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文献名1霊界物語 第56巻 真善美愛 未の巻
文献名2第1篇 自愛之柵よみ(新仮名遣い)じあいのしがらみ
文献名3第3章 仇花〔1433〕よみ(新仮名遣い)あだばな
著者出口王仁三郎
概要
備考
タグ データ凡例 データ最終更新日2024-06-09 18:43:30
あらすじケリナ姫はいつのまにか、花が咲く野を夫の鎌彦を尋ねてとぼとぼと歩いていた。向こうからとぼとぼと歩いてくる男をよく見れば、探していた鎌彦であった。ケリナ姫は嬉しさに抱きついたが、鎌彦は振り放した。そして、自分はケリナ姫をものにするために、恋敵のベルジーを殺害したことを懺悔した。そして行商に出た後、三人組の盗賊に殺されて、今は冥途の八衢にさまよっているのだ、と身の上を話した。ケリナ姫は自分が幽冥界に来たこと、鎌彦はもう死んでいることを悟った。そしてベルジーは、自分の異母兄だから親しくしていたことを明かし、鎌彦の所業を嘆き非難した。鎌彦はケリナ姫に詫び、そしてベルジーに対してもお詫びをして赦しを乞おうと幽冥界を尋ねまわっていたが、どうやらベルジーはすでに天国に召されたようだと語った。そして、ケリナ姫がベルジーの妹であれば、代わりに赦しを乞いたいと願い出た。ケリナ姫は、ベルジーの代わりに赦すなどということはできないし、兄の仇である鎌彦と夫婦になってしまった自分の身魂の因縁を嘆いた。鎌彦もその場に坐して悔悟の涙に暮れている。そこへベル、ヘル、シャルの泥棒組がやってきた。鎌彦を殺したのはこの三人であった。自分たちが幽冥界に来たことに納得できない三人に対し、鎌彦は伊吹戸主の裁き所へ案内した。八衢の関所に着くと、いつの間にか鎌彦の姿は見えなくなっていた。八衢の守衛は、裁きの前にエンゼルがそれぞれの身魂に接見し、神の教えを説いて聞かせるのだと説明した。それによって悔い改め改心すれば、生前の罪人も天国へ救われることができるという。しかし自らの心が地獄に向いていれば、エンゼルの言葉は苦しく、お顔も恐ろしくていたたまらず自ら地獄に飛び込んでしまうのだ、と説いた。ベルは、自分は自由意志を束縛されるのが何より苦しいから、天国へ行くよりも地獄へ行って力いっぱい活動してみたい、と答えた。しかし守衛は、生死簿を見るとまだベルの寿命が尽きていないと言って、金棒でベルを突きたてた。ベルは傍らの草の中に倒れてしまった。
主な人物 舞台 口述日1923(大正12)年03月14日(旧01月27日) 口述場所竜宮館 筆録者外山豊二 校正日 校正場所 初版発行日1925(大正14)年5月3日 愛善世界社版30頁 八幡書店版第10輯 156頁 修補版 校定版32頁 普及版13頁 初版 ページ備考
OBC rm5603
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本文
 さつき待つ花橘の香を嗅げば
  昔の人の袖の香ぞする

 夢にも結ぶ恋しき吾背の君は如何なしつらむと、恋路も深き思ひ草。
 花いろいろのブラックリストを経て咲き出づる卯の花や、燕子花、紫に染る山吹の色香に愛でて唯一人トボトボと青野ケ原を辿り行く。花は吾身の進み行く道の辺に笑へども、唯一声の訪れもせず、其足音さへも聞えず、百鳥は四辺の山林に啼き叫べども、吾涙未だ尽きず。実にも尽きざる恋の色、百花の種子、緑、紅、白、赤、黄、爛漫と咲き出づる恨は深し深百合や、神の恵の深見草、心を寄せて進む身の、恋しき吾が夫は妾の心を白露の、梢に霜はおくとても、尚常磐なれや、橘の目覚草のいと清し、君の御身には何事も恙在せ玉ふ事は無くとも、何方に坐しますか、昔の恋を忍ぶ草、春めき渡りて花霞、立上り行く空を見すてて行く雁は、花無き里に住みや習へるかと、心空なる疑ひに満ちぬ。