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文献名1霊界物語 第21巻 如意宝珠 申の巻
文献名2第3篇 男女共権よみ(新仮名遣い)だんじょきょうけん
文献名3第14章 恩愛の涙〔688〕よみ(新仮名遣い)おんあいのなみだ
著者出口王仁三郎
概要
備考
タグ データ凡例 データ最終更新日2021-05-16 19:33:11
あらすじ玉治別と杢助・お初親子は、津田の湖水を渡って高春山の正面から攻め上った。三人は途中、一人の女がアルプス教の手の者たちに捕らえられて責められているところに出くわした。杢助によってアルプス教の者たちは追い払われた。女は玉治別の妻・お勝であった。お勝は父の松鷹彦の病気を夫に知らせるためにやってきたのであった。しかし玉治別は今は宣伝使の使命として高春山の言霊戦に携わる身であり、女を連れることはできないと言い渡した。そして、自分の使命を知っていながら情に曇らされて行動するような女は自分の妻ではない、と厳しくお勝を諌めた。玉治別の言葉にお勝は自分の非を悟り、帰って行った。杢助は玉治別の心中を察して慰めの言葉をかけ、三人は高春山へと登っていく。お勝は帰り道の道中、自分の非を悔い、夫の諭しに感謝をする宣伝歌を歌った。武志の宮に帰りつくと、父の松鷹彦は気分良く天の真浦に介抱されながら、お勝の帰りを出迎えた。
主な人物 舞台 口述日1922(大正11)年05月20日(旧04月24日) 口述場所 筆録者松村真澄 校正日 校正場所 初版発行日1923(大正12)年4月5日 愛善世界社版229頁 八幡書店版第4輯 348頁 修補版 校定版236頁 普及版103頁 初版 ページ備考
OBC rm2114
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本文  玉治別は津田の湖水を渡つて、高春山の正面より攻め登り行く。杢助はお初を背に負ひ其後に従ふ。日は漸く暮れ果てて、月は雪雲に包まれ、姿も朧気に天空に明滅して居る。一行は、とある木蔭に立寄りて息を休める折柄に、慌ただしき数多の人の足音、刻々に近寄り来る。玉治別、杢助は朧月夜の木蔭に、何事ならむと透かし見れば、一人の女に猿轡を箝ませ、エイヤエイヤと言ひつつ担ぎ来る。様子あらんと両人は息を凝らして眺むれば、数多の男は、一人の女を目の前の木蔭の稍広き所に下し、猿轡を解き何事かよつて集つて、訊問を始め出した。
『コレヤ女、貴様は何処の者だ。白状いたせ』
『妾は都の者で御座います』
『馬鹿を言ふな。此黒い目でチヨツと睨んだら間違はないぞ。貴様は田舎の女であらうがな』
『それを尋ねてどうなさいますか』
『必要があつて尋ねるのだ。綺麗サツパリと白状致して了へ』
『妾は浪速の都に生れた者で御座います。父もなければ、母もなし、兄弟姉妹もなき憐れな独身者、此山奥に紛れ込み、あなた方に捉へられたので御座いますが、何一つ悪い事は致した覚えがありませぬ。どうぞ見遁して下さいませ』
『貴様はアルプス教の重要書類を手に入れた奴の女房に間違ひない。サア有体に汝が夫の所在及書類の所在を白状致せ』
『何かと思へば、思ひも掛けぬ妙な御尋ね、左様な事は今が聞始めで御座いますワ』
『汝は三五教の宣伝使の……名は忘れたが……女房であらう』
『イエイエ決して決して、左様の者では御座いませぬ』
『度渋とい、白々しい女だ。仮令水責め火責めに遇はしても、白状させねば置くものか』
『何と仰有りましても、知らぬ事は何処迄も知りませぬ』
『此奴ア、一通りでは吐すまい……オイ皆の奴、真裸にして面白い芸当をやらしてやらうぢやないか』
『よからう よからう』
と一同は泣きひしる女を真裸になし、
『サア女、ワンと言へ、吐さな、此かつ杭が貴様の頭にお見舞申すぞ』
『何と仰有つても、人間が畜生の真似は出来ませぬワ』
『出来なくば白状致すのだ。……サア、ワンと申せ』
 一同声を揃へて、
『ワツハヽヽヽ………』
と笑ふ。忽ち傍への木の小蔭より、
『ヤアヤア アルプス教の悪魔共、よつく聞け。某こそは、湯谷ケ岳の麓に於て英雄豪傑と聞えたる、木挽の杢助、本名は時置師神だ。一時も早く前非を悔い、其女に衣服を着せ、汝等は真裸となつて四つ這になり、ワンワンと吠えよ。違背に及ばば此杢助が片端から汝等が素首を捻切つてやるぞ』
