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文献名1霊界物語 第23巻 如意宝珠 戌の巻
文献名2第3篇 有耶無耶よみ(新仮名遣い)うやむや
文献名3第9章 高姫騒〔721〕よみ(新仮名遣い)たかひめさわぎ
著者出口王仁三郎
概要
備考
タグ データ凡例 データ最終更新日2021-06-29 17:24:57
あらすじ若彦の館の門を潜って一人の女が入ってきた。門番がとがめると、女は門番をたしなめて足早に奥に入って行った。女は玄関番の久助と言い争い、そこへ若彦が現れて女を見ると、はっとして奥へ通した。女は若彦の妻・玉能姫であった。玉能姫は、高姫が若彦に対して陰謀を企んでいる危急を知らせに来たのであった。玉能姫は、高姫またはその使いが食べ物を持って来たなら、決して口にしてはならない、と告げた。若彦は承知して、玉能姫に礼を言う。そこへ玄関に騒々しい争いの声が聞こえてきた。高姫がやってきて、玉能姫がここへ来ただろうと怒鳴っている。高姫は奥へ勝手に入ってきて、若彦と玉能姫が会談している部屋に現れた。そして憎まれ口を叩いている。高姫は二人を脅したりすかしたりして、玉の隠し場所を白状させようとする。若彦は怒り、玉能姫は去ろうとするが、高姫は食ってかかって怒鳴りたてる。そこへ常楠夫婦、木山彦夫婦、秋彦、駒彦、虻公、蜂公がやってきて、奥の争い声を聞いてやってきた。一行は若彦の前に平伏する。高姫は皆が陰謀を企てにやってきたのだろう、と非難を始めるが、駒彦、秋彦は何のことやらわからずに途方に暮れている。久助が一行を大広間に案内しようとすると、高姫はまたもや言いがかりをつけて一行の行く手を阻む。秋彦と駒彦は、自分たちは教主・言依別命に絶対服従しており、若彦を玉能姫を崇敬していると言って高姫を無視して通ろうとした。高姫は怒って秋彦と駒彦のえりを掴んで引き倒した。それを見た常楠は怒って、大力に任せて高姫の襟首を掴み、館の外へと放り出した。
主な人物 舞台 口述日1922(大正11)年06月11日(旧05月16日) 口述場所 筆録者北村隆光 校正日 校正場所 初版発行日1923(大正12)年4月19日 愛善世界社版141頁 八幡書店版第4輯 545頁 修補版 校定版143頁 普及版65頁 初版 ページ備考
OBC rm2309
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本文の文字数6441
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本文  若彦の門を潜つて入り来る一人の美人があつた。門番の秋公、七五三公の両人は此姿を見て、
秋公『モ、何処のお女中か知りませぬが、何の御用で御座るか、門番の私に一応御用の趣を聞かして下さいませ』
女『少しく様子あつて……兎も角主人に会ひ度う御座いますから』
七五三公『名も分らぬ女を通す事は罷り成りませぬ』
女『お前は此処の門番ではないか、妾が如何なる者か分らぬ様な事で、門番が勤まりますか』
とたしなめ乍ら、足早に奥深く進み入つた。
七五三公『アヽ薩張駄目だ、女と言ふ奴は押し尻の強いものだ。然し彼奴は何処ともなしに気品の高い女であつたが一体何だらうかなア』
秋公『ひよつとしたら大将のレコかも知れぬぞ』
と小指を出して見せる。
七五三公『当家の大将に限つてそんな者があつて堪らうかい。玉能姫様と言ふ立派な奥様があるのだが、今は再度山の麓の生田の森に、三五教の館を建てて熱心に活動して居られると言ふ事だ。御夫婦は遥々国を隔てて忠実に御神業を為さると言つて、大変な評判だから、そんな事があつて堪るものか』
