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文献名1霊界物語 第24巻 如意宝珠 亥の巻
文献名2第1篇 流転の涙よみ(新仮名遣い)るてんのなみだ
文献名3第2章 唖呍〔732〕よみ(新仮名遣い)あうん
著者出口王仁三郎
概要
備考
タグ データ凡例 データ最終更新日2021-07-15 19:11:28
あらすじ友彦は、鬼熊別夫婦の信任を一段と集めた。また小糸姫も友彦の親切にほだされて、いつとはなしに、面貌卑しい友彦にも好意を抱くようになった。友彦は小糸姫と割りなき仲になり、それを利用して鬼熊別の後継となるよう、蜈蚣姫を通じて工作を開始した。しかし鬼熊別は友彦の心性を考慮して、自分の後継として指名することは決して許さなかった。友彦と小糸姫は鬼熊別の心中を悟り、将来を心配して、ついに顕恩郷から出奔して行方をくらましてしまった。二人は波斯を越えて印度の国の南までやって来たが、この辺りには露の都というバラモン教の大きな拠点があった。事の露見を恐れた二人は、さらに南下してセイロン島に渡った。セイロン島の人々は、小糸姫の容貌を見て天女の降臨だと思って尊敬し、女王のように扱った。友彦は表向き従者となって過ごした。しかし友彦はおいおい本性を現して小糸姫が持って来た金銭を湯水のように使って酒に浸り、島の女に戯れ出した。小糸姫の恋はすっかり醒めて、二人の反りは日に日に合わなくなっていった。ついに小糸姫は二人の島人に舟を漕がせて逃げてしまった。友彦は島人の報せを受けて、小糸姫の出奔を知った。小糸姫の書置きを守り袋にしまうと、後を追って印度の国へ舟を出した。しかしすでに友彦は無一文になっていた。島人たちへの駄賃に着物を与えてしまい、守り袋を首から下げただけの姿で印度の国の浜辺に降り立ち歩き始めた。
主な人物 舞台 口述日1922(大正11)年06月14日(旧05月19日) 口述場所 筆録者外山豊二 校正日 校正場所 初版発行日1923(大正12)年5月10日 愛善世界社版29頁 八幡書店版第4輯 621頁 修補版 校定版29頁 普及版13頁 初版 ページ備考
OBC rm2402
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本文の文字数6082
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本文  友彦は鬼熊別夫婦の信任益々厚く、遂には鬼熊別が奥の間に内事係の主任として仕ふる事となりぬ。小糸姫も朝な夕なに友彦の親切にほだされ、好かぬ顔とは思ひ乍らも何時とは無しにスツカリ無二の力と頼むに至りける。蔭裏に生えた豆でも時節が来ればはぢける道理、十五の春を迎へたオボコ娘も、何時とはなしに声変りがし、臀部の恰好が余程大人び来たりぬ。男女の交情を結ぶ第一の要点は談話の度を重ぬること、会見の度の多きこと、及び時間の関係に大影響を及ぼすものなるべし。
 小糸姫は何時とはなしに友彦の顔を見る毎に、顔赤らめ、襖の蔭に隠れ、窃み目に覗く迄になりぬ。蜈蚣姫は信任厚き友彦に、小糸姫の身辺の世話を委託したるが、遠近上下の隔てなきは恋の道、優柔不断フナフナ腰の友彦も何時とは無しに妙な考へを起し、遂には小糸姫の夫となつてバラモン教の実権を握らむと、野心の火焔に包まれ昼夜心を焦し居たり。
