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文献名1霊界物語 第24巻 如意宝珠 亥の巻
文献名2第2篇 南洋探島よみ(新仮名遣い)なんようたんとう
文献名3第7章 メラの滝〔737〕よみ(新仮名遣い)めらのたき
著者出口王仁三郎
概要
備考
タグ データ凡例 データ最終更新日2021-08-01 16:50:53
あらすじ南洋一の竜宮島とも讃えられるアンボイナ島は、雄島と雌島に分かれている。この地方の島には良い水がないのだが、アンボイナ島だけは島の至るところに清泉が湧き出している。雌島にはまた雄滝と雌滝(メラの滝)が懸っている。雌滝は人口の滝である。蜈蚣姫と高姫の一行は、三個の宝玉はこの島に隠してあるだろうと慌てて上陸した。しかし船を磯端につないでおくことを忘れてしまったため、船はたちまち沖に流されてしまった。そうとも知らない一行は島の奥地へと進んで行った。清らかな水で水垢離を取り、当たりの木の実を食べて元気が回復した一行は、玉への執着に憑かれて、それこそ島中の石や土をひっくり返して玉探しを続けた。その期間はほとんど三ケ月に及んだ。蜈蚣姫と高姫は今度は磯辺に降りて大石小石を残らずひっくり返したが、玉らしきものはどこにも見当たらなかった。スマートボールがようやく船が無いことに気づいて、蜈蚣姫と高姫に報告した。高姫は船の管理責任者を言いつけていた貫州に尋ねるが、貫州は高姫の本守護神が船を放り出せと言ったのだ、と答える。蜈蚣姫に責任を問われた高姫は、捨て鉢になって、この島で天寿を楽しめば良いだの、海賊船が来たら奪えばいいだのと言って寝転がってしまう。バラモン教徒たちは高姫の我の強さにあきれてめいめい適当な場所に身を横たえて腰を据えた。高姫は雄滝の麓に横たわって夢を見始めた。起きてみると辺りに誰もいないが、蓑笠などは置いてある。高姫は雌滝の方へと探しに歩いて行くが、濃霧に包まれてしまう。高姫は雌滝の側にしゃがんで、バラモン教の連中はどうなってもよいが、貫州に会わせてくれ、と祈願する。貫州は雌滝の上に座っていたが、高姫のこの祈願を聞くと、濃霧を幸い造り声をして日の出神の託宣を始めた。高姫は自分こそ日の出神だと逆に説教を始める。貫州はおかしさに耐えかねて、押し殺した笑い声を発する。高姫は貫州の笑い声をいぶかしみ、邪神の仕業と思ってますます叱り出す。そこへ蜈蚣姫がやってきた。貫州はまた造り声をしながら、高姫はバラモン教徒と表面心を合わせているだけで、実際には玉が手に入れば蜈蚣姫などはどうでもよいのだろう、と託宣する。高姫は迷惑そうな顔をして、蜈蚣姫に邪神が仲たがいをさせようと思って言っているのだから気をつけるように、と釈明する。貫州は日の出神の声色で、蜈蚣姫に対して高姫に気をつけるように言ったり、蜈蚣姫の過去の行動を非難したりと二人を翻弄している。すると島特産の巨大な熊蜂が飛んできて、高姫の頭にぶつかって蜈蚣姫の鼻に当たった。蜂は蜈蚣姫の鼻を針で刺した。蜈蚣姫は高姫が不意打ちを食わせたと思って、バラモン教徒を呼んだ。高姫は一生懸命自分ではないと釈明する。貫州は、まだ滝の上から日の出神の託宣の真似をして滑稽なことを言っている。やがて濃霧が晴れてきた。貫州は顔を見られまいとした途端に足を踏み外して、高姫の側へ落ちてきた。高姫に見咎められた貫州は、高姫の本守護神が自分にうつったのだと誤魔化す。二人は、蜂に刺されて苦しんでいる蜈蚣姫を介抱しようとするが、蜈蚣姫は高姫が近づいてきたのを幸い、腹立ち紛れにかきむしった。バラモン教徒たちはその場へ集まってきて、この光景を見てポカンと立ち尽くしている。そこへ三五教の宣伝歌が聞こえてくる。