秋公『さうだと言つて思案の外と言ふ事がある。ひよつとしたら玉能姫さまが御入来になつたのぢやあるまいかな』
七五三公『馬鹿を言へ、玉能姫様がどうして一人お入来になるものか。少なくとも一人や二人のお供は、屹度従いて居らねばならぬ筈だ』
秋彦『そこが……微行と言ふ事がある。きつと大将が恋しくなつて、御微行と出掛けられたのだらう』
と門番は美人の噂に有頂天になつて居る。
 美人は奥深く進み入り玄関先に立ち、小声になつて、
女『若彦様は御在宅で御座いますか』
と訪うた。玄関番の久助は此声に走り出で、
久助『ハイ、若彦の御主人は今奥に居られます。誰方で御座いますか、御名を聞かして下さいませ』
女『少しく名は申し上げられぬ仔細が御座います。お会ひ申しさへすれば分りますから、何卒「女が一人お訪ねに参つた」と伝へて下さいませ』
久助『私は姓名を承はらずにお取次を致しますると、大変に叱られますから、何卒名を言つて下さい、さうでなければお取次は絶対に出来ませぬ』
女『左様なれば妾から進んでお目に掛るべく通りませう』
久助『是は怪しからぬ事を仰有る。此処は私の関所、さう無暗に通る事は罷りなりませぬ』
女『左様なれば取次いで下さいませ』
久助『見れば貴女は相当の人格者と見えるが、私の言ふ事が分りませぬか。玄関番は玄関番としての職責を守らねばなりませぬから、何程通して上げ度くとも、姓名の分らない方は化物だか何だか知れませぬ。気の毒乍ら何卒お帰り下さいませ』
 美人は稍声を高め、
女『コレ久助、お前はまだ聖地に上つた事もなく、生田の森へ来た事も無いので分らぬのも無理はないが、名を名告らずとも玄関番をして居る位なら、大抵分りさうなものだ。何と言つても妾は通るのだから邪魔をして下さるな』
と何処やらに強味のある言ひ振り。
 久助は首を傾け、
久助『ハテナ、貴女は奥様では御座いませぬか。ア、いやいや奥様ではあるまい。尊き玉能姫様は結構な御神業を遊ばして、今では女房とは言ひ乍ら、格式がズツと上になられ、当家の御主人様も容易にお側へ寄れないと言ふ事だ。そんな立派な方が供を連れずに、軽々しく一人御入来遊ばす道理がない。アヽ此奴は、てつきり魔性のものだ。……こりやこりや女、絶対に通る事は罷りならぬぞ』
と大声に呶鳴りつけてゐる。若彦は久助の大声に何事の起りしかと、座を起つて此場に現はれ来り、美人の姿を見て打ち驚き、
『ア、お前は玉……』
と言ひかけて俄に口をつぐみ、居直つて、
『何れの女中か存じませぬが、何卒奥へお通り下さいませ』
女『ハイ、有り難う御座います。御神務御多忙の中を御邪魔に上りまして、誠に御迷惑様で御座いませう。左様なればお言葉に従ひ、奥に通して頂きませう』
若彦『サア私に従いて御入来なさいませ。コレ久助、お前は此処にしつかりと玄関番をして居るのだよ、一足も奥へ来てはいけないから』
と言ひ捨てて両人は奥の間に姿を隠した。後見送つた久助は首を稍左方に傾け舌を斜に噛み出し、妙な目付をして合点の往かぬ面持にて天井を眺めて居る。若彦は奥の間に女と二人静かに座を占め、
若彦『貴方は玉能姫殿では御座らぬか。大切な御神業に奉仕しながら、何故案内も無く一人で此処へお入来になりましたか。私は神様へ誓つた以上、貴女と此館で面会する事は思ひも寄りませぬ』
