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文献名1霊界物語 第25巻 海洋万里 子の巻
文献名2第3篇 竜の宮居よみ(新仮名遣い)たつのみやい
文献名3第11章 風声鶴唳〔757〕よみ(新仮名遣い)ふうせいかくれい
著者出口王仁三郎
概要
備考
タグ データ凡例 データ最終更新日2021-09-05 18:56:03
あらすじ地恩城では、黄竜姫が配下を従えて月見の宴を催していた。突如、黄竜姫は顔色青ざめ、友彦とその軍勢の幻影を空中に見て、高殿から転落して人事不省となってしまった。しかし不思議なことに、配下の者たちからは黄竜姫は依然としてその場にあるが如くに見えていた。蜈蚣姫だけには、転落した黄竜姫が見えていた。蜈蚣姫は慌てて駆け下りて行く。これは二人の執着心の鬼によって、幻覚が見えたのであった。またその罪悪より成れる肉体は、千尋の谷底に落とされ、後には二人の本守護神のみが残っていた。本守護神となった黄竜姫はますます荘厳の度を増し、月の大神様を宴の肴として宴を開いたことを悔いた。一同は宴を中止し、梅子姫は導師となって神言を奏上した。以後は月見の宴を為すことは厳禁された。すると貫州と武公が慌てて注進にやってきた。二人は、城外に友彦の大軍勢が押し寄せて城は陥落寸前だという。スマートボールは黄竜姫の命で様子を見に行くと、城外には誰もいなかった。スマートボールは戻って来て貫州と武公を平手打ちすると、二人はようやく我に返った。二人は取り越し苦労が募って夢を見たと一同に詫びた。
主な人物 舞台地恩城 口述日1922(大正11)年07月10日(旧閏05月16日) 口述場所 筆録者北村隆光 校正日 校正場所 初版発行日1923(大正12)年5月25日 愛善世界社版162頁 八幡書店版第5輯 90頁 修補版 校定版168頁 普及版73頁 初版 ページ備考
OBC rm2511
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本文  蒼空一点の雲なく、星光疎にして中秋の月は中空に懸り、鏡の如き温顔をもて下界を照し給ふ。地恩城の棟に鏤めたる十曜の金紋は、月光に映じて目も眩きばかりなり。
 地恩城の女王黄竜姫は、梅子姫、蜈蚣姫、左守のスマートボール、宇豆姫を始め右守の鶴公、貫州、武公其他を従へ、高殿に登り月見の宴を開いて居る。果物の酒は芳醇なる香を放ち、柑子、バナナ、桃其の他の木の実を麗しき器に盛り、一同歓を尽して月光を仰ぐ折しも、黄竜姫は忽ち顔色蒼白ざめ、身体頻りに動揺して、心中不安の雲に包まれし如き容態となれり。
 梅子姫、其他の人々の目には、中秋の月皎々と輝き、紺碧の空は愈高く、風は涼しく何とも云へぬ気分に包まれて居る。独り黄竜姫の眼に映じたるは、ジヤンナ郷のテールス姫の夫となり、三五の道をネルソン山以西に布き、旭日昇天の勢ありと称せらるる友彦を先頭に、数多の鬼の如き土人、怪しき黒雲に乗り、幾十万とも限りなく鋭利なる鎗を携へ、中空より地上を眺め、黄竜姫の頭上に向つて鋼鉄の矛を驟雨の如く降らせ、火の車を挽き連れ、青、赤、黒の鬼、虎皮の褌を締め、牛の如き角を生やし攻め来る恐ろしさに、身体忽ち震動して、高殿より終に顛落、人事不省に陥りける。
 蜈蚣姫は驚きてものをも言はず、老の身も甲斐々々しく階段を降り行く。されど梅子姫、スマートボール其他の面々には、黄竜姫の姿並に蜈蚣姫の姿は依然として高殿に月を賞するかの如く見え居たり。それ故蜈蚣姫の周章て階段を降り行きし事も、黄竜姫が高殿より墜落せし事も夢にも知らざりし。要するに黄竜姫、蜈蚣姫の本守護神は、依然として此高殿に其儘の体を現はし、嬉々として月を賞しつつありしなり。二人が身体に残れる執着心の鬼の為めに斯くの如き幻覚を起し、又其罪悪の凝固より成れる肉体は、副守護神の容器として高殿の下なる千仭の谷間に突き落されたるなりき。
