文献名1幼ながたり
文献名2幼ながたりよみ(新仮名遣い)
文献名37 奉公よみ(新仮名遣い)
著者出口澄子
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OBC B124900c09
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私は七才の時に福知山へ奉公に行くことになりました。福知山へは綾部から三里半もあるので、母さんは私を福知山までつれて行けば一日の仕事を休まねばならぬので、私の行先を手紙に代書してもらわれて、その手紙を私の手首にくくりつけて下さいました。
「これを持ってな、おすみや、八幡さまの馬場を通ってずっと行くと、福知へ着くからな。おすみや、かわいそうなけど元気で行っておくれよ。この手紙をな、人に出会うたんびに見せるんじゃよ」と言われました。私は「ハイ」と言って、一人で福知をさして出掛けました。鳥ガ坪あたりまで行くと、女の人に会いましたので「おばさん、これ読んでおくれいな」と母が手首にくくって下された手紙を見せると、それを読んで、「あゝ分かった、わしも福知へ行くからな、一緒に行こうかいな。まあこんな小さい児をやる親もやる親じゃが、行く子も行く子じゃ」と言いながら、しばらく私の顔をのぞき込むように見ていました。
この女の人は、おたつさんと言うてそのころ綾部でまからず屋という小間物店をひらいて、後には綾部一という繁昌した店の奥さんでありました。その時背中に荷を負うて仕入れに行かれるのでしたので、福知の入口まで一緒に連れて行ってくれました。福知の町へ入ると、手紙を見せながら伯父さんのところへやっと行きつきました。それから伯父さんの世話で、どこかは忘れましたが子守に行きました。この時はまだ間に合わなかったんですやろう、すぐ帰って来たように思います。
おなじ七ツの年に、もう一度福知へ奉公に行きました。新町の政さんという米屋でした。そこで夏中を子守り奉公をして帰りにお仕着せの単衣物一枚もらって帰りましたことを、それが初めてのこととて嬉しかったので、よく覚えております。昔は食べさしてもらえば給金というものはなく、盆と正月に前掛か着物をもらうことがあるくらいでした。ある時そこの奥さんが芝居見に行かれるのに連れられました。その頃私はまだ芝居の面白さが分かりませんので、眠りこんでしまって、フッと眠が覚めて気が付いてみると、真暗がりの芝居小屋の中に、私は一人で寝ていました。それからびっくりして、あっちへひょろひょろ、こっちへひょろひょろと、どうしたら此処から出られるかと手さぐりで探し廻ってどうなりこうなり外へ出ることが出来ました。そうして夜更けの町を歩いて米屋の戸をたたきました。そのとき奥さんが戸をあけて「眼が覚めたんかい、眠っていたからおいて帰ったのや」と言われたが、その言葉のどこかの冷たいものがどきんときて、私は奉公勤めのさびしさを思ったことを憶えています。昔の人は気の強いことをしたものです。米屋のお内儀さんは優しさのない人でしたが、この人にはあまり良いことはおきなかったようです。
私が子守りをさせられていた子には、手の指のところに家鴨の水かきのようなものがありました。私がおんぶして外に出て行くと、町の人が寄って来てしつっこく「おすみさん、その子の手を見せてくれい」と繃帯のしてあるのを解いて見るのでした。米屋のお内儀さんは、その後、米屋を離縁になり、和知へ二度目の嫁入りに行きました。後になって私が先生(出口王仁三郎師)と結婚して中村竹蔵さんの所にいた頃、神様にお参りに来たことがありまして、その時「あんたは小さい時、福知へ守りに行かれたことはありませんか」と問われたので「はい」と言って、よく見ますと福知の米屋のお内儀さんでした。その時、「こんど生まれる子に、変な毛が一杯生えてるような気がして、恐ろしくなってお参りに来ました」と言っていました。
私が福知で奉公をしていますある日のことでした。母さんが、私がどうしているだろうと心配されて、わざわざ出掛けてこられました。私は末子で可愛かったからでしょう。私はその時は本当に嬉しくて、私はもう母さんをはなすまいとして、赤ちゃんを負ったまま母につきまとい、母さんが知らぬまに逃げられてはいかぬと思うて、母の着物のはしをつかんでいました。うんこしたい時も出来るだけ便所に行くのも我慢して母さんについていました。
私は母さんにさとされ、母と別れて、寂しいのを我慢してやっと福知に思いとどまりました。母さんはその頃から、すでにやさしいもの言いの中にもお力を持っておられました。
私はそのうちしばらくして家にかえりました。米屋の忙がしいときがすみますと私は帰らねばなりませんでした。しかしこれからがいよいよわたしの苦労のはじまりであります。
せせらぎの音なつかしも五十とせ前母に抱かれいねたる夜半の