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文献名1出口王仁三郎全集 第7巻 歌集
文献名2巻中よみ(新仮名遣い)
文献名3昭和七年(六百二十一首)よみ(新仮名遣い)
著者出口王仁三郎
概要
備考
タグ データ凡例 データ最終更新日2023-10-17 15:35:11
ページ334 目次メモ
OBC B121807c07
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本文の文字数16116
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本文    暁鶏声
東方ひかり讃へて新年朝いさましく鶏鳴きわたる
こゑもいさまし新年あかつきうたふ鶏音もよし
萱葺屋根軒もれて勇ましきかな鶏こゑ

   新春
味方富士かげを落せる新年小雲川は波しづかなり

   白梅
張り替へし障子明るき室に居て梅咲く春を待つは楽しき
日ならべて暖かなれば冬ながら薮垣根梅は笑へり
白梅匂へるもとに佇めば吹くとしもなき風つめたき
曼珠沙華葉はあをあをと田畔に冬知らぬがにもえいでてをり
うす濁る金竜池底ふかく揺れてゐるかも冬

   三千万民衆
さんざんに新聞で攻撃した男から謹賀新年葉書が来た
満蒙天地に翻へる愛善旗に三千萬民衆魂がをどる
空想はいつも実現するだ、朗かな朗かな朝太陽
鏡に向ひながら悩みない自分顔をほほ笑んでゐる
日に日に新しい感情湧いて来る自分に進展主義が呼びかけてゐる

   春雨
紫陽花梢は芽ぐめど庭面にまだうそ寒き春雨ふる
わが庭面うすら濁りたり昨日も今日も降る春雨に
降りしきる雨中にも春といふ心いだきて長閑なりけり
夜はしづかに更けてひそやかに寝耳にひびく川せせらぎ

   春
小夜ふけてあたり静けき初春を鉄瓶たぎる音きく
おぼろ縁にゐて筧音きくしづけさ
拍子木音おひおひと近よりてわが軒ベに人声きこゆる

   浅春雑吟
涅槃会は早や過ぎぬれどこ春は吹く風寒く霰降るなり
かをりゆかしき夕餉なり窓にちり入る梅はなびら
白梅も紅梅もみな散りはてて庭に一本さくらにほへる
ひとつひとつ露を宿して月かがやけり
東山ふくれ上りし松間にほかに咲ける桜いくもと
そよろそよろ庭おもてに風ありてセキセイインコ篭さゆれをり
庭木木は春まつらしも木蓮つぼみはふくらみにけり
南桑春野は清く晴れにつつ牛松山尾根はかすめり
薮あとに伐りこされし細長き椿も春は花を持ちたり
光秀昔かよひし大枝坂をとほくながむる高台うへ
惜しけれど作事邪魔と白桃下枝を伐りとりにけり
わが住居建つる敷地と薮あと荒地をならす春楽しさ
日並べて日和つづけば高熊小琴ほそりたるかも
雨はれ渓間ひとところ霧たちぼりあをくも見ゆる

   早春風景
立候補者顔はどれもこれも蛙に似てゐる早春風景
咲きそめた庭白梅べに椿花、清楚な感じにひたる早春
杉苔に露が上つて一つ一つ月が輝く宵すがしさ
雲に押し上げられて山端に上る太陽、何といふ朗かさだ
生活保証、これだけで朗かになる人間天地だ
何でもない事を声高に叱り飛ばした女に、今は悔いてゐる

   出雲行
波寄する稲佐浜にわれ立ちて神代いさをを思ふ

    ○

出雲平野に雨がけぶつて早春宍道湖はうすにごつてゐる
赤山対岳亭から見てゐる大橋川支流白い光りを
松江大橋に立ってみる、冬嫁ケ島は何だか淋しい木枯
雨後水蒸気がもえあがつて空にかくれた伯耆大山
早春光りが大山雪にぶつかつて朗かな日吉津別院
なぐり書き色紙一枚にほほ笑んでゐる信者顔が愛らしい

   赤土匂ひ
赤土山を伐り拓いてつけた道、にちやにちや降る雨はなやましい
電車から下りる雨あと道、泥をなめた袴裾がさびしい
ぬかるみをよけて歩いてゐる自分袴に泥ぶつかけてゆく自動車
新開自動車道に雨が降つて、靴にねばりつく粘土悲しさ
新開山道をぼりながら、粘土にほひがしたしい(早春)
山裾赤土を削つて新道を拓いたあとに残る断層匂ひ!
薮あとを崩す土香を満喫してトロを押してゐる若者逹(赤山別院にて)

   朝挨拶
香水匂ひがぷんと来る朝挨拶、頭をさげた少女
言葉に顔をあからめる純情な乙女をにくめようか
闇夜に池底が光るといふ、自分ひつそりとした気持(赤山別院にて)

   城
何もかもうら枯れた湯、もうそこに春が来てゐる
選に倦いた夕べ、欠伸を握つて空につき上げてゐる
箱風呂にゆつたりと浸つて歌出雲を想つてゐる
湯上り爪を切つてくれる女やはらかい頬をそつと見てゐる
水上飛行機に搭乗をすすめられてやや軽い不安を感じてゐる
早咲き白梅がすぼむ様な気がして山に落ちた夕日かげ

   逝く春
啼きほけし薮鴬を聞きながら濠散りゆくを見し
わが植ゑし小松は草にうづまりてわづかに緑をふき出でにけり
面にさへづりあへる雀子こゑ長閑なる高殿
春植ゑし植木大方若芽ふきてなじみそめたり土しめりに
木蓮はなしろじろと水底にうつるもすがし庭溜池
もえいでし楓若葉あかあかと庭おもてに春をにほへり
入梅にまだ間はあれど何となく青葉にふれる雨小暗き
何時間に春深みけむ菜菜種青葉薹たちてをり
早咲きつつじはもえて春ながらまだ襟さむき風ふけりけり
石斛は花持ちにけり月宮殿さけめに根をかためつつ