 後に残つた黄竜姫の姿は、恰も鼈甲の如く身体半ば透き通りて一層の美を加へ、言葉も俄に涼しく且つ荘重を帯び来たりぬ。
梅子姫『黄竜姫様、不思議な事があるもので御座いますな。今迄の貴女のお姿とうつて変り、一入立派な御顔色、お身体の恰好までも、何処ともなく威厳の加はつた様に思ひます。変ると言つても、斯う迅速に向上遊ばすと言ふ事は、不思議でなりませぬ』
黄竜姫『ハイ、妾は勿体なくも三五教の神司となり、且地恩城の女王と迄上りつめ、稍得意の色を浮べ安心の気にうたれて、勿体なくも月の大神様を玩弄物か何かの様に、酒肴を持ち出し月見の宴だと、花見か雪見の様な畏れ多い事を何とも思はず始めましたが、忽ち大空の月光菩薩の御威勢に照らされハテ、済まない事をした、妾は今こそ飛つ鳥も落す様な威勢で斯うして此処に安楽に暮して居るが、月の鏡に妾の古い傷がスツカリ写つた様な心持になり、月見どころか、穴でもあらば這入り度い様な心持になり、悔悟の念に苦しむ時しも、満天の星は黒雲に包まれ月光は影を隠し四面咫尺暗澹となりしと思ふ間もなく、ジヤンナの郷に三五の道を伝ふる友彦は妾が昔彼に与へた凌辱の怨みを復さむと数多の鬼を従へ、天上より鋼鉄の矛を雨の如くに降らせ、火の車を以て我肉体を迎へ来る其恐ろしさ。罪にかたまつた肉体の衣を神様の御恵に依つて剥ぎ取られ、又母上も子の愛に溺れ給ふ執着心の衣は、此谷間に落ちて白烟となり消え失せました。アヽ斯くなる上は最早妾の肉体には一点の雲霧も無く、正に此中秋のお月様の如き身魂と生れ変つた様で御座います。それに就いては皆様、只今より月見の宴を廃し、神様にお詫を致しませう』
との物語りに梅子姫は感じ入り、自ら導師となつて高殿に端坐し、月光に向つて感謝祈願の神言を奏上し、月見に用ゐたる総ての器を此高殿より眼下の谷底目蒐けて一品も残らず投げやり、今後は決して月見の宴を為さざる事を神明に約し、悄然として地恩城の奥殿に姿を隠し、再び一同打揃ひ天津祝詞を奏上する事となりぬ。
 地恩城の黄竜姫を始め、重だちたる幹部は奥殿に入り、祝詞を奏上し了つて神酒を頂き居る際、慌しく奥の間目蒐けて駆入り来る貫州、武公の両人は、息も絶え絶えに後鉢巻グツと締め、各自茨の鞭を握つた儘、
『申し上げます。タヽヽヽ大変で御座います。御用意を遊ばしませ』
と息もつき敢ず泣声になつて言上する。
スマートボール『其方は貫州、武公の両人、大変とは何事だ。苦しうない、近く寄つて細さに物語つたが宜からうぞ』
 貫州は両手にて胸を打ち乍ら、稍反身になつて、
『我々両人、地恩城の城門を、スマートボールの命令に依り数多の部下を監督し、用心堅固に守る折しも遥に聞ゆる鬨の声、何事ならむと高殿に一目散に駆登り、月の光に照らして向ふをキツと眺むれば、十曜の紋の旗印、瓢箪形の馬標は幾十百とも無く樹々の間に間に出没し、赤鉢巻に赤襷、数多の駒に跨りて鬨を作つて攻め寄せ来る其勢ひの凄じさ、敵は何者ならむと斥候を放ち、よくよく見れば豈図らむや、曩に城外に投げ出されたる元のバラモン教の友彦、ジヤンナの荒武者共を引率れ、黄竜姫に厳談せむと呼ばはり乍ら、猛虎の勢にて攻め来る。味方は薄衣綾錦、数万の敵軍は甲冑に身を固め小手脛当て、鋭利の武器を携へ旗鼓堂々と攻め寄せ来る物々しさ。吾々両人は、味方の奴輩残らず駆り集め、寄せ来る敵に向つて言霊戦を開始し、天の数歌歌ひ上げて両手を組み、指頭より五色の霊光を発射し敵の魔軍に向つて防ぎ戦へ共、彼も強者、言霊を以て応酬し、其上鋭利なる武器を携へ、時々刻々に近寄り来る危さ。日頃無抵抗主義の地恩城なれども、斯くなる上は最早詮なし、武器に代へて所在小石を引掴み、押し寄せ来る敵軍に向つて雨霰と乱射すれば、敵は雪崩をうつて一二丁ばかり一旦ドツと引き上げしが、又もや鬨を作つて、暴虎憑河の勢恐ろしく、口より火焔を吹き乍ら、青、赤、黒の鬼神共先頭に立ち、雷の如き怪声を放ちて攻来る。味方は僅に三百有余人、死力を尽して挑み戦へども、敵は名に負ふ大軍、瞬く間に縦横無尽に薙立てられ、無念乍らも我々両人、敵を斬り抜け漸く此場に立ち帰り候程に、この処に御座あつては御身辺危ふし、一時も早く裏門より、山伝ひにオン山の方面指して落ち延び給へ。サア、早く早く』
