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文献名1霊界物語 第15巻 如意宝珠 寅の巻
文献名2第3篇 神山霊水よみ(新仮名遣い)しんざんれいすい
文献名3第13章 神女出現〔580〕よみ(新仮名遣い)しんじょしゅつげん
著者出口王仁三郎
概要
備考
タグ データ凡例 データ最終更新日2021-01-16 01:43:43
あらすじ神素盞嗚大神は、天の岩戸の変の責任を一身に負って、世界漂泊の旅に出た。神素盞嗚大神は、神代における武勇絶倫の英雄である。山に囲まれた西蔵の国にお出でになった。鬼掴はその昔、ペテロの都に現れた道貴彦の弟で、高国別の後身である。何度か生まれ変わった後、神命により地教山で神素盞嗚大神の登山を邪魔したが、実は大神を助けようと待ち望んでいたのである。二人は雪深いラサフの都で一夜の宿を取ろうと一軒の藁屋を叩いた。この家の者によると、神素盞嗚大神がお隠れになって以来、邪神がはびこり、そのため国人のうちで心あるものは、茶断ち・塩断ちをして大神の再臨を待ち望んでいるのだ、という。二人は夜中に人声で目を覚ました。神素盞嗚大神は、高国別に様子を探ってくるように命じた。高国別が忍び足で声のする方に行くと、大勢の男女が野原で祈願をしている。そして一人の幣を持った男について、丘に向かって走っていく。高国別は一同の後を追っていくと、不思議にも皆、姿を消してしまった。高国別が丘の上に行くと、一人の娘がもろ手を組んでうつむいている。高国別は娘に声をかけるが、返事がない。やにわに娘は高国別に紐をかけると、背負って走り出した。しかししばらくして倒れてしまった。高国別は凄んで、娘に訳を聞こうとするが、娘は高国別の素性や神素盞嗚大神のことを知っている風である。高国別はてっきり邪神の化身と思って娘を問いただすが、娘ははぐらかした答えしかしない。高国別は娘の頭がおかしいと思って去ろうとするが、娘はまたしても紐で高国別を引っ掛け戻し、おかしな問答を続ける。高国別は消えた村人たちの後を追ってその場を去ろうとすると、たちまち地が凹み、地の底に落ち込んでしまった。
主な人物 舞台 口述日1922(大正11)年04月03日(旧03月07日) 口述場所 筆録者松村真澄 校正日 校正場所 初版発行日1922(大正11)年12月5日 愛善世界社版154頁 八幡書店版第3輯 337頁 修補版 校定版154頁 普及版69頁 初版 ページ備考
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本文  神素盞嗚の大神は  天の岩戸の変に依り
 百千万の罪咎を  其身一つに引受けて
 千座置戸の艱難辛苦  神の御運も葦原の
 瑞穂の国を此処彼処  漂ひの旅に出立ち給ひしより
 今まで影を潜めたる  八岐大蛇や金毛九尾
 醜の曲鬼遠近に  又もや頭を擡げつつ
 此世を紊すウラル教  バラモン教やウラナイの
 教の道の人々の  肉の宮居を宿となし
 以前に勝る悪逆無道  世人の心は悉く
 ねぢけ曲りて一柱  誠を守る者も無く
 世は日に月に曇り行く  遠近の山の伊保理や川の瀬に
 伊猛り狂ふ曲神の  声は嵐か雷か
 譬ふる由も地震の  一時に轟く騒がしさ
 山川どよみ草木枯れ  非時雨は降り頻り
 風荒らぎて家を倒し  木々の梢は裂き折られ
