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文献名1霊界物語 第25巻 海洋万里 子の巻
文献名2第1篇 相縁奇縁よみ(新仮名遣い)あいえんきえん
文献名3第4章 望の縁〔750〕よみ(新仮名遣い)のぞみのえん
著者出口王仁三郎
概要
備考
タグ データ凡例 データ最終更新日2021-08-26 22:40:52
あらすじそこへ清公が入ってきて、鶴公と宇豆姫に対して嫌味と皮肉の限りを尽くして罵倒する。そこへまた、黄竜姫が戻ってきた。清公は、鶴公と宇豆姫の関係を不義であるように黄竜姫に讒言する。そして、鶴公を落としいれようとしてわざと、綱紀紊乱の責任を取って自分が辞職する覚悟である、と黄竜姫の前に言い立てた。すると黄竜姫はあっさりその言を容れて、清公の職を解いてしまった。鶴公はこの場においても清公をかばおうとする。黄竜姫は、その心に感じて、鶴公を左守に任命した。鶴公は、清公がその場で解任されてすぐに後釜に据えられた状況を忍びず、あくまで清公を立てようとする。黄竜姫はあくまで鶴公が左守となって宇豆姫を娶るようにと申し渡す。宇豆姫はいたたまれなくなってその場を飛び出し、城門の外へ駆け出してしまった。清公と鶴公たちは、慌てて宇豆姫の後を追いかける。地恩城は、周りを高山に囲まれていた。宇豆姫は断崖絶壁から谷底の川に向かって身を投げてしまった。地恩城から宇豆姫を追って来た一同はこれを見て、なすすべもなく地団駄を踏んでいる。一人、スマートボールが谷間に飛び込んだ。スマートボールは岸辺に宇豆姫を救い上げると蘇生させた。そして、いかなる事があろうともよく天寿を全うして神業に仕えなければならない、と宇豆姫を諭した。スマートボールの真心に打たれて、宇豆姫はお礼を述べた。地恩城に戻ると、スマートボールは腰を痛めていた。黄竜姫は、宇豆姫にスマートボールの看病を命じ、一ケ月にしてスマートボールは回復した。この一件にて、スマートボールの徳望は非常に高まった。一方、左守の職を解かれた清公は、平役人となってしまった。平役人たちが雑談にふけっている。チャンーは、清公のみならず、鶴公さえも宇豆姫の危急に何もできなかったと批判をしている。チャンー、モンー、貫州、武公らは、スマートボールこそ左守の職にふさわしいと、建白書を提出することにした。今はすっかり謙虚になった清公も、それを聞いて賛成して署名した。一方城内では、黄竜姫が梅子姫に左守の後任について相談していた。鶴公はどうしても左守への昇格を固辞しており、もう一ケ月も職が空いたままになっているので、黄竜姫は徳望が高まったスマートボールを左守に任命しようとしていることを明かした。梅子姫、蜈蚣姫も賛成し、ここにスマートボールは任命されて左守となり、宇豆姫と結婚の式を挙げて、地恩郷の神業に奉仕することとなった。
主な人物 舞台地恩城 口述日1922(大正11)年07月07日(旧閏05月13日) 口述場所 筆録者谷村真友 校正日 校正場所 初版発行日1923(大正12)年5月25日 愛善世界社版73頁 八幡書店版第5輯 57頁 修補版 校定版76頁 普及版34頁 初版 ページ備考
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本文の文字数6955