   初夏
四尾山若葉かげにひそみつつ山時鳥なきわたるなり
若萌え梢に何鳥かきたりて朝をさへづりてをり
つる山しげ葉下かげに青あをしかも杉苔いろ
山下掬水荘にやすらへばひよどり鳴けり笛ごと
山畑りも近からむ畑にまきたる紫蘇はびたり
新緑かをる五月風はらみ高く泳げる大鯉
苗代苗は漸くびたちて水おもてをぞきそめたり
庭を蕗葉かげにひそみつつ鶏雛ちちと鳴きをり
夜嵐に吹きたたかれて新緑一枝は庭にちぎれ落ちをり
夕ちかみ四尾頂にすれすれひかる一つ星かげ

    ○

聖地に煙突がなければと思ふ五月晴

   五月雨
よべ雨に打叩かれて散りにけむ庭おもて花びら
ぼんぼりふくらみて五月雨は降り出でにけり
ひとつひとつ松針葉に露おきて真画雨は霽れ上りけり
窓あけて眺むる隣家あかきつつじは目にしみるなり
緋カンナ花をめぐしと見る庭に小雨ふり来て夕ベとなれり
苗代に集ふ蛙こゑやみて初夏雨ははれあがりたり
よべかけて降る夏雨に藤波花はかなしくくづれたるかな

   展望台
花明山高台展望、むぎばたけが青ずんで明るい春
苑内窪田を埋めてひろびろとした朝感情
白い曇天朝、玻璃戸越しにみる愛宕山はけぶつてゐる
素睛らしい天気だ、新緑梢にてかてか光る真昼ひかげ
毛虫やうな栗花が梢にふるうてゐる、五月
限りない向上心を唆られてゐる、すみきつた青空下に

   湯ケ島静居(一)
忙しき吾が身ながらも時を得て今日憧憬里に来つ
いたづき身をいやさむと国遠くさかりて吾は湯ケ島に来つ
古びたる家居なれども住み心地われによろしき川沿ひ
天城嶺谷間に雪や残るらむ狩野流れ水は冷たき
天城嶺ゆ吹きおろすらむ狩野川土手吹く風いたく冷たき
奥伊豆は風寒ければ桑畑芽いまだつぶらなりけり
渓川かたへに石垣めぐらしてわさびをつくる奥伊豆
夕焼雲はつぎつぎひろごりて湯ヶ島空ほ明りつつ
土産も何一つなき湯ケ島温泉里はこころやすきも
にがき野生独活に朝夕を親しみにつつ湯宿にゐる
いたづきを癒さむとして湯にあそぶわれを気づかひ妻は訪ひ来ぬ
山青く川風きよき湯ケ島に吾妹子とゐて河鹿にしたしむ
宿窓をふさぎてそそりたつ太き榎に若芽もえつつ
玻璃窓にかけたる白きカーテンに松を描きて陽は山に入りぬ
迫り来る夕べ冷やかさげんしようこを煎じて飲むも
朝津陽は釜石山にさしそひてほあかりけりわが温泉宿は
かけ渡す筧水をぬきはなち熱き温泉にさして浸りぬ
いたづける身をよこたへて湯宿窓ごしに見る若葉はすがし
伊豆旅にうれしく見たりけり葉がくれに白き山桜花
どんよりとみ空曇らひ宮杜になく山鳩声はおもたき
久方天より地より黄昏れて釜石山は見えずなりけり
日ならべて降る春雨に小庭べ岩松葉はいきほひよき
狩野川速瀬水はぬるみつつすいすい上るあゆ
新緑は萌え出でたれど朝夕はまだ風さむき湯ケ島宿
蕗蕨篭にみたして帰り来る里をみなは草鞋はきてをり
おちつきて雨一日を歌詠みぬわれ湯ケ島温泉宿に

     伊豆藤波
奥伊豆花咲く頃はよし天城連山うすみどリして
向つ山谷ひととこむらさきに染めて明るき藤波
限り温泉里は若葉していま咲きにほふ藤波
中島にわたせる湯屋板橋上にこぼるる藤波

     あやめ
あやめ咲く庭おもてにしとしとと五月雨は降り出でにけり
あやめ咲く庭小池に溌剌と鯉跳ねて居り雨もよひして

     橘
花におく露しらじらと月にかをりて夜は更けにけり
ただならぬ花にほひをめでにつつ雨ふる庭にたちばなを見る
面に花橘はにほへども訪ふ人もなし五月雨降る
はな散る里君もへばこ初夏しづごころなき
面にたち出で見れば橘にほひか風かをるなり
清しくかをる夜を月冴えにつつ時鳥なく
五月雨るる庭おもてに橘花こなごなに散れるさびしさ

     傷める島
温泉宿わが徒然を慰むる鴉は無二友なりにけり
親羽をきられし鴉明けくれを餌を乞ひにつつなきさけぶなり
仔やうやく人に馴れそめて庭を飛びつつ逃ぐるとはせず
子らは集ひ来りて金網鴉にたはむれてをり
ゆかりなき鴉ながらも人に馴れて餌を乞ふさま愛らしきかも

