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文献名1霊界物語 第24巻 如意宝珠 亥の巻
文献名2第4篇 蛮地宣伝よみ(新仮名遣い)ばんちせんでん
文献名3第13章 治安内教〔743〕よみ(新仮名遣い)ちあんないきょう
著者出口王仁三郎
概要
備考
タグ データ凡例 データ最終更新日2022-10-15 02:39:08
あらすじ初稚姫一行はネルソン山の山頂で祝詞を唱えていたとき、強風に吹き煽られて、山頂から墜落してしまった。一つ島は、ネルソン山より東側は黄竜姫が治めていたが、西側は猛獣毒蛇が多く、人が立ち入れない場所と考えられていた。しかし実際には、相当数に人間が住んでいたのである。この地に住む人々は、勇猛で身体大きく、男女共に顔面に刺青をしていた。これはこの地に多い猛獣や毒蛇を避けるためである。ジャンナの里のジャンナイ教は、肉食を厳禁し、肉食を犯した者はネルソン山西麓の谷間に集まって贖罪の生活を為していた。酋長の娘・照姫が、贖罪の道を教えるためにジャンナイ教の教主となっていた。ジャンナイ教には、鼻の赤い神が救世主として降る、という伝説があった。そこへ、ネルソン山の強風に吹き煽られた友彦が墜落してきた。友彦が息を吹き返すと、刺青をした人間たちが自分を取り囲んでいた。しかし自分を崇めているような様子から、これは自分を天から降った人種だと思って奉っているものだと日ごろの山師気を起こし、言葉が通じないのをよいことに、天を指差したり五十音を発生したりしてそれらしく振舞っていた。やがて友彦は、ジャンナイ教の照姫のもとに連れて行かれた。ジャンナイ教主である照姫だけは、刺青をしていなかった。そこで照姫と友彦は結婚の儀式を行い、祝いの歌が響き渡った。そこへ同じようにネルソン山から吹き落とされた玉治別が担ぎ込まれてきた。玉治別は友彦がわけのわからない言葉で歌っているのを聞いて、思わずふき出した。玉治別は言葉が通じないのをよいことに、友彦の悪行を里人に向かって説法したり、友彦をからかっている。友彦は照姫に連れられて別室に行ってしまった。すると屋根の上から木の実が玉治別の顔に落ちて、鼻が赤く腫れ上がってしまった。ジャンナイ教の従者はこれを見て、友彦より鼻の赤い立派な神様が現れたと思い、照姫のところに連れて行った。すると照姫は玉治別の方を気に入ってしまい、友彦に肘鉄を食わした。友彦と玉治別がやりあっている間に、玉治別の鼻は紫になり、黒くなってきた。すると今度は玉治別が肘鉄を食わされてしまった。
主な人物 舞台 口述日1922(大正11)年07月05日(旧閏05月11日) 口述場所 筆録者松村真澄 校正日 校正場所 初版発行日1923(大正12)年5月10日 愛善世界社版205頁 八幡書店版第4輯 688頁 修補版 校定版211頁 普及版96頁 初版 ページ備考
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本文  大海原に漂へる  黄金花咲く竜宮の
 一つの島に上陸し  厳の都の城門を
 潜りて高姫蜈蚣姫  黄竜姫に面会し
 梅子の姫や宇豆姫の  高き功績に舌を巻き
 天狗の鼻の高姫は  高山彦や黒姫と
 諜し合せて玉能姫  初稚姫や玉治の
 別命は海原を  遠く渡りて自転倒の
 島に帰りしものとなし  俄に船を操りつ
 東を指して出でて行く  玉治別や玉能姫