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本文  天と地との貴の子と  生れ出でたる宇豆姫は
 地恩の城の女王なる  三五教の神司
 黄竜姫の言霊に  拘束されて村肝の
 胸を躍らせ忍び泣き  義理と恋との恩愛の
 締木に攻められ手も足も  かかる隙さへなくばかり
 身を震はして倒れ居る  幸か不幸か三五の
 右守神と仕へたる  恋しき男の鶴公が
 声を聞き付け駆来り  情をこめし介抱に
 ホツト胸をば撫で下ろし  蘇生りたる心地して
 喜ぶ間もなく室外の  廊下に聞ゆる足音に
 気を取直し両人は  容を改め襟正し
 素知らぬ態を装ひて  互に顔を見合はせつ
 胸に荒浪打たせ居る。
 隔てのドアを荒々しく押開けて入り来れる左守の清公は、二人の姿を見て、忽ち顔色を変じ、眼を釣り上げ、鼻息強く畳ざはりも荒々しく、ドツカと二人の中に座を占め、
清公『アハヽヽヽ、お二人様、シツポリとお楽しみの最中に、邪魔者が罷り出て実に済まない事を致しました。月に村雲、花に嵐とやら、無粋な男の左守神、かやうに御親密なるローマンスの、遺憾なく発揮されつつあるとは、神ならぬ身の知るよしもなく、恐惶至極に……イヤハヤ……存じ奉りまする。右に妹山左に背山、妹背の仲を割つて流るる、時も時とて悪野川、一目千本の花にも擬ふ、珍の姿の宇豆姫様、誠に失礼を致しました。どうぞシツポリと互に手に手を取り交し、随分お楽しみなさるがよからう。さても…さても、いやな男が降つて来たもので御座るワイ。アハヽヽヽ』
と大口を開き肩を揺り、畳に小地震を揺らせる。鶴公はツとなり、
鶴公『是はしたり、存じも寄らぬ左守神のお疑ひ、吾々両人の間は水晶の如く極めて潔白、何卒公明なる御判断を願ひます』
清公『アハヽヽヽ、言うたりな言うたりな、巧妙なる辞令を以て、逃れ難き此場の有様を、厚顔無恥にも葬り去り、己が失態を被ひ隠さむとする、右守殿の巧妙なる御弁舌、イヤもう吾々共の及ぶ所では御座らぬ。此の如き懸河の弁舌を振ひ、巧言令色を以て、さしも道心堅固なりし宇豆姫を、掌中の玉となし、天下の色男を以て任ずる鶴公様の御腕前には、三舎を避けて感憤仕る』
と態と叮嚀に頭を畳につけ両手をつき、意地悪く平伏して見せる。鶴公は無念の歯を噛みしめながら、身を震はせ息をはづませ、肱を張り、唇をビリビリ動かせ、顔面筋肉を緊張させながら、固くなつて四角張つて居る。
清公『アハヽヽヽ、人の前に固き者は、人の居らざる女の前に最も柔かし、まつた、神の前に弱き者は人の前に最も強く、人の前に強き者は神の前に出でて最も弱しとかや、イヤもう実地教育を拝聴拝観致しました。此の如き権謀……イヤ智謀に富める右守神、我次席に扣へ居らるる地恩城は万々歳、イヤハヤ目出度い目出度い。……是はしたり宇豆姫どの、日頃恋慕ふ男に逢ひ、且つ存分お楽しみを遊ばし、何が不足でお泣きめさる。イヤイヤ余り嬉しさの余り涙で御座つたか。唐変木の無血無情の某には、到底ローマンスを語る資格は絶無で御座る。有難い所を見せ付けられ、左守実に満足仕る。是より女王様に面会致し、両人が媒介を致し、宇豆姫は鶴公様が宿の妻、末長う幾久しく偕老同穴の契を結ばれたし。イヤもう人間と云ふものは美男子に生れて来たいものだ。実にお浦山吹の至り、花は咲けども実はのらず、実りの致さぬは仇の花、花は半開にして梢より散る例も、世の中にはままある習ひ、随分御両人、御用心が専一で御座らうぞ。これ清公が御両人に対する偽らざる真実の忠告で御座る。イヤもう怪体の悪くない、お目出度い事で御座るワイ。ワハヽヽヽ』