主な人物 舞台 口述日1922(大正11)年07月02日(旧閏05月08日) 口述場所 筆録者加藤明子 校正日 校正場所 初版発行日1923(大正12)年5月10日 愛善世界社版103頁 八幡書店版第4輯 649頁 修補版 校定版105頁 普及版48頁 初版 ページ備考
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本文  瀬戸の海、小豆ケ島を船出してより、大島、琉球島、台湾、ヒリツピン群島をいつしか越えて、南洋一の竜宮島と聞えたる、アンボイナ島の一角に高姫の一行は漸く到着したり。
 総て此方面には濁水漲り飲料水は唯天水を受けて使用するのみである。然るに此島計りは竜宮島と称するだけありて、島の到る所に清泉湧き出で、且つ島は二つに分かれ雄島、雌島と称へられて居る。雌島の方には釣岩の滝、一名雄滝、及びメラの滝、一名雌滝の二つの竜琴が懸つて居る。さうして雄滝の方は岩と岩との間より囂々として流れ落ち、雌滝の方は大木の根本より湧き出づる稍細き水を、人工をもつて筧を作り滝として居るのである。此島は世界の所在草木繁茂し、数多の屹然たる岩島の中に樹木蒼然として特に目だつた宝島である。酷熱の夏の日も此滝の辺に往けば樹葉天を封じ、瀑は淙々として清く落下し、万斛の涼味を湛へたる実に南洋第一の天国浄土とも称すべき聖地なりける。
 高姫、蜈蚣姫は第一に此島に目をつけ、玉能姫が匿し置いたる三個の宝玉は、テツリ此島に納まりあるならむと、既に既に宝玉を手に入れた如く喜び勇み、先を争うて上陸し、雄滝の方に向つて歩を進めた。余りの嬉しさに船を磯端に繋ぐ事を忘れた。折柄の稍強き風に、船は一瀉千里の勢で沖の彼方に流れ去つて仕舞つた。されど一行は船の流れたる事を夢にも悟らず、意気揚々として釣岩の滝の麓に進み、汗染んだ着衣を脱ぎ捨て、我一に涼味を味はむと滝壺に飛び込み、一生懸命に蘇生した気持で神言を奏上し始めたり。
 三日三夜一同は水垢離をとり元気も恢復し、四辺の新鮮なる木の実を食ひ勢頓に加はり、弥全島残らず玉の捜索に係る事となつた。高姫は雌島を、蜈蚣姫は雄島と部署を定めて、些しにても怪しき石と見れば引き剥り、山の芋を掘るやうに、こぐちから掻き廻し、此島に毛氈の如く敷き詰めたる麗しき青苔を残らず引繰返したるに、苔の下よりは怪しき形したる蛇、蜈蚣、守宮、蜥蜴の類間断なく現はれ来り、高姫其他一同の体を目蒐けて飛びつき喰ひつく嫌らしさ、されど玉の行方に魂を抜かれた一行は何の頓着もなく『惟神霊幸倍坐世』を口々に唱へながら、時間を構はず疲れては休息し、喉が渇けば水を掬ひ、腹が空けば随所の果物をむしり喰ひながら、向上虫が梅の大木を一葉も残らず食ひ尽すやうな勢で、島山の頂きまで残らず土を引繰返し、苔を剥り捜索し終りたり。其間殆ど三ケ月を要したりける。
 高姫、蜈蚣姫は執念深くも今度は磯辺に下り、大石小石をこぐちより一つも残さず引繰り返し調べ見たれど船虫や蟹計りで、玉らしきものは一つも見当らざりけり。流石の高姫、蜈蚣姫も根気尽き、又もや雄滝の麓に集まり来り、胴を据ゑて水垢離にかかる事となりぬ。磯辺を各自調べながら玉に心を取られて、乗り来りし船の影だに無き事に気の付く者は一人もなかりけり。
 七日七夜ばかり滝壺を中心に水垢離を取つて居たスマートボールは、一人海辺に出でよくよく見れば船の姿なきに打ち驚き、島の廻りを何回となく廻つて調べ見たるが、一向見当らず、驚いて滝壺の前に現れ来り、
『高姫様、蜈蚣姫様、大変で御座います』
と顔色を変へて云ふ。蜈蚣姫は口を尖らして、
『大変とは何だエ、玉の所在が分つたのか』
