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文献名1霊界物語 第24巻 如意宝珠 亥の巻
文献名2第3篇 危機一髪よみ(新仮名遣い)ききいっぱつ
文献名3第10章 土人の歓迎〔740〕よみ(新仮名遣い)どじんのかんげい
著者出口王仁三郎
概要
備考
タグニユージランド(ニュージーランド) データ凡例 データ最終更新日2021-08-04 20:29:09
あらすじ玉治別の漕ぐ船は、ニュージーランドの沓島にやってきた。上陸した一行は、島の人々の歓迎を受けた。友彦は言葉の通じないのを幸い、木の上に登って口から出任せの言葉を叫んだ。友彦の出鱈目の言葉は、島の人々には、玉能姫と初稚姫は尊い女神であり、蜈蚣姫は一つ島の女王の母上だ、と聞こえた。そのため玉能姫、初稚姫、蜈蚣姫は非常に歓迎を受けた。玉治別やスマートボールも樹上に登って出鱈目な言葉を叫ぶ。スマートボールが叫ぶと、島の人々は高姫を取り囲んで尻をまくって馬鹿にし始めた。高姫は怒るが、高姫の言葉は島の人々にはまったく通じなかった。玉能姫は、樹上の玉治別に、すぐに一つ島に行かなければならないと告げた。島の人々は一斉に散って、豪華な船をしつらえて持ってきてくれた。島の人々は玉能姫、初稚姫、蜈蚣姫らを豪華な船に乗せた。玉治別らは自分たちが乗ってきた船に乗った。島の人々はなぜか、高姫とチャンー、モンーだけは泥舟に無理矢理乗せてしまった。島の人たちは船を漕いで、一行を一つ島に案内した。玉治別は島の神霊に感じて、南洋語をにわかに感得し、島の言葉で宣伝歌を歌った。島人たちはこれを聞いて、感涙に咽んだ。一つ島に着くと、ニュージーランドの酋長は一つ島の黄竜姫に到着を告げに先に出立した。他の人々は丁重に手車に乗せられて案内されたが、高姫だけは道中非常に侮辱を受けながら連れて行かれた。黄竜姫の使いとしてブランジーが現れ、蜈蚣姫を輿車に乗せ変えて迎えた。一行は城内に入った。玄関にはクロンバーがいた。玉能姫、初稚姫は黒姫だと気が付き、声をかけた。黒姫は南洋に玉を探しに出ていた経緯を語ったが、今は黄竜姫の宰相として仕えていると権力を楯にして、三五教の面々を見下した態度をあらわにした。そこへ、惨めな姿で高姫が現れた。高姫を認めた黒姫、高山彦は、お互いに涙を流して喜び合い、手を取って城の中へ姿を隠した。この様を見て、玉治別、初稚姫、玉能姫ら一行は密かに裏門から城外にのがれ、裏山の森林に姿を隠して休息した。
主な人物 舞台ニュージーランド(沓島)、地恩城(地恩郷) 口述日1922(大正11)年07月03日(旧閏05月09日) 口述場所 筆録者加藤明子 校正日 校正場所 初版発行日1923(大正12)年5月10日 愛善世界社版164頁 八幡書店版第4輯 672頁 修補版 校定版168頁 普及版76頁 初版 ページ備考
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本文  南洋一の竜宮島  アンボイナをば後に見て
 救ひの船に身を任せ  進み来れる高姫や
 蜈蚣の姫の一行は  夜を日に継いでオセアニヤ
 一つ島根に渡らむと  心勇みて漕ぎ来る
 時しもあれや海中に  すつくと立てる岩島を
 左手に眺めて進み行く  俄に海風吹き荒び
 浪高まりて船体を  操る術も無きままに
 浪を避けむと岩島の  蔭に漕ぎつけ眺むれば
