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文献名1霊界物語 第64巻上 山河草木 卯の巻上
文献名2第5篇 山河異涯よみ(新仮名遣い)さんがいがい
文献名3第26章 置去〔1655〕よみ(新仮名遣い)おきざり
著者出口王仁三郎
概要
備考
タグ データ凡例 データ最終更新日2017-11-26 00:30:07
あらすじ
主な人物虎嶋寅子、守宮別、曲彦、菖蒲のお花、サロメ、ホテルのボーイ 舞台ヨルダン河のほとり、バハイ教のチャーチ、僧院ホテル 口述日1923(大正12)年07月13日(旧05月30日) 口述場所 筆録者加藤明子 校正日 校正場所 初版発行日1925(大正14)年10月16日 愛善世界社版284頁 八幡書店版第11輯 483頁 修補版 校定版286頁 普及版62頁 初版 ページ備考
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本文  守宮別一行は、路地や町はづれの野路を辿りながら、漸くにしてヨルダン河の辺につきぬ。
『これお寅さま、あのやかましいヨルダン河と云ふのは此河ですよ。よく見ておきなさい』
『何とまあ汚い河だこと。ヨルダン河ヨルダン河と云ふからもつと広い河だと思つて居たのに、是では小北山の麓を流るる大井川の傍へもよれませぬよ。そして大井川の水は綺麗だが、この水とした事が話にも何にもなりませぬわ』
 曲彦は小才らしく、
『大井川は大きいから大井川と云ふのですよ』
『これ曲やん、何をつべこべとやかましく云ふのだえ。ソンナラヨルダン河の訳を知つて居ますか』
『ヨルダン河といつたら、ヨハネがバプテスマをリストに施した所ですよ。それだからヨハネのヨの字を取つてヨルダン河といふのですよ』
『アハヽヽヽ、ヨルダン河と云ふのは訛りだ。本当はヨロダン河と云ふのだよ。かうして守宮別がよろよろと歩いて、ダンダンとバハイ教のチヤーチへ進んで往くと云ふ河だ。それだからヨロダン河だ。アヽ何だか酒がさめて来よつたやうだ。どこぞ、ここらにコツプ酒でも売つて居る所はないかなア』
『エヽまたしてもまたしても酒々と何ぢやいな。又用が済みたらとつくりと飲まして上げるから辛抱しなさい』
『エヽ仕方がない、女王さまの命令を遵奉せうかなア。何だ鳥の巣か何ぞのやうに、木の上に家を建てて居るわい。あれは天狗の家かも知れないよ。あまり小北山の天狗が沢山来たものだから、天狗の奴気を利かしてあんな家迄建てて吾々を歓迎して居るわい。
 小北の山の大天狗  万里の波濤を乗り越えて
 聖地をさしてやつて来る  あつちやこつちやで頭うち
 天狗の鼻の高姫も  今はさつぱり駄目ぢやぞえ
 同じ仲間の天狗奴が  いささか同情の涙して
 ヨルダン河の並木の枝に  巣をかけよつたに相違ない
 ホンに世界に鬼はない  天狗ばかりの世の中だ
 ドツコイシヨドツコイシヨー。
些と確りせなくてはなるまい。あすこに家がある。あれが大方バハイ教のお館だらう。これお花さま、今度はお前の番だよ。肝要の救世主に喋らしておくと品格が下るからな。もしもし女王様、いやお寅婆アさま、今度は沈黙を守りなさい。お花さまと曲彦さまが十分奮闘するのだな』
『これ守宮別さま、お寅婆アさまなどと云ふて貰ふまい。徹頭徹尾日の出神と云ふのだよ』
『ハイ承知致しました。あゝ六ケ敷事だなア』
と云ひながら早くもチヤーチの前に着いた。団扇を片手にもつて絶世の美人が門口に石竹の花を弄りながら遊んで居る。これは有名のサロメ姫であつた。守宮別、曲彦両人は艶麗な女の姿を見て目を細うし、口をポカンと開けて涎をたらたらと流し、顔の括約筋をすつかりほどいて居る。曲彦はド拍子のぬけた妙な声で、
『モシモシそれなる御女中、貴女は有名なサロメさまぢや御座いませぬか』
『ハイ、左様で御座います。貴方方は遠国のお方と見えますが、このサロメに何か御用でも御座いますかな』
 お花は横柄な面をして、
『御用があればこそ日の出神の生宮、三千世界の救世主がお前さまを遥々お訪ね下さつたのです。サア御案内なさい』
『ハイ、さうしてその救世主はいつ来られますかな』