『ソンナ気楽な事ですかいな。船が薩張逃げて仕舞ひましたよ』
『何、船が逃げた……なぜ追つかけて引張つて来ぬのだい』
『逃げたか沈みたか、皆目行方が分らないのですもの』
『そりや大変だ、高姫さま、何うしませう』
『さてもさても気の利かぬ者計りだな。……これ貫州さま、お前は船の責任者だ。一体何うして置いたのだい』
『何うも斯うもありませぬワ。日の出神様が私に憑つて船をかやせと仰有つた。それ故高姫さまの本守護神の御命令によつて、何処なりと勝手に往けと放り出しました。あの船は竜宮の一つ島に着くのが目的だから、遊ばして置くのも勿体ないと思つて、独り活動さして置きましたよ。やがて目的を達するでせう』
『お前は何と云ふ馬鹿なのだ、船計り行つた処で、我々の肉体が往かねば何にもならぬぢやないか。船が無ければ、何時迄も此島に蟄居して居らねばならぬぢやないかい』
『それでも貴女は人間の肉の宮は神の容器と仰有つたでせう。日の出神様も、大黒主命も、蜈蚣姫様の本守護神も、今頃はあの船に乗つて、目的地に安着して居るでせう。此島に上つてから百日以上になりますから、何程遠くても最早一つ島に到着し、そろそろ帰つて来る時期ですから、さうやきもき云はずに待つて居なさるが宜しからう』
と態と平気な顔をして見せる。
『何と間の抜けた男だなア。……高姫さま、流石は貴女の御家来ぢや。抜け目のない理屈計りはよく捏ねますね。一体何うして下さる』
『此処は南洋の竜宮島、澆季末法の世の中には諸善竜宮に入り給ふと云ふからには、妾等は善一筋の誠の神だから、この竜宮島を永遠の住家として、天寿を楽しまうぢやありませぬか』
『ようも……負惜しみの強い事が云へますぢやい。………三つの宝玉は何うなさる積りだ』
『それは飽迄も探さねばなりませぬ。まア見とりなさい、おつつけ神様が妾等の神徳に感じ、船を持つて迎ひに来て下さるのは鏡にかけて見るやうなものだ。刹那心を楽しむで、取越し苦労をせないやうにして下さい』
『何だか船が無いと来ては、何程結構な竜宮島でも気楽に暮す気にはなれぬぢやありませぬか。……アヽ俄に綺麗な山も嫌な色になつて来たワイ。美しい滝の景色も地獄のやうな気分がしだした。アヽ此結構な島が船のやうに動いて、俺達を何処かの大陸へ送つては呉れまいかなア。スマートも心配ぢやワイ』
『まア愚図々々云はずに待つて居なさい。海賊船でも来たら、それでも占領して乗つて行けばよいぢやないか。何事もなるやうにしか成らぬ世の中だ』
と稍捨鉢気分になり、青草の上へ身を打つ付けるやうに、不行儀に高姫は寝転むで仕舞つた。
『エヽ何処迄も徹底した自我の強い婆アだなア』
とスマートは小声に呟きながら密林の中に姿を匿したり。蜈蚣姫其他一同は、思ひ思ひにこの島山を捨鉢気分になつて駆廻り、適当な場所に身を横へて、因果腰を定める事となりぬ。雄滝の麓に高姫は唯独り横はつた儘遂に夢路に入りけり。………
 高姫は漸く目を醒し四辺を見れば、一人の人影も無きに驚き、
『サア大変、誰も彼も腹を合せ此高姫を置去にして、流れて来た船にでも乗つて逃げたに相違あるまい。アヽ頼み難きは人心。……貫州の奴、此高姫に一言も答へず、逃げ帰るとは不親切極まる。併し乍ら余り口汚く叱りつけたものだから、根に持つて復讐をしようとしたのだらう。エヽ仕方がない』
と四辺を見廻せば、蓑笠などが其処に残つて居る。
『ハア、矢張何処かへ行つたのだな。何処へ匿れても此島中には居るだらう。まアまア皆の者共が早く此処へ帰つて来るやう御祈念でも致しませう』
と独言ちつつ雌滝の傍に進み寄る。折柄の濃霧に包まれて、一尺の先も見えないやうになり来たりぬ。高姫は雌滝の傍に蹲踞みながら、両手を合せ祈願を始めたり。
