文献名1道之大本
文献名2よみ(新仮名遣い)
文献名3第3章よみ(新仮名遣い)
著者出口瑞月
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目次メモ
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本文
一、神の道は心を清むるをもつて第一とするのである。心の中の罪科穢を洗ひ去りて、神に見ゆるを誠の信仰と云ふのである。肉体の垢や穢れは、清き水、清き湯をもつて洗ひ落す事が出来るといへども、心の垢は湯や水では洗ひ落す事は出来ぬのである。体をもつて体に対するは天地の真理である。湯や水の如き物体をもつて、無形無声の霊魂を清めんとするのは、あたかも木によりて魚を求めんとするに等しき、実に愚の至りである。我霊魂の垢を洗ひ落すには、真の霊なる神に依らねばならぬゆゑに皇神、鎮魂の業をもつて心を清むるの要となし給へり。鎮魂の業は霊学の大本である。世の中に為すべきの業さわにあれど、鎮魂をもつて第一とするのである。天が下の穏かに治まるの道も、鎮魂の法に基くものである。天皇の国を治め給ふも、人々の身を治め家を治める道もまた鎮魂に基くのである。鎮魂の道は万事万業の大本である。一つの業務を起すにも、鎮魂の道に依らずば成り遂げぬのである。天津日嗣揺ぎなき万代までも、天地と共に窮まりなきは、これ皆皇神の始め給ひし鎮魂の稜威に基くのである。万世一系の皇室の存在ましますは、伊邪那岐命の神代に行ひ給ひし鎮魂の徳によるのである。
二、三代長者なしといふ事あり。人の家はどうしても長く続いたものがない。たまたま在つてもあまけのそらの星の如く稀なものである。これ何が故であろうか。万物の霊長、また天地経綸の主宰者たる者は、よく思ひ計らねばならぬ。日本の国の神の開き給ひし修身斎家の大本を忘れて怪しき賤しき外国の亡びの道に迷ひ、栄へに充てる生神の御心に背いてゐるからである。人々の生命の短いのもまた、この道を忘れて省みぬからである。千年も万年も万劫末代、我が血統を伝へ家を継続せんと思ふものは、一日も早く悔い改めて亡ぶべき横さの道を捨てて、生ける真の神の正道に帰れ。寂滅為楽涅槃を旨とする亡びの道を捨てて、生成化育の誠の栄えを旨とする道に帰れ。祖先より誤りて横さの道に迷へる罪を、天津神国津神に詫びて、祖先の罪を救ふは子孫たるものの第一の務むべき業である。祖先の罪せられて根の国底の国に落ち入れる霊魂を救ふは孝の道である。
三、この鎮魂の法は、天津神より授け給ひし御教にして現世幽界の学則であるから、上は天皇の国を治め天が下の穏かを守り給ふ御事より、下は人民が身を修め家を斎ふる基にて此上なき尊き御教である。またこの法は形もなく声もなき所の幽界を窺ふの基いであるから、人たるものは必ず朝な夕なに省みてこれを行はねばならぬのである。伊邪那岐の大神より皇祖天照大神に御頸玉の玉の緒母由良に取り由良かして下し給ひしはこれその霊魂をその曲玉に取掛けて下し給ふたのである。すなはち現天の主たらん事を神定め給ふたのである。皇祖天照大御神より皇孫瓊々杵命に葦原の瑞穂の国を言向けて知し召せと、三種の神宝即ち璽鏡剣を授け給ひて、天地と共に宝祚の目出度きこと窮まり無かるべしと詔り給ひしも、その神宝に御霊を取りつけて鎮魂遊ばしたのである。
四、大名持の大神の現し世の顕事をすべて皇孫命に奉り給ひしとき、己が和魂を八咫鏡に取りかけて、そを大三輪の大社に斎き祭られしも鎮魂の御業によられたのである。その御霊を大和の大物主くしみかたまの神と称へ奉るのである。その後御代々々の天皇が天津日嗣を継がせ給ふ時は、必ず三種の神宝を用ひて、茂御代の手長の御代になし幸ひませと祈らせ給ふ御定となつておるのである。
鎮御魂斎戸祭(みたまを斎戸に鎮むる祭)こは毎年十一月鎮魂祭の折、結びたる天皇の霊魂の緒を、十二月神祇官の祭院に鎮め奉らん為に行はるる御祭である。
延喜式祝詞に曰く
高天の原に神留ります。皇親神漏岐神漏美の命以て、皇孫命は豊葦原の瑞穂の国を安国と定め奉りて、下津岩根に宮柱太しき立て、高天原に知木高知りて、天の御蔭日の御蔭と称言竟へ奉りて、奉るみてはかみしも供へ奉りて、うづの御幣は、明妙、照妙、和妙、荒妙、五つ色のもの、御酒は甕戸高知、甕腹満並べて山野のものは、甘菜辛菜、青海の原のものは、鰭の広物、鰭の挟物、奥津藻菜辺津藻菜にいたるまでに、種々のものを横山の如く置きたかなして奉る宇豆の幣帛を、安幣帛の足幣帛と、平けく聞食して、皇が御門を、常磐に堅磐にいはひまつり、茂御代に幸へ奉りたまいて、この師走より初めて来らん師走に至るまで、平けくおほまします所に、おほまさしめ給へと、今年の師走のそれのひ、いはい鎮めまつらくと申す。