 怪しき影の唯二つ  何者ならむと立ち寄つて
 素性を聞けば錫蘭島の  チヤンー モンー 両人が
 顕恩城の小糸姫  竜宮城へ送る折
 俄の時化に船を破り  茲に非難し居たりしを
 漸く悟り高姫は  日頃探ぬる神宝の
 匿せし場所は此島と  疑惑の眼光らせつ
 二人の男を引つ捉へ  ためつ賺しつ尋ぬれど
 元より訳は白浪の  中に漂ふ二人連れ
 取つく島も泣き寝入り  蜈蚣の姫は両人が
 話を聞いて仰天し  小糸の姫は世の中に
 もはや命は無きものと  悲歎の涙に暮れながら
 船底深くかぢりつく  ころしもあれや南洋に
 其名も高き一巨島  テンカオ島は海中に
 大音響と諸共に  苦もなく沈みし勢に
 海水俄に立ち騒ぎ  水量まさりて魔の島を
 早一呑みに呑まむとす  高姫其他の一同は
 九死一生の苦しみに  生きたる心地も荒浪の
 肝を潰せる折柄に  黄昏時の海原を
 声を目当に進み来る  救ひの船に助けられ
 やつと安心胸を撫で  進む折しも玉能姫
 初稚姫や田吾作の  助けの船と悟りてゆ
 高姫持病は再発し  竹篦返しの減らず口
 頤を叩くぞ憎らしき  あゝ惟神々々
 神の恵は何処までも  悪の身魂も懇に
 誠の教に導きて  救ひ給ふぞ有難き
 玉治別の漕ぐ船は  夜に日を重ねてやうやうに
 ニユージランドの沓島の  磯端近く着きにけり
 浪打ち際に近づけば  思ひもよらぬ高潮の
 寄せては返す物凄さ  船の操縦に悩みつつ
 スマートボールや貫州や  チヤンー モンー諸共に
 汗を流して櫂を漕ぎ  漸く上陸したりける
 あゝ惟神々々  御霊の幸ぞ尊けれ
 神の恵ぞ畏けれ。
 物珍らしげに島の土人は小山の如く現はれ来り、口々に手を打ち「ウツポー、クツター クツター」と叫びゐたり。これは「珍しき尊き神人来り給へり」と云ふ意味なり。一同は「ウツポー、クツター クツター」の諸声に送られ、禿計りの島に似合はず、樹木鬱蒼たる大森林の樹下に導かれ、珍しき果物を饗応され、神の如くに尊敬されたりける。
 友彦は得意満面に溢れ、言語の通ぜざるを幸ひ、猿の如く大樹の枝にかけ登り、懐より麻を取り出し左右左に打ち振りながら、
『ウツポツポー ウツポツポー、テンツルトウ テンツルトウ、チンプクリンノチンプクリン、プクプクリンノプクプクリン、ペンコ ペンコ、チヤツク チヤツク、ジヤンコ ジヤンコ、テンツルテンノテンツルトウ、トコトンポーリー トコトンポーリー、カンカラカンノケンケラケン、高姫さまのガンガラガンノコンコロコン、蜈蚣姫のパーパーサン、コンコンチチン、コンチチン、小糸の姫の婿様は、トントコトンの友彦が、ウツパツパー ウツパツパー、シヤンツクテンテンツクテンテン、ンプクリンノフクリンリン』
と囀り初めたり。数多の土人は一行中の最も貴き神と早合点し、随喜の涙を零し合掌しゐたり。スマートボールは又もや駆け登り、矢庭に木の枝を手折り、左右左に打ち振り、
『ウツポツポー ウツポツポー、ンライライノクタクタライ、ンプクリンノンライライ、ウツポツポー ウツポツポー』
と囀り出したり。スマートボールは自分の云うた事を自分ながら些とも解して居ない。されど土人の胸には、先に上つた友彦よりも最上位の神たる事を悟りたり。友彦は又もや、
『ウツポツポー、ペンペコペン、ウツポツポ、パーパーサン、エツポツポー、エツポツポー』
と囀り出したり。是は土人の言葉に対照すると、