 初稚姫の一行は  厳の都の城門を
 後に眺めて竜王山  峰を伝うてシトシトと
 谷を飛び越え岩間をくぐり  ネルソン山の山頂に
 汗をタラタラ流しつつ  炎暑と戦ひやうやうに
 息継ぎあへず登り行く  折柄吹き来る涼風に
 払ひ落した玉の汗  厳の都を顧みて
 山又山に連なりし  雄大無限の絶景を
 心行くまでも観賞し  各祝詞を奏上し
 天津御神や国津神  国魂神の大前に
 拍手の声も勇ましく  竜宮島の宣伝を
 無事に済まさせ玉へよと  祈る折しも山腹より
 俄に湧き来る濃雲に  一行十人忽ちに
 暗に包まれ足許も  碌々見えずなりにける
 斯かる所へ黒雲を  押し分け来る大蛇の群
 焔の舌を吐き乍ら  一行目蒐けて攻め来る
 スマートボールは驚いて  闇の中をば駆めぐり
 ネルソン山の頂上より  足踏みはづし万丈の
 谷間に忽ち顛落し  続いて貫州武公や
 久助お民も各自に  行方も知れずなりにけり
 玉治別や玉能姫  初稚姫は手をつなぎ
 暗祈黙祷の折柄に  忽ち吹き来る大嵐
 本島一の高山の  尾の上を渡る荒風は
 一入強く三人は  木の葉の如く中空に
 巻きあげられて悲しくも  各行方は白雲の
 包む谷間に落ちにけり  神が表に現はれて
 善と悪とを立別ける  此世を造りし神直日
 心も広き大直日  唯何事も人の世は
 直日に見直し聞直し  世の過ちを宣り直す
 三五教の皇神の  教に任せし一行は
 唯何事も惟神  御霊幸はひましませと
 心の中に祈りつつ  底ひも知れぬ谷底に
 生命からがら墜落し  谷の木霊を響かせつ
 天津祝詞をスラスラと  奏上するこそ健気なれ。
    ○
 厳の城より舁出され  谷間の岩上に墜落し
 腰を打ちたる友彦も  神の守りの著く
 ハツと心を取直し  あたりを見れば人影の
 無きを幸ひ森林の  草を分けつつやうやうに
 木の実を喰ひ谷水に  喉を潤しネルソンの
 山の尾の上に着きにける  又もや吹き来る烈風に
 友彦の身は煽られて  高山数多飛び越えつ
 ジヤンナの谷間に墜落し  前後不覚になりにける
 あゝ惟神々々  御霊幸はひましますか
 九死一生の友彦も  ジヤンナイ教の信徒に
 担ぎこまれて照姫の  教の館に着きにける。
 此島はネルソン山の山脈を以て東西に区劃され、東は黄竜姫が三五教を宣布し、其勢力範囲となつて居た。されどネルソン山以西は住民も少く、猛獣、毒蛇、大蛇の群無数に棲息して、東半部の人民は此山脈を西に越えた者はなかつた。然るにネルソン山以西にも相当に人類棲息して秘密郷の如くなつて居た。極めて獰猛勇敢なる人種にして、男子は身の丈八九尺、女子と雖も七八尺を下る者はない、巨人の棲息地である。男子も女子も残らず顔面に文身をなし、一見して男女の区別判じ難き位である。木の葉を編みて腰の周囲を蔽ひ、其他全部赤裸にして、赤銅の如き皮膚を有し居れり。
 色の黒い顔に青い文身をなし居る事とて、実に何とも云へぬ恐ろしき容貌計りなりき。猛獣、大蛇の怖れて近寄らざる様との注意より、斯くの如く文身をなしゐるなり。故に此地に美男子と云へば最も獰猛醜悪なる面貌の持主にして、酋長たるべき者は一見して鬼の如くなり。頭部には諸獣の角を付着し、手には石造りの槍を携へ、旅行する時は少くとも五六人の同伴が無ければ、一歩も外へ出ないと云ふ風習である。住宅は主に山腹に穴を穿ち、芭蕉の如き大なる木の葉を敷き詰めて褥となし、食物は木の実、山の芋、松の実等を以て常食となしゐるなり。山間の地は魚類は実に珍味にして、一生の間に一二回口にするを得ば、実に豪奢の生活と言はるる位なり。谷川に上り来るミースと云ふ五寸許りの魚、時あつて捕獲するのみにして、魚類の姿を見る事は甚だ稀なり。兎、山犬、山猫などを捕獲し、之れを最上の珍味とし居たるなり。