 木の葉は破れて鋸の  歯を見る如くなりにけり。
 神素盞嗚の大神は、神代に於ける武勇絶倫の英勇にして、仁慈の権化とも称ふべき、瑞霊の雄々しき姿、漆の如き黒髪を長く背後に垂れ給ひ、秩序整然たる鼻下の八字鬚、下頤の御鬚は、瑠璃光の如く麗しく、長く胸先に垂れ給ひ、雨に浴し風に梳り、山と山とに囲まれし、西蔵国に出で給ふ。
 地教山に現はれて、一度は尊の登山を塞ぎ奉りし鬼掴は、昔ペテロの都に在りて、道貴彦の弟と生れたる高国別の後身、幾度か顕幽二界に出没し、又も身魂は神界の、高天原に現はれて、天の岩戸の大変に差加はりし剛の者、神素盞嗚の大神の、清き御心推しはかり、義侠に富める逸男の、いかで此儘過ごすべき、天教山に坐しませる、皇大神の御言もて、地教の山に立ち向ひ、一度は神命もだし難く、瑞の霊の大神に、刃向ひまつり、尊の登山を悩まさむとしたりしが、心の奥は裏表、神素盞嗚の大神を、心の限り身の限り、助け奉らむものをとて、地教の山に夫れとなく、尊の登り来ませるを、今か今かと待ち居たる、其御心ぞ尊けれ。
 神素盞嗚の大神は、高国別を伴なひて、地教の山を後にして、青垣山を繞らせる、豊葦原の秘密国、凩荒び雪深き、ラサフの都に差掛る、斯かる例は昔より、まだ荒風のすさぶ野を、神を力に誠を杖に、心の駒の嘶きに、勇み進んで出でて行く。一天俄に掻き曇り、灰色の空ドンヨリと、包む折しも降り来る、激しき雪に二柱、とある藁屋に駆け込みて、一夜の宿を請ひ給ふ。
 素盞嗚尊は門口に立ち、声も静に、
『吾々は漂ひの旅を致す二人連、雪に閉され日は暮果て、行手に困り、困難を致す者何卒お慈悲に一夜の宿を許せかし』
と訪ひ給へば、
『アイ』
と答へて一人の浦若き娘、門口に立ち現はれ、
『これはこれは旅のお方様、さぞ雪にお困りで御座いましたでせう。みすぼらしい茅屋なれど、奥には相当の広き居室も御座いますれば、どうぞ御寛りと御休息を願ひます』
 尊は、
『アヽ世界に鬼はないもの……夫れは千万忝ない、御言葉にあまえ、今晩はお世話になりませう』
『どうぞ、そうなさつて下さいませ、奥へ御案内致しませう』
と娘は淑やかに、足許優しく奥の一室に二人を導き行く。二人は娘の案内に連れ、奥の一室の囲炉裡の前に安坐して、手をあぶりつつ、ヒソヒソと話に耽り給ふ。此時主人らしき男揉手をし乍ら此場に現はれ、二人に向つて叮嚀に会釈し、
『これはこれは旅の御方様、能くも此茅屋に御逗留下さいました。何分焚物の不自由な所にて、嘸お困りで御座いませう』
と云ひ乍ら、黎牛の糞の乾きたるを籠に盛りて、囲炉裡に焚べ、室を暖めるのであつた。此地方は四面高山に包まれたる、世界の秘密国にして、交通不便の土地なれば、他国人の入国を許さざる所である。されど高天原の大事変より、人心大に軟化し、稍世界同胞主義に傾きたる折柄なれば、他国人の入り来るを、今は反対に歓迎し、物珍らしがりて、部落の老若男女先を争ひ訪ね来り、面白き話を聴聞せむとするのである。平素の燃料は麦藁又は黎牛の糞を乾かせて用ゐ、麦を炒りて粉末とし、食料として居る。一時晴るれば、一時雪霰降り来り、天候常に定まらざる土地である。世界に於ける大高地なれば、穀物も余り豊熟ならず、豊作の年と雖も、例へば五升の麦種を蒔いて、一斗の収穫を得れば、是を以て豊作となす位な所である。この家の主人の名はカナンと云ふ。カナンは炒麦の粉を木の椀に盛り、茶を沸かせ持ち来り両手をつき、