『二人の女は真の平和の女神だ。さうして若い方の婆アは悪党だ。色の黒い婆アは一つ島の女王の母上だ』
と云ふ意味になる。数多の土人は蜈蚣姫の前に跪き、手を拍ち嬉し涙に暮れながら恭敬の意を表し、踊り狂ひ、其次に玉能姫、初稚姫を胴上げにし「エイヤ エイヤ」と声を揃へて森の木蔭を舁ぎ廻り、踊り狂ふ其可笑しさ。玉能姫、初稚姫は様子分らねど、兎も角も自分等を尊敬せしものたる事は、其態度に依つて悟る事を得たりける。
 森林の最も高き所に七八丈許りの方形の岩が、地の底から湧き出たやうに現はれ居たり。其上に玉能姫、蜈蚣姫、初稚姫の三人を舁ぎ往き、種々の果物を各自に持ち来り、所狭き迄並べ立て、此岩を中心に踊り狂ひ廻つた。残りの一隊は大樹の下に移り往き、何事か一生懸命に祈願し初めたり。
 玉治別は一向構つて呉れないのに稍悄気気味となり、又もや樹上に駆け登り木の枝を手折つて、前後左右に無精に打ち振り、
『ウツパツパーウツパツパー、ンライライノクタクタライ、ラーテンドウ ラーテンドウ』
と幾度も繰返しける。此意味は、
『吾は海底の竜神、今此島を平安無事ならしめむために現はれ来り』
と云ふ事になる。又もや土人は玉治別を一生懸命に拝み初めたり。スマートボールは、
『パーパーチンチン、パーチンチン』
と囀りぬ。数多の群集は各尻をまくり、高姫の身辺近く取り巻き「我臀肉を喰へ」と云ふ意味にて、
『パーパーントウ、ントウ、パーパーントウ、ントウ、パースパース』
と云ひながら御丁寧に一人も残らず尻をまくりて、三間許り四つ這になり、各此場を捨てて、初稚姫等が坐せる石の宝座の方に、先を争うて進み行く。
 樹下に蹲踞み、感涙に咽んで居る数十人の、残つた土人の敬虔の態度を眺めた高姫は、そろそろむかづき初め、
『これこれ此処の土人さま、お前は何と思つて居るか。あの先に登つた奴は友彦と云ふ、それはそれは恐ろしい、人を騙して金を奪り、嬶盗人をやつた悪い悪い男だよ。そして後から上つた細長い猿の様な男はスマートボールと云ふ、最前行つた蜈蚣姫の乾児の中でも一番意地くねの悪い代物だ。三番目に登つた奴は神でも何でもない。自転倒島の宇都山の里に、蚯蚓切りの蛙飛ばしを商売にする、田吾作と云ふ男だ。如何に盲千人の世の中だと云うても、取違ひするにも程がある。此中で一番尊い御方は日の出神の生宮たる此高姫だよ、取り違ひをするな』
と癇癪声を張り上げながら、自分の鼻先をチヨンと押へて見せたれど土人には何の事か一つも通ぜず、歯脱け婆が気を焦つて、尻をかまされた腹立紛れに怒鳴つて居るのだ位に解され居たり。一同の土人は高姫に向ひ、両手の食指を突き出し、左右の指を交る交る鼻の前に突出し、しやくつて見せたり。高姫も何事か訳が分らず、同じやうに今度は指を外向けにして、水田の中を熊手で掘るやうに空中を掻いて見せる。其スタイルは蟷螂の怒つた時の様子に似たりける。数十人の土人は何故か一度に頭を大地につけたり。高姫は調子に乗つて幾回となく空中を掻く。樹上の友彦は又もや、
『エツポツポー エツポツポー、パーパーチクリン、パーチクリン、ポコポコペンノポコポコペン、ペンポコペンポコ、チンタイタイ』
と叫べば、一同はムクムクと頭を上げ、日に焦けた真黒な腕をニウと前に出し、一斉に高姫に向つて突きかかり来る。此時玉治別は樹上より、
『エイムツエイムツ、ツウツウター』
と叫ぶ。一同は俄に腕をすくめ、力無げに又元の座に平伏し、樹上の三人に向つて合掌し、何事か声低に祈り居る。