 されどジヤンナイ教の教理は、動物の肉を食ふ事を厳禁しあるを以て、若し此禁を破る者は、焦熱地獄に陥るとの信仰を抱き、容易に食ふ事を忌み居れり。一度肉食を犯せし者は、其群より放逐され、谷川の畔に追ひやらるる事となれり。此肉食を犯し追ひ退はれたる者は、ネルソン山の西麓の広き谷間に集まり来り、神に罪を謝する為に酋長の娘照姫を教主と仰ぎ、ジヤンナイ教を樹て、醜穢の罪人計りに対し、謝罪の道を教へ居たりける。肉食せざる者は何れも山の中腹以上に住居を構へ、豊富なる木の実を常食となし、安楽なる月日を送りゐたり。谷底には猛獣、大蛇、毒蛇多く集まり、実に危険極まる湿地なりけり。
 此谷底に照姫を教主とせるジヤンナイ教の本山は建てられ、数多の信徒は朝夕に祈願を凝らしつつあつた。ジヤンナイ教の信条は………我等はアールの神の禁を犯せし罪人なれば、死後は必ず根底の国の苦みを受くる者なれば、神に祈りて罪を謝し、来世の苦を逃るべきもの……と固く信じてゐたるなり。さうして……頓て鼻頭の赤き神、此地に降臨する事あらむ。是れ我等の救世主にして、天より我等の信仰を憐れみ天降し玉ふものなり……と、照姫の教を固く信じ、時の来るを待ちつつありける。さうして鼻赤き生神はオーストラリヤ全島を支配し、霊肉共に、我等を救ふ者との信念を保持して、救世主の降るを旱天の雲霓を望むが如く待ち居たりしなり。
 斯かる所へネルソン山上のレコード破りの強風に吹きまくられ、高山の頂きを数多越えて今此ジヤンナの広き谷間に墜落したれば、怪しき人物の降り来れるものかなと、折から来合せたる十数人の男女は、友彦の人事不省となれる肉体を藤蔓を以て編みたる寝台に載せ、ジヤンナイ教の本山に担ぎ込みぬ。数多の信徒は物珍しげに集り来り、水を飲ませ、撫でさすり、手を曲げ、足を動かしなどして、やうやうに蘇生せしめたり。
 友彦は此時は既に失心し、血液循環も殆ど休止し、全身蒼白色に変り居たり。照姫の一の弟子と聞えたるチーチヤーボールは、勝れて大の男にして、口は頬の半まで引裂け、鼻は大きく、白目勝の大なる眼の所有者なりき。教主照姫は少しの文身もなさず、比較的色白く、稍赤味を帯びたる美人なりき。ジヤンナイ教の教主たる者は、天然自然の肉体を染めざるを以て教の本旨となし、数多の信者より特別の待遇を受け、尊敬の的とせられ居たるなり。
 友彦は漸くにして正気づき、四辺を見れば、何とも知れぬ恐ろしき、男女区別も分らぬ人種の、十重二十重に我周囲を取巻きゐるに驚き、如何はせむと首を傾げ思案に暮れ居たり。顔色は漸く元に復し、身体一面に血色よくなると共に、鼻の先はいやが上にも赤くなり来たりぬ。
 チーチヤーボールは大勢に向ひ、
『オーレンス、サーチライス』
と云ひける。此意味は『吾々の救世主なり』と云ふ意味なり。一同は腰を屈め、両手を合せ、友彦に向つてしきりに何事か口々に叫び乍ら、落涙しゐる。チーチヤーボールは、
『オーレンス、サーチライス』
と繰返し繰返し言ふ。友彦は合点往かねども、此土人等は決して吾を虐待するものにあらず、珍らしげに吾を天降人種と誤信し、感涙に咽ぶものならむと思ひ、日頃の山師気を発揮し、右の手を握り人差指を立て、天を指して、