『お二人のお方、御存じの通り不便の土地、他国の方に差上ぐる様な物は御座いませぬが、此れが吾々の国にては、最良の馳走で御座いますれば、ゆるゆる召しあがり下さいませ』
と言ひ棄てて一室に姿を隠したり。二人は麦の炒粉に茶を注ぎ、匙もて捏ね乍ら食事せる最中に、五人の美しき娘この場に立現はれ、叮嚀に両手をついて辞儀をなし、一度に立つて歌を歌ひ且舞ひ、二人の旅の疲れを慰めむと努むる様子なり。
『ヤア各方、遅がけに参り、御邪魔を致した上、結構な馳走に預り、実に満足の至りである。汝等は此家の娘なりや』
と言葉も終らざるに、年長の娘、
『ハイ妾は此家の主人カナンの妻で御座います。此処に居りまする女は、皆妾の姉妹何れもカナンの妻となつて楽しき月日を送る者、併し乍ら高天原より神素盞嗚の大神様、千座の置戸を負はせ給ひ、何処ともなく落ち行き給ひしより、今迄平穏無事なりし此秘密郷に、ウラナイ教の魔神侵入し来り、古来の風俗を攪乱し、人心恟々として安き心無き折柄、又もやバラモン教の邪神、潮の如く押寄せ来り、今や国内は恰も修羅の巷の惨状で御座います。神素盞嗚の大神が此大地の御主宰と現はれましたる世は、此秘密郷も実に天国楽土の様なもので御座いましたが、大神様がお隠れ以来と云ふものは、俄に国外より諸々の悪神入り来つて、種々の変異をなし、此儘に放任せば、忽ち地獄道を現出するやも計り難しと、国人の心ある者は、再び大神の出現を希ひ、茶断ち塩断ち火の物断ちを致し、天に祈願を籠めて居ります。夫故ここ一月許りは、吾々は総ての飲食を断ち、日夜祈願を凝らし、善根を励み居りまする様の次第、御相手も仕らず、御無礼の段は、右様の次第なれば、何とぞ悪からず御見直して下さいませ、一同の姉妹に代りて御願ひ致します』
 素盞嗚尊は双手を組み、両眼より涙をホロホロと落し、黙然として吐息をつき給ふ。
高国別『アヽ実に感心だ、有難い有難い。汝等国人が憧憬する、神素盞嗚の大神様は、即ち此処に……否……やがて此国に御降臨遊ばして、汝等が望みを叶へさして下さるであらう、必ず心配されなよ』
『妾はカナンの妻カエンと申す者、どうぞ宜しくお願ひ致します。十日も二十日も、百日も、永く御逗留を願ひます。何分此国は食物の穫れない国で御座いまするから、家を増加す事は出来ませぬので、此通り一戸の内に家内が沢山居るので御座います。吾夫は妾が兄で御座います』
高国別『さうすると、此国は一夫多妻主義だな』
『ハイハイ、已むを得ず、妾の家庭は一夫多妻、家に依りては多夫一妻の所も御座います』
高国別『ハテナア、モルモン宗の様だワイ』
『ホヽヽヽヽ……夜も早深更に及びました、どうぞ御寛りと御就寝み下さいませ』
と五人は一度に挨拶をし乍ら、次の室に姿を隠したり。
尊『高国別殿、今晩はゆるりと寝まして貰はうかい』
高国別『有難う御座います』
と傍の物入より獣の皮を取り出し、之れを敷き、幾枚も幾枚も重ねて、二人は安々と寝に就き玉ひける。
 此国の風俗は、戸数を増加す事を互に戒めて居る。例へば六人の兄弟があつて、其中の一人が男であれば、此男を夫とし、決して他家へ縁付はせないのである。又一戸の家に五人の男があり、一人の娘の出来た時は、五人の夫に一人の妻といふ不文律が行はれて居る。夫れ故男子許り生れたる時、或は女子許り生れたる時は、此家の血統は絶えて了ふといふ不便があるのである。茲に素盞嗚尊は、此惨状を見るに忍びず、他家と縁組をすることを許された。是れより素盞嗚神を縁結びの神と賞讃へ、此国にてはイドムの神として、国人が尊敬する様になつた。