 友彦が募る恋路に、小糸姫は襖の開閉にも、擦れつ縺れつ相生の松と松との若緑、手折るものなき高嶺に咲いた松の花、遂に友彦が得意の時代は到来した。猪食た犬の蜈蚣姫は敏くも二人が関係を推知し、夫鬼熊別に向つて言葉を尽し、友彦をして小糸姫の夫となし、鬼熊別が後継者たらしめむとする意志を、事に触れ、物に接し、遠廻しにかけて鬼熊別にいろいろと斡旋の労を執りぬ。
 されど鬼熊別は友彦の下劣なる品性と、野卑なる面貌に心を痛め、到底副棟梁の後継者として不適任たることを悟り、何時も蜈蚣姫の千言万語を尽しての斡旋を馬耳東風と聞き流した。
 友彦、小糸姫は父の心中を察し、人目を忍んでは二人の行末を案じ煩ひつつ、ヒソヒソ話に耽り居たりける。
 ある時友彦は、
『小糸姫様、私は今日限り貴方に御別れ致さねばならぬことが出来ました。今までの御縁と諦めて下さいませ』
 小糸姫は漸く口を開き恥し気に、
『友彦様、そりや又何うした理由で御座います。たとへ何うなつても小糸姫のためには力を尽し、生命でも差出すと仰有つたではありませぬか』
『ハイ、私の心は少しも変つては居りませぬ。日に夜に可愛さ、恋しさが弥増し、片時の間も貴女のお顔が見えねば、ジツクリとして居られないやうに、恋の炎が燃え立つて来て居ります。併し乍ら貴女は尊き副棟梁の一人娘、何時までも私のやうな賤しき者と関係を結ぶ訳には参りませぬ。御父様の御意中は決して吾々両人の意を叶へては下さいませぬ。何程御母上が御取持下さつても、最早駄目だと云ふことが解りました。私は是より此の煩悶を忘れるため、貴女の御側を遠く離れ、世界を遍歴し一苦労を致しませう。これが御顔の見納めで御座いますれば、何うぞ御両親に孝養を尽し、立派な夫を持つてバラモン教のために御尽し下さいませ』
 小糸姫は驚いて其の場に泣き伏し、
『アー何うしませう。父上様、聞えませぬ』
と泣き叫ぶを友彦は、
『モシモシ御嬢様、悔んで復らぬ互の縁、暫しの夢を見たと御諦め下さいませ。誠に賤しき身を以て、貴女様に対し失礼を致しました重々の罪、何卒御赦し下さいませ……左様なら、これにて愛しき貴女と御別れ致しませう』
と立去らむとするを裾曳き止め、
『暫らくお待ち下さいませ。妾も女の端くれ、たとへ天地が変るとも、一旦言ひ交した貴方を見捨てて何うして女の道が立ちませう。苦楽を共にするのが夫婦の道、仮令何と仰有つても、妾は何処までも放しませぬ。何うしても別れねばならなければ貴方のお手で妾を刺殺し、何処へなりと御出で下さいませ』
と泣き伏す。
『アヽ困つたことが出来たワイ、別れようと言へば御嬢様の強き御決心、生命にも係はる一大事、大恩ある鬼熊別の御夫婦に対し申訳が無い。さうだと云つて大切な御嬢様を伴出しては尚済まず、アヽ仕方がない……。モシ御嬢様、私は此処で腹掻き切つて相果てまする。何うぞ貴女は両親に仕へて孝養を御尽し遊ばされ、幸に私の事を思ひ出された時は、水の一杯も手向けて下さいませ。千万人の宣伝使の読経よりも貴女の御手づから与へて下さつた一滴の水が、何程嬉しいか知れませぬ。小糸姫様、さらばで御座いまする』
と懐剣スラリと引抜き、腹に今や当てむとする時、小糸姫は其の腕に縋りつき、
『モシモシ友彦様、暫らくお待ち下さいませ。お願ひいたし度いことが御座います』
 友彦は、
『最早覚悟致した上は申訳のため唯死あるのみ。何うぞ立派に死なして下され』