『ウツポツポー、ウツポツポー』
と二声叫びてみたり。チーチヤーボールを初め一同は其声に応じて、
『ウツポツポー、ウツポツポー、オーレンス、サーチライス』
と声を揃へて叫び出しぬ。其声は谷の木霊に響き、向ふ側の谷にも山彦が同じ様に言霊を応酬する。土人は又もや声する方に向つて前の言葉を繰返しける。
 友彦は稍安心したるが、此ジヤンナの郷の言語が通じないに聊か当惑を感じたり。されど頓智のよい友彦は……何、却て天降人種は地上の言葉に通ぜざるが一層尊貴の観念を与ふるならむと決心し、
『アオウエイ、カコクケ、サソスセシ、……』
と五十音を繰返し繰返し唱へ出したり。老若男女一同は友彦の言葉に従いて『アオウエイ』と異口同音に唱へ出す。友彦は漸く空腹を感じ、
『我れに食を与へよ』
と云ふ。されど郷人の耳には一人として了解するものなく、呆然として友彦の顔を心配げに打眺めてゐたり。友彦は自分の口を右の手で押へてみするに、一同は同じく自分の手で各自の口を抑へゐる。友彦は、
『何か食ふ物があれば持つて来いツ』
と云ふ。又一同は、
『何か食ふ物があれば持つて来いツ』
と妙な訛で叫ぶ。
 此時大勢の声の尋常ならぬに不審を起し、二三の侍女を伴ひ現はれ来りしは、ジヤンナイ教主テールス姫(照姫)なりき。友彦の顔を見るより忽ち堪へ切れぬ様な笑を含み、友彦の手を握りぬ。友彦は鬼の様な人間の群の中にも、斯かる麗はしき女性のあるかと驚き乍ら、彼女がなす儘に任せ居たり。テールス姫は侍女に何事か命令したるに、三人の侍女は左右の手を執り、一人は腰を押し、テールス姫は先に立ち、穴居民族に似ず、蔦葛を以て縛りつけたる木造の広き家に導きける。友彦は意気揚々として、天下の色男気取りになりて、奥の間深く導かれ行く。
 奥の間には立派な斎殿が設けられてあり、名も知れぬ麗はしき果物、小山の如く積み重ね供へられありぬ。テールス姫は其中の紅色の果物を一つ取出し、侍女に命じ、石の包丁を以て二つに割らしめ、さうして一つは自分が食ひ、一つは友彦に食へと、仕方をして見せたり。友彦は喜び空腹の事とて、かぶり付く様に瞬く間に平げにける。これはコーズと云ふ果物の実で、此郷に唯一本より無き大切なる樹の果物なりき。二年目或は三年目に僅かに一つ二つ実る位のものにして、此コーズの実の稔りたる年は必ず此郷に芽出度き事ありと伝へられ居たり。そしてテールス姫が二つに割つて友彦に食はしたるは、要するに結婚の儀式なりけり。数多の男女は雪崩の如く追々此家に集まり来り「ウローウロー」と嬉しさうに叫び、手を拍ち躍り狂ひゐる。是れは救世主の降臨を祝しテールス姫の結婚を喜ぶ声なりけり。
 テールス姫は救世主の降臨と夫婦結婚の盛典を祝する為に立つて歌ひ初めたり。その歌、
『オーレンス、サーチライス  ウツポツポ、ウツポツポ
 テールスナイス、テーナイス  テーリスネース、テーネース
 ウツパツパ、ウツパツパ  パークパーク、ホースホース、エーリンス
 カーチライト、トーマース  タリヤタラーリヤ、トータラリ
 タラリータラリー、リートーリートー、ユーカ  シンジヤン、ジヤンジヤ、ベース
 ヘース、ヘースク、ツーターリンス  イーリクイーリク、イーエンス
 ジヤイロパーリスト  ポーポー、パーリスク
 ターウーインス、エーリツクチヤーリンスク、パーパー』
と唄ひける。友彦は何の事だか合点行かず、されど決して悪い事ではない、祝の言葉だと心に思ひぬ。此意味を総括して言へば、