『第一番に力と頼む貫州の行方が分りますやう。蜈蚣姫其他の連中は神界の御都合に依つてお匿し遊ばすなら、たつてとは申しませぬ。兎も角も必要なは貫州一人、何卒彼だけなりと私の傍に引き寄せて下さいませ。何分小さい島と申しても、十里も周つた此浮島、容易に探し当てる事は出来ますまい。何卒御神力をもつて、一時も早くお引き寄せを願ひ奉ります』
 メラの滝の上にチヨコナンとして、滝水を弄つて居つた貫州は、高姫の此祈り声を聞いて造り声をしながら、
『此方は、誠の生粋の日本魂の日の出神であるぞよ。其方は日の出神と申せども、実は三千年の劫を経たる古狸の霊が宿つて居るのであるぞよ。よく胸に手を置いて思案を致せよ。汝の改心が出来たなら、いつ何時なりとも、其方の前に貫州一人現はして見せうぞ。何うぢや、もう今後は日の出神様呼ばはりは致さぬか』
『貴方は日の出神様と今仰有つたが、そりや違ひませう。真の日の出神は此高姫の肉体にお憑り遊ばし、大黒主命と半分同志の霊魂が一つになつて高姫と現はれ、世界中の事を調べぬいて、神政成就の土台となる結構な身魂でありますぞ。いづれの神か知らねど、よく審神をして下さい。真の事を知つた神は、世界に一神よりか無いとお筆に出て居ますぞ。枝の神の分際として何が分つて堪らうぞい。改心なされ足許から鳥が立ちますぞえ』
 貫州は余りの強情に愛想を尽かし、且つ可笑しさに吹き出さうとしたが、歯を喰ひしばり気張り居る。歯は『ー』、喉許で笑ふ声『ウ』と体中に波を打たせ蹲踞んで気張り居る。高姫は滝の下より、
『エヽ油断のならぬ。何程諸善神の集まる竜宮島でも、寸善尺魔とか云ふ悪神が高姫の気を引きに来よつたな。併し乍ら高姫の弁舌、否言霊に、仕方なく四足の性来を現はし、……ー、ウ……と啼いてゐやがる。野良鼠か、栗鼠か、鼬か貂か、又も違つたら豆狸か、一時も早く此場を立ち去れ。日の出神の生宮の前も憚らず、四足の分際として高い所に上ると云ふ事は、天地顛倒も甚だしい。シイシイ』
と頻りに歯の脱けた口から唾を飛ばしながら叱つて居る。貫州は益々可笑しさに耐へ兼ね、脇の辺りで『ウ』と笑ひ出したり。此処へ濃霧の中を両手を前に突き出し、盲が杖無くして歩くやうに、探り足にやつて来たのは蜈蚣姫なりき。貫州は皺嗄れ声を出し、
『如何に高姫、汝の願ひ叶へてやらう。其方は蜈蚣姫を此島に一人残し置き、貫州を連れて逃げだした方が都合がよいとの意志を表示したであらう。表面は蜈蚣姫とバツを合せて居るが、其方の心の中は決してバラモン教では無い事はよく分つて居る。唯三個の玉さへ手に入れば、蜈蚣姫は何うでもよいのだ。何うだ、神の申す事に間違ひあるまい』
 高姫は聊か迷惑顔しながら、
『モシモシ蜈蚣姫様、何処に居られましたの。私はどれだけ心配したか分りませぬワ。ようマア無事でゐて下さいました。此通り濃霧に包まれて一尺先は分らぬやうな事で御座いますから、種々の枉津が現はれて、今お聞きの通り貴女と私の仲を悪くし内輪喧嘩をさせ、内部から結束を破らせようとするのだから、用心なさいませや』
 滝の上から貫州は、
『蜈蚣姫とやら、高姫の口車に乗るなよ。真の日の出神此処にあり』
『ハイ、有難う御座います。貴神のお言葉は寸分間違ひはありますまい。私はこれから気をつけます。……モシモシ高姫さま、神様は正直ですな。国城山の岩窟で貴女が俄に豹変的態度を取つた時から、一癖ありと始終行動を監視して居りました私の案に違はず、今真の日の出神様が証明して下さいました。サア如何です。これ高姫さま、返答がありますか』
 貫州は霧の中より、
『蜈蚣姫も蜈蚣姫だ。高姫を巧く利用して玉を探させ、其上にて巧くボツタクリ、高姫に蛸の揚げ壺を喰はす所存であらうがな。神は汝の申す如く正直一方、嘘はチツトも申さぬぞよ』