玉能姫『お言葉は御尤もで御座いますが、之には深い仔細があつて参りました。貴方の御存じの通り、言依別様より大切な神業を命ぜられ、次で生田の森の館の主人となりましたが、それに就いて高姫さまの部下に仕へて居る人達が、「三個の神宝は、屹度妾と貴方とが申し合せ当館に隠してあるに相違ないから、若彦の生命をとつてでも、其神宝の所在を白状させねばならぬ」と言つて、大変な陰謀を企てて居りますから、妾もそれを聞いて心落ち着かず、何にも御存じの無い貴方に御迷惑を掛けては、妻たる妾の責任が済むまいと思つて、長途の旅を只一人忍んで御報告に参りました』
若彦『左様で御座つたか。それは御親切に有難う御座います。然し乍ら何事も神様に任した私、仮令高姫が如何なる企みを以て参りませうとも、神様のお力に依つて切り抜ける覚悟で御座います。何卒御安心の上、休息なされたら一時も早くお帰り下さいませ。万一此事が他に洩れましてはお互の迷惑「若彦、玉能姫は立派な者だと思つて居たのに、矢張人目を忍んで夫婦が会合して居る」と言はれてはなりませぬから、教主のお許しある迄は絶対にお目に掛る事は出来ませぬ。その代り私も何処までも独身で道を守つて居りますから、御安心下さいませ』
玉能姫『貴方に限つて左様な気遣ひは要りますものか。互に心の裡は信用し合つた仲ですから、決して決して左様なさもしい心は起しませぬ。御承知で御座いませうが何れ遠からぬ中、高姫さまか、又は部下の方々が食物を以て見えませうから、決してお食りになつてはなりませぬ。是だけは特にお願ひ致して置きます』
若彦『ハイ、有り難う御座います、何から何まで御注意下さいまして御親切の段、何時迄も忘却致しませぬ』
 玉能姫は嬉し気に若彦の言葉を聞いて笑顔を作り、嬉し涙を滲ませて居る。
 斯かる処へ玄関に当つて争ひの声おいおい高くなつて来る。二人は何事ならんと耳を澄ませ聞き入れば、高姫の癇声として、
『此処へ玉能姫が来たであらう』
久助の声『イヤイヤ決して決して女らしい者は一人も来ませぬ。此館は御主人の命令に依つて当分の間、女は禁制で御座る』
高姫の声『何と言つて隠してもチヤンと門番に聞いて来たのだ。女が一人此処へ這入つて来た筈だ、上も下も心を合せ、しやうも無い女を引き摺り込み、体主霊従のあり丈けを尽し、表面は誠らしく見せて居る若彦の企みであらう。彼奴は青彦と言つて、妾が育ててやつた男だ。エー、通すも通さぬもあるか、言はば弟子の館に師匠が来たのだ。邪魔致すな』
と呶鳴り立て、久助の止むるを振り払ひ、三四人の男を玄関に待たせ置き、畳を足にて強く威喝させ乍ら若彦の居間に進み来り、
高姫『オホヽヽヽ、若彦さま、悪い処へカヤ婆が参りまして誠に御迷惑様、折角意茶つかうと思ひなさつた処を、風流気の無い皺苦茶婆が這入つて来て、折角の興を醒ましました。お前さまは羊頭を掲げて狗肉を売る山師の様な宣伝使ぢや。玉能姫殿、此高姫の眼力に違はず、表面は立派な事を……ヘン……仰有つて言依別の教主を誤魔化して御座つたが、今日の醜態は何で御座りますか。貴方の御身分で一人の伴も連れずに、大切な神業を遊ばす夫の側へ忍んで来るとは、実に立派な貴方の行ひ、高姫も実に感心致しました。本当に凄いお腕前、爪の垢でも煎じて頂き度う御座いますワ。オホヽヽヽ』
若彦『これはこれは高姫様、遠方の所ようこそいらせられました』
高姫『よう来たのでは無い、悪く来たのですよ。お前さまも気持良く楽しまうと思つて居た処へ、皺苦茶婆アがやつて来て、折角の楽しみを滅茶々々にされて胸が悪いでせう。月に村雲、花には嵐、世の中は思ふ様には往きますまいがな。西は妹山、東は背山、中を隔つる高姫川、本当に悪い奴が出て参りました。コレコレ玉能姫さま、恥かし相に赭い顔して何ぢやいな。阿婆擦女の癖に、殊勝らしう見せようと思つて、そんな芝居をしても、他のお方は誤魔化されませうが、此高姫に限つて其手は喰ひませぬぞエ。「その手でお釈迦の顔撫でた」と言ふのはお前さまの事だ。アヽア怖い怖い、こりや一通りの狸ではあるまい。愚図々々して居ると高姫の睾丸……オツトドツコイ……胆玉まで抜かれますワイ』