『天来の救世主現はれ玉ひ、人間としても実に立派な英雄豪傑なり。吾れは此郷の信仰の中心人物、さうして実に女として恥かしからぬ准救世主である。汝が降り来るを首を長くして神に祈り待つて居りました。最早此谷間の郷は如何なる大蛇が来ても猛獣が来ても、如何なる悪魔でも、決して恐るるに足りない。私は立派な夫を持ち此上の喜びはない。暗夜に灯火を点じたやうな心持になつて来た。今日の老若男女は誰彼も貴方の御降臨を見て、手の舞ひ足の踏む所を知らず喜んでゐます。どうぞ千年も万年も此郷に御鎮まり下さいまして、末永く夫婦の契を結び、此郷の救ひ主となつて人民を守つて下さい。アヽ有難い、嬉しい。天の岩戸が開けた様な……否全く岩戸が開けました。我々一同は是より安心して月日を送ります。お前の鼻の頭の赤いのが日の神の国から御降りなされた証拠だ。どうぞ末永く妾を初め一同の者を可愛がつて下さい』
と云ふ意味の感謝の辞なりけり。友彦は返答せずには居られないと、負けぬ気腰になりて……天降人種気取りで分らぬ事を言つてやる方が却て有難がるだらう、土人の言語も知らずに、憖ひに真似をして却て軽蔑さるるも不利益だ……と心に思ひ定め、さも応揚な態度で、
『……アーメンス、ヨーリンス  フーララリンス、サーチライス
 スーツクスーツク、ダーインコーウンス  カーブーランス、ネーギーネーブーカー
 ナーハーネース、エンモース  水菜に嫁菜に蒲公英セーリンス
 ナヅナ、ヤーマンス、ノンインモー  ドンジヨー、ウナーギー、フーナモロコ、
 コーイ、ナマヅ、タコドービンヒツサゲタ、  ナイス、ネース、ローマンス、
 ホートーホートー、ローレンス  ピーツク、ピーツク、ヒーバーリース』
と唄ひ済まし込み居たり。一同は何の事だか訳が分らぬ。されど天より降りし救世主の言葉と有難がり、随喜の涙を零し居たりける。
 此時又もや十数人の土人に担がれて、此場へ来たりしは玉治別なりき。玉治別は友彦が言葉を半分ばかり聞いて可笑しさに吹き出し「プーツプーツ」と唾を飛ばしける。一同は同じく「プーツプーツ」と言つて友彦目蒐けて唾液を吹つ掛ける。友彦は唾液の夕立に会うた様になつて、
『誰かと思へば玉治別さま、あまりぢやないか、馬鹿にしなさるな』
『オイ友彦さま、随分好遇たものだなア。コンナ ナイスを女房に持ち、無鳥郷の蝙蝠で暮して居れば、マア無事だらうよ』
『玉治別さま、チツト気を利かして下さいな。折角ここの大将が此赤い鼻に惚れて、コンナ面白い夢を見て居るのに、しようもない事を言うて下さると、サツパリ化けが現はれるぢやないか』
『ナアニ、言語の通じない所だ。何を言つたつて構ふものか。わしも一つ言霊をやつて見ようかな』
『やるのも宜しいが、なまかぢりに此郷の言葉を使つちや可けませぬよ』
『ソンナこたア玉さま百も承知だ。笑つちや可けないよ』
『ナニ笑ふものかい、やつて見玉へ。わしは最早此郷の御大将だから、あまり心安さうに言つて呉れては困るよ。第一お前の態度から直して、わしの家来の様な風をして見せて呉れよ』
 玉治別は、
『ヨシ面白い』
と言ひ乍ら言語の通ぜざるを幸ひ、
『ジヤンナの郷人よ、玉治別が今申す事をよつく聞けよ。此友彦と云ふ男はメソポタミヤの顕恩郷に於て、バラモン教の副棟梁鬼熊別が娘小糸姫(十五才)を巧言を以てチヨロまかし……』
『コレコレ玉さま、あまりぢやないか』