『それ、ここにお出で御座います、此方です』
『ヘエ、此方が救世主で御座いますか。何とマア意外のお方で御座いますなア』
 お寅は爰ぞと斗りシヤシヤリ出で、
『意外でせうがな「意外の時に意外の人が現はれて意外の御用を致すぞよ」と昔から予言が御座いませうがな。その予言に応はせむが為に、意外の救世主が意外に貴女を訪問したのですよ。時にサロメさま、今日新聞を拝見しましたが淑女の身分をして、ド倒し者の、大きな目玉の、梟のやうな顔をしたブラバーサとやらと、聖劇を遊ばしたさうですね。その事について御意中を承はりたいと思つて訪問つたのですよ。そして貴女は、本当に誰が救世主だと云ふ事が分つてお出でせうね。それが分らぬやうでは、何時迄此処で修業して居たつて駄目ですよ』
『此処は門口ですから奥へお這入り下さい。此処にはバハーウラー様と云ふ聖師がお出で御座います。其方にお目にかかつてとつくりお聞き下さいませ』
『お前様は日の出神の此救世主を認めますか。お認めなされば入つてもよろしい。それの分らぬやうな色盲なら日の出神の生宮はさう軽々と這入りませぬぞや。お前さまの出やうによつては這入らぬ事もない。又お前さまの這入りやうによつては出ぬ事もない』
『ホヽヽヽヽ、貴女はどうかして居ますね。余り此頃は陽気が悪う御座いますから御用心なさいませ。癲狂院迄は随分遠う御座いますからねえ』
『癲狂院は日出島では一番高い山で御座います。日出島では天教山と申します。その結構な高天原から天降つて来た日の出神の生宮ですからよく調べて下さい。何と云つても地球儀そつくりの私の顔だから……三千世界を自由自在にすると云ふ私の顔だから一目御覧になつたら分るでせう』
 サロメは吹き出し、
『オホヽヽヽヘヽヽヽヽ』
 曲彦は耐へ切れないやうになつて、
『何とまあ綺麗な別嬪だなア。まるで天教山の木の花姫様のやうだ……高姫さまよりこの方が救世主のやうだ。ナンボ高姫さまが救世主でも個人としては何の関係もない。もしも此方が曲彦の手でも握つて下さつたら本当に救世主様だ。私は蘇るのだが』
 お花はムツとして言あらあらしく、
『何と云ふ不躾の事を云ふのだ。日の出さまの教にソンナ事が有りますか。些つと窘みなさい。アタ態の悪い……コレコレサロメさまとやら、あのド倒者のブラバーサは此家に居りませうなア。貴女と一所に聖劇とやらをやつたと云ふ事だから、きつと隠して居るのでせう』
『ホヽヽヽ何を仰有います。あのお方はシオン山の麓に居られます。橄欖山上で四五回お目にかかつただけで御座いますわ。どうかシオン山をお尋ね下さいませ。左様なら』
とサロメは煩さく思つたか、門内に入り中から手早く閂をかけて了つた。
『お寅さま、もう帰りませうかい。どうしてもこいつはシオン山に定つて居ますよ。それよりも早く帰つて、守宮別はビールでもやらねば体がもてませぬわい』
『そりやさうかも知れませぬ。サア帰りませう。グヅグヅして居ると日が暮れます。……今日はかういふておとなしく帰りそつと様子を考へに来るのだよ。あのブラバーサの極道奴、きつと此家に隠れて居るに相違ない。彼奴をとつつかまへてあの女の前でギウギウ云はせ、日の出神が救世主で御座いますと証言させねばならぬ。併し今日はもはや遅いから一たん帰り確りと作戦計画を定めて、又参りませう。曲やん、お前はその叢の中に隠れて様子を考へて居るのだよ。そして様子を報告するのだよ』
『お寅さま、そいつは殺生です。私だつて一たん宿に帰り晩餐に有付かねばやり切れないぢやありませぬか』
『エヽ弱虫だなア、仕方がない、ソンナラ帰りませう』
 茲に四人は日没頃僧院に帰つて来た。
『ヤレヤレ辛どい事だつた。嫌な洋食の晩餐でも食べてゆつくり相談しませう。コレ守宮別さま、ビールを飲むなとは云はないが、せめて半ダース位で辛抱しなさい。今朝のやうに二ダースもやられると貧弱の私の懐が乾いて了ひますよ』
 守宮別は手を打つてボーイを呼んだ。ボーイはハイと答へて忽ち此場に現はれた。
『早く晩餐の用意をして呉れ。そしてビールを半ダース、又半ダース持つて来るのだよ』
『ハイ承知致しました。然しビールは高う御座いますから今朝の勘定を願ひます。あの勘定が済まなくては後を持つて来る訳には行きませぬ』
『サア勘定は幾何だな』
