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文献名1幼ながたり
文献名2獄中記よみ(新仮名遣い)
文献名3よみ(新仮名遣い)
著者出口澄子
概要
備考
タグ データ凡例 データ最終更新日----
ページ 目次メモ
OBC B124900c40
本文のヒット件数全 130 件/ノ=130
本文の文字数2410
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本文  そころ、私心を慰めてくれ、楽しませてくれた友達、桐木や蝉ほかに、もう一つ、より身近な隣人に雀がおります。わたしが雀を初めてみたは、桐木などより後になっております、それまで私は雀を見る機会がありませんでした。食べるももない監房に雀が訪ねてくるとは不思議なことやと思いましたが、ある日、私監房窓に一羽雀が来てくれて、じっと私部屋をぞいてました。
──あっ、お前は雀やないか、どこ雀やな──
というていると、私部屋周囲にたちまち大勢雀たちが集まって来ました。そうして賑やかな声を立てて、チュン、チュンチュンチュンと鳴き初めました。私は──雀が遊びに来てくれた──と思いました。子供頃からなじんでいるこういう生き物へ愛情は、あ場合また格別であります。雀が目前に現われた驚きは、私胸をゆさぶるように歓ばせてくれました。私はこ可愛い不意訪間者に何か報いてやりたいと思いましたが、私手元には、雀にやるようなもは何物もありませんでした。それでも雀は愛らしい声を立てて、一しきり、私辺りで遊んでいってくれました。
 やわらかい感じ胸毛、そ毛で包まれている胸ふくらみ、円い頭、愛くるしいひとみ、細い首、それから足元へ、とよく見るといろいろ美しい色、それから、ぷうっと空気をふるわせて飛ぶ羽音、私は夜になっても、雀ことばかり思いました。次日から差入れ弁当から、少しずつを雀ためにこし、高い窓ところにおいて待ちました。
「お前う、わし体が自由になるんやったら、ここを出て米を取って、お前に食わしてやるんじゃが、自由がきかんで、こご飯を食べや」
 私出してやるわずかなもを雀等は美しい声で囁き合って頂いてくれました。雀は毎日々々来ました。紙と筆があれば「すずめ歌」を書いて、雀に読んでやりたいが、書くもがないで可愛い雀に雀歌を作ってやれないが私には何より残念でした。
 それから間もなく私が××号監房に移りましたが、ここへも雀は毎日来て遊んでゆきました。そこ窓からは、こぼれ種から生えたやと思いますが、黍が生えていました。秋になるとえらいもで黍は穂をつけました。そ穂に雀がとまって、ゆれながら楽しげに穂をついばんでいるを見た時、私はあゝよかったと思ってそ喜びは、今も忘れることができません。私はそ時ほど、自然美しさといいますか、自然姿不思議さ、生きているも美しさを感じたことはありません。そうして田舎景色を神秘なもやなと心に描きました。
 それは田舎にある景色であります。人間が種を播いて自分食べるを楽しみにして作っているを、ちゃんとできた時分に、鳥が来てついばんでいます。こういう自然姿はまことに不思議なもであります。
 雀とは、すっかり友達ようになりました。
「雀、雀、お前嫁はんを連れてきて見せておくれ」と、からかってやりますと、本当に嫁さんらしい雀を連れて窓口に来てくれました。多勢雀が遊んでいる中に、最初に、私窓からぞいてくれた一羽雀を見つけると、一ばん親しい人に会ったように、呼びかけました。
 雀を観察ことより他に楽しみない、私暮しが続いているうちに、私は雀たちにも社会があり、いろいろ法律があるように思いました。雀たちは仲間で暮らしていることや、共同生活をしていることが分かってきました。朝になると雀たちは先ず集って相談をします。どこから来るか、たくさん雀が集ってきます。そ声は特別にやかましく、やがて集ってきた雀長らしいを囲んで、円陣になって会議をはじめます。私が聞いていると、会議は、そ仕事役割りです。
「お前××米屋庭に、お前△△酒屋倉前にゆけ」と雀長が、いちいち指図をしているようで、他雀は時々返事をするほかはじっと聞いています。そうして会議が終わると一せいにぷうっと飛び立ってゆきます。
 そうして一しきり辺りが静かになります。
 それから、夕暮れ前になると東から西から威勢よく戻ってきます。そ時もう一度、円陣で会議をします。やはり雀長をかこんで、こんどは円陣にいる雀が一羽ずつ、チュンチュンと話します。これはどうも、そ仕事経過報告であります。そうして一通り雀報告が終わると、日が暮れるまで時間を、自由に遊んでいました。ある時は仲間法則を破った雀が、長から叱られていることがありました。雀たちも、それぞれ個性があり、いろいろ性質があるように思いました。これらはじっと見たり、鳴き声をきいたりしているうちに、そういうふうに感じたであります。
 そうして見ている内に、だんだんと深く雀たちがいとしくなり、早く家に帰れたら、十分に食わしてやれるやが、と思いながら、毎日々々、雀を相手に遊んでいました。
 雀が仕事にでかけて、辺り静かな時間は、やはり大本事件ことばかり考えます。大本事件がどうなっているかは、未決監中にいては、なに一つ分かりません。あまり大本活動がはげし過ぎて、政府から憎まれて起こったことは、警察取調べぶりで、大体想像はついていましたが、なんために、こうまで長くかかるかはさっぱり分かりません。しかし、いくら考えてみたところで分からぬことを考えるは、退屈なことです。ついには考えてみることも嫌になり、それで、自分顔をなでてみたり、そんなことなどして、時間を過ごしていました。
 そ時、顔を洗うところに、チョロチョロと黒い虫が遊んでいるが目にとまりました。こ虫が私京都未決監時代に私と一ばん仲よく遊んでくれた“ぼっかぶり”であります。ぼっかぶりは虫でありますから、私部屋中にも自由に出入りし、私上にも乗ってきて、私最も近い身内になって私を楽しませてくれました。
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