『どうして是が死なされませう。斯うなる上は是非がない。親につくか、夫につくか、落ちつく途は唯一つ。暫時は親に御苦労をかけるか知れないが、何れ此世に長らへて居れば、御両親に孝養を尽すことも出来ませう。何卒友彦様、妾を伴れて遁げて下さいませぬか』
『これはしたり御嬢様、親子は一世、夫婦は二世と申しまして、此世に親ほど大切なものは御座いますまい。友彦ばかりが男ではありませぬ。モツトモツト立派な男は沢山に御座いますれば、私のことは只今限り思ひ切り、両親に御孝養願ひます。さらば、是にて御別れ……』
と又もや懐剣を突き立てようとする。小糸姫は悲しさやる瀬なく腕に喰ひつき満身の力を籠めて友彦を殺さじと焦り居る。友彦は感慨無量の態にて、
『アヽ其処まで私を思うて下さるか。左様なれば仰せに随ひ、暫らく私と一緒に何処かへ隠れて、楽しき月日を送りませう』
 小糸姫は、
『あゝそれで安心致しました』
と奥に入り、密かに数多の路銀を懐中し、夜の更くるを待つて二人は館を後に、何処ともなく顕恩郷より消えにけり。
 親子のやうに年の違うた二人の男女は、手に手をとつて波斯の国を、彼方此方と彷徨ひ、遂には高山も幾つか越えて印度の国の南の端に進んで来た。此処には露の都と云つて相当な繁華な土地がある。バラモン教の宣伝使市彦は相当に幅を利かし、遠近に名を轟かして居た。友彦は斯る地点に彷徨ふは、発覚の虞れありとなし、月の夜に紛れて海を渡り、セイロンの島に漕ぎつけ、奥深く進みシロ山の谷間に居を構へ、二人は暮す事となつた。物珍らしき島人は、花を欺く小糸姫の容貌を見て、天女の降臨せしものと思ひ尊敬の念を払ひ、日夜此の庵も訪ねて参拝するもの引きも切らぬ有様であつた。小糸姫は表向友彦を下僕となし、女王気取りで無鳥島の蝙蝠王となりすまし、友彦と共に日夜快楽に耽りゐたり。
 友彦の俄に塗りたてた身魂の鍍金は、日に月に剥脱し、父母両親の目の遠く離れたるを幸ひ、横柄に小糸姫を頤の先にて使ふ様になつた。さうして小糸姫が持ち来れる旅費を取出しては日夜酒に浸り、或は島人の女に対し他愛なく戯れ出した。小糸姫は、漸く恋の夢醒むるとともに、友彦の言ふこと為すことを、蛇蝎の如く忌み嫌ひ、友彦の方より吹きくる風さへも、身を切る如くに感じた。百度以上に逆上せ切つた恋の夏も何時しか過ぎて、ソロソロ秋風吹き起り、日に日に冷気加はり凩寒き冬の如く、友彦を思ふ恋の熱はスツカリ冷却して氷の如くになり終りけり。
 友彦は小糸姫の様子の日に日につれなくなるに業を煮やし、時々鉄拳を揮ひ、自暴酒を呑み、嗄がれ声で呶鳴り立て、二人の仲は日に夜に反が合なくなりにける。
 或夜小糸姫は友彦が大酒を煽り、酔ひ潰れたる隙を窺ひ、一通の遺書を残し、浜辺に繋げる小舟を漕ぎ、島人の黒ン坊二人を伴なひ、太平洋を目蒐けて大胆にも遁げ出したり。
 友彦は酒の酔が醒め、起き出で見れば夜はカラリと明けはなれ小鳥の声喧し。
 友彦は眠たき目を擦り乍ら、
『小糸姫、水だ水だ』
 呼べど叫べど何の応答もなきに友彦は、
『アヽ又裏の山へでも果物を取りに往きよつたのかなア。何を云うても御嬢さまで気儘に育つた女だから仕方が無い。併し斯う云ふものの、まだ十六だから子供の様なものだ。余りケンケン云つてやるのも可哀想だ。チツトこれから可愛がつてやらねばなるまい。顕恩郷に居れば、彼方からも、此方からも御嬢さまと奉られ、女王の様に持て囃され、栄耀栄華に暮せる身分だ。此の友彦が思はぬ手柄に依つてそれをきつかけに旨くたらし込み、世間知らずのオボコ娘をチヨロマカした俺の腕前、定めてバラモン教の幹部連も驚いたであらう。俺の顔は自分乍ら愛想の尽きるやうなものだが、それでも生命の親だと思つて、すねたり、跳たりし乍ら付いて居るのはまだ優らしい。たとへ俺を嫌つて遁げ帰らうと思つても、遠き山坂を越えコンナ離れ島へ連れ込まれては、孱弱き女の何うすることも出来よまい。思へば可哀想なものであるワイ……アヽ喉が渇いた。一つ友彦自ら玉水を、汲みて御飲り遊ばす事としよう』