『何でも好いぢやないか。分らぬ事だから、マア黙つて聞かうよ……それから錫蘭の島へ随徳寺をきめ込み、一年ばかり暮して居たが、赤鼻の出歯の鰐口に、流石の小糸姫も愛想をつかし、黒ン坊のチヤンー、モンーを雇ひ、船に乗つて一つ島まで逃げて来た。……話が元へ戻つて友彦と云ふ奴、浪速の里に於て三百両の詐欺を致し、次に淡路の洲本の酋長東助が不在を窺ひ、女房の前に偽神懸を致し、陰謀忽ち露見して雪隠の穴より逃げ出し……』
『コラコラ好い加減に止めて呉れぬかい。あまりぢやないか』
『ナアニ、構ふ事があるものか。あれを見よ。有難がつて涙を流して聞いてるぢやないか。………マダマダ奥はありますけれど、先づ今晩は是れにて止めをき、又明晩ゆーるゆるとお聞きに達しまする。皆さま、吶弁の吾々が此物語、よくも神妙にお聞き下さいました。併し乍ら用心なさらぬと、此友彦は険難ですよ。……テールス姫さま、此奴は女子惚けの後家盗人、グヅグヅしてると、そこらの侍女を皆チヨロまかし、あなたに蛸の揚壺を喰はす事は火を睹るより明かですよ。アツハヽヽヽ』
と大口を開けて笑ひ転ける。友彦は仕方がなしに自分もワザと笑ひゐる。チーチヤーボールは此場にヌツと現はれ………「神様が大変な御機嫌だ。併し今お出でになつた神は余程立派な方だが、併し家来に違ない。其証拠には鼻の先がチツトも赤くない。さうして余り口が小さすぎる」……と稍下目に見下し、友彦と同じ座に着いて居る玉治別の手を取つて、一段下の席に導き、
『ウツポツポ ウツポツポ、サーチライス、シーリス シーリス』
と合掌する。他の者も一同に、
『シーリス シーリス』
と云ふ。これは「救世主のお脇立……御家来」と云ふ意味なり。玉治別は其意を悟り、
『オイ友、馬鹿にしよるな。俺を眷属だと言ひよつて、貴様それで大将面して居つて気分が良いのか』
『何だか奥歯に物がこまつた様な気もするし、尻に糞を挟んどる様な心持もするのだ、マアここはお前も辛抱して家来になつて呉れ』
 玉治別は嘲弄半分に、
『オイ友、其方は俺の一段下につけ。貴様は天来の救世主と、鼻の赤いお蔭で信ぜられてるのだから、俺が上へ上つた処で貴様が下だとは思ひはせまい。さうしたら、貴様の位は落ちず、俺はモ一つ上の神様と信じられて、面白い芝居が出来るから、一遍俺の方を向いて拝みて見よ』
『さうだと云つて、まさかテールス姫の前で、ソンナ不態の事が出来るものか。そこはチツト忍耐して呉れぬと困るよ』
『それならそれでよし、俺には考へがある。貴様の旧悪を此郷の言葉で素破抜いてやらうか』
『ヘン、偉さうに言ふない。此郷の言葉がさう急に分るものか。何なと言へ、分りつこないワ』
『ヨシ、俺は今神様から言葉を習つたのだ……オーレンス、サーチライス、ウツポツポ ウツポツポ、イーエス イーエス、エツポツポ エツポツポ、エツパツパ……』
 友彦はあわてて、
『コラコラ、しようもない事を言うて呉れるない。何時の間に覚えよつたのだらう。モウ此上は治安妨害だから、弁士中止を命じます』
『とうとう弱りよつたなア。サア俺に合掌するのだ。下座に坐れ』
 友彦はモヂモヂし乍ら、尻に糞を挟んだ様な調子で、青い顔して佇み居る。テールス姫は何と思つたか、友彦の手を取り、柴で造つた押戸を開け、奥の間へ姿を隠しける。
『エー到頭養子になりよつたなア。淡路島で養子になり損つて面を曝されよつたが、熱心と云ふものは偉いものだナア。到頭鼻赤のお蔭でコンナ所へ来依つて、怪態の悪い、テールス姫と手に手を取つて済ましこみて這入りよつた。併し乍ら彼奴も可憐相だ。モウこれぎりで嘲弄ふ事は止めてやらう』
