文献名1惟神の道
文献名2よみ(新仮名遣い)
文献名3不言の教よみ(新仮名遣い)
著者出口王仁三郎
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備考出典不明
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ページ221
目次メモ
OBC B123900c075
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本文
我が皇国の教は天地開闢と共にあって、その古きこと限りなく、かつ日に日に新たにして終りなき終りに至るまで、永遠無窮に続いてゐるのである。教育の御勅語に「之ヲ古今ニ通シテ謬ラス之ヲ中外ニ施シテ悖ラス」とお示しになった「斯ノ道」が即ち我が皇国の教である。
然るに古今の漢学者、洋学者などは我が国には固有の教法が無いから外国の教に則らなければならぬなどと云ってゐるが、これは外国の学問のみに目が眩れて、我が国と云ふものを知らなかった為で、これが為に、今日の如き暗黒無道の世の中になったのである。
元来我が皇国の教は天地惟神の道であるから、言語や文字によって伝へられたものではなく、人生自然の間に行はれ、伝へられて来たのであって不言の教である。臣が「海行かば水づく屍山行かば草むす屍大君の辺にこそ死なめ」と歌へば、君は「急ぐなる秋の褥衣の音にこそ夜寒の民をも知れ」と詠じ給ひ、また親が唱ふれば直ちに子はこれに和して、君臣父子の間に一物の介在することなく、臣は君の心を心とし、子は親の志を志として、夫婦相睦び兄弟相扶け、本来の至情を以て家を成し国を造ってゐるのである。
西行法師が伊勢神宮に詣でて「何事のおはしますかは知らねども忝けなさに涙こぼるる」と詠じたが、我が国民の君父に対する至情は、道理や理屈の上から割り出したものではなく、心の真底から流れ出て、それが克く忠となり克く孝となり、何事の有無をも問はないのである。
故に我が神国には古来、外国のやうな複雑な政治学も法律学もなく宗教道徳などの言葉もなく、ただ惟神の大道あるのみである。万葉集の十三に「蜻島倭之国者神柄跡言挙不為国」云々などあって後世の如き喧しい言議論説もなくして、しかも大家族大和楽の世界を現出してゐたのである。
要するに我が神国は敬神崇祖の思想によりて結合されてゐるのである。即ち神は吾らの祖先であり、宇宙の創造者摂理者であり、また君は神の直系で吾らの総本家であらせらるると云ふ観念が、純忠にして至孝なる国民性と相契合して成り立ってゐるのである。故に我が国の政治は外国のそれとは大いに異なり「祭事」なのである。なほこれを広く考へると、臣が君を思ひ、子が親を慕ひ、妻が夫を恋ひ、弟が兄を懐ふなど、みなその至情を致す時は、やはりマツリである。これによってまた君臣父兄が愛撫の情を垂れるのはいはゆる感応であり、感応によって更にまた敬虔思慕の情を起し、その情を致すによって更にまた感応を垂れると云ふふうに、マツリの真義が神人の間に始まって、万事万端に及ぼし行く時は、家に風波が起ったり、国に争乱が起ると云ふことはないのである。