 素盞嗚尊は、男女の囁き声にフト目を醒まし、耳を澄して聞き給へば、何事か祈りの声である。尊は高国別の肩をゆすり乍ら、
尊『ヤア高国別、目を醒されよ。何だか怪しき人の祈り声』
と言葉終らぬに、高国別はパツと跳起き、
『如何にも大勢の声で御座います。最前も此家の女房カエンとやらの話に、茶断ち、塩断ちを致し、素盞嗚尊の再出現を祈つて居るとか聞きましたが、大方ソンナ事ではありますまいか』
尊『吾は此室に於て休息致し居れば、汝はこれより事の実否を調べ来れよ』
高国別『承知致しました』
と此場を立つて、忍び足に声する方に進み行く。見れば数十の男女、真裸の儘、庭前の野原に両手を合せ蹲踞み乍ら、力なき声を振絞り、何事か一心不乱に祈願をこめ、やがて一人の男、大麻を打振り乍ら神懸状態となつて、驀地に西北指して駆け出したり。数多の男女はわれ遅れじと一生懸命に追跡する。されど永らくの断食に身体弱り、転けつ輾びつ其後を追ひ行く。高国別はその状況を瞬きもせず打眺めて居たが、知らず識らず自分も歩み出し、引きずらるる如き心地して、大勢の後に忍び忍び従ひ行く。遥前方に当りて枯芝の盛りたる如き小さき饅頭形の丘が見えて居る。麻振りつつ先に進んだ男は小丘の上に突つ立ち、何事か叫び乍ら、麻を前後左右に打振り打振り狂気の如く踊り廻り、飛びあがり跳まはり、ヤツ ヤツと怪しき声を立てて居る。数十人の老若男女は同じく小丘の上に駆けあがり、これ亦先の男と同様踊りまはり跳廻る。高国別は原野の草に身を隠し、其怪しき祈祷を息を殺して見つめて居た。暫くあつて麻持つた男は、小丘の彼方に忽ち姿を隠した。続いて数多の男女は一人減り二人減り、三人、五人と数を減じ、終には唯一人の麗しき女を残して、残らず姿を没して了つた。
高国別『ハテ、不思議な事があればあるものだ。あれ丈け大勢の老若男女が、何処へ往つたか、見渡す限り目を遮る物なき此広原に、煙の如く消え失せるとは合点の行かぬことだ。まさか大地に吸収されて粉末になつたのでもあるまい』
と独ごち乍ら、前後左右に心を配り、一足々々進み行く。一人の娘は小丘の上に双手を組み、稍伏目勝に無言の儘俯むいて居る。高国別はつかつかと進み、
『何れの女中か知りませぬが、先程物蔭にて窺へば、幣束を持てる男の後より数十人の男女、此小丘を目がけて駆け上り、前後左右に踊り狂ふよと見る間に、忽ち姿は消え失せて了つた。あなたは其中の一人らしく思はるるが如何なる次第なるか、詳細に………お構ひなくば物語られたし。吾は天下を救ふ神の使………』
と問ひかけたるに、女は其声に驚いて高国別の顔を打見守り、首を左右に振つて何の応答もせざりける。高国別は已むを得ず、自ら小丘に駆け上り、附近を一々点検すれ共、別に穴らしきものもなければ、人の倒れたる姿も見えぬ。虫の声さへ聞えない。高国別は、
『ハテ訝かしや』
と丘上にどつかと坐し、双手を組んで思案に暮れ居たり。此時、以前の女は、突然高国別の首に細紐をひつかけ、背中合せに負ひ乍ら、トントントンと元来し路へ走り出す。高国別は喉を締められ、息も絶え絶えに、手足を藻掻きつつ負はれて行く。大の男が命懸の大藻掻きに屁古垂れたと見え、女は一二丁来たと思ふ時、石に躓き、脆くも其場に倒れた。途端に女は細紐を放す、高国別はヒラリと身返りし起上り、女の素首をグツと握つて、