テルモン山の神苑に咲き誇りたる若芽の花を見捨ててはや一年、顧み玉はぬ夫の情無さ。仮令此身は屍を野辺に晒すとも、思ひつめたる恋の意地、足乳根の父母の許さぬ恋に焦れし身は、款冬誤つて晩春の風に綻び、躑躅は夜遊の人の折を得て、驚く春の夢の中、胡蝶の戯れ色香に愛でしも、今となり思ひ廻せば心の仇花なりしか。今や吾が身は夏草の、湿茸に交る姫百合の、手折る人なき身の浅間しさ。アア恋しき鎌彦の君は、何れにましますか、唯一目会はまほしやと、吹来る風の響にも、とつおひつ心を悩ませ乍ら、北へ北へと進み行く。
 斯る処へ前方より、
 とぼとぼ来る一人の男、
 女を見るより佇みて、
 いぶかし気にも眺め入る。
 女は見るより驚きの声を張り上げて、
ケリナ『アア貴方は恋しき鎌彦さまぢや厶いませぬか、何うしてマアこんな処に居られましたか。妾は貴方がエルシナ谷の庵を出て、些とばかり商売をして金を儲けて来るからと仰有つて、駱駝を引つれ御出でになつた其後は、訪ふ人も無き一人住居、晨夕の一人寝も猛獣の声に驚かされ、秋の夕の虫の音を聞いては哀傷の涙にくれ、憂重つて心は益々感傷的となり身も世もあられぬ思ひに世を果敢なみて、エルシナ川に身を投げたと思ひきや、名も知らぬ斯様な処へ迷つて参りました。さても嬉しや斯様な処で貴方に御目に掛らうとは夢にも存じませなんだ、お懐しう厶います』
と抱きつけば鎌彦は振り放し、
鎌彦『ケリナ姫、お前も定めて苦労をしたであらう、誠にすまなかつた。併し乍ら私はお前には未だ隠して云はなかつたが、お前と結婚する前に、恋の仇と思ひ込み、ベルジーと云ふ男をうまくチヨロマカして淵に投げ込み、生命をとつた其のお蔭で、お前と嬉しい仲となり、両親の目を忍んでエルシナ谷に庵を結び、偕老同穴を契る折しも夜な夜なベルジーの怨霊現はれ、恐ろしい顔をして睨みつけるのでお前の側に居る事も出来ず、又お前の顔がベルジーに見えて来て怖ろしくて仕方が無いので、行商に事寄せ、駱駝を引連れて、お前に別れ、彼方此方と彷徨ふうち三人組の泥坊に出逢ひ、持物一切を掠奪され赤裸の儘、ライオン河に投げこまれ、罪の報ひで今は冥途の八衢に彷徨ふて居るのだ。何卒私の事は思ひ切つてくれぬと何時迄も天国へ行く事が出来ないのだ。お前は未だ此処へ来る精霊ではないやうだ。何とかして早く引返し、御両親様に御詫をなし、相当の夫を持ち一生を送つてくれ。それが私の頼みだ』
と掌を合し涙と共に拝んでゐる。
 ケリナは鎌彦の言葉に不審の胸を抱き乍ら頭を傾けて、寸時思案に沈んでゐた。暫くあつて顔を上げ、
ケリナ『モシ鎌彦さま、今初めて貴方の御言葉を聞いて驚きました。お前は彼の愛らしいベルジーさまを殺したのですか。何故そんな悪い事をして下さいました。あのベルジーさまは実の所は妾の兄で厶います。お父さまが内証女を孕ませて母に隠して首陀の家へやつたので厶いますよ。妾は其事を父から聞いて居りましたから、是迄ベルジーさまが私を妹と知らず幾度も言ひ寄り遊ばした事が厶いますが、そこは体よく断つて居りました。思へば思へば恋しき夫は兄の仇であつたか。其お話を聞くにつけ、貴方が憎らしいやら、恋しいやら吾乍ら吾心が怪しうなつて参りました』
鎌彦『私は一度ベルジーさまに御目に掛つてお詫をせなくてはなりませぬ。夫故霊界へ来てから所々方々と其所在を探し一言御許しを頂きたいとあせつて居りますが、噂に聞けば、何うやら天国にお出でになつたさうで御目にかかる事も出来ず、実に困り切つて居ります。貴方が兄妹とあれば御兄さまに代つて何卒一言許すと言つて下さいませ。さうすれば此鎌彦も罪が解けて天国の生涯が送れるでせう。何卒今迄の厚誼に一言許すとの御言葉を頂き度う厶います』