 無暗に肩を揺り火鉢を態と蹴散らし、一目散に此場を駆出さむとする時、室外に数多の足音、
『女王様の御入りで御座る。宇豆姫、お出迎ひ召され』
と呼ばはる声に清公は襟を正し行儀良く下座に坐る。鶴公は清公の蹴飛ばしたる火鉢を旧へ戻し、零れ散つた灰を手に掬ひ、周章て箒を取出し、灰を一方に掃寄せて居る。此時遅く彼の時早く、ドアを排して悠々と入り来る黄竜姫は、満面に笑を湛へながら高座の間に静かに坐し、三人の顔を見下ろして居る。
宇豆姫『これはこれは女王様、好くこそ御入来下さいました。早速御返事を申上げたいと存じ居りまする際、思はぬ来人が御座いまして、ツイ遅刻致し、再び御足を煩はしました不都合の段、御赦し下さいませ』
と慇懃に挨拶する。黄竜姫は此言葉を聞いて、軽く首を振つて居る。
清公『これはこれは黄竜姫様、よくも入らせられました。今御見懸の通り不都合千万にも右守の職掌を忘れ、女王様の御入来を歓迎する事を差措き、御覧の如く箒を以て掃出し、無限の蔑辱を加へたる不届千万なる行為、御咎めも無く御容赦なし下されしは、是れ全く上位に在る我等が行届かざるの御無礼……』
と円滑に恋の仇人を陥穽せんと述べ立つる。黄竜姫は淑やかに、
『イヤ決して御心にさへられな。案内もなく参りましたのでお気遣ひ遊ばし、鶴公様が妾に敬意を払うて、座敷の掃除をして下さつたのでありませう。もう暫く御待ち申して居ればよかつたでせう。何分急いで這入りましたので、大変に心配をかけ御心を悩ませましたは妾の誤り……』
と善意に解する黄竜姫の言葉に、鶴公はハツとばかりに有り難涙に咽返り『流石は地恩城の女王様』と心の中にて伏し拝む。宇豆姫は女王の情籠れる温かき言葉に、嬉し涙を浮かべ、有難さに胸も塞り俯向き居る。清公は、
『流石に御仁慈深き女王様。実を申せば我々常に尊敬の心を疎にし、大切なる女王様を軽んじて居りました。其罪が今現はれ我次席につかふる鶴公が(と大声に言つて)……斯様な無作法な侮辱を与へましたに拘らず、神直日、大直日に見直し聞直し下さる段、何共有難く、お礼の申し様が御座いませぬ。中の胴が洞になつた竹でさへ節が御座る。如何なる不調法を致しても、其儘に見遁し給ふ時は、城内の規律全く破れ、綱紀紊乱の端緒を開く虞れあれば、此責任を私一身に負ひ、只今より辞職仕りまする。何卒々々此儀御聞届け下さいますれば、有難う存じまする』
と態とに言葉を構へ、右守神を失墜せしめむとする心の中の穢さ。敏くも見て取つたる黄竜姫は、
『汝の至誠天に通じたれば、望みの如く左守の神職を今日只今より解除する。汝はこれより下屋敷に下り、わが命を待て』
と手もなく言ひ渡した。左守神の清公は案に相違し、夜食に外れし梟鳥のやうな面を下げ、嫌々乍ら、
『ハイ早速の御聞届け、あ…り…が…と…う…存じまする』
と震ひ声になつてお受けをする。鶴公は涙を払ひ両手をつかへ、
『女王様に申上げます。今日の御無礼は全く左守様の預り知らざる所で御座います。全く吾々の不調法、何卒私の役目を解除し、左守様を旧の通り御信任下さる様に、御願ひ申上げ奉りまする』
