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文献名1
文献名2よみ(新仮名遣い)
文献名3所謂世界的秘密結社正体よみ(新仮名遣い)
著者吉野作造
概要
備考『中央公論』大正10年(1921)6月号
タグアンチ マッソン フリーメーソン データ凡例算数字は漢数字に置き換えた/印刷がかすれて判読できない文字は「〓」で示した/「×」は底本でも伏字になっている。 データ最終更新日2016-12-08 18:16:31
ページ 目次メモ
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本文 所謂世界的秘密結社正体

吉野作造


(一)序言


 今年春東宮殿下御外遊御内諾が発表された際、一部真面目な人々間に、之をお留め申さうと云ふ運動が可なり猛烈に行はれた事は、今尚我々記憶に鮮かである。中にも浪人会如きは其中堅となつて堂々と活動して居つた。国民大多数が急に御外遊と御決定遊ばされた理由如何に拘らず、等しく之れを誠に喜ばしい事と考へて居つたに、何故に此等人々みが斯くまで反対見解を固執せられたであらうか。それには天皇陛下御不例と云ふ事や、不逞鮮人跳梁と云ふやうな事も数へられて居つたが、之と相並んで矢張り重大な原因一つとして猶太人陰謀と云ふ事挙げられて居つた事は、特に我々注目を惹いたであつた。現に東宮殿下御出発後に於いて、浪人会が発表した疏明書中には、「世界に瀰漫せる猶太人陰謀が根底深く且つ辛辣を極め居り」云々文字がある。そこで問題となるは、猶太人と云ふもは、一般に今日右やうな怖るべき陰謀を本当に企てて居るであらうかと云ふ事である。
 其後注意して新聞雑誌報道や論説を見て居ると、猶太人怖るべき秘密陰謀と云ふ事がちよいちよい見える。猶太人と云ふもはおしなべて陰険なもであるとか、社会に迷惑をかけて喜ぶもであるとか、社会、秩序を破壊し、就中君主国を撲滅することを主義とするもであるとか、此目的を達するが為めには全然手段を選ばないとか云ふである。併し常識から考へても、猶太人が一人残らず斯う云ふ陰謀に関係あるとか、又斯う云ふ陰謀遂行目的で、すべて猶太人が固く結束して居ると云ふやうな事は有り得べきこととは思はれない。斯種陰謀を企んで居ると云ふもがあると云ふ丈けなら、そは只猶太人に限つたことではない。それにも拘らず猶太人については一種妙な考我国一部に行はれて居ることは争はれない。然らば特に我々日本人は猶太人について委しく研究して居るかと云へばさうでもない。猶太人について多く知る所なく、而かも猶太人には警戒せよ警戒せよと云ふだから可笑しい。之には何か由つて来る所がなければならない。而して私観る所によれば之が原をなすもは、恐らく彼マツソン秘密結社流説ではあるまいかと思ふ。