    ○

新緑もゆる樹かげ、鴉仔に餌を与へてゐる清しいまひる

     新緑
釜石新緑をうつして朗かな朝あをぞら
新緑萌える釜石山がふくれ上つて鮮しく見える五月!
若葉に照る五月光を満喫しながら湯に浸る
屋根上に岩松が青青としげる、五月伊豆山里は清しい
朗かな新緑ふくらみだ、五月湯に魂を養つてゐる
空も山も水も青い五月朗かな天地
まぶしい天気だ、五月青葉に太陽がてかてかしみこんでゐる
燃えあがりふくれあがらうとする魂を押へて病床にあるもどかしい五月
朗かな五月空だ、新しい慾情がわきあがる
富士山を雲間に仰ぎながら朗かな初夏気もちをいつくしまう
花瓶にさした牡丹花を朝あけ床に見てゐる、黄いろい蕊!
憂欝な曇天下に紅躑躅がもえてあたりを朗かにしてゐる
釣り上げた狩野川鮎!若わかしい初夏が匂つてゐる
生水味がひえびえと咽喉にしみわたる山五月馬に乗つて通る村男がある、五月匂ひはよい
蒲公英茎をくはへながら茶碗水に泡をふかしてゐる子ら
湯あたり口熱に、さらりとした茶漬ほしい夕ぐれ
何といふ朗かな感じだ、新緑庭に月がかがやいて
月光を浴びながら葉桜庭を歩いてゐる清しい宵
高い高い空からかをる月、新緑梢を透して
尻尾とれかけたおたまじやくしに小さい手足が生えて、びしよびしよ
しくしくと下腹いたむ朝を黙黙と畳に坐つてみた
不平塊が破裂して身体を畳に投げつけてゐる

     寒村
家にも電燈がともつてゐて、文明に呪はれた寒村!
軒先街燈が白けてほんり明るい東
何年たつても進歩あとをみない蒲公英花だ、山裾草家

   湯ケ島静居(二)
雨はれしあした庭に雛鳥ちちとなきつつ餌をあさりをり
家毎に蚕を飼へるこ里は山ひくうして風あたたかし
木蓮つぼみはふくらみて風ぬくとき湯ケ島
しろじろとにほへる庭木蓮真下神さびし岩
すかんぽやはらかき茎びたちて小さき白き花を持ちをり
新緑梢にちちと鳴きわたる小鳥めぐしも温泉やど
温泉宿夕ベひそけし川音河鹿声も聞きなれにつつ
いたづき身はたどたどし今日も亦青葉に降れる雨ききてをり
単辯山吹花咲きてをり川に沿ひたる杉むらかげ
よべ雨にうたれたりけむ莢となりし菜種茎は片なびきたり
一つなき湯ケ島初夏はゆふべみ恋しき
南縁窓を開けば月冴えて青葉かをりほ匂ふ
クローバましろに咲く庭に弁当ひらきて遊ぶ子あり
薮かげに実れる枇杷青あをとぞく夕べを五月雨降る
さみだれ雲低うして朝夕を風冷えわたる湯ケ島宿
さみだれ温泉宿にこもりゐてはつかに咲ける虎耳草に親しむ
日並べてさみだれすれど時鳥いまだ来鳴かず湯ケ島宿
狩野川たぎち高だか響かひて雨降る宿窓べ明るし
南天花しろじろと咲きてをり青葉かをる夕暮には
ここしばし雨降りつづけば藤棚藤は残らずさやとなりたり
書読めば吾が目にいたみ覚えたり電燈あまり明るきに

     蒙古月(思出)
愛善道を蒙古にひろめむと命をかけて進み入りたり
アジア人アジアにせむと甲子春たち出でぬ蒙古空に
ウラル山遠くふみこえ外蒙古民すくふべく駒にむちうつ
美はしく杏ひらきたる初夏山野をかけめぐりゆく
果てしなき蒙古荒野あさかぜに旗なびかせて駒を進めし
月清く冴えきる蒙古広き野に戦ひ死すともくいずと思へり
夕されば四方山辺に燃え上る野火あかるき蒙古野
さまも知らぬがにほほゑみたまふ蒙古野

     渓間つつじ
誰がために咲ける花かも人見ぬ渓深処に匂ふ丹つつじ
山深みつつじ折らむとわが行けば谷はざまに閑古鳥なく

     故郷を思ふ
ゆつたリと雨降る今日を湯に入りて故郷空を思ひつつゐる
ちち父いまさばと思ふかなこ宿よきにつけても
垂乳根母は故郷にこ雨を一人さびしくききますらむか
ははそはたよりはきかねども便りなきを安しと思へり
鶴山に機や織るらむ吾妹子は青葉風を窓に入れつつ
鶴山眺めは清し花明山もわれ捨てがたくかたみに住まむ
子はすでに母となりたり更生われ童心に甦りつつ
神苑新築工事如何なりしと遠く思ひぬ湯宿にゐて

    ○

しつぽりと温かい湯にひたりながら遠い故郷妻を思つてゐる

     教子死を悼む
教へ子は世をまかりしと知らせありしこ夕暮をさみだれ降る
うつしよにあひ見む術はなけれどもたましひ通へわが夢枕に

     ウエストミンスター
一本ウエストミンスターに室内空気がぷんぷん匂ふ朝
枇杷香がぷんとかをる朝、ひらく小包に友情を感じてゐる
田舎から送つて来た草餅かをりに更生春を感じてゐる
更生第二年白童子に信者から贈つてくるセルロイド玩具鴬がよく囀る
次から次へ話きれない私です、朝から晩まで訪問客にかこまれて
天気予報やうな男が、今日も亦うまい話をしてゆく
便利悪い湯ケ島温泉に遊んで新聞遅いに困つてゐる
自分童心をそそつて一途に川に飛び込ませる炎天!
セキセイインコが独り居自分をそそつて夜街を歩かせる
カフエー女だらう、湯上り金盥を持つた儘そつと横路にそれた
湯ケ島トロトロ坂散歩に軽い疲れを感じる夕ぐれ
傾く日に電柱やうな細長い自分かげが横たはる原つぱ