ケリナ『妾が貴方を許すといふ資格は厶いませぬ。又妾も兄の仇と知らずに夫婦になつた罪は中々容易なものでは厶いますまい。屹度地獄のドン底に堕ちねばならぬ此霊魂、どうして左様な事が出来ませうか。アア残念で厶います』
と泣き倒れる。
 鎌彦は双手を組み草生茂る地上にドツカと坐し、悔悟の涙に暮れてゐる。斯る処ヘスとベル、シャル、ヘルの三人、覆面頭巾の黒装束、長い剣を腰にぶら下げ乍ら、ドシドシとやつて来た。ベルは鎌彦の姿を見るより驚いて、
ベル『ヤア、お前はライオン河の川縁に於て駱駝を率ゐ行商にやつて来た旅人ではなかつたか』
鎌彦『ウン、さうだ。あの時の泥坊はお前等三人であつたなア。到頭天命尽きてお前も冥途へ送られたのだな』
ベル『馬鹿をいふない。貴様は気が違ふたのか。此処は冥途ぢやないぞ。俺達は今テルモン山の麓を通り、泥坊稼ぎに歩いて居る最中だ。ライオン河の激流へ落し込んでやつた以上は其方は最早冥途へ行つたと思ひしに、さてもさても生命冥加の奴ぢや。何処かの奴に助けられ、こんな処へ彷徨うてゐやがるのだな。アハハハハ、……アツお前はケリナとかいふナイスぢやないか。何時の間にこんな処へ出て来たのぢや。サア、此処で見つけたを幸ひ俺の女房になるのだぞ』
ケリナ『ホホホホホ、これはこれは泥坊の親方様、貴方はエルシナ川に落ち込んで妾等と一緒に冥途へ彷徨ひ来り乍ら、未だ泥坊をやらうとなさるのか。好加減に改心をなさいませ』
ベル『ハテナ、さう聞くと、エー、此奴等二人の奴とお前の取合ひから格闘を始め、深淵へ落込んだと思つたら、其時に矢張り死んだのかなア。ハテ、合点の行かぬ事ぢやワイ。俺が殺したと思ふ男は此処に立つている。又ナイスも此処にゐる。さうして四辺の景色も別に変つてゐないやうだし、合点の行かぬ事だ。オイ、ヘル、シャル、貴様は此処を何と思ふか』
ヘル『ウン、どうも俺達には現界とも幽界とも見当はつかないわ』
シャル『夢でも見てゐるのぢやなからうかなア』
鎌彦『決して此処は現界ぢやありませぬよ。モウ少し向ふへ行つて見なさい。伊吹戸主神様のお関所が厶います。さうしたらスツカリとお前は死んでゐるか、生きてゐるか判るでせう。私もお前の御蔭で生命をとられ、霊界へ来たので生前に人を殺した罪に苦しめられてゐるよりは、少し許り苦しさが薄らいだやうに思ふ。併し乍ら人を殺した罪は何処迄も消ゆるものではない。お前も又私の肉体を殺したのだから、屹度其罪は除れまい。併し乍ら神様は吾々を地獄へ堕さうとはなさらぬ。此中有界へ彷徨はして天晴れ誠の霊身になり、神の光を身に浴び天国の生涯を送る日を待たせ玉ふのだ。これからお前もモウ斯うなつては仕方がないから悔い改めて善道へ立帰り、天国の生涯を送つたがよからう』
ベル『ハーテ、訳の分らぬ事ばかり言ふ奴が現はれたものだなア』
鎌彦『サア、皆さま、これから私が案内を致しませう』
と先に立つ。男女四人は後に従ひ、草茫々と生え、種々の花咲き匂ふ青芝道を心欣々進み行く。
 漸くにして八衢の関所に着いた。白と赤との守衛は例の如く儼然として控へてゐる。鎌彦は何時の間にやら姿は見えなくなつてゐた。赤の守衛は四人の姿を見て、まづ第一にベルを呼び出し、一々生前の罪状を取り調べ、
赤『アアお前は何うしても地獄行きだなア。可愛相だけれど、自分が造つた地獄だから、アア仕方がないわ』