玉能姫『これはこれは高姫様、遠方の処御苦労様で御座いました。今承はれば貴方は色々と我々夫婦の事に就いて、誤解をして居らつしやいますが、決して左様な考へを以て来たのでは御座いませぬ』
高姫『そんな事は今々の信者に仰有る事だ。蹴爪の生えた高姫には、根つから通用致しませぬワイなア』
と小面憎気に頤をしやくつて見せる。玉能姫は返す言葉も無く迷惑相に俯向いて居る。
高姫『コレ、玉能姫さま、イヤお節さま、悪い事は出来ますまいがな。誠水晶の生粋の日本魂ぢやと教主が見込んで、大切な御神業を言ひ付けられた貴女の精神が、さうグラ付く様な事では如何なりますか。妾は是から貴女の夫婦会合を実地に目撃した証拠人だから、三五教一般に報告致しまして信者大会を開き、お前さまの御用を取上げて仕舞はねば、折角大神様の三千年の御苦労も水の泡になります。サア如何ぢや、返答をしなされ。三つの玉は何処へ隠してある。それを聞かねば、お前さまの様なグラグラする瓢箪鯰には秘密は守れませぬ。サア玉能姫さま、若彦さま、夫婦共謀してドハイカラの言依別を誤魔化して居つたが、最早化けの現はれ時、何と言つても高姫が承知しませぬぞエ。一般に報告されるのが苦しければ……魚心あれば水心ありとやら……此高姫も血もあれば涙もある。決してお前さま達の御迷惑を見て、心地よいとは滅多に思ひませぬ。サア玉能姫さま、お前さまはチツと妾の言ひ様が強うて腹も立つであらうが、そこは神直日大直日に見直し聞き直して、御神宝の所在を妾にソツと言つて下さい。さうすればお前さま等夫婦のアラも分らず、妾も亦誠の御神業が出来て結構だから』
玉能姫『妾は一度教主様から玉はお預り致しましたが、不思議な方が現はれて遠い国へ持つて行かれましたから、実際の事は何処に隠されてあるか、妾風情が分つて堪りますか。又仮令知つて居りましても、三十万年の間は口外は出来ない事になつて居りますから、それ許りは如何仰有つても申し上げられませぬ。何卒貴女の天眼通と日の出神の御守護とで、玉の所在を御発見なさるが宜しう御座いませう』
高姫『エー、ツベコベと小理屈を言ふ方ぢやなア。そんな事を勿体ない、日の出神に御苦労を掛けたり、天眼通を使うて堪りますか。お前さまが只一言「斯う斯うぢや」と言ひさへすれば良いぢやないか』
若彦『現在夫の私にさへも仰有らぬのですから、何程お尋ねになつても駄目ですよ』
高姫『エー、お前までが横槍を入れるものぢやない。夫婦が腹を合して隠して居るのであらう。そんな事はチヤーンと分つて居るのだ』
 若彦は稍語気を荒らげ、
若彦『知つて居るのなら何故貴女勝手にお探しなさらぬか。貴女の仰有る事は矛盾撞着脱線だらけぢやありませぬか』
高姫『脱線とはお前の事だ。教主の御命令がある迄夫婦顔を合さぬと誓ひ乍ら、今日の脱線振りは何の事だ。矛盾撞着はお前等夫婦の事ぢやないか。余り人の事をけなすと屑が出ますぞ。オホヽヽヽ』
と嘲る様に笑ふ。
玉能姫『若彦様、妾は之でお暇致します。高姫様、何卒御ゆるりと遊ばしませ。左様なら』
と立ち上らうとするを、高姫はグツと肩を押へ、
高姫『コレコレ、逃げ様と云つたつて逃しはせぬぞえ。金輪奈落の底迄、神宝の所在を白状させねば措きませぬぞ』
玉能姫『何と仰有つても是許りは申し上げられませぬ』
高姫『何と、マア、夫婦がよく腹を合したものだ。本当に羨ましい程、仲の良い御夫婦様ぢや。オホヽヽヽ』
玉能姫『何卒高姫様、其処放して下さいませ。妾は生田の森へ帰らねばなりませぬから、一時の間も神業を疎略に出来ませぬ』
