り、銃先を揃へて撃ち込み、曼陀汗はあへなき最後を遂げました。曼陀汗の副将は振返つてみて驚き、矢庭に二三人を撃殺した相ですが、これも胸部を射貫かれて倒れる。其間に王府兵は姿を隠して了つたさうです。張彦三は私の左の腕、曼陀汗は私の右の腕です。今日の私は右の腕を取られました、お察し願ひます』
と涙滂沱として腮辺を伝ふ。聴き居る者皆貰ひ泣きをし、
『惜しき英雄を殺したものだ』
『それだから最初にあの王府をやつつけて了へば良かつたのに』
 など口々に呟き乍ら切歯扼腕する。斯る折しも胸に貫通銃創を受けた曼陀汗の副将は運ばれて来た。猪野軍医は繃帯手当をし、真澄別は鎮魂を施して痛みを止め、食料を積んだ空車の轎車に乗らしめ、全体の行進が開始された。此時盧は日出雄に向ひ、
『大先生、茲二三日の中に戦争はありませぬか、神様に伺つて下さい』
と云ふ。日出雄は真澄別に命じて神勅を請はしめた。神勅は、
『二三日中に戦争は無い、但し当方から手出しすれば此限りに非ず』
との意であつた。そして真澄別は盧に向ひ、
『最初と大分方面が違つた様ですが、何処へ落付く積りですか』
と問ふ。
盧占魁『どうも張作霖の方に何か誤解がある様ですから、先生方は青溝と云ふ安全地帯へ御滞在を願ひ、其間に私は奉天へ行つて万事都合好く解決してまゐります』
 と答へ、日出雄の轎車にヒラリと飛乗り、長い鞭を動かし始めた。
 露営に体躯を休めて行を続けた十七日、又復銃声が盛んに聞えたが、之れは次の王府の兵が其国境まで見送り来り、双方礼砲交換の響であつた。
 翌十八日(陰暦五月十七日)進軍中、周囲二三里位と思しき大沼地に出会した。水は全面に漲らず、所々に大池小池が形作られてゐる。其間に介在せる沼草の生え茂つた部分を選んで横断する事となつたが、微細な灰の如き砂の稍湿気を帯びた所とて、馬の歩行困難一方でない。折しも日出雄の搭乗せる轎車は相変らず、盧占魁が自ら馭者となつて、近路を選んで約央過ぎまで巧みに進んで来たが、如何はしけむ、其轎車はヅブヅブと半ば土中に滅入り込んで了つた。鞭打てど馬の動かばこそ
『サア事だ』
 と応援馬を派遣しても足場悪く、車体を引上げることが出来ない。遂に車体の全部解体して漸く安全地帯に運び、再び組立てらるる迄には可なり時間を費やしたのである。日出雄、盧占魁等は応援に向ひし白銀竜其他の馬に跨り、漸くにして対岸の丘上に待ち合せてゐた張彦三の部隊に到達する事を得た。守高は泥塗れの靴を掃除し乍ら、
『これは今度の神業の暗示だ。一変解体して、新規蒔直しに組立てよといふ事に違ひない』
 と呟く。
真澄別『まあ、そこらの見当だ』
日出雄『時に盧さん、只今神勅があつて、あなたが奉天へ行くべく白音太拉に向はれるのは、薪を抱いて火に飛込む様なものだとの事でしたよ』
 盧は深く意に留めざる面色で、
盧『ナニ、大丈夫です。御安心下さいませ』
張彦三『察哈爾迄参りますと、私の部下が二万許り準備して待つて居りますから、早く其処まで行きたいのです。けれど途中一度や二度戦争の必要があるかも知れませぬので、盧司令は今少し武器を手に入れたいと云つてますから、奉天へ行きたいと申してゐるのです』
真澄別『神勅をたよらぬ様になれば、モウ駄目だ駄目だ』
 と小声に囁いた。
    ○
 此夜露営所の一室には日本人側全部集合し、雑談交りに評議が凝らされた。
坂本『どなたか紙をお持ちぢやありませぬか。支那人や蒙古人は、其処等に転がつてゐる小石や木の枯枝なんかで、便用を達しますから構ひませぬが、私等はまだ、そこ迄勉強が出来てゐませぬからなア』
真澄別『そんな事もあらうと思つて、持てる丈ポケツトへ捻ぢ込んでおいたが四五日前だつた。あの……ソレ沢山の牛乳にありついた時、喉の渇いてるに任せてガブガブやつた所が間もなく、大先生と萩原さんと揃ひも揃うて、牛乳其儘のパサパーナをシヤアとやつた時、大分減らして了つたが、まだ二三日間は大丈夫だアハヽヽヽ』
 と笑ひ乍ら二三枚の塵紙を渡す。