『コラ汝は大胆不敵の曲者、容赦はならぬぞ』
と蠑螺の如き拳骨を固めて、骨も砕けよと許り、打下ろさむとする形勢を示す。併し高国別の心の中は、決して此孱弱き女を打擲する心は、毫末もなかつた。唯勢を示して事実を白状せしめむ策略であつた。
 女は、
『ホヽヽヽヽ、あのマア恐ろしいお顔わいなア。ソンナ怖い顔をなされますと、此西蔵の国は女房になる者が御座いませぬよ。あのマアおむつかしい顔……ホヽヽヽ』
『アハヽヽヽ、ナント大胆至極な女もあればあるものだなア』
『オホヽヽヽヽ、何程怖い顔をなさつて、拳を固め、妾を打つ様な形勢をお示しになつても、あなたの腹の中はさうではありますまい。何を言うても、一方は孱弱き女一方は鬼をも挫ぐ荒男の英雄豪傑、どうして繊弱き女が、………馬鹿らしくも打擲が出来ませう』
とニタリと、高国別の顔を打まもる。
『ナント妙な女だ。………コラ女、此方はソンナ優しい女の腐つた様な男でないぞ、鬼雲彦の一の家来の鬼掴とは俺の事だ。頭からかぶつて喰てやらうか……』
『ホヽヽヽヽ、夫れ程偉い鬼掴なら、何故妾に油断をして、細紐に喉を締められたのか。それや全く偽り、お前は高天原から下り来たれる高国別であらうがなア』
『イヤ拙者は決して左様な者では御座らぬ。悪逆無道のバラモン教の悪神だ。この方が此国に現はれた以上は、何奴も此奴も、片つ端から雁首を引抜いて、御大将鬼雲彦や、八岐大蛇の神に御馳走を献上するのだ』
『ホヽヽヽヽ、置かんせいなア、これ高サン』
と肩をポンと叩く。
『オイ馬鹿にするな。金毛九尾のお化奴が色で迷はす浅漬茄子、何程巧言令色の限りを尽し、吾を誑惑せむとするも、女にかけては無関係、没交渉の拙者だ。女色に迷うて、どうして此悪の道が弘まらうかい。グズグズ吐すと股から引裂いてやらうか』
『サアサア股からなつと、首からなりと、あなたに任せた此体、一寸刻か五分試し、焚いて喰はうと、焼いて喰はうと、あなたの御勝手、妾は夫れが満足で御座んす。ホヽヽヽヽ』
『益々分らぬ奴だ。エー、怪つ体の悪い、此広野ケ原で幸ひ人が居ないから好いものの、天知る地知る吾も知るだ。七尺八寸の荒男が、六尺足らずの繊弱き女に口説かれて、グズグズ致して居るのは、実に何とも慚愧汗顔の至りだ………オイ女其方は一体全体何者だ。早く化の皮を現はさぬか』
『ホヽヽヽヽ、妾はあの天教………否々やつぱり化物の女で御座います』
『アハア、さうか、貴様はやつぱり、癲狂院代物だな。コンナ印に暇を潰して居つては尊様に対して申訳がない………オイ女、貴様ゆつくりと、夢でも見て、独言を言つて居るが宜からう』
と踵を返し、小丘を指して進み行かむとす。以前の女又もや細紐をパツとふりかけた途端に、足をさらへられて、大の男はドスンと大地に倒れた。
『アイタヽ、エーエーまた引つかけよつた。馬鹿にするない、モウ了見ならぬぞ』
『ホヽヽヽヽ、高国別の弱い事わいのう、アイタタとは、そら何とした又弱音を吹きやしやんす。ひつかけ戻しの仕組ぢやぞい。神が綱を掛けたら、逃げやうと言つても逃しはせぬ、アイタタとは誰に会ひたいのだエ、神素盞嗚の大神にか………』
『エーやつぱり此奴ア金毛九尾の化狐だ。何もかも皆知つてゐよる、サアもう勘忍袋の緒が切れた、………ヤア女、此高サンが首途の血祭だ、覚悟を致せ……』