 高姫はしたり顔、
『蜈蚣姫さま、それ御覧、貴方こそ腹が悪いぢやありませぬか』
『悪と悪との寄り合ひだもの、云ふだけ野暮ですよ。オホヽヽヽ』
と笑ひに紛らす。
 此時この島の特産物たる五寸許りの熊蜂が、『ブーン』とうなりをたてて高姫の頭に礫の如く衝突し、勢あまつて蜈蚣姫の鼻柱に撥ね返され、蜂は一生懸命に鼻にしがみつき鼻の孔を鋭利なる剣にてグサリと突き立てた。蜈蚣姫は『アイタヽヽ』と云つたきり、両手に鼻を抑へて其場に倒れた。蜈蚣姫は高姫が鉄拳で鼻柱を目蒐けて喰はした事と思ひつめ、
『悪逆無道の高姫、不意打を喰はすとは卑怯千万。やア、スマートボール其他の者共、早く来つて高姫を縛り付けよ』
と呶鳴りゐる。見る見る顔は脹れ上り、鼻も目も口も腫れ塞がりにけり。高姫は驚いて、
『モシモシ蜈蚣姫さま、妾ぢやありませぬ。熊蜂が噛むだのです。何卒悪く取つて下さいますな』
 滝の上の霧の中より、
『蜈蚣が蜂に刺されたぞよ。是を見て高姫改心を致されよ。雀ケ原に鷹が降りたやうな横柄振を今迄発揮して居たが、高姫の目を又熊蜂に刺さしてやらうか。此方は熊蜂の精霊であるぞよ。其方は余り慢心が強い故に、両人互に他人の頭の上に上らうと致して居るから、こんな戒めに遇うたのぢや。それ程偉い者になつて人の頭に上りたくば、天井裏の鼠になつと成つたがよからう。人が除けて通るやうな御神徳が欲しいと申して、南洋三界まで玉を探しに参り、それ程偉くなり度くば肥担ぎになれ。誰も彼も皆除けて通るぞよ。も一つよい事を教へてやらう。泥棒になれば人が恐れるぞよ。神徳を得て人を恐がらし度くば何の手間暇は入らぬ。鉄道を噛り砂利を喰ひ、鋼鉄艦を呑むやうな達者な歯になれ。さうすれば世界の奴は其方に対して歯節は立たぬぞよ。またも間違つたら癩病患者、疥癬患者になれ』
と『ウ ウ』と喉の中で笑うて居る。突然涼風吹き起り、四辺を籠めた濃霧は俄に晴れて遠望千里の光景となつて来た。貫州は驚いて高姫に顔を見られじと袖に面部を被ひ乍ら走り行く途端に踏み外し、高姫の足許にドスンと落ちて来た。高姫は『ヤツ』と云うて二歩三歩後へ飛び退き、よくよく見れば貫州なりける。
『ヤア、お前は貫州かイナア。何だか合点がゆかぬと思つてゐたら何と云ふ悪戯をするのだイ。罰は覿面、これこの通り逆とんぼりを打つて苦しまねばならうまいがなア』
『ヤアもう誠に不都合千万で御座いました。何分守護神が現はれたものですから』
『馬鹿を云ひなさるな。二つ目には守護神々々々と口癖のやうに……其手は喰ひませぬぞエ。それよりも今の中に船に乗つてサアサア玉探しにゆきませう』
『蜈蚣姫様が蜂に刺されて此通り苦しみて御座るのに、何うするつもりですか。神様の道は敵でも助けるのが法ぢやありませぬか。さうして船に乗らうと云つた処で船が無いぢやありませぬか』
『アヽさうだつたなア。ほんとにほんとにお気の毒な事になつたものだ。蜈蚣姫さま、何卒早く全快して下され』
と蜈蚣姫の背中を撫で、次に胸を撫でて慰めてやらうとする。目も鼻も口も腫れて化物のやうになつた蜈蚣姫は、鷲のやうになつた爪を立てて、高姫の手が体に触つたのを目当に力限り掻きむしる。高姫は顔を顰めながら血潮の滴る手を押へ、草をもつて血止めの用意とくるくる捲きつけゐる。
 スマートボール、久助、お民其他の従者共は、濃霧の晴れたのを幸ひ此場に駆け来り、二人の態を見て驚き、口をポカンと開けた儘言をも云はず立ち居る。この時磯端に当つて、涼しき三五教の宣伝歌が聞え来たりぬ。果して何人の声ならむか。
(大正一一・七・二 旧閏五・八 加藤明子録)
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