   湯ケ島静居(三)
露おける芝生上をふみてゆく素足心地よきかな
草枕旅温泉日をこころおきなく湯にひたりゐる
月一つなきこ湯ケ島夜を河鹿になぐさまれつつ
釜石なぞへひとところ篁ありて陽かげさゆるる
河鹿こゑ川瀬音にまじりつつ今日もくれたり湯ケ島宿
あれあれといふまもあらず里子は素裸となりて淵にとびこむ
瀬音高み樵音かそかにも聞え来るなり釜石
向つ岸に渡せる筧黒ぐろと半ば朽ちたるが湯をはきてをり
今日もまた魚釣る人かげ見えつ狩野石むら真陽にてらへり
紫陽花花はまばらに咲きそめて庭おもてに雨そぼつなり
塀越しにあかあか見ゆる幾株夾竹桃に日は暮れこる
泥深き沼田に板子なみ渡しあやふげに苗植うる乙女子
朝風に紫陽花花かをりつつ温泉梅雨はれにけリ
セメントをもちて固めし川岸に青苔むして梅雨は晴れたり
稲草はまだ若けれど朝夕に野辺吹く風はほ匂ふなり
去年焼きし山斜面蕨原わらびはたけてほととぎす啼く
故郷夢はさめけり吾が居間玻璃戸叩きてゆく夜嵐に

     天城連山
梅雨ばれ天城嶺はひとところ山ひだ見せて雲かかれる
天城嶺樹海しづかに靄こめてむしあつきかも今日梅雨ばれ
天城嶺樹海をわたる山風に乗りて来にけむ湯ケ島
天城嶺に雲ありながら狩野川たぎちしぶきに月かがよへり
たたなはる天城連山雨はれていよよ明るきさみどりいろ
天城嶺は今や躑躅真盛りと聞きつつ訪はず湯宿にゐて

     箱根に遊ぶ
箱根山なぞへ麦生あかあかと熟れつつ空に雲雀啼くなり
右ひだり鴬声聞きにつつ夏箱根を下るすがしさ
マガレツト花さびしげに咲いてをり箱根藁屋軒に
箱根山権現堂石段はむかしさびたり苔むしにつつ
青葉もゆる箱根宿にやすらひつつ心静かに雨音聞く
新緑もゆる箱根宿にゐて早川上瀬鳴り聞きをり
雨にもろく崩るる親躑躅庭面淋しくたそがれにけり
今日もまた雨しとしとと小止みなき箱根宿に黄昏を待つ
山道にバスを馳せつつ谷底に幾すぢかかる瀧を愛でゆく
三千尺箱根尾根に立ちながらみ空くもに眺めえぬ富士

     芦
箱根山わが越え来れば芦湖は富士を浮べてすみきらひたり
夕つ陽かげにやあらむ芦わが目はてはほ明りつつ
主と称ふる九頭竜朱塗宮に陽は暮れ残る
青葉かをる芦湖畔宿にゐそ真昼清しくうぐひすをきく

     くちなし
くちなし花しろじろとにほひたる庭にしたてば朝風すずし
山梔匂へる朝庭に露を照らして陽はぼりたり
くちなし花しろじろとかをりつつ夕ベ庭に暮れ残るなり

     梅雨空
降つただけ雨がかたまつて落下する浄連物凄い梅雨
間断なき瀬鳴り音に浸つて梅雨日をすごす温泉宿
入梅空はよごれたエプロン、雲奥から月がボンヤリ覗いてゐる
増水に狩野川辺温泉が熱度と噴出量を高めた雨後
雨後石ころに朝陽がさして、握り飯やうに湯気がたつてゐる
ひろげた傘で一ぱいになつてゐる、雨霽れ温泉宿
つばさがやたらに美しい、つゆばれ

     女
温泉宿つれづれにキングを読んで慰めてくれる彼女
純潔な彼女が自分手を洗つてくれた、白いハンカチーフ
純潔な乙女心を思ひながら天城嶺山躑躅を佇んで見る
やはらかな肩と肩ふれながらでこぼこ道を自動車で走つてゐる楽しさだ
うちとけたやうでうちとけられぬ微妙なもをもつてゐる二人
冷笑で迎へた彼女胸に嫌忌二字がきざまれてゐる
二人ひそひそと行く月夜庭、小松かげが人間に見えて来る
林檎皮をむきながらそつとそ横顔をぞいてみるはかなさ
ひきとめられながら拗ねて二足三足歩いてみる彼女
何でもない様にいつてけた後で自分軽率さを悔いている

   湯ケ島静居(四)
朝まだき八ツ手広葉に雨ありてかそけき音を聞くわが窓辺
あし釜石山にかかりたり庭百木に枝蛙なく
夏草しげれる土手を歩みつつ真葛蔓に足からまれぬ
濃緑釜石山中腹にしろじろ咲けりしばぐり
天青く地また青きこ夏を旅にありつつ思ふことなし
釜石尾上に白けたる月ほみつつ朝湯に入る
山雀声はすがしく朝庭にきこえて夏雨あがりたり
瀧津瀬音にまぎれず杣人杉伐る斧おと冴ゆる朝
温泉筧をもるる湯しづく掌にうけて遊ぶ子ろあり
ひとむら竹を残して釜石杉生残らず伐りとられけり
湯殿山背に陽は落ちてくろぐろとわが窓べにかげ襲ひ来も
湯殿山尾上を渡る白雲は雨をさそひてたそがれにけり
向日葵花ことごとく傾けりあかつき雨つゆをおもたみ
岩をかむ早瀬しぶきしろじろとかがやきにつつ雨あがりたリ
トラツクに杉丸太を満載し沼津に運べりこ温泉里より
雨はれ伊豆街道をどよもして鉱石はこぶトラツクはゆく
上に緑樹かげを描きつつ空すみわたる夏
さみどり庭に一本あかあかと百日紅花はにほへり
いたづきて温泉にあるわれを知りながら歌送れとは心なきかな
もくもくと湧き立つ渓間白雲を見つつ思へりわがなさむこと
夏ながらこ湯ケ島は珍らしも夕さり来れば蟋蟀鳴く
遊ぶてふ事は苦しきもなりとつくづく思ふ温泉宿に
帰らむ日いよよ近づき湯ケ島空はまさをに晴れわたりけり
土産物売る家もなし湯ケ島温泉里はむかしめきたる

