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文献名1幼ながたり
文献名2獄中記よみ(新仮名遣い)
文献名3絵便りよみ(新仮名遣い)
著者出口澄子
概要
備考
タグ データ凡例 データ最終更新日----
ページ 目次メモ
OBC B124900c43
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本文の文字数3938
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本文  京都未決に四年いて今度は大阪に移されることになった時ことです。四年と一口で言えば短いようですが、もしこれから四年と言われれば誰でもこれはまことに長い期間であります。いつ晴れるとも知れぬ月日へ、先生と宇知麿と私は同じ車で大阪へつれて行かれました。お互いに話したくても警護役人監視がきびしくてそれもならず、時々先生方を案じて見るが関山でした。京都ではよかったが大阪はつらいことやろうなア、と車にゆられゆられ思っておりました。大阪に着いたは確か冬出頃でありました。
 大阪監房には窓にこまかい金網が張ってありました。それにどこからとびこんできたか、一匹蝿が、ゆうゆうと空中を廻っていました。こういう時には一匹蝿にも、興味がわくもです。尤も昔から蝿は川柳などにうたわれて、愛きょうあるもです、蝿は太閤さん上にも上るし、どんな格式高い坊さん頭にもとまります。大臣上でも、したい放題ことをして平気でいる虫で、こごろは伝染病媒介をするというでひどく嫌がられますが、監房中に、たった一匹あらわれてくると、いかにもシャバらしい感じをさすもです。子供時からことが思い出されて、夏昼餉や、昼寝風情や、煮売屋店先や、こんペい糖壷や、はては牛小屋まわりや、荷馬車馬が腹肉をふるわせているところや、馬尻尾にはらわれてはたかる町辻風景といろいろことが、描かれて無性に懐かしく、思いをめぐらし、いろいろ回想を次々と追うもです。
 わたしは、京都、大阪を通じて、警察署長さんでも監房看守長さんでも、うち人だと思っておりますから、監房暮らしを、それほどにつらいことに感じたことはまあないといえます。これは性来ん気な性質が、大いに助けとなったでありますが、ゆくところ、ゆくところに、それぞれ楽しみがあって、昔いうた“住めば都”という言葉は、なるほどよくいうてあると感心したであります。私はそれで真実──ここも天国じゃなあ──と思いながら、毎日暮らしていたで、世間では主食配給などで栄養失調になって、病気がでたり、ひどく体重が減ったりした人があったそうですが、私は差入屋弁当だけで、かえって太りまして、夜もよく眠れて不思議なほど、からだ調子もよく、そんな性質でありました。しかし私にとって、苦中楽あり思いを深くしてくれたもは、やはり孫くれた絵便りでありました。

おばばちゃま、だんだんさむくなりましたが、おげんきですか。わたくしはたいへんげんきです。十三まいりしゃしんもすぐおくります。いまはいねかりもすんで、むぎまきに一っしょうけんめいです。わたくしもいまはしけんなで一っしょうけんめいにべんきょうをしています。ふくだばばちゃんも、もうかえられました。もうすぐお正月ですね。お正月には、おばばちゃまところへかきぞめをおくります。きう、がっこうで先生に、かきかたが上手になったといってほめてもらいました。こちらはみなげんきですからごあんしんください。それでは、おからだをおだいじに、さようなら。
 おばばちゃまへ   なほみより

なおみ絵手紙を早速に、四、五尺くらい高さ見よい壁にはりました。こ壁は、何十年も塗り替えたこともない汚れた壁ですが、はったらもう楽しいやら、懐かしいやらで、何日も何日も同じもをはって取りたくなかったもです。不思議なことに、それはそれはやかましい警察が見て見ん振りで済ませてくれたは今から思うても不思議で、結構なことでした。
 私はこんな処にいても孫達が楽しくしてくれ、力づけてくれることを有難いことやと思いました。じっと絵手紙を見ていると気が軽くなります。表にしたり裏がえしたりしては壁にはりました。めしつぶはほとんどが麦でホロホロと落ちる。同じもを十日ばかり貼って楽しみました。すると又、みちゑから便りが来ました。

おばあちゃま、おげんきですか。わたくしもげんきです。ふみさとちゃんはごはんとき、まんままんまといってよびにきます。ふみさとちゃんはほんとうにかわいいです。わたくしは、おじいちゃま、おばあちゃま、おじちゃまが、はやくかえられるようにまいにちおがみます。それでは、ごへんじをください。さようなら。
 おばあちゃまへ   みちゑより