 マツソン秘密結社事については一昨年暮頃一度本欄に於いて、一応其荒唐無稽なる旨を述べた事がある。然るに其後此流説は消滅しないみか、益々頭蔓延する傾がある。其云ふ所大要を聴くに、猶太人は古来頗る堅い結束をなしを秘密間に怖るべき陰謀を廻らして世界全体を転覆し、自己掌裡に完全な支配権を握らんとして居る。之をマツソン秘密結社と云ふであるが、非常に巧妙に秘密な運動を続けて居つた所から、久しく世間に知られてなかつた。之が昨今吾々に知らるるやうになつたであるが、露西亜過激派運動は即ち其露骨なあらはれ一つで、之を手初めに漸次世界を征服せんとして居る。実に戦慄に値する怖るべき陰謀であると。大本教などは之を其儘取つて彼予言せる日本事変は即ちマツソン襲撃に因るだと誠しやかに説いて居るさうだ。独り大本教ばかりではない。其外いろいろな方面に所謂マツソンなるもについて流説が持ち廻られて居るが、要するに之が本となつて猶太人に関する途方もない誤解が形造られて行くもと見える。
 然らばマツソン秘密結社なるも演説は何処から来たか。一つ淵源は西洋に在る。もともと斯う云ふ演説起りは西洋にあるで、恰度巴里講和会議あつた頃、之に関する或本が西洋でも問題になつて居つたとて、之を持ち帰つた人が可なりある。其本一つは「シオン長老決議録」(Protocols of the Learned Elders of Zion)であるが、之に基いて一篇猶太人論を書いたもに「時事新報」下田君がある(四月中旬頃所載)。三月十五日発行「外交時報」に出た今井帝大助教授長篇は主として之と、猶太牧師猶太民族に与へたる訓令」と紹介である。之等材料を氏は欧羅巴に留学中露西亜に於て手に入れられたもだと云ふ事である。何にしても斯う云ふ方面紹介は極く最近事で、日本一部間に深く此流説〓を植ゑ付けたもは恐らく西伯利方面から来た材料であらう。予聴く所によれば其頃西伯利出征軍最高幹部に居つた某将軍が、矢張り前記書物を手に入れ、之を盲信せられたもと見えて態々翻訳して印刷に付し、多く人に之を頒つて此怖るべき運動に対する警戒と覚醒とを促したと事である。西伯利在住将校官吏間には可なり広く布り撒いたたもと見えて、予知れる青年中西伯利に居る親や兄から大事な、又は有益な書類として送つて来たと云つて之を見せて呉れたもが少からずある。而して之を原として日本内地或筋で作つた出版物で「過激思想由来」と題するもがあるが、之がまた一部有力なる人々間に、可なり弘く布り撒かれたで、そこで彼所謂危険なる猶太人陰謀と云ふ誤解が強く広く信ぜらるるやうになつたである。

 思い出せば一昨年春頃事であつた。西伯利に居る一友人から書画を貰つた。目下当地方で猶太人及マツソン結社なるもについて斯々説が行はれて居るが、之に対する御意見は如何、当地に流布さるる印刷物を送るからよく見た上で意見を聴きたいと云ふであつた。右印刷物は内地或る官憲手を通じて届けらるる筈と申して来たであつたが、遂に今日に至るまで僕手元には届かない。同年夏終り頃になつて西伯利から帰つて来たと云ふモ一人友達が西伯利に於ける印刷物に基いて内地で作つた或筋出版物なるも一冊を持つて来て予批評を求められた。之が予マツソン結社に関する邦文書き物を手にした初まりである。五六頁繰り返して見ると、其荒唐無稽なる事がすぐに眼に着いた。そして少しでも斯く如きもを信ずる人愚かさと、又斯う云ふもを利用して新思想圧迫用に供しようと云ふ人々浅果敢さとを嘆ぜずには居られなかつた。段々読んで行くと、之が西洋に其頃行はれて居つた或種運動を無反省に翻訳したもなることが分つた。斯う云ふもを持て囃すこと寧ろ大きな恥辱であることを話し合つて別れたであつた。