 暫くありて玉能姫は、蜈蚣姫と共に初稚姫を中に置き、後前を警固しながら数多の土人に送られて、大樹の下に引き返し来りぬ。玉治別は調子に乗つて口から出任せに、
『ダールダール、ネースネース、ツツーテクテクテレリントン、ニウジイランドテテーポーポー、ツツーポーポ、タターポーポー、エーポーポー、エーツクエーツク、エーポーポー、エーツクエーツク、エーテイテイ』
と叫ぶや否や、土人の大多数は蜘蛛の子を散らすが如く此場を立ち去りにける。玉能姫は樹上を見上げながら、
『玉治別さま、スマートボールさま、早く下りて下さい、玉能姫は一つ島に往かねばなりますまい。サア早く早く』
と手招きするにぞ、三人は此声に応じて、ずるずると樹下に苦もなく下り来たりぬ。暫くありて土人は満艦飾を施したる立派な船を一艘と、其他に堅固なる船十数艘を率ゐ来り、中には至つて見苦しき泥船一艘を交ぜて居た。最も麗しき船に玉能姫、初稚姫、蜈蚣姫を丁寧に寄つて集つて舁ぎながら、恭しく乗せた。玉治別は我乗り来りし船に、スマートボール、友彦と三人分乗した。久助、お民は土人と共に麗しき船に乗せられた。チヤンー、モンー及び高姫は泥船に無理に捻込まれ、艫を漕ぎながら、数百人の土人は大船に満乗して、一つ島目蒐けて送つて行く。高姫は不平で堪らず、種々と言葉を尽して……日の出神の生宮を最も立派な船に乗せるのが至当だ、玉能姫ナンカは普通の船でよい……と身を踠いて喋り立てたが、土人には一向言葉も通じないと見えて、
『エツポツポー エツポツポー、パーパーチツク、パーチツク』
と云ひながら、一つ島目蒐けて進み行く。玉治別は船中にて宣伝歌を歌ひ初めたり。
『コーツーコーツーオーリンス  セイセイオウオウオウセンス
 チーサーオーサーツウツクリン  コモトヨコモト、カンツクリン
 ターツーテーツーテーリンス  ノウミス ノウミス ヨーリンス
 メースヤーツノーブクリン』
と歌ひ出しぬ。土人は此声に随喜の涙を澪し、手を拍つて合掌したり。この意味は、
『神が表に現はれて、善と悪とを立て別ける、此世を造りし神直日、心も広き大直日、唯何事も人の世は、直日に見直せ聞き直せ、身の過ちは宣り直せ』
と云ふ宣伝歌の直訳なり。玉治別は此島の神霊に感じ、俄に南洋の語を感得したるなりき。其他の一同も、残らず此島に上陸して神霊に感じ用語を悟りぬ。されど我慢にして猜疑心深き高姫には、一語も神より言葉を与へ給はざりしなり。船中は残らず南洋語で持ち切り、恰も燕の巣の如く「チーチーパーパー、ウ」の声に満たされ、漸くにして一つ島のタカ(テーク)の港に無事上陸したりける。
 土人の中にても最も羽振の利いた酋長のカーチヤンは、二三人の供人と共に辛うじて港に上陸するや否や、黄竜姫の鎮まる王城の都を指して、蜈蚣姫一行の到着を報告すべく、一目散に島内深く姿を隠しけり。
 初稚姫、玉能姫、蜈蚣姫は土人の手車に乗せられて、之を舁ぐやうな体裁で、「エツサアサア エツサアサア」と云ひながら都をさして送られて行く。玉治別は驢馬に跨がり、友彦其他を従へ悠々として土人の一隊に守られ進み行く。高姫は非常の侮辱と虐待を受けながら意気銷沈の体にて、恨めしげにとぼとぼと、どん後から随従て往く。往く事数十丁、前方より麗しき輿を舁ぎ、騎馬の兵士数十人、前後につき添ひ、威風堂々として来る真先に立てる勝れて背の高い男、馬上より、