 チーチヤーボールは玉治別の前に来て、
『オーレンス、サーチライス、シーリス シーリス』
と云ひ乍ら、手を取つて次の間に導き、果物の酒を注いで玉治別に進めける。玉治別は右の手を高く差し上げ、
『アマアマ』
と云ひつつ太陽を指し示したり。ここは次の第三番目の間で、屋根は無く、唯石盤の様な石が奇麗に敷き詰めてある露天の座敷なり。鬱蒼たる樹木が天然の屋根をなし居たり。チーチヤーボールは此樹上に登れと命じたと早合点し、猿の如く樹上に駆け登り、テールス姫が寵愛の取つときのコーズの実の二つ計り残つて居るのを、一つむしり懐に捻こみたり。懐と云つても、粗い粗い蔓で編みし形ばかりの着物なり。コーズは着物の目を抜けてバサリと落ちたる途端に、玉治別の面部にポカンと当りぬ。玉治別は「アツ」と叫んで俯向けに倒れ、鼻を健か打ち、涙をこぼし気張り居る。チーチヤーボールは驚いて樹上を下り来り、玉治別の前に犬突這となりて無礼を拝謝するものの如く、
『ワーク ワーク、ユーリンス ユーリンス』
と泣声になり合掌し居たり。暫くして玉治別は顔をあげたるに、鼻は少しく腫あがり、友彦以上の赤鼻と急変したり。チーチヤーボールは驚いて飛びあがり、
『ウツポツポ ウツポツポ、オーレンス、サーチライス、アーリンス アーリンス』
と叫び出しぬ。其意味は、
『今テールス姫の夫となつた救世主より一層立派な救世主だ。縁談を結ぶ時に用ふる果実が当つて、斯の如き立派な鼻になつたのは、全く神様の思召であらう』
と無理無体に玉治別の手を取つてテールス姫の居間へ迎へ入れたり。見れば友彦は立派なる冠を着せられ、蔓で編みたる衣服を着流し、木の葉の褌を締め、傲然と構へ居たり。側にテールス姫はジヤンナイ教の神文を、
『タータータラリ、タータラリ、トータラリ、リートー リートー トータラリ』
と唱へ居る。神文が終るを待つて、チーチヤーボールはテールス姫に向ひ、
『オーレンス、サーチライス、アーリンス アーリンス』
と言葉をかけたり。此声にテールス姫は後振り向き、玉治別の赤い鼻を見て打驚き……「アヽ今日は何たる立派なる神様がお出で遊ばす日だらう。それにしても後からお降りになつた神様の方が余程立派だワ。同じ夫に持つのなら立派な方を持たなくては、神様に申訳がない。少しく口は小さいなり、身長は低いけれど、何とはなしに虫の好く御方だ」……と穴のあく程、玉治別の顔に見惚れ、心の中にさげ比べをなし居たりけり。
『オイ友、どうだ、俺の鼻を見い、貴様は余程此処へ来て鼻高になりよつたが、俺は正真正銘の鼻赤だ。貴様の赤さは……実の所を云へば……安物の染料で染めた様に大変色が薄くなつて居るぞ。俺の鼻はまるで赤林檎の肌の様だ。サア鼻比べをしようかい。赤いハナには目が付くと云つて、子供でさへも喜ぶんだぞ。俺の鼻の色が百点とすれば、貴様の鼻はマア四十点スウスウだ。今にテールス姫さまが審神をして下さるから、マア楽んで居たがよからう。ツト団扇は俺の方へあがるこたア、請合の西瓜だ。中までマツカイケだ……たーかい、やーまかーら、谷底見ればなア、うーりやなあすびイイの、ハナ、あかいな、アラどんどんどん、コラどんどんどん、……どんどんでテールス姫の花婿さまは、玉治別に九分九厘定つて居るワ。それだから、此鬼の様な立派な面をして、チーチヤーボールさんとやらが貴様が結婚したにも拘はらず、俺を導いて此室へ連て来て呉れたのだ。エツヘン』