ベル『成る程、私は仰せの如くよからぬ事を致して来ました。併し乍らコレも不知不識の過ちで厶いますから、何卒許して頂きたう厶います。神様は愛を以て御本体となさるぢやありませぬか。何処迄も悪人を悪人として罰せず、地獄の苦しみを課せず、天国に救つて下さるが神様だと思ひます。悪人を罰するのならそれは決して愛とは申されますまい。愛の欠けた神は最早神ではありますまい』
赤『お前は直に地獄へ行くべきものだが、今此処でエンゼルが御説教をなさるから、夫に依つて悔改め、エンゼルの御言葉が耳に入り、心に浸潤したならば屹度天国へ救はれるだらう。併し乍らお前の造つた悪業では、エンゼルの御言葉は耳に入るまい。人間が霊肉脱離して霊界に来り八衢の関所を越えて伊吹戸主の館に導き入れられた時には、エンゼルが冥官の調べる以前に一応接見して、大神様や高天原及び天人的生涯の事をお知らせになり、諸々の善や、真実を教へて下さるやうになつてゐる。併し乍らお前の精霊が世に在つた時に、神は屹度八衢に於て善悪の教をなし其心の向けやうに由つて或は天国へ、或は地獄へ自ら行くと云ふ事は生前より既に承知し乍らも心の中に之を否んだり、或は之を軽く見てゐたから、何うしてもエンゼルの言葉を苦しくて聞く事は出来まい。エンゼルの御面が怖ろしくなり胸は痛み、居堪たまらず悦んで自分の向ふ地獄へ自ら飛び込むであらう。神は決して世界の人間の精霊を一人も地獄へ堕さうとは御考へなさるのではない。其人が自ら神様に背を向け光に反き地獄に向ふのである。其地獄はお前が現世に居つた時既に和合した所のもので、悪と虚偽とを愛する心の集まり場所である。大神様はエンゼルの手を経たり、且高天原の内流に依つて各精霊を自分の方へ引寄せむと遊ばすけれども、素より悪と虚偽とに染み切つたお前達の精霊は、仁慈無限の神様の御取計らひを忌嫌ひ、力限り之に抵抗し、自分の方から神様を振り棄て離れ行くものである。自分が所有する処の悪と虚偽は鉄の鎖を以て地獄へ自ら引入るるが如きものである。謂はばお前等が自由の意志を以て自ら地獄へ堕落するものだから神様は之を見て愛と善と真との力を与へ、一人も地獄へ堕そまいと焦せつて厶るのだ。どうぢやこれからエンゼルの御話を聞いて、神様に反いた悪と虚偽とをスツカリと払拭し天国の生涯を送る気はないか』
ベル『ハイ、兎も角人間は意志の自由を束縛される位苦しい事は厶いませぬ。天国へ行つて自分の意志に合はぬ苦しい生活をするよりも、一層の事地獄へ行つて力一杯活動して見たう厶います』
赤『ウン、さうだらう。お前はどうしても地獄代物だ。各所主の愛に依つて精霊の籍が定まるものだから、どうしても助けやうがないワ。併し乍ら此生死簿には未だお前は此処へ来る精霊ぢやないから、此関所は越ゆる事は出来ない』
ベル『ハテ、合点が行かぬ事だなア。生きて居るのか、死んで居るのか、自分には少しも合点が行かぬ。どうも死んだやうな覚えもなし、だと云ふてエルシナ川へ飛び込んだ事は確だし、其間に人に救はれて生きてゐるのか、或は死んでからも残つて居る意志がハツキリしてゐるのか、どうも其点が私には分りませぬがなア』
赤『ウン、そらさうだ、わかるまい。仮令肉体は亡ぶるとも、人間の本体たる精霊は意志想念を継続してゐるなり、又生前と同様の肉体を保つて居るのだから、合点の行かぬのは無理もない。併し乍ら此処は幽冥界だ。霊肉脱離後の人間(即ち精霊)の来る処だ。サア、早く此処を立去れ。やがて誰かが迎へに来るだらう。モシ迎へに来なかつたならば、お前の好きな地獄へ行くだらう。サア早く立てツ』
と金棒を以て突出せば、ベルはヨロヨロとし乍ら、傍の茫々たる草の中に倒れて了つた。
(大正一二・三・一四 旧一・二七 於竜宮館二階 外山豊二録)
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