と云ひ乍ら、門前を流るる谷川の水に竹製の柄杓を突込み、グイと一杯汲み上げ声を変へて、
『さア、旦那様、御上り遊ばせ。あまり御酒を上りますと御身のためによろしく御座いませぬ。若しも貴方が御病気にでも御なり遊ばしたら、妾は何うしませう。ねー貴方、妾が可愛いと思召すなら、何うぞ御酒を余り過ごさない様にして頂戴……ナンテ吐しよるのだけれど、今日に限つて若山の神様は何処かへ御出張遊ばした。軈て御帰館になるだらう。それまで山の神の代理を勤めるのかなア』
と独語言ひ乍ら、グツト一杯飲み乾し、
『アヽ酔醒めの水の美味さは下戸知らずだ。アヽうまいうまい、水も漏らさぬ二人の恋仲、媒酌人も無しに自由結婚と洒落たのだから、此の杓を媒酌人と仮定して先づ一杯やりませう。何程しやくだと云つても、顕恩郷を遠く離れた此の島、二人の恋仲に水差す奴も滅多にあるまい。併し乍ら小糸姫が時々癪を起すのには、一寸俺も困る………「もしわが夫様、癪がさしこみました。どうぞ御介錯を願ひます」………なんて本当になまめかしい声を出しやがつて、俺は何時もそれが癪に障………らせぬワ。アヽうまいうまい』
と、汲んでは飲み汲くんでは飲み一人興がりゐる。
 斯かる処へ黒ン坊の一人現はれ来り、
『モシモシ友彦様、女王様が夜前船に乗つて何処かへ往かれたのを、貴方御存知で御座いますか』
と聞くより友彦は真蒼になり、
『何ツ、小糸姫が船に乗つて此処を去つたとは、そりや本当か』
『何私が嘘を申しませう。チヤンーとモンーの二人が、櫓櫂を操り港を船出しましたのを、月夜の光に慥に見届けました。私ばかりでない、四五人のものがみんな見て居りますよ』
『ソンナラ何故早速知らして来ぬのだ』
『早速知らせに参つたのですが、御承知の通り此の急坂、さう着々と来られませぬワ』
『さうして小糸姫は何処へ往つたか知つて居るか』
『そこまではハツリしませぬが、何でも舳を印度の国の方へ向けて出られましたから、大方露の都へ御越しになつたのでせう』
 友彦は両手を組みウンウンと吐息を吐き、両眼より粗い涙をポロリポロリと溢して居る。暫くして友彦は立上り、
『おのれチヤンー、モンーの両人、大切な女房を唆かし、何処へ遁げ居つたか、たとへ天をかけり、地を潜る神変不思議の術あるとも、草をわけても探し出し、女房に会はねば置かぬ。其時にチヤンー、モンーの二人を血祭りに致して呉れむ』
と狂気の如く荒れ狂ひ、鍋、釜、火鉢を投げ、戸障子に恨みを転じ、自ら乱暴狼藉の限りを尽し、家財を残らず滅茶苦茶に叩き毀し、小糸姫の残し置いた衣服や手道具を引裂き、打砕き、地団駄踏んで室内を七八回もクルクルと廻り狂ひ、目を廻してパタリと倒れた。
 黒ン坊の一人は驚いて側に駆寄り、
『モシモシ友彦様、狂気めされたか。マア気を御鎮めなされ、何程焦つても追ひつくことは出来ますまい。何れ印度の国の露の都に市彦と云ふ名高い宣伝使が居られますから、其処へ大方御越しなつたのでせう』
 友彦は此声にハツト気がつき、
『何ツ、市彦が何うしたと云ふのだ』