高姫『オホヽヽヽ、一時の間も疎略に出来ない御神業を振り棄てて、夫の側へなれば幾日も幾日もかかつて、遥々紀の国迄お越し遊ばすのだから、実に立派なものだ』
玉能姫『それでも退引きならぬ御用が出来ましたので、多忙の中を神様にお願ひ申して参つたので御座います』
高姫『その用とは何事で御座るか、サア、それを聞かして貰はう。妾に聞かせぬ様な御用なら何れ碌な事ではあるまい。お前達若夫婦は寄つて如何な企みをして居るか分つたものぢやない。サアもう斯うなつては私も勘忍袋の緒が切れた。何と云うても舌を抜いてでも言はして見せる』
と癇声に呶鳴り立てて居る。
 此時玄関に騒々しき人の足音が聞えて来た。暫らくすると秋彦、駒彦、木山彦夫婦外四人兄弟、慌しく奥の間の声を聞きつけて此場に現はれ来り、八人一度に手をついて若彦の前に平伏した。
若彦『ヤア、其方は駒彦、秋彦の宣伝使では御座らぬか、何用あつてお越しなされた』
駒彦『ハイ、熊野の大神様へお礼の為めに参拝致しました』
 高姫はカラカラと打笑ひ、
高姫『アハヽヽヽ、オホヽヽヽようもようも揃つたものだ。何かお前達は諜し合はせ大陰謀を企てて居た所、アタ間の悪い、憎まれ者の高姫がやつて来て居るので肝を潰し、熊野の大神様へお礼詣りをしたとは、子供騙しの様な逃口上、立派な聖地には大神様が御座るぢやないか。それにも拘はらず熊野へお礼詣りとは方角違ひにも程がある。何事も嘘言で固めた事は直剥げるものだ。オホヽヽヽ、あの、マア皆さんの首尾悪相な顔わいな。梟鳥が夜食に外れてアフンとした様な其様子、写真にでも撮つて置いたら、よい記念になりませうぞい』
と言葉尻をピンと撥ねた様に捨台詞を使つて居る。駒彦一行は何が何やら合点往かず途方に暮れ、黙然として看守つて居る。
若彦『皆様、後でゆつくりとお話を承はりませう。何卒御神前へおいで遊ばして、お礼を済まして来て下さいませ。……オイ久助、御神殿へ此方々を御案内申せ』
 久助は玄関より若彦の声を聞きつけ走り来り、
久助『サア、皆様、大広間へ御案内致しませう』
高姫『コレコレ悪人共、イヤ同じ穴の狐衆、暫くお待ちなされ。若彦と腹を合はせ、御神殿へお礼と云ひ立て、巧く此場を逃げて行く御所存であらう。そんなアダトイ事を成さつても、世界の見え透く日の出神の生宮はチヤンと知つて居りますぞえ。何故男らしう此場で斯様々々の次第と白状なさらぬのだ。今日三五教に於て、誠の神力の備はつた神の生宮は此高姫で御座る。高姫の申す事を聞くか、若彦の言葉を聞くか。サア事の大小、軽重を考へた上、速かに返答なされ。返答次第に依つて此高姫にも量見が御座るぞや』
 秋彦、駒彦は口を揃へて、
秋、駒『私は第一に言依別の教主、其次には玉能姫様、其次には若彦さまの崇敬者ですよ。何程高姫様が御神力が強いと言つて、自家広告を為さつても、根つから我々の耳には這入りませぬ。サア皆さま、御神殿へ参拝致しませう』
と此場を立つて行かうとする。高姫は夜叉の如く立腹し、秋彦、駒彦の襟髪を両手にひん握り、力をこめて後へドツと引き倒した。常楠、木山彦は余りの乱暴にムツと腹を立て、
常楠『何処の何人か知らぬが、罪も無い我々の伜を打擲するとは言語道断、年は寄つても昔執つた杵柄の腕の冴えは今に変りは致さぬ。さア高姫とやら、思ひ知れよ』
とグツと襟首を掴みて常楠が強力に任せて、猫を抓んだ様に館の外に放り出した。高姫はそれきり如何なつたか暫く姿を見せなかつた。一同は神殿に向ひ感謝の祝詞を奏上して高姫の無事を祈りけるこそ殊勝なれ。
(大正一一・六・一一 旧五・一六 北村隆光録)
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