『オイ偉い奴が斯んな所までやつて来やがつたぢやないか。真裸になつて四つ這になるのは残念だし、どうしようかなア』
『サア、逃げろ逃げろ』
『コレヤ者共、逃げようといつても、逃しはせぬぞ。逃げるなら逃げて見よ。四方八方に味方の強者を取巻かせ置いたれば、一寸でも此場を動くが最後、汝の身体は木端微塵だ。それでも構はねば、どちらへなりと勝手に走れ』
『オイ皆の奴、どうしようかなア』
『何と云つても生命が大事だ。裸になつて、また着物を着れば良いぢやないか。仮令ワンワンと言つた所で、其儘犬になつて了ふのでもなし、此処は一つ安全策に、御註文通り真裸となり、ワンと一声吠えて見ようぢやないか』
『此寒いのに真裸になつたら、震ひあがるぢやないか』
『貴様が寒いのも、此女が寒いのも同じ事だ。早く女に着物をお着せ申せ。愚図々々致すと、杢助が汝の雁首を引抜かうか』
『マアマアマア杢助さん、貴方の御芳名は此辺で知らない者はありませぬ。お偉い方と云ふ事は、我々仲間もよく知つて居ります。どうぞ待つて下さいませ』
『早く着物を着せないか』
『ハイ、コラコラ皆の奴、着物を持つて来い。此御婦人に鄭重に着せるのだ』
 丙は恐る恐る着物を持つて、コハゴハ女の後に寄り来り、一間程の距離から、女の背中を目がけてポイと放り、二三間後ずさりし、木の株に躓いてドスンと尻餅をつき、「アイタヽヽ」と顔をしかめて居る。女は早速其着物を着け、
『何れの方か存じませぬが、危急の場合、ようお助け下さいました』
『其御礼には及びませぬ。……ヤイヤイ皆の奴、そこに真裸となつて這はないか。早く這はぬと首を引抜くぞ』
 一同はブツブツ小声に呟き乍ら、真裸の儘、蛙突這になつて慄うて居る。
『コレコレお女中、其着物をお前さまは御苦労だが、一々畳んで始末をつけて下さい。さうして一所へ集め、帯でグツと括り、此杢助が担いで津田の湖へ、ドンブリと放り込んで了ふ考へだから……』
『モ此寒いのに着物を取られては、息絶いて了ひます。どうぞ着物だけは赦して下さい』
『ヨ、それなら着物は其儘にして置かう。俺も泥棒になつたと云はれては末代の恥だから……、併し此杢助は一度言ひ出したら後へは引かぬ男だ。サア、一度にワンと言へ』
 一同は顔を見合せ乍ら、小さい声で、
『イイ……ワン』
と吠える。
『コレヤコレヤ貴様、ワンの前に何だか付いて居たぢやないか』
『ハイ……イウイウ……幽霊が付いて居りました』
『貴様は……ワンと云ひ乍ら……イワンと吐すのか。どこまでも負惜みの強い奴だな。マア一時ばかり……ワンは是れ限りで堪へてやる、其代りに赤裸で辛抱致せ。何程寒くても此杢助はカマワンぢや、アハヽヽヽ。モお女中さま、お前さまは何処のお方だ』
『ハイ、妾は宇都山村の者で御座います。老人が急病で困つて居りますので、我夫の玉治別に知らさうと思ひ、聖地へ参つて承はれば、高春山の言霊戦に出陣したとやら、旦夕に迫る父の生命、一時も早く妾も女の身なれども、高春山の言向け戦に御加勢をなし、父の生存中に夫に会はせたいばつかりにやつて来ました』
『何、玉治別の宣伝使が貴女の夫とな。コレコレ玉治別さま、奥さまがお見えになつて居ます。なぜ御挨拶をなさいませぬか』
『私は高春山の言霊戦が済みますまで、女を連れる事は出来ませぬ。断じて私の女房ではありますまい』
『それでも今本人がさう仰有つたではありませぬか』
『ヤアそれなる女、我女房の名を詐り──不届至極な奴、我女房は女々しくも神業のため出陣したる夫の後を追ふ如き狼狽者ではない。仮令親の急病なればとて、公私を混同し、夫の大事を誤らしむる如き馬鹿な女房は持たない。何れの女か知らねども一刻も早く此場を立去れ』
 お勝は涙を揮ひ、
『あなたの御心中……イヤお言葉はよく分りました。決して妾は玉治別宣伝使の女房では御座いませぬ』
『不届きな女共奴、我々男子を誑かるとは何事ぞ。…コレコレ玉治別さま、一つ懲らしめておやりなさい』
 玉治別は熱涙を呑み乍ら、お勝の前に進み寄り、
『不届き至極の女奴、汝は真裸にして河に投げ込んでも、尚足らぬ不届な奴なれど、今日は差赦して遣はす。サア早く此場を立去れ。玉治別の女房は決してそんな未練な訳の分らぬ者ではないぞ。アハヽヽヽ、杢助さま、妙な奴もあるものですな』