と鼻の先に握拳を二つ重ねて、リツと二三遍廻つて見せたりける。
『洒落も良い加減にして置かぬかい。何程美しうても、塗つた鼻は直剥げて了ふぞ。此暑い国に汗を一二度かいて見よ。忽ち化が現はれるワ。俺の鼻は生れつき、地の底から生えぬきの赤鼻だ。ヘン、自転倒島や其他では……鼻赤々々……と馬鹿にしられて、あちらの女にも此方の女にも鼻あかされて来たが、どんなものだい。貴様の鼻はたつた今化が露はれて、お払ひ箱に会ふのだ』
『馬鹿言へ、ナンボ拭いても拭いても、落ちぬのだ。俺は俄に天の神様が御降臨遊ばして御憑りなさつた、コノハナ赤や姫の御化身だぞ。貴様があまり詐欺や泥棒して、行く所が無くなり、又斯様な所で温情しい土人をチヨロまかさうと致すから、天の大神様が、可憐相だから、本当のコノハナ赤や姫は玉治別だと云ふ事を証明する為に、此通り赤くして下さつたのだ。嘘と思ふなら貴様来て一寸拭いて見よ。中まで真赤けだ』
『ソンナ真赤な嘘を言ふものぢやない』
 玉治別はヌツと腮を突出し、舌を出し、
『アヽさうでオマツカ、ハナハナ以て赤恥をかかし済みませぬなア』
 テールス姫はツト立ち、玉治別の左の手を自分の右手でグツと握り、二三遍揺つた上今度は手を離し左の手で玉治別の右の手を握り、右の頬を玉治別の右の頬に擦りつけ、恋慕の情を十二分に示した。充分尊敬の極、愛慕の極に達した時は、相手の左の手を自分の右の手に握るのが方式である。さうして頬をすりつけるのは、最も気に入つたと云ふ表証であつた。友彦は劫を煮やし、ツカツカと此場に進み寄り、テールス姫の右の手を鷲掴みにグツと握り、二つ三つ横にしやくつた。姫は顔をしかめて、腰を屈め、そこに平太らうとした。玉治別も友彦も、期せずして握つた手を放した。友彦は自分の頬をテールス姫の頬に当てようと身に寄り添うた。テールス姫は、
『イーエス』
と云ひ乍ら、力限りに友彦を突き飛ばした。友彦はヨロヨロとよろめき、ドスンと尻餅を搗き、マ一つひつくり覆つて、居室の柱に厭と云ふ程後頭部を打つけ、「ヤツ」と云つて其場にフン伸びて了つた。玉治別、テールス姫、チーチヤーボールは驚いて、水を汲み来り、頭から何杯も何杯も誕生の釈迦の様に、目、鼻、口の区別もなく注ぎ掛けた。友彦は「ウン、ブー、ブルブルブル」と息を吹いた拍子に、鼻汁を垂らし、鼻から薄い毬の様な玉が三つ四つ、串団子の様に吹き出した。テールス姫は顔を背向けて俯ぶいて了つた。
 そろそろ玉治別の赤い鼻は血がヨドンだと見え、紫色になり、終局には真黒けになつて了つた。されど玉治別はヤツパリ鮮紅色の鼻の持主だと信じて居た。友彦は玉治別の鼻の色の変つたのにヤツと安心し、テールス姫の手をグツと握り、左の手で玉治別の鼻を指し示した。テールス姫は怪訝な顔して玉治別を眺めて居る。玉治別はモ一つ悪戯つてやらうと、ツカツカと前に進み、テールス姫の手をグツと握り、頬を当てようとした。テールス姫は、
『イーエス イーエス』
と云ひつつ力に任せて、玉治別をドツと押した。玉治別は後の低い段々を押されて、友彦同様タヂタヂと逡巡ぎ乍ら、一の字に長くなつて倒れた。友彦は手を拍つて、
『アツハヽヽヽ』
チーチヤーボール『エツポツポ エツポツポ、エツパー エツパー、イーエス イーエス』
と云ひ乍ら、玉治別を引起し、次の間に押出して行く。
(大正一一・七・五 旧閏五・一一 松村真澄録)
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