『ヘイ些と高う御座いますが、あれは二百年以前から貯へてある最も貴重な高価なもので御座いまして、一本が百ポンドより安価く出来ませぬ。どうか二千四百ポンド頂戴致したう御座います』
『何と高いものだなア。道理で甘いと思つた。サアお寅さま、お金を出して下さい』
『二千四百ポンドとは二銭を四百かな。さうすると八円になるぢやないか。高いものだなア』
『モシモシボーイさま、冗談いつちやいけませぬよ。二千四百ポンドと云へば二万四千両ぢやないか』
『ハイ左様で御座います』
『エーイ、シヽ知らぬわいな。ソンナ金がどこに御座いますか。お前さまもなぜ先に値を聞いて飲まぬのかいな。もう愛想がつきて了つた。二万四千両なんて一ぺんに飲んで了ふものが何処にありますか』
『それでもそれだけの価値はありますよ。お蔭で十年位寿命が延びますわ』
『ヘン置きなさい。お前さまの寿命位延びたつて縮んだつて構ひますか。なぜ懐と相談して飲みなさらぬのだえ』
『懐と相談せうたつて無一物だ。お前さまが皆金は握つて居るのだから仕方がないぢやないか』
『アヽ仕方がない、そんなら払つて上げませう。これこれボーイさま、今直ぐに上げますから、もう半ダース程持つて来て下さい。一寸出すのが大層だから、その間に出しますからなア』
『ソンナラ支配人と相談致して見ませう。さうして支配人が持つて往つてもよいと申しましたら持つて参りませう』
とボーイは階下に降り行く。後にお寅は面膨らし、
『これ守宮別さま、余りぢやないか。私に恥を掻かすのか』
『三千世界を自由にする日の出神ぢやありませぬか。いつも金位何だと仰有りますから、張りこみて飲んだのですよ』
『それだつて勿体ないぢやないか。なアお花さま』
『えらい剥ぐ所だなア。私吃驚致しました』
 かく話す所へ、ボーイはビールを一ダースさげて来た。
『今支配人に申しましたら「滅多にお金に差支へある方ではなからうから」と申しましたから持つて参りました』
『よしよしそこへ置いて呉れ』
『又御用がありましたら呼んで下さい。晩餐の用意がありますから』
と階段を下つて往く。守宮別は一ダースのビールを喉をグウグウ鳴らしながら鯨が潮を飲むやうに飲み干し、其場にぐたりと倒れて寝て了つた。
『これ曲やん、お花さま、二万四千両の金はどうしても無い。やうやく懐に三百円しかない。サア愚図々々して居ては大変だから裏門からそつと逃げるのですよ』
『守宮別さまはどうするのですか』
『どうせうたつて仕方がないではないか。金が無ければ腹の中にビールが入つて居るのだから皆出すだらう。お花さまや私は一滴も飲まぬのだから、払ふ義務はない、サアサア今の中にここを逃げ出し、シオン山のブラバーサの所へでも逃げて行かうではないか』
『日の出神さまが食ひ逃げを遊ばすのかなア』
『エヽどうでもよい。嫌ならここに居りなさい』
と云ひながら慌てて三百円の財布を置忘れ、裏口から逃げ出して了つた。守宮別は夜中時分に目をさまし四辺を見れば、お寅其他の姿が見えぬので小便にでも行つたのかと思ふて又もやグウグウ寝て了つた。朝になつても三人の姿が見えないので、手を打つてボーイを呼んだ。
 ボーイはペコペコしながら入り来たり、
『お客さま何か御用で御座いますか』
『私の連の三人はどこへ行つたかな』
『昨夜裏口から出て行かれました。こいつは食逃げではないかと思ひましたが三百両の大金が残されて居ましたから、先づ其儘にして置きました』
『ハテ、昨夜のビールのお金をどうして払はうかなア』
『お客さま御心配なさいますな。夜前一本が百ポンドと云つたのは洒落ですよ。実は一本が半ドルですから、どうぞ十二ドル下さいませ。そして昨夜のと一所にして一八ドル下さればそれですみますからな』
『ハヽヽヽ何の事だイ、皆払つてやらう。お前にもポチをやるから何ぼでも掴んで往け。サア此金が無くなる迄此処に宿るのだから大切に世話をするのだよ』
 守宮別は又一夜を此処に明かし宿の勘定を済ませ、三人の所在をたづねてブラリブラリとシオン山の谷底めがけて進み行く。
(大正一二・七・一三 旧五・三〇 加藤明子録)
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