『大方女王様は露の都の市彦の館へ御越しになつたのだらうと、皆の者が噂を致して居りましたと云ふのです』
『それは貴様、よく知らせて呉れた。さア、駄賃をやらう』
と金凾を開き見れば、こは如何に、空ツけつ勘左衛門、錏一文も残つて居ない。凾の底に残つた折紙を手早く掴み披き見て、
『アヽ何だか些も分らない。スパルタ文字で………意地の悪い、俺の読めぬのを知り乍ら、遺書をして置きやがつたのだらう。併しこれは後の証拠だ。大切にせなくてはならない』
と守り袋の中に大事相にしまひ込み、黒ン坊に案内させ、一生懸命にシロ山の急坂をドンドン威喝させ乍ら、大股に降り行く。
 漸くシロの港に駆ついた。滅法矢鱈に黒ン坊と二人がマラソン競走をやつた結果、港に着くや、気は弛みバツタリと此処に倒れて了つた。港に集まる黒ン坊は二三十人寄つて集つて水をかけたり、鼻を捻ぢたり、いろいろとして漸く気をつけた。
 友彦は四辺ヨロヨロ見廻し乍ら、
『オー此処はシロの港だ。さア、汝等一時も早く船の用意を致し、印度の国へ送れ』
『賃銭は幾何呉れますか』
『エーコンナ時に賃銭の話どころか、一刻も早く猶予がならぬ。賃銭は望み次第後から遣はす。さア、早く行け』
と急き立てる。
 友彦の懐中は実際無一物であつた。八人の黒ン坊は八挺櫓を漕ぎ乍ら矢を射る如く友彦の命のまにまに印度洋を横切り、印度の国の浜辺へ漸く着いた。此処は真砂の浜と云ひ遠浅になつてゐる。船は十町ばかり沖にかかり、それより尻を捲つて徒歩上陸する事となりゐるなり。
『モシモシ大将さま、賃銭を頂きませう』
『ウン一寸待て、賃銭はシロの港まで帰つた時、往復共に張りこんでやる。二度にやるのは邪魔臭いから、此処に船を浮かべて待つてゐるがよからう』
『さうだと云つて………露の都までは二日や三日では往けませぬ。往復十日もかかるのに、コンナ処に待つてゐられますかい』
『待つのが嫌なら先へ帰つてシロの港で待つてゐるがよからう。帰途には又他の船に乗るから………』
『ソンナ事を言はずに渡して下さいなア。女房が鍋を洗つて待つてゐるのですから』
『実は金をあまり周章て忘れて来たのだ』
『ヘンうまいこと云ふない。女王にスツパ抜けを喰はされ、金も何も持つて遁げられたのだらう。今までは女王様の光りで、貴様を尊敬して居つたが、モー斯うなつちや誰が貴様に随ふものがあるか。金が無ければ仕方がない。貴様の身につけたものを残らず俺に渡せ。グヅグヅ吐すと、寄つて集つて此の海中へ水葬してやらうか』
『エー仕方が無い、ソンナラ暑い国の事でもあり、裸でもしのげぬ事は無いのだから、これなつと持つて行け』
とクルクルと真裸になり、船の中に投げつけたるに黒ン坊は、
『ヨー思ひの外立派な着物だ。何分金にあかして拵へよつた品物だから………オイその首にかけて居る守り袋を此方へ寄越せ』
『之に貴様等が手を触れると、忽ち身体がしびれるぞ。さア持つて行け』
と首を突き出す。八人の黒ン坊は、
『ヤア、ソンナ怖ろしいものは要らぬワイ。勝手に持つて行け』
と云ひ捨て遠浅の海に友彦を残し、八挺櫓を漕ぎ、紫の汐漂ふ海面を矢の如く帰つて行く。
 友彦は砂に足を没し、已むを得ず首に守袋をプリンと下げ、飼犬よろしくと云ふスタイルで、遠浅の海をノタノタと、四つ這ひになつて岸辺を指して進み行く。
(大正一一・六・一四 旧五・一九 外山豊二録)
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