     著書と生命
血と汗と涙で綴つた自分著書がいつまで生命を保つだらうか
空が澄みきつて芝生が青い、行きつまつた農村経済に心がいたむ
何といふ冷淡さだ、診察料高い院長検脈
形式的な好意を形式的に感謝してゐる冷やかな眼いろ

     躍動する感動
楽天主義周辺はいつも百花爛漫春だ
さきへさきへ進まうとする自分、過去悲痛な夢をくり返したくない
澄みきつた大空色に自分魂が躍動する朝
自分感情が際限もなくび拡がつてゆく青くも
天と地とに抱かれてゐる自分だ、人生を嘆かふやうもない
成功疑ひなしといふ確信がいつも自分心に鞭をうつ
日日に新らしくなつてゆく自分を、地上春が呼びかけてくる
自分誇大妄想狂を抹殺する洋洋たる太平洋
たんたんたる大道を行く心地、自分提唱する愛善運動
何もにも押しきつてゆく強い力を私に持たせたも
空想山から川へそして海へ、たうとう六十年を夢とくれた私
経綸ない政治家常套語はいつも白紙主義だ
フアツシヨあとから矢継早に海を渡つてくるヒツトラ感情(ヒツトラー)
チヤツプリン来朝を救世主降臨ごと騒ぐ日本人軽率さに呆れる

     大志抱懐
故郷に帰るべき日が近づいて俄に親しくなつた温泉宿
浴客浴衣をあふつ風からぷんと来る香水匂ひ
そよ風にも倒れようとするいま植ゑたて稲葉
大いに働かうと思ふ心が自分を駆つて温泉に遊ばせる

     青い菜漬
青い菜漬匂ひに若い日田園生活がよみがへる夕餉
青っぽい蚕豆莢を見てもなやましかつた故郷若き日だ
半生をはぐくまれた故郷空に魂が飛んでゆく折をり
若葉梢に小鳥が居て朗かに唄ふ山七月

   浜松に行く
自動車灯りは見えつ隠れつつ山カーブを下り来るかも
みぎひだり蛙声に送られて五月雨野をわが汽車は行く
自動車をはせ行く道みぎひだり田は植ゑられて雨そぼつなり
浜松町めづらしと吾妹子は友をいざなひ朝をいでゆく

   玉
大空に月はなけれど玉夜はほ明したぎつしぶきに
あれといふ間もあらなくに揚花火玉川原空に消えたり

   夏渓間
谷あひ小路をたどれば虎杖草たけたるが先ふさぎて立てり
断崖をしたたる水細りつつ草いきれ暑き真昼間
河底にあをあを伸びしみづ草水にならひてそよげるが見ゆ

   新しき天地
天から地から平和と幸福福音がきこえる、天恩郷日日
教会神を認めよとはいはぬ、大自然力をさとらせたい
束縛ない生活にも一つつつしみを感じてゐる
自然意志にさからはぬと云ふ心が自分を豊かに朗かにしてくれる
着古しを縫ひかへして喜んで着てゐる伜がいとしくなる
慈父厳母主義家庭にいつも春が漂うてゐる

   土用
土用日ざかり空気を動揺させて、なり渡る製材所サイレン
高速度輪転機前に立つて目まぐるしい世変転を感じてゐる
大樹梢から生捕つた梟あけつ放しな瞳孔

   古き感覚
宗教家自分をみて人間味たつぷりと評する人がある、宗教真味を知らないだらう
常識よばはりする奴に常識ある奴ない淋しい世相だ
明日ない政治にさびしみを感ずる秋タベ

   秋
蚊帳はてまだ来らねど虫音に秋こころをそそらるるかな
新らしき家をつくると農園牛蒡畠をきりひらきたり
古井戸かたへにしげる無花果熟れる間もなく子ろがむしりぬ
玉泉苑碧瓦露にさえわたる月ひかりはあをかりにけり
花大方散りてコスモス蕾やうやくほぐれ初めたり
手折らるるなやみも知らになでしこ笑みかたむけて道辺に咲く
なよ草子ばかりまろうどに松茸めしふるまはむかな
はや菊は蕾をもちて風寒くひよどり一羽庭木に鳴けり
秋雨神輿しとしとと人出少なき町をねりゆく

   秋
ヴエランダ窓にさし入る夕つ陽をまぶしみにつつ煙草すひをり
夕つ陽まぶしくにほふヴエランダに茶をすすりつつ友と歌かく
面に清しくなけるこほろぎ声聞きにつつ夕飯をとる
わがこもる部屋玻璃戸を射照して山に落ちたり秋夕陽は

   建設途上
古城廃墟を繕ふ石畳にひしひしと思ふ世界改造経綸
新聞をしきりに吐き出す輪転機音が生きてゐる感じ
寄宿舎生活状態を見て満洲新国家がしばれる
故郷山河は自分を容れるには余り狭隘な感じだ、百舌が鳴いてゐて