黄竜姫『至善至美、至真至実の汝の心感じ入る、然りながら、汝等は何事も大神の御心に任せ奉りし身の上ならば、自己の意思を以て此聖職を左右すべきものに非ず。汝は是よりわが命を奉じ、左守となりて神業に奉仕せよ。まつた宇豆姫は此黄竜姫が媒人となり、鶴公が妻となりて、永遠にわが神業を輔助されよ』
と厳として言ひ渡した。清公は此場を去り兼ね、犬突這となり乍ら、
『鶴公殿、嘸御満足で御座いませう。宇豆姫様に元の左守清公、心の底より御祝ひ申上げますぞ』
 宇豆姫は恋と義理との締木にかかり、何と言葉もなく計り身を悶へて居る。
鶴公『有難き女王様のお言葉なれども、これ計りは御赦しを頂きたう御座います』
黄竜姫『それや又何故、わが命を御聞きなさらぬか』
鶴公『如何に主命なればとて、此計りは何卒々々お赦しの程を願ひ奉りまする』
黄竜姫『汝はわが命を背く考へなりや。如何に宇豆姫どの、和女はこれより鶴公の妻となり、ブランジー、クロンバーと相並びて神業に奉仕されよ。是れ黄竜姫の私言に非ず、三五教の皇大神の御心であるぞよ』
と厳として動かぬ気色、宇豆姫は耐り兼ね、
『何れも様、是が此世の御暇乞ひで御座います』
とドアを押開け、韋駄天走りに表に駆出し、後白雲の中に消えて仕舞つた。
 黄竜姫は言葉厳かに、
『汝等両人、宇豆姫の行衛を探し求め、一時も早く我前に連れ来られよ』
と言ひ渡し、又もや奥殿に悠々として進み入る。清公、鶴公の両人は、
『コリヤ大変、かうしては居られない』
と一生懸命韋駄天走りに、宇豆姫の後を追ひ城門脱け出し、トントントンと大地を威喝させながら、驀地に白雲の包む山腹を走り行く。
(因に、此地恩城は高山を四方に廻らす高原の霊地である)
 一天俄に掻き曇り、流石の地恩郷も陰鬱の気に鎖されたる折柄に、俄に髪振り乱し一目散に城門を駆出し走り行く宇豆姫の姿を、チラと認めたスマートボール、チヤンー、モンーは『オーイ オーイ』と呼ばはり乍ら、白雲籠めたる山腹を、見失つては一大事と一生懸命に追つ駆行く。千仭の断崖絶壁より、渓間の青淵目蒐けて、身を躍らし、飛び込まむとしたる宇豆姫は、
『惟神霊幸倍坐世』
と合唱し乍ら、ザンブと許り落ち込んだ。此処迄追つ駆来りしスマートボールもチヤンー、モンーもハタと行き詰まり稍当惑の態であつた。此時『オーイ オーイ』と白雲分けて走り来る左守、右守の二柱、
『宇豆姫を捕へよー』
と叫びつつ進み来る。スマートボールは最早是迄なりと決死の覚悟を以て、千仭の渓間の青淵目蒐けてザンブと許り飛び込んだ。チヤンー、モンーを始め、左守、右守の二柱は『アレヨアレヨ』と叫びながら、岩上に地団太踏んで居る。谷底へ飛込みたるスマートボールは、宇豆姫を小腋に掻い込み救ひ上げ、水を吐かせ人工呼吸を施し、種々雑多の介抱の上、漸々蘇生せしめた。
スマートボール『モシモシ宇豆姫様、貴女はどうしてこんな事をなさいましたか。此れには何か深い仔細が御座いませう。併し乍ら如何なる事が御座いませうとも、決して短気を出してはなりませぬぞや』
 宇豆姫は息をはづませ乍ら、
『誰方かと思へば、貴方はスマートボール様。………私は死なねばならぬ事が御座います。どうぞお見遁し下さいませ』
スマートボール『如何なる事が御座いませうとも、能く耐へ忍び天寿を全うして、能ふ限りの神業に奉仕しなくてはなりますまい。自殺は罪悪中の罪悪で御座いまする。貴女の肉体は決して貴女の物ではない。身魂共に大切な神様の預かり物、左様な気儘な事をなさいますと、末代其罪は赦されませぬぞ。如何なる事が御座いませうとも、スマートボールが力限りお力になりませう程に、自殺丈は、思ひ止まつて下さい』