猪野『先生そんな呑気な話所ですかい。私の従卒にしてゐる蒙古人に村民の噂を調べさして見ましたが大変ですよ。白音太拉では盧を討伐すると云つて、数千の軍隊が出動準備をしてゐるさうですよ、隙を伺つて遁げようぢやありませぬか。こんな所で生命を捨てるのは馬鹿々々しいですからなア』
日出雄『遁げるつて何処へ行くのだ』
猪野『私は此処から白音太拉方面の地理は能く存じてゐます。白音太拉は出動準備で危いかも知れませぬから、銭家店までは責任を以て御案内致します』
井上『さうだ。猪野君が其処まで責任を持つて呉れれば、哈爾賓から東支鉄道を利用して興安嶺に乗り込む順路は僕が責任を持つ』
猪野『先生、さうして頂いて興安嶺へ行つて修業さして頂くのでしたら、私も永久にお伴致します。実際の事、私は国には両親も妻もありますから、生命が惜しいです』
真澄別『それは非常に結構な計画だが、うつかりすると味方に敵が出来るよ』
日出雄『さうだ、兎に角盧占魁に相談して同意を得その上にするがよからう』
 猪野は直ちに盧占魁を迎へ来り、白音太拉軍の出動準備の事や、自分の提案を逐一話した。盧は、『猪野奴、余計なことを云ふ』といふ顔付にて、
盧『吾々を討伐なんて、そんな事があるものですか。そして哈爾賓行なんて、却つて危険です。それよりも私がお供を致しますから営口の悦来棧で御待ち願ひ、私は張作霖と話を纏めて直ぐ伺ひます。そして上海に私の親友が居りますから、其処で私が陣容を立直し、根拠地を定めてお迎へに参ります迄、御滞在を願ひます。何れ上海へも先生の為に大喇嘛廟を建てて差上げますから、決して御心配なさいますな』
 とて臨時司令部と定められた喇嘛廟の一坊に帰り行く。
 六月十九日(陰暦五月十八日)喇嘛廟に暇を告げて白音太拉に向つた日の午後は、茫々として見渡す限り山の影も見えない大草野原を進むのであつた。進むにつれて白音太拉方面より吹来る風は益々強くなり、帽子を飛ばす者、紐を切つて笠の空中に舞ひ上る者、姿勢正しく馬上に居る事の危険を感ずる程である。
 草より出でたる太陽のまた草に入る頃、風は愈々其力を添へて来た。真澄別は猪野を顧みて
『意味深長な風が吹くね』
と云へば猪野は、
『私もさう感じます。白音太拉へ行くなと云ふ神様の御警告でせう』
 と答へ乍ら共に日出雄の轎車を追ふて疾駆する。行け共行け共草野は尽きず、宵闇の頃、草原中に並ぶ五六戸の民団に着いて、真澄別は日出雄に向ひ声をかけた。
真澄別『先生、萩原さんは馬が痛んだので、大分遅れてる様ですから暫く待つてやらうぢやありませぬか』
日出雄『さうか、そりや待つてやらねば可かぬ』
温長興『併し盧司令は今日は馬でモウ大分先へ行きました。早く進まねば道が分らなくなりますよ』
坂本『コラ温、余計な事を言ふな、先生が待てと仰有つたら黙つて待たぬか』
 十八日の月は雲に蔽はれて薄き光を草野に洩らすのみである。萩原の到着と共に日出雄の轎車は動き始めた。
『他の部隊の進んだのは、確か此見当』
 と数十分間進んだと思ふ頃、民家の脇へ出て来た。
『何だ、狐に魅まれたのぢやないか、又後帰りだ』
 と坂本が叫んだのも道理、此一隊は草野の一部を廻つて又元の民家に立帰つたのである。護衛の兵士は呆気に取られて、他の部隊と連絡を計る為、空に向つて発砲すれば前方より合図の銃声が聞える。銃声を便りに進行し始めると何時しか又元の民家の傍へ帰つて来る。草野の小路は幾筋もあるのにも係らず前進することが出来ぬ。そして風は既に其勢を減じてゐる。
真澄『先生、白狐が之れだけ気を付けるのですから、モウ危険地帯へ進むのは止めやうぢやありませぬか』
日出雄『中止めたつて仕方がないぢやないか』
真澄別『ハハア、大神さまの御都合は又別ですなア、それぢや兎に角此処で一時停電しませう』
 露を浴び乍ら日出雄の轎車を中心に思ひ思ひの夢路を辿つた。此一隊は草野のホノボノと明け渡る頃、盧占魁よりの伝令に喚び起されたのである。
(大正一四、八、筆録)
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