『我こそは黄竜姫の宰相、ブランジーと申すもの、今日は女王の御母上蜈蚣姫様御来臨と承はり、これ迄お迎ひのため罷り越したり。……サア蜈蚣姫様、この輿にお乗り下さいませ』
とすすむるにぞ、蜈蚣姫は意外の待遇に嬉しさ余つて言葉も得出さず差俯むき居る。群衆は何の容赦もなく手車の儘輿の傍に近づき、御輿の戸を開けて、蜈蚣姫を乗らしめたり。初稚姫、玉能姫は土人の手車に乗りしまま輿の後に従ひ行く。
 行く事数十丁、忽ち黄竜姫の城内に一同迎へ入れられ、御輿は玄関の前に据ゑられける。此時黄竜姫はクロンバーを従へ玄関に立ち現はれ、輿より出づる蜈蚣姫の手を取り、嬉し涙を湛へながら奥深く姿を匿しけり。クロンバーは玄関に佇み、一行の姿を見やりながら、
『ヤアお前はお節ぢやないか。お初、何ぢや偉さうに手車に乗つて……慢神するにも程がある。ヤア田吾作、スマートボールに鼻の先の赤い男、ヤア何とした今日は怪態な日だらう。高山さまも高山さまだ、なぜコンナ代物を迎へ入れたのだらう……それにつけても高姫さま、酷い事を仰有つて私を追ひ出しなさつたが、嘸や今頃は心細く思うて居なさるだらう、アヽお哀憫しい。コンナ連中に遭ふのも嫌だが、高姫さまに何うかして一目遭ひたいものだ』
と独り呟き居る。玉能姫、初稚姫はクロンバーに向ひ、
『ヤア貴女は三五教の黒姫さまでは御座いませぬか、妾は初稚で厶います』
『ハイ、左様で御座います。世間は広いもの、自転倒島に居つて、皆さまに笑はれ譏られ、邪魔計りしられて居りましては真実の神力が出ませぬが、此広い島に渡つて来て自由自在に神力を発揮し、今では此通り立派な一国の宰相の北の方となりました。お前さまは矢張言依別命について自転倒島を宣伝に廻り、失敗の結果、又ボロイ事があらうかと思つて、南洋三界迄彷徨うて来なさつたのだな。ウンよしよし、世界に鬼は無い。改心さへ出来れば黒姫が助けて上げよう。窮鳥懐に入れば猟師も之を取らずと云ふ事がある。もうかうなつては今迄のやうに我を張らずに、お節……ハイ、……お初……ハイ……と云うて黒姫に絶対服従をなさるのが身の為めぢやぞエ。……お前は田吾作ぢやないか。矢張周章者は周章者ぢや。自転倒島ではもう相手が無くなつたかや。オホヽヽヽ、気の毒な事いのう』
 玉治別は余りの侮辱にむツとしたが、堪忍袋を押へて素知らぬ顔にて笑ひ居る。ブランジーの高山彦は馬に跨がり乍ら、
『ヤアヤア数多の人々、遥々御苦労なりしよ。城の馬場に沢山の酒肴の用意もしてあらば、自由自在に飲み食ひしてお帰り下さい』
 群衆はウローウローと云ひながら、雪崩を打つて城門を駆出し、広き馬場に列べられたる酒肴に舌鼓をうち、酔が廻るに連れて唄ひ舞ひ、踊り狂ひ、歓喜の声は天地も揺ぐ許りなり。
 高姫は悄々として、漸く玄関に現れ来り、黒姫の姿を見るより、矢庭に飛び込み獅噛みつき、
『アヽ貴女は黒姫様、お久しう御座います』
 また黒姫は、
『アヽ貴女は高姫様、会ひたかつた、懐かしや』
と他所の見る目も憚らず、互に抱きつき嬉し涙に掻き曇る。
 高山彦は馬を乗り捨て其場に現はれ、
『高姫さまですか、私は高山彦ですよ。ようまア来て下さいました』
と涙含み乍ら、二人の手を取り奥深く進み入る。玉治別、初稚姫、玉能姫其他の一同は裏門より密に逃れ出で、裏山の森林に姿を隠し息を休め居たりける。
(大正一一・七・三 旧閏五・九 加藤明子録)
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