と両眼に涙を流し両手を合せて頼み入る、其真心の麗しさ。宇豆姫は感に打たれて、
『アヽ有り難う御座いました。女心の一時の感情にて義理と情に迫られて、思はぬ不覚を取りました。どうぞお許し下さいませ。もう今後は貴方の御教訓を肝に銘じ、決して斯様な無法な事は致しませぬ』
『アヽ宇豆姫様、よう言つて下さいました』
と涙を拭ひ宇豆姫を背に負ひ、猿も通はぬ絶壁を、やうやうにして地恩郷の一隅に攀登り終つた。
 スマートボールは宇豆姫の手を曳き乍ら、城門を潜り、宇豆姫の居間に送り届け、衣服を着替へさせ、色々と慰めの言葉を与へてゐる。宇豆姫は唯感謝の涙に暮れて一言も発し得ず、スマートボールを伏し拝む計りである。
 此騒ぎに黄竜姫を始め、蜈蚣姫其他の一同此場に現はれ、宇豆姫の無事を祝し、且つスマートボールの善行を口を極めて賞讃した。今迄張り詰めし心のスマートボールは、青淵に飛び込みし際、腰をしたたかに打ちたれども、仁慈の心に引付けられ、其痛を少しも感じなかつたが、やつと胸撫で下し安心すると共に、俄に腰部の激痛を覚えたので、担架に乗りて我居間に送られ、発熱苦悶の床に伏す事となつた。黄竜姫は宇豆姫に向ひ、
『そなたは、命の恩人たるスマートボールの病気、全快致すまで枕頭に侍り、親切に介抱をなされよ。御神務は梅子姫様是れに当らせ給へば、神務に心を置かず、病人の介抱に全力を尽されたし』
と慈悲の籠つた言葉を残し、奥殿に又もや悠々と進み入る。
 日は西天に没し、三五の明月は東山の峰を圧して皎々と輝き、スマートボールの至誠を感賞するものの如くである。是よりスマートボールは宇豆姫の手厚き昼夜の看護に依り一ケ月の後、やうやう旧の身体に復し、神殿に手を携へてお礼参りを目出度く済ませた。
 是よりスマートボールの徳望は益々高く、城内は言ふも更なり、竜宮島一円に其徳喧伝され、名誉を一身に担ふ事となつた。
 一旦辞任を申出でたる左守の清公は、チヤンー、モンーと共に平役人の列に加へられ、一から遣り直し、修行時代に還元して仕舞つた。今日は三五の明月、月は皎々と中天に輝き、下界の悪魔を隈なく照らし給ふ時、チヤンー、モンーを始め貫州、武公其他の連中は、城外の芝生の上に月を賞し乍ら、雑談に耽つて居る。
チヤンー『恰度先月の今日だつた。宇豆姫さまが谷底へ身を投げられた時、俺達もどうかしてお助け申したいと心はいくら燥てども、何を云うても千仭の谷間、さうしてさつぱり何処もかも白雲に包まれ、如何する事も出来ない場合、スマートボールさまは雲の谷間を目蒐けて飛び込み、大切な命を拾つて助けられたその日だ。奥には御神殿に於て黄竜姫様、宇豆姫、スマートボール様も全快を兼ね、お礼の御祭典が始まつて居ると云ふ事だ。それに就いても左守の清公さまはどうだ。あれだけ一生懸命に宇豆姫さまに現を抜かしながら、危急の場合お助けもようせず、又鶴公さまとても同じく宇豆姫さまに魂を抜かし乍ら……あの態、実に人間の心程当にならぬものはないぢやないか』
貫州『それだから何時も俺は清公がヤモリになつたり、鶴公がイモリになつて威張つて居るのが気に食はぬと言ふのだ。あんな連中が上に頑張つて居つては、俺達は浮ぶ瀬がない。仁慈無限の黄竜姫様や生神の梅子姫様の仁徳、何程日月の如く輝き給ふとも、中途に黒雲が被さつて居つては、日月の光も我々の頭に照り渡らない道理だ。幸ひ清公が左守を辷つた以上は、どうぞ立派な後継者が欲しいものだなア』