 私も孫達へ早速便りを出しました。手紙を書く時は、担当が庭にムシロを敷いておかしな机を持って来てくれました。私は先まるくなった古い筆で返事を書くです。“元気でいる。絵便りを何より楽しみにしている”あんまりこみいったことは書けません。それでも私は警察やみんなを憎いとは少しも思いませんでした。事件ことが心から離れず、晴れたことない気持ちですが、だんだん悟って来ていました。
  世良きも悪しきも遠ければ朝夕神みをきく
 京都より大阪方がかえって楽しく、ちょっともつらくなかったです。いっときは五畳敷くらい部屋に囚人が入れ代わり立ちかわり入って来て、四人も五人も一しょにいた雑房生活もありました。
「お前達は腹がへってやろう」と言うて、囚人達にめしとおかずを半分ずつ、一人びとりに朝と昼夕食時にかわるがわる食わしてやりました。私は小食ですから半分彼等に与えても、そんなに苦痛でもありません。皆はおばちゃん、おばちゃんと言うて、肩をもむ、たたく、それは大事にしてくれました。
「おばちゃん傍にいたら、もう外にも出たくない」と言って、それはそれは親しくなってくれました。面白いもです、人買いやら泥棒、中には前科何犯ねえさんと言う連中とも一しょことがありました。いろいろと面白い話もあります。
 私は何処へ行っても親切にされました。また担当が大変大事にしてくれて「寒いなア」と普通言葉ですが、よく声をかけてくれ、それにえろう温まりが感じられて嬉しかったをよう忘れません。人買いが肩もみをしながら、今までやって来た過ぎこしかたを語ってくれますが、それは私に知らない世界いろいろ物語りで、おかしい話やが見聞がえろう広くなったもです。

おばあちゃん、おげんきですか。ぼくは一っしょうけんめいにべんきょうして、おばあちゃん、おじいちゃん、おとうちゃんおかえり日をまっています。
 おばあちゃまへ   和明

おばあちゃん、おげんきですか。ぼくもげんきで学校へかよっています。さようなら。
 おばあちゃんへ   いさみ

 監房冬はとても寒いもです。火鉢とかそんな火あるもは何一つありません。夏は蚊帳一つあるでなし、蚊はぶんぶん飛んでさす。からだは蒸されているようで部屋はくさい。そんな生活中で孫達「遠足絵」やら「山や草や木」「猫や船」絵は、これら孫達日常へ想像は、私を子供頃にかえらします。
 それは、十五、六私市に奉公していた頃へさそい入れます。奉公先家はまことにしまりやで、一日家内中六人で米六合、あとはわずかな麦と大根ばかり御飯をたいたこと。夜雑炊こと。ある夕方こと、私は牛をつれて草を喰べさせるべくいつもように野山草を目あてに出歩きます。私はチョコチョコと草刈りです。くせ悪い、私をよく困らせた牛。黄昏中を私は牛が見つからんでどうしようと小さい胸で思案し、木蔭にたたずんで泣いていたこと。それからやっとことで牛を見つけて暗くなった家路をたどりましたが、こ径は牛糞が散在してまことに足は牛グソまみれ、ヒヤメシ草履がベタベタでハネが尻方まであがります。やっとことで家についた私は牛小舎から屋敷裏口へ、そして土間に入りました。熱い!私はうなりました。真暗な土間に雑炊鍋がさましてあって、私は足首まで雑炊中へつっ込んでしまったこと。そこで大急ぎ、足を投げ入れた部分だけ雑炊を鶏にやっておいたこと。夕めし時、奉公人一人が「何んや今夜雑炊にはスナがある」と不審がり、私は食べないわけにもゆきませんで隅方を撰って茶碗によそい、何くわぬ顔でカサカサと食べていたこと。

 おばあちゃま、おげんきですか。わたくしはたいへんげんきです。きょうは二月一日です。二月四日はせつぶんですね。それから二月八日は、おばあちゃまおたんじょうびですね。こえは、わたしたちが、えんそくにいってるときえです。わたしは、はるが一ばんすきです。おばあちゃまはいつがすきですか。いまは二月ですからもうじきはるです。きょねんいまごろは、たいへんさむいでしたが、ことしはたいへんあたたかいです。ゆきがつもったは二へんだけです。はるになったら、またてがみをだします。それではかぜをひかないようにおからだにきをつけてください。さようなら
 おばあちゃまへ   出口直美

 私は野や山が大変好きです。遠足など幼な心味わいは知りませんが、そかわり山へ柴刈りに行ったもです。
 人間はひどい環境に押さえつけられている時は、余計に深い深い思い出に入って行きやすく、これはごく自然なことであります。こんな自由までとり上げられたら、まことにかなわんことです。結構なことに、どんなひどい目に逢っても、こういう世界はちゃんと神様が与えて下さっておるであります。

 おばあちゃま、おてがみをださないでごめんなさい。しけんがあった。これからたくさんお便りします。朝は、ごはんできたしらせりんと一しょにおきようと思いますが、なかなかじっこうできません。ではおからだをごたいせつに早くかえって下さい。みいはそればかりまっております。さようなら。
 おばあちゃまへ   みいより
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