文献名1幼ながたり
文献名2獄中記よみ(新仮名遣い)
文献名3風の中の雀よみ(新仮名遣い)
著者出口澄子
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そのころ、私の心を慰めてくれ、楽しませてくれた友達の、桐の木や蝉のほかに、もう一つ、より身近な隣人に雀がおります。わたしが雀を初めてみたのは、桐の木などより後になっております、それまで私は雀を見る機会がありませんでした。食べるものもない監房に雀が訪ねてくるとは不思議なことやと思いましたが、ある日、私の監房の窓に一羽の雀が来てくれて、じっと私の部屋をのぞいてました。
──あっ、お前は雀やないか、どこの雀やな──
というていると、私の部屋の窓の周囲にたちまち大勢の雀たちが集まって来ました。そうして賑やかな声を立てて、チュン、チュンチュンチュンと鳴き初めました。私は──雀が遊びに来てくれた──と思いました。子供の頃からなじんでいるこういう生き物への愛情は、あの場合また格別のものであります。雀が目の前に現われた驚きは、私の胸をゆさぶるように歓ばせてくれました。私はこの可愛い不意の訪間者に何か報いてやりたいと思いましたが、私の手元には、雀にやるようなものは何物もありませんでした。それでも雀は愛らしい声を立てて、一しきり、私の窓の辺りで遊んでいってくれました。
やわらかい感じの胸毛、その毛で包まれている胸のふくらみ、円い頭、愛くるしいひとみ、細い首、それから足元へ、とよく見るといろいろの美しい色、それから、ぷうっと空気をふるわせて飛ぶ羽音、私は夜になっても、雀のことばかり思いました。次の日から差入れの弁当から、少しずつを雀のためにのこし、高い窓のところにおいて待ちました。
「お前のう、わしの体が自由になるんやったら、ここを出て米を取って、お前に食わしてやるんじゃが、自由がきかんで、このご飯を食べや」
私の出してやるわずかなものを雀等は美しい声で囁き合って頂いてくれました。雀は毎日々々来ました。紙と筆があれば「すずめの歌」を書いて、雀に読んでやりたいが、書くものがないので可愛い雀に雀の歌を作ってやれないのが私には何より残念でした。
それから間もなく私が××号の監房に移りましたが、ここへも雀は毎日来て遊んでゆきました。そこの窓からは、こぼれ種から生えたのやと思いますが、黍が生えていました。秋になるとえらいもので黍は穂をつけました。その黍の穂に雀がとまって、ゆれながら楽しげに穂をついばんでいるのを見た時、私はあゝよかったと思ってその喜びは、今も忘れることができません。私はその時ほど、自然の美しさといいますか、自然の姿の不思議さ、生きているものの美しさを感じたことはありません。そうして田舎の秋の景色を神秘なものやなと心に描きました。
それは田舎にある景色であります。人間が種を播いて自分の食べるのを楽しみにして作っているのを、ちゃんとできた時分に、鳥が来てついばんでいます。こういう自然の姿はまことに不思議なものであります。
雀とは、すっかり友達のようになりました。
「雀、雀、お前の嫁はんを連れてきて見せておくれ」と、からかってやりますと、本当に嫁さんらしい雀を連れて窓口に来てくれました。多勢の雀が遊んでいる中に、最初に、私の窓からのぞいてくれた一羽の雀を見つけると、一ばん親しい人に会ったように、呼びかけました。
雀を観察ことより他に楽しみのない、私の暮しが続いているうちに、私は雀たちにも社会があり、いろいろの法律があるように思いました。雀たちは仲間で暮らしていることや、共同生活をしていることが分かってきました。朝になると雀たちは先ず集って相談をします。どこから来るのか、たくさんの雀が集ってきます。その時の雀の声は特別にやかましく、やがて集ってきた雀の中の長らしいのを囲んで、円陣になって会議をはじめます。私が聞いていると、会議は、その日の仕事の役割りです。
「お前××の米屋の庭に、お前△△の酒屋の倉前にゆけ」と雀の長が、いちいち指図をしているようで、他の雀は時々返事をするほかはじっと聞いています。そうして会議が終わると一せいにぷうっと飛び立ってゆきます。
そうして一しきり辺りが静かになります。
それから、夕暮れ前になると東から西から威勢よく戻ってきます。その時もう一度、円陣で会議をします。やはり雀の長をかこんで、こんどは円陣にいる雀が一羽ずつ、チュンチュンと話します。これはどうも、その日の仕事の経過報告であります。そうして一通り雀の報告が終わると、日が暮れるまでの時間を、自由に遊んでいました。ある時は仲間の法則を破った雀が、長から叱られていることがありました。雀たちも、それぞれ個性があり、いろいろの性質があるように思いました。これらはじっと見たり、鳴き声をきいたりしているうちに、そういうふうに感じたのであります。
そうして見ている内に、だんだんと深く雀たちがいとしくなり、早く家に帰れたら、十分に食わしてやれるのやが、と思いながら、毎日々々、雀を相手に遊んでいました。
雀が仕事にでかけて、辺りの静かな時間は、やはり大本事件のことばかり考えます。大本事件がどうなっているかは、未決監の中にいては、なに一つ分かりません。あまり大本の活動がはげし過ぎて、政府から憎まれて起こったことは、警察の取調べぶりで、大体の想像はついていましたが、なんのために、こうまで長くかかるのかはさっぱり分かりません。しかし、いくら考えてみたところで分からぬことを考えるのは、退屈なことです。ついには考えてみることも嫌になり、それで、自分の顔をなでてみたり、そんなことなどして、時間を過ごしていました。
その時、顔を洗うところに、チョロチョロと黒い虫が遊んでいるのが目にとまりました。この虫が私の京都の未決監時代に私と一ばん仲よく遊んでくれた“ぼっかぶり”であります。ぼっかぶりは虫でありますから、私の部屋の中にも自由に出入りし、私の膝の上にも乗ってきて、私の最も近い身内になって私を楽しませてくれました。