武公『今日下馬評に上つて居るのは、スマートボールさまだ。あの方ならば我々は、双手を挙げて賛成をするよ。さうして宇豆姫様をクロンバーの位置に据ゑ、三五教の教理を竜宮島一帯に、万遍なく均霑せしむるのが我々の理想だよ』
モンー『ヘン……一寸遣りくさるワイ。そんなら是から一つ吾々が連判状を作つて、スマートボール様を、左守に御任用下さる様、建白書を差出さうぢやないか』
一同『ソリヤ面白からう』
と話す処に、ニユツと現はれた清公は、
『ヤア、最前から結構なお話がはづんで居りましたな。私も皆さまのお心の中を窺ひ知らして頂いて、誠に結構で御座いました。貴方等の仰せの通り、実に私はツマラヌ者で御座いました。私が今日の境遇に陥つたのも、決して偶然では在りますまい。どうぞ今迄の心を根本より改良致しますから、今迄通り可愛がつて下さいませ。どんな事でも嫌とは申しませぬ。これから雪隠の掃除でも草取りでも、何でも致しますから』
チヤンー『流石は清公だ。さうなくては叶はぬ事、そんならお前、これから連判状を作るから、連名に加はりますかな』
清公『私の如きものでも其末尾にお加へ下さるならば、有り難う御座います』
『ヨシヨシ』
と一同は言ひ乍ら、芭蕉の葉の乾きたるに緑青を以て建白書を認め、各自署名し、夜明けを待つて書類を作り上げ、貫州之を携へ黄竜姫並に梅子姫の御前に出願する事となつた。
 地恩城の奥殿、黄竜姫の居間には、梅子姫、蜈蚣姫と額を鳩め、左守の後任に就て協議会が開かれてゐる。
黄竜姫『梅子姫様、貴女の御存じの通り、左守の清公が辞任致してより、最早一カ月を経過致しました。宰相なくしては円満に神務を奉仕することは最も不便利で御座います。就ては右守の鶴公をその後に任じたく存じ、色々と説き付けましたなれど、謙譲なる彼はどうしても承諾致しませぬ。私の職権を以て無理に申し付けると云ふ訳にも参りませず、如何致しませうかと心を悩めて居りました。然るに衆人の徳望を一身に集めたスマートボール、之を左守となし、これに嫁入らすに貴方の侍女宇豆姫を以てせば、如何で御座いませう。どうしてもブランジーにクロンバーの陰陽が揃はなくては円滑に神務は運べますまい。どうぞ腹蔵なく御高見を承はりたう御座います』
梅子姫『妾も貴女様のお考へ通り、至極結構な事と存じます。蜈蚣姫様の御意見は如何で御座いませうか。其上にて決定する事に致したう存じます』
と梅子姫は謙遜しながら蜈蚣姫を重んじ、挨拶を返した。
蜈蚣姫『何を云うても年寄の妾、どうぞ黄竜姫と御相談の上、宜しき様にお取計らひ遊ばしませ。妾は何事も意見は御座いませぬ』
黄竜姫『然らば愈スマートボール、宇豆姫を呼出し命を伝へ、神前に於て結婚の式を挙げさせませう。善は急げ、一時も早く梅子姫様、着手致すで御座いませう』
梅子姫『ハイ誠に結構な仰せ、妾は喜んで御賛成申し上げます』
 愈三人の協議は纏まり貫州を招き、両人に其旨を伝へしめた。
 両人は主命もだし難く終に其命に従ひ、目出度く結婚の式を挙げ、此処に地恩郷のブランジー、クロンバーとして神業に奉仕する事となりたり。
(大正一一・七・七 旧閏五・一三 谷村真友録)
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