と身を慄はし、左右の手を打ち振り打ち振り注進に及ぶ其怪しさ。スマートボールは合点往かず、
『只今まで高殿に於て月見の宴を催し居たりし我々、敵の押寄せ来る気配あれば何とか神界より御示しあるべき筈、扨ても合点の往かぬ事であるワイ。……もうし黄竜姫様、梅子姫様、如何思召し給ふや、合点の往かぬ両人が注進』
と二人の顔を打ち守り、稍不安の面持にて胸を躍らせて居る。黄竜姫は悠揚迫らず、
『あいや、スマートボール、……貫州、武公の両人を我前に伴ひ来れ』
との厳命にスマートボールは両人の手を引き、黄竜姫の膝下に導いた。二人は頭を垂れ、猫に追はれし鼠の如く畏縮して慄ひ上つて居る。
黄竜姫『あいや、貫州、武公両人、只今汝が注進せし事は過去の出来事なりや、将未来の事なるか、但は現在の事か、明瞭に答弁せよ』
武公『ハイ、過去の事や未来の出来事ならば我々は決して斯様な心配は致しませぬ。既に城内の者共は殆ど滅亡致し、我々両人も斯くの如く顔に手疵を負ひし以上は、只今の事、今や……アレアレあの通り間近くなつた声、人馬の物音、今に友彦、鋼鉄の矛を打振ひ此場に攻め寄せ来りますれば、何卒一時も早く裏門より逃げ延びて下さいませ』
黄竜姫『あいや、スマートボール、其方は表門に行つて実否を調査し来れ』
 スマートボールは『ハイ』と答へて立ち上らむとする。貫州は其裾を掴んで、
『モ左守様、お待ち下さいませ、衆寡敵せず、飛んで火に入る夏の虫、決して悪い事は申しませぬ。……黄竜姫様、早く早く御用意遊ばしませ』
梅子姫『今武公の言葉におひおひ近づく鬨の声、人馬の物音と申したが、天地は至つて静寂、何の声も無いではありませぬか』
武公『ソヽヽそりや何を仰有います。あの声が分りませぬか』
と顔色変へて落ち付かぬ気に、震ひ震ひ答へる。
 スマートボールは貫州の手を振り放し、一目散に表門に現はれ見れば、月は皎々と輝き猫の子一匹其辺に見えぬ。『ハテ不思議』と高殿に登り四方をキツと見渡せば山はコバルト色に蒼ずんで一点の白雲もなく、山の尾の上の輪画は一入瞭然として、淋しき中に得も言はれぬ雅味を漲らして居る。スマートボールは悠々として奥殿に帰り来り、二人の前に立現はれ、矢庭に平手を以て貫州、武公の横面を二つ三つピヤピヤと打てば、二人は初めてポカンとした様な面を曝し、
両人『ヤア……これはこれは不躾千万にも女王様の御殿に何時の間にか侵入致し、実に申し訳なき事で御座います。何卒お許し下さいませ』
と平伏する。
蜈蚣姫『ほんにほんに、妾の荒肝を取りかけよつた。お前は一体何と言ふ事を言つて来るのだ。大方夢を見て居つたのだらう』
両人『ハイ、今考へて見ますれば、夢の連続的行為で御座いました。あまり友彦が出て来る出て来ると心配して居つたものですから、ドエライ夢を見たので御座いませう……あゝ惟神霊幸倍坐世』
と両手を合せ、
両人『マアマア夢で結構で御座いました。……皆さま、お目出度う、お祝ひ申します』
 黄竜姫、梅子姫、宇豆姫一度に吹き出し、
『プツフヽヽヽ、オホヽヽヽ』
 館の外には皎々たる明月輝き、松虫、鈴虫、蟋蟀、螽斯の声賑しく聞えて居る。
(大正一一・七・一〇 旧閏五・一六 北村隆光録)
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