   非常時風景
機動演習機関銃音がきこえる霧丹波秋を
機関銃音をききながら世界前途を痛感してゐる
はえた男が子供やうにたわいなく模擬飛行機をとばせてゐる神苑

   出雲巡行
出雲路や恵曇宿朝しづにかをる鮮魚よろしも
秋ばれ出雲旅まくらいく日重ねてこころ清しき
到るところ丘に常磐木茂りつつ稲田豊けき出雲国原

     宍道湖に遊ぶ
宍道湖鏡にうつる大山かげさやかなる秋日和なり
かげ宍道湖をところどころ彩りにつつ秋陽流るる
発動船さざなみわけて進みゆく秋宍道しづけさ
鏡なす宍道湖水に風あれて白波たかく立ちさわぐなり

     十神山に登る
十神山松かへで葉は色づきにつつ秋陽はれたり
山あひ赤土ならしつくりたる孟宗薮に斜に陽はさし
信徒家に宿りてさまざまよごと曲事聞く旅路かな
おもふどち道話に小夜更けて秋夜長しと思はざりけり

     旅中思ふことありて
歌人心はみやびなるべきをただ利に走り名にはしるかも
中をおそれずくいずひたすらに神大道をわれゆかむかな
よみがへりよみがへりつつ永久にわれは栄えむ神大道に
天地よさし神業をわれ仕へつつ歌を楽しむ
歌よまむ暇さへなき吾が身なりあした夕べを神に仕へて
人生は時じく敵と戦ひて生くべきもかあさまし世や
かむながら誠道をゆく人世は坦坦とひらけゐるなり
怒るべき時には怒り笑ふべき時に笑ふは誠心なりけり
なりゆきにまかせて時を待つといふ人愚さを思ふ
現世はなべて楽しと思ふかなあした夕ベを神にならひて
及ばざるくり言いひてなげくより天地にひろく強く生きなむ

     赤山別院にて
泰山木花はなけれど青き葉つゆけく照れる秋晴れ
白萩はな散りはてて秋陽にはゆるかへでもみぢば
朝ばれ出雲富士ケ峯ほんりと雲をすかしてあらはれにけり
有明夜頃を庭に立てばかそけき風にもみぢば散る
別院赤き瓦に照りわたる秋陽は清しもみぢ映えつつ
苔むせる多毘大樹下陰にわが歌碑立つる地を定めたり
羽久羅山尾根にかがやく夕陽かげをわが窓べに見つつあかるき
夕餉たく里よこなびき羽久羅山に日は暮れこる
朝靄は出雲平野をながれたり別院庭にひよどり鳴きて
八雲山尾上松に夕陽落ちて里はもみぢに暮れこるなり

     海潮
実は枝もたわわに実りたり秋風澄める海潮山里
苔むせる庭千引上に焼物布袋笑みておはせり
海宍道湖水目下に秋陽をうけてかがやきにけり

     地恩郷にて
たそがれて地恩郷にしとしとと雨ふりにつつ風冷えわたる
出雲路や八雲ぼり終へて帰れば夕ベ雨降る
老松大空たかくそそりたつ地恩郷をわれは愛ぐしむ
もも木木はみな苔むして古びたり地恩郷は昔ながらに
晩秋出雲旅もなかばをへて地恩郷に今日は休らふ
吾郷山上になびく穂すすき花しろじろと秋更けにけり
地恩郷には老松幹ふとく丈たかくして空をふさげる

     須賀
須賀宮ありし昔をしばむとますらを率ゐて上る高千場

     伯耆大山
久方空に雲なく大山尾根一ところまよふしらくも
夕さりて陽はありながら風寒み秋更けしをおもはしむるも

     鳥取に到る
面に柿あかあかと実りつつ日吉津別院秋は更けたり
面に清しく生ふる磯なれ松丈ひくけれど年さびてをり

     城崎に帰りて
虚無僧竪笛音さやさやに城崎町秋をながせり
カラコロと板橋わたる浴客足駄響きに秋はこもれり
間もる秋陽光に松山紅葉色映え風冷えにつつ
夕ぐれを宿男にかつがれて温泉にかよふ秋はさびしも
秋晴れ夕べ庭に百舌なきて出石平野風冷ゆるなり
おほかた陸田は刈られ稲垣高きがならぶ出石平原
紺青空にあちこち白雲まよへる今日は秋あたたかし
山陰旅ををはりて帰り路今日すがしき秋日和かも
水あせし河ほとりにもくもくと牛仔草をはみて遊べる

     愛善郷にて
立雲峡老木桜もみぢして夕陽にてれる秋はすがしき
あらむ限り国国をひき寄せてみむ愛善
国といふ国ことごと八十綱をかけてむすばむわが愛善に
声せせらぎ音こもごもにわが耳洗ふ下町やど
山に野に秋は来にけり虎臥城趾さくらもみぢそめつつ
虎臥すがた清らかさ立雲峡とむかひあひつつ
山と山重り合ひてもみぢするながめよろしき虎臥
竜胆あちこちにほひたる朝来山道秋はたしき

     船岡山
船岡山桜紅葉が夕陽に照つて苔むす戦役記念碑長い影

     車中雑感
右になり左になる月とマラソン競走をしてみた山間汽車
マツチさへろくにすりえない乙女おぼこさにうつとりさせられる

   神苑
水盤に活けたる長きほすすきは窓吹く風にたふされにけり
水盤すすきに添へる豆菊もともにたふれぬ窓吹く風に
生垣をたくみにくぐり村子が庭おち栗ひろひにげゆく
朝夕は風冷えにつつこほろぎ声ほそりたる晩秋には
夕時雨はれゆくあとに月冴えて軒しづくは玉とかがやく
いたづき身を横たへて庭にちる紅葉し見れば心淋しも
秋深み刈田庵に月冴えて霜しろじろと小夜更けわたる
山茶花蕾やうやく見えそめていよいよ秋はふかみたるかも

