文献名1東京朝日新聞
文献名2よみ(新仮名遣い)
文献名3昭和10年12月9日 朝刊よみ(新仮名遣い)
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【社説】邪教取締りを徹底せよ
京都、東京・島根等を中心とし大本教幹部の一斉検挙が断行され甚く世人を驚倒せしめたのである。然も問題の中心が頗る悪質なる不敬事件にあるらしいのは一層その波紋を大ならしむるものである。例へば教主自らをある存在だとして教徒に妄信を強ひたり、外辺の既知を絶対に許さず信者にもその内容の隠蔽されてゐる神庭会議にてあらゆる不遜不穏の論議を試みたりしてゐるらしいとは何んと云つても許し難い所であらねばならぬ。勿論例のお筆先や言霊学にあるやうな艮の金神に治教の全経綸を帰一せしめ、出口家をしてその祭祀長とするが如き教義は外面に再び現されてはゐない。けれども、皇道経済皇道外交等の美辞のもとに突飛極まる妄説を盛り、明らかに大本の宗教団体としてのみではなく、大本教的世界をめざす政治的社会的結社たることを示してゐる。其昭和神聖会はたしかにさうした政治社会的意味をもつた団体であると認められてゐる。これは、政界裏面の種々なる動きに見ても可成りな潜勢力と多方面の活動力をもつものの如く察せられる。
惟ふに、国の内外に存する多数の宗派全部がかかる誇大妄想的な奇怪なる思想の信奉者であるとは信ぜられない。何故ならば検察当局の目標とする神庭会議なるものが主として教主同族及び最高幹部三十名前後のものの秘密会合であつたからである。その意味で検挙の手が一般信徒に及ばないのは当然であるといへようが、それだけに今回の暴露に深く省みる所がなければならぬと思ふ。苟くも、不平不満のさかうらみなどを為すべき筋合のものでは断じてないのである。
現代の思想的不安や社会的な動揺が人心に焦燥の感を与へ、頼りなき印象を深うすることは何としても事実であるが、かかる国民心理の機微に乗じその好奇の念に投ずるが如き宗教まがひのものなどによつてかかる時弊が救はるるとは到底考へられない。その中には精神病理学や変態的宗教心理学の対象となるやうなものが多いことに戒心しなければならないのである。邪教ならずんば淫祠、性教ならずんば妄信のいかに世に流布さるるかを思へば転た慄然たるものがある。況んや各種過激運動に連繋したり、隠約の間に出資煽動するものあるやの風評行はるるに至つては尚更その教毒の恐るべきを知るに足らう。加之、産を失い家庭を破壊し加持祈祷の類ひに命数を早むる善男善女も尠くないのであるから、元来宗教局当りで日頃から十二分に研究調査をして置くべき筈である。
従来、神道、仏教、基督教のみを文部行政上取扱つたのは制度上已むなしとしても、実際世の中に宗教的存在として横行せるものに対し殆ど無関心で過して来たのはどう云ふものか。警察当局の一大努力によつて実害甚だしきものはどうにか取締るからいいやうなものの、その教義、思想の内容を吟味批判するのを用意乏しきは識者の腑に落ちかねる所といはねばならぬ。教学刷新が大体において教育学問に関するものであることはいう迄もないが、単に内審との職能関係が懸案たるばかりか、ここに宗教局方面とも重大なる連絡を要することが判つて来た。殊にこの方面は、科学や常識で律し難き突拍子もなき迷信邪説の潜入し得る分野であり、しかも案外に多衆を幻惑する魅力に富むのであるから、今後一層の注意を要するのである。
正確なる事実は将来に待たねば明らかにならぬのであらうが、京都警察部長は大正十年と同じやうな事を繰返したものだといふし、当時の部長勝沼氏も計画的行動であると言明してゐるのであるから、刑法七十四条、七十六条に触るる実に容易ならぬ不敬事件と察せられる。従つて、いかに表面上美名の綱領を掲げてゐようとも、明徴擁護のため、且又社会への弊害芟除のため解散をも辞せざる断乎たる邪教取締りを敢行すべきであり、同時に片手落ちのないやうに類似の傾向の認められた教団に対しても厳粛なる態度を以て臨むべきであると信ずる。