『それなる女、汝も必ず夫があるであらう。夫の名誉を毀損する様な行状は決して致すでないぞや。又汝夫ありとせば、必ず夫の無情を恨んではならぬぞや』
 お勝は涙を拭ひ乍ら、
『ハイ妾は御存じの通りの狼狽へた女で御座います。まだ幸に夫は持ちませぬ。併し乍ら、若し霊魂上の夫がありとすれば、如何なる無情な仕打をなされましても決して恨みとは存じませぬ。女のはしたない心から、皆様に御心配をかける様な事は慎みます。これから妾も国へ帰りますから、皆様御安心下さいませ』
『道中は小盗人が往来致して居るから、神言を奏上し、随分気を付けて帰つたがよからうぞ』
『ハイハイ有難う御座います。あなたの御親切なお言葉はどこまでも忘れませぬ。左様なれば不束者の女、これでお別れ致します。随分皆様、気を付けてお出でなさいませ。御成功を待つて居ります』
『ヤア御女中、御心底は御察し申す。此杢助だとて、血もあれば涙もある。今は何も言はぬが花、又お目にかかる事がありませう』
『ハイハイ有難う御座います』
ホとして足早に後振り返り、振り返り、月夜の木蔭に消えて了つた。
『玉治別さま、妙な事に出会したものですなア。随分神様の御用をして居ると、局面が忽ち一変し、愉快な事があつたり、辛い事があつたり、イヤもう大変に結構な御神徳を頂きました。あなたも定めて御修行が出来たでせう』
『ハイ有難う。千万無量の思ひ……否御神徳を頂きました』
『サアサア小父さま、お父さま、ボツボツ参りませう』
 杢助は負うた子に教へられ、浅瀬を渡る心地にて、森林の中を山上目がけてスタスタと登り行く。玉治別は時々太き息をつき乍ら、ワザと元気を装ひ、後に従いて行く。
 お勝は道々小声に歌ひ乍ら、足を早めて帰路に就いた。
『神が表に現はれて  善と悪とを立別る
 三五教の宣伝使  玉治別と現はれて
 言依別の神言を  畏みまつり三人連れ
 高春山に潔く  出でます後に悲しくも
 力と思ふ父上は  俄の病に臥し給ひ
 命旦夕に迫り来る  天の真浦の宣伝使
 兄の命はましませど  義理の中なる弟の
 玉治別のわが夫  父の死に目に会はずして
 空しく帰り給ひなば  何とて道に叶ふべき
 神を敬ひわが親に  孝養尽すは子たる身の
 務めと固く聞くからは  女房の身として棄てらりよか
 兄の命に許されて  父の病気を救はむと
 聖地に参り真心を  籠めて恢復祈りつつ
 心の闇に包まれて  遠き路をばスタスタと
 玉治別や国依別の  悲しき仲の兄弟に
 父の様子を知らさむと  来りて見ればアルプスの
 神の教の手下共  われを捉へて難題を
 吹きかけ来る恐ろしさ  わが身危ふくなりし時
 忽ち木蔭に人の声  杢助さまとか云ふ人が
 現はれ給ひて悪者を  追ひ退けて下さつた
 あゝ有難し有難し  神は妾をどこまでも
 労はりますか尊やと  涙に咽ぶ折も折
 夫の声によく似たる  其言霊に胸躍り
 飛び付きたくは思へども  悪魔の征途に上りたる
 玉治別はどこまでも  妻ではないとしらばくれ
 千万無量の悲しみを  心に包み玉ひつつ
 事理明白な御教  世間の義理にからまれて
 不覚を取りし妾こそは  実に浅ましき心かな
 あゝ惟神々々  御霊幸はひましまして
 迷ひ果てたるわが心  直日に見直し聞直し
 宣り直しませ三五の  教の道の大御神
 妾は是より本国へ  夜を日に継いで立帰り
 父の看護を余念なく  国依別のわが兄や
 玉治別のわが夫に  代りて孝養尽します
 何卒許させ賜へかし  女心のはしたなき
 今の仕業を大神の  広き心に見直して
 迷ひの罪を赦せかし  仮令天地は変るとも
 妾の心は何時までも  今賜はりし御教を
 胆に銘じて忘れまじ  神の隈手も恙なく
 早く帰らせ玉へかし  あゝ惟神々々
 御霊幸はひましませよ』
と樹木鬱蒼たる猛獣の猛り狂ふ山路を、一人スタスタ帰り行く。
 お勝は武志の宮の社務所に漸く帰り着いた。不思議や父の松鷹彦は、今日は何時もよりは気分も好しとて、庭先の枝振りの良い松を眺めて、天の真浦に介抱され乍ら、嬉しげにお勝の帰り来りし姿を眺めて居た。
(大正一一・五・二〇 旧四・二四 松村真澄録)
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