    ○

コスモス花から来るやさしい感情、乙女純情をおもふ

   常陸野
老松並木街道はせながら秋常陸たびをすがしむ
大利根水はしづかに流れつつ汀芦に風そよぐなり
稲みる常陸野行けばそよそよと自動車窓に風かをるなり
真菰生ふる池つつみにさやさやと風おとなへり夕ベ淋しも
大利根家にゐて秋夕ベをしづかに虫きく
庭萩花二つ三つ散りてゐてつくつくぼうし夕暮をなく
わが居間床に活けたる女郎花たがすさびにやはや萎れたり
雨降れば今日一日を下総宿に絵をかきたそがれにけり
わが行けは村童ら集りて道かたへにささやきみてをり
大利根堤に立ちて下総ひろき平野風にひたれり
廃川つつみを駒にまたがりてわれ下総国に入りたり
草枕旅つかれをやすやすと蚊帳つりて寝し土浦宿に
大利根つつみを行ける里人かげはかすみてたそがれにけり
音にふけゆく秋野は雨音さへ静かなりけり
東京に帰らむとせし今日日を一日ばしぬ秋さめ降れば
電燈まばゆさ黒き風呂敷をほやにかぶせて秋夜いねたり

   北国
われは今芦別山にあこがれて道も遙けき旅に立つなり

     能登路
苔むせる老木松原ならびたる砂丘にかがよふにぶき冬
昨夜かけて寒風吹けば寳達屋根に積れるうすら白雪
散らぬあり散りたるもありて七尾野雑木紅葉秋を惜しめり
光さやかなれども風寒み初冬能登路旅は淋しき
辻毎に石地蔵立ちすくむ能登路はさみし初冬
草まくら旅やどりをかさねつつ北陸道冬をたしむ
天も地ももみぢにはるる初冬たびはすがしも北陸

    ○

雨後犀川を氾濫する濁流むせびに現代世相を感じてゐる
新聞切り抜きを逆に張つた女つかれを気毒に思つてゐる

     越後路
雪積める越立山空晴れてこ初冬を風すみきらふ
山を越え野こえ川越えわれここに越立山雪にしたしむ
立山雪より清き心もちてわれ天地神に仕へむ
立山連峰こらず雪とぢて越平野にかぜはあかるき
煙突煙くろぐろ地にはひて立山おろし夕べを吹くなり
日本海は珍らしく晴れて風なく佐渡ケ島けぶる
佐渡ケ島遠くかすみてたそがれ浦曲に浪うちさわぐ
突堤にうちよす波高しぶきしろく散りつつ暮れこる海
佐渡ケ島通ふ千鳥こゑ消えてふり出したる夕暮
越後路たび夜汽車寝台にはからず見たり藤原義江を

     陸奥
山もみぢ彼方高く雪にかがよふ鳥海みね
鳥海山遠さりにつつわが汽車は風つめたき秋田に来つる
くも間に八甲田山ほんりとすがたあらはす大舘
十和田湖近路ありと大舘駅にしるせり初冬たび
限り陸奥大野は雨けむり初冬風は身に迫るなり
厳かに大御祭はじまりてさやかにひびかふ八雲琴音(山形別院)
山茶花はなを活けたる床べに君とい向ひ歌よむ雨宿

     青森
まつかな林檎が両側店頭にならんでゐる、青森街道
どれを見ても林檎やうな顔してゐる青森市婦人たち
北国旅、着替を満腹させた重いトランク
農村不景気現状を見ながらさびしい北国

     北海道
石狩大野を行けば落葉松こずゑさびしく雨にふるへり
とど松林つづきて朝明を吾が汽車はゆく小樽まぢかく
熊笹茂れる冬野かけりゆく北海道汽車はさびしも
朝戸出おもてにおどろきぬ音なく積める雪ふかさに
しろじろと熊笹葉に霜おきてゆふ風さむし石狩平野
夕さぶみ玻璃戸すかせば庭トタン屋根は雪にまがへり
北海夕べを風さむし雪ふらむ日近づきにけむ

     芦別山
芦別みたまに招かれて蝦夷ケ島根をいゆくわが旅
芦別いかしさすがしさにそへて珍らし峰しら雪
あこがれ思ひはるけく吾が来つる芦別山は雪雲とざせり
神つ代姿をそままにけだかく聳ゆる芦別
蝦夷ケ島くにまなかまほらばにいかしく生ける芦別やま
ままにならば芦別山を朝夕にうち仰ぎつつ住ままくおもふ
芦別いただき雲晴れて空知川に夕陽ながるる
芦別山に名残ををしみつつ帰るベき日は明日に迫れり
時じくを雲あそべる芦別山はたかしも神さびにつつ
羊蹄山はみ雪をかぶりつつ旅ゆく朝わが目にすがし
音とほくまた近く聞え来るかも風まにまに
有明月山端にかたむきてあさ風さむく霜にくもれり
芦別高嶺またきかげ仰ぎ見るまに雲はかかれり
雪ちかき空模様なり芦別山にあつまる雲はうごかず
芦別山いただき雪むらさきに染めてぼれり朝津日かげ
日をおひて冬ふかみゆく蝦夷島に心せはしみ帰途を思へり
芦別霊気はひさかた空むらさきに染めてかがよふ
いかしくもまた清しくもそそりたつ国鎮め芦別
芦別神山に降れる白雪を居ながらに見る別院には
芦別み山ゆ降り来る白雪はみ代けがれをはらふ切幣
見るからに生きていませる芦別姿はいかしくやさしき