『ホヽヽヽヽ、あの言霊でなア』
『エー言霊もあつたものかい、高サンの腕力で荒料理だ、覚悟を致せ』
『ホヽヽヽヽ、妾は数万年の昔より、磐石の如き覚悟を定めて居りますよ。あのソワソワしい高サンの振舞、わしや可笑しい、ホヽヽヽヽ』
『エー邪魔臭い、コンナ奴に相手になつて居つたら、日が暮れるワイ。兎に角怪しき彼の小丘、一伍一什を取調べて尊様へ報告を致さねばなるまい、尊におかせられても、さぞやお待兼であらう。エー此綱を此奴に持たして置けば、又もやひつかけ戻しに遭はしよるかも知れない』
と云ひ乍ら、細紐をクルクルと手繰つて、懐に捩ぢ込まうとする。
『ホヽヽヽヽ、広野ケ原で七尺八寸の泥棒が現はれた、ナントまあ甲斐性のない泥棒だこと、女の腰紐を奪つて帰る様な泥棒にロクな奴はない』
『エー面倒臭い、今度は真剣だ、股から引裂いてやらう………ヤイ女、俺が怒つたら、本真剣だ』
『オホヽヽヽヽ、其本真剣も怪しいものだ、細紐一本で貴重な女の生命を取らうとする腰抜泥棒………美事取るなら取つて見よ。妾もサル者、此細腕の続く限り、力の限り、お相手になりませう』
『アハヽヽヽ、一寸やりよるな、…………アーア、女子と小人は養ひ難しだ。ヤア何処のお女中か知らぬが、観客の無い芝居は根つからはづまない。モウ此処らで幕切れと致して二人手に手を取つて、二世や三世はまだ愚、五六七の世までも、生死を共に、死出も三途も、駱駝の道伴れ、鴛鴦の衾の睦み合ひと云ふ段取だ。サアサア最早平和克復だ。あなにやしエー乙女、チヤツとおじや』
と目を細くし、舌をペロリと出して、腰付怪しく手を差し延ばせば、女は三十珊の榴弾を撃つたる如く、
『マア好かんたらしいお方』
と云ひ乍ら、肱鉄砲を二三発乱射したり。
『アイタヽ、益々合点の行かぬ剛の女、古今無双のヒーロー豪傑、高国別も半分許り感服仕つた』
『ホヽヽ、自我心の強い高国別、半分感服とはそりや何の囈語』
『イヤもう全部感服仕つた。金毛九尾白面の悪狐と云ふ奴は実に巧なものだ。それ位の力量がなくては、到底此秘密郷を蹂躙する事は出来ないワイ。何は兎も有れ是から貴様の気に入らぬ彼の土饅頭の探険だ』
と大股にノソリノソリと駆出したり。
 女は(義太夫調)
『マアマア、待つて下さいませ。折角顔見た甲斐も無う、モウ別るるとは曲がない。お前に会ひたさ、顔見たさ、死なば諸共死出三途、神々様に願をかけ、先へ廻つてお前の行衛、お前の来るのを待つて居た妾が思ひ、物の憐れを知らぬ男は、人間ではあるまい、妾が切なき思ひを推量して下さんせ』
『アーア馬鹿にしよる、斯うして何時までも暇取らせ、其間に数十人の老若男女を計略を以て虐殺するの計画であらう。………エー邪魔ひろぐな』
と女を蹴飛ばし、踏み散らし、韋駄天走りに進み行く。
『オーイオーイ、高サン待つた』
『エー待つも、待つたもあるものか、貴様、勝手に何なとほざけ』
と一足々々小丘の周囲を四股踏み乍ら歩み出した。忽ちバサリと大地は凹んで四五間地の底ヘズルズルズルと落ち込んだ。以前の女は落込んだ穴の口より、下を覗いて、
『ヤア高サンか感心々々 ホヽヽヽヽ』
と笑つて居る、高国別の身の上は果して如何なるであらうか。
(大正一一・四・三 旧三・七 松村真澄録)
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