    ○

鉄道地図に眼をはしらせてうんざりとする北海道
青空が灰白色雲に濁されたとおもふ間もなく降つて来るまばら雪
水仙を活けた宿間に冬感じがますます深く心落ちつく

     鎌先温泉(宮城県)
東北長きに疲れたる身をやすらふと温泉に来つ
谷川清き流れを見つつわれおもふことなし山宿
冬菜売る里老女かしましさ朝道べに客をよびつつ
自炊する客をあてどに野菜売る山温泉田舎めきたる
温泉不便を吾はゆかしみてはるばる鎌先温泉に来つ
並山尾上くまなく晴れにつつ北吹く風つめたき湯
小夜更けて雨戸とざせば渓川瀬鳴り音も遠ざかりけり
浴室に唄ふおけさ節ききつつ吾は眠りに入りけり
共同湯に若き男女唄ふ声聞く山里冬は長閑けし
温泉に通ふ足駄しげくなりて鎌先村あかつき近めり
温泉灯冴えておけさ節声ほがらかに山にこだます
温泉にゆつたりひたり湯をいぢり幼心にしらずにかへれり
宿女がつぎ足してゆく木炭にほひ床しき鎌先
老松梢は風を孕みつつ鎌先山冬を叫ベり
静かなる暁空やほと薄紫に雲はそまれり
吾が顔を珍らしさうに湯障子細目に開けて見て居り
共同湯に男をみな唄ふ声せせらぎに和して賑はしきあさ
白銀光放ちて鎌先夕ベ空に月はかかれり
天なるや佐佐良桂男昼もなほ澄みきらひつつ風寒きも
にぶき陽させる鎌先温泉村に日はたけにつつ風あるるなり
不忘山尾上雪をけぶらせて青空ながら風すさぶなり
溌剌たる英気に充てる昭青査閲たしも雪大野に
雪降らむ気配は見えて夕空明りつつ陽は沈みたり
夕べ吹く風に翼をあふられて烏むれは飛びなやみつつ
たたなはる山はことごと冬樹して雪にかがよふ夜半月かげ
散り果てし紅葉林にさらさらと音さびしく霰ふるなり
千引岩立ち並びたる庭山にところせきまで茂るつつじ木
村は雨にけぶれど風寒み山尾上は雪ふるらしも

    ○

広重絵を見るやうな並木松、白石川が冬をながれてゐる
盛岡から仙台へ急ぐ田圃道、風致よい松林が点綴する冬

     旅徒然
彼女本心をときかねてゐるさびしい俺、窓外には吹雪がうなる
右だ、左だ、真中だ、フアツシヨだ、こんなこと言つてる社会一年はもう暮れてゐる
あはれつぽいじめじめとした歌を書き並べて得意がつてゐる現代歌人だ

     東海
冬ばれ志太丸山上に立ちてわがみはるかす富士気高さ
若人駕篭にかかれて五洲山尾根古木松かげに立つ
東海旅はたしも昨日今日富士高嶺に見まもられつつ
天城山とほくかすみて太平海見はるかす志太丸山

   冬
田は大方刈られ豆あからみたるが畔にたつ見ゆ
高田みな麦蒔き終へしこ冬をひく田面は薄氷りせり
夕まけて凩吹けばさむざむと刈田原に月凍るなり

    ○

霜柱たつた朝小路に草鞋跡が小判型に残つてゐる

   日常
東光苑に朝まだき響く喇叺音ききつつ庭雪に見入れり
わが生命もゆる思ひやわかうど兵式訓練みつつ楽しき
うたたね夢を破りて青訓ラツパ響けり近き野
縁側にわが立ち居れば飛行機は空どよもしてつぎつぎ来る
青空あなたに消えし飛行機あとぼんやりとわれ立ちて見つ
輪転機音いさましき冬真昼楽しく校正をなす
ひねもすを人訪ひ来る吾が舘は昼餉時を忘れがちなる
つぎつぎに神苑に植うる若松末たもしくわれはおもへり
こはたれし宮居跡なる清庭実生え松は丈にびたり
ふるびたる居間襖に絵をかきてよみがへりたる心地せるかも
夕津陽は山におちけむ雨空一とこほあかりつつ
大空にさゆる月かげ恋しけれど風さむきに戸をとざしをり
月ひくう南空をわたりつつ寝や障子にかげをうつせり
君が代を千歳宮に祈らむと雪道わけてわれ詣でたり
(近郷出雲神社に詣づ一首)

   寄非常時
さくくしろ五十鈴清庭にやまとみたま栄えを祈る
国際連盟おそるるなかれ日本は神つくりて神守る国
世にたたむ時を待ちつつ天地神秘門を入りつ出でつつ
わが命とこよにもがもと思ふかな山川きよきこ本に
大日本国果てまで神軍を備へ足らはし御代につくさむ
飛行機おとききながら朝床にしづ心なく御国を思ふ
わが思ふことは神国そらにあり天鳥船磐樟ふね
選まれて君御盾と益良夫がいくさ場に勇みたたかふ
千早振る神御国に仇をなす曲いくさを言向け和せ
ありたけ思ひうちあける友垣ほしといつも思へり
千古書われ読まむよりは世を思ふ天下志士を友とせむかな

   うつしみ
男子われ君涙にひたされてこほしさ日日にいやまさりつつ
八百重波へだつる島君恋ひて寝る夜はさむしこがらし
むらきも心ゆたけき君ゆゑに何時もにこにこ笑ませ給へる
君一人家に残して旅に立つ夕べこゑはかなしき
あたひなきこ慎しみをいつまでか守り続けむ年さびし吾に
君待ちて恋ふる心はつぎ橋いやつぎつぎに思ひたえなく
唐衣木曾かけ橋あやふくもわたりて行かむ君が庵に
思ふことありて酒むこ宵はひとしほも淋しさを知る
ひえびえと寒さ身にしむ小夜更けをひとり寝ねつつ人を思へり
大空かがやき仰ぎつつ蒙古旅にありし日を思ふ
霊界物語ネットで読む 霊界物語ネット
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