 併し斯んな見え透いた方法で新思想圧迫を遣らうとする浅果敢な態度は、我国頑迷者流間には珍しい事ではないから、其後夫れとなく此問題に関して注意を怠らなかつた。すると之についていろいろ事を耳にした。マツソン結社事は此春以来随分隠密間に内地各方面で宣伝されて居ると云ふ事を聴いた。軍事に関する或有力なる雑誌には春頃数回に亙つて連載されたとか、中国辺或新聞には同地某師団長談として二三回に亙る記事があつたとか、又或方面或筋では、急に猶太人身分調べをやつたとか、新たに来朝する猶太人には誰彼区別なく尾行を付けたとか云ふ風説もあつた。当局までが、此流説を信じてすべて猶太人を猜疑目を以て視ると云ふ説は恐らく誤りであらう。けれども猶太人と云へば只何となく世人が不安を感ずると云ふ風はちよいちよいと見えた。嘘から出た真も、斯うまで発展しては猶太人こそいい面皮だと心窃かに気毒にも思つたであつた。
 同じく一昨年十月末頃であつたと記憶する。「東京朝日新聞」に東北某県で、過激派陰謀と題する出版物を広く県下役場、学校、図書館其他民間有志に配り、其中にあらゆる新しい運動を罵り〓う文句が沢山あると云ふ批難記事が載つて居つた。段々研究して見ると、県庁肝煎り下に出来て居る民力涵養委員なるもが、中央或筋から配布を受けた此出版物を見て、極めて時勢に適切な有益なるもとなし、公費を以て多く部数を複製し、態々推奨書面を添へて之を配つたと云ふ事が分つた。之も後で聴いた話であるが、流石東北僻陬でもかかる荒唐無稽説を流布するに公費を濫費する失当を鳴らすもがあり、為めに之が表沙汰となつて、民力涵養委員代表者が出版法違反に問はれ、罰金刑に処せられたとやら、何れにしても斯くして此流説は可なり広く伝はつたもと見える。よく読んだ人は無論其荒唐無稽なるに気付く筈だけれども、世間には読まずに只大きい声で叫び〓てる方に馳せ集まるもが多いもだから、案外にまた猶太人に対する誤解が解けずして伝はつて行くかも知れない。而して之が単に猶太人迷惑丈けで済むならまだいいが、我々は斯く如き笑ふべき手段によつて、新思想対抗運動を講ぜんとするもが、今尚有力なる人々間にあるを見て、之によつて仮令一時でも文化開発が如何に妨げらるるかを思ひ、遂に黙視するを得ずと云ふ考を起したである。
 之より予は現に我国に流布さるる流説内容如何を明かにし、之と一時西洋に行はれた其種本とを比較し、更にかかる流説西洋に特に行はれた所以と、又日本頑迷者流が之を悪用して、為めにする所あらんとした魂胆を明かにし、更に之が為めに不当冤罪を被つたフリー・メーソンリーについて一言弁明する所あらんとする。


(二)マツソン秘密結社


 前掲出版物は「過激思想由来」と題して居る。タイプライターで刷つた百四十頁斗りである。之によつてマツソン秘密結社何であるか、及び之によつて猶太人が何を計画して居るか大要を有り侭に紹介しやう。
 マツソンとは云ふ迄もなく秘密結社名称とせられて居る。之を中心として猶太人企てて居る陰謀は、「全世界を征服し猶太血統王を立て世界に猶太人主権を確立しやう」と云ふ事である。(一〇五頁)此事外国に知られたは比較的最近事で(此事後に詳説する)あるが、「陰謀其物は遠く猶太国滅亡時に始まり、以て今日に至つて居るである。其間苟くも猶太人が国家組織中に深く喰ひ込んだ国は、何れも崩壊して居るを見る」(一〇六頁)。何故に彼等は斯く如き陰謀を企つるに至つたかと云へば、二千年以来基督教国民に散々に苦しめられたからである。即ち陰謀動機は基督教並びに基督教国民に対する猶太民族復讐と云ふにあるが、今日では単にそればかりではない。総て国家に挑戦することになつた。「若し今日まで基督教と応戦に全力を傾倒したとすれば、そは基督教が各国に於て民衆獣性を抑圧し、国家組織安康基礎を形成して居ることを知つて居るからである。マツソン究極目的とする所は、基督教撲滅ではない。更に進んで現世界に於て猶太血統下にマツソン主権を確立しやうとするにある」(一一三頁)。
 斯く如く猶太人は、すべて国家を滅ぼして猶太人専制下に世界を征服統一せんとして居るもと見られて居るが、斯く如き観察真面目に受取らるべきもかどうかは姑く之を措く。予輩特に茲に注意先せんとするは、西洋に於ける流説は、此秘密結社挑戦せんとする対手を只基督教国み云つて、すべて国家と云はないと云ふ点である。マツソン結社なるもを日本にとつても怖るべきもだと説く為めには、此点に手加減をする必要を見たであらう。

 マツソン秘密結社とは実はフリー・メーソンリーを指して居ることは、マツソン結社を注釈して「フリー・メーソンなり」と書いてあることによつて分る(一〇六頁)。処が西洋に於てフリー・メーソンリー事は可なり広く知られて居るが、其会員は実は猶太人に限つて居るではない。殆んど世界人が洽ねく網羅されて居る。而して後にも説くが如く、之には三十有余階級があつて、上階級事は下階級に秘密にされて居ると云ふ仕組になつて居る。そこで我が流説は「入社するは猶太人みには限らぬ。三十二階級があつて……下級〓輩は、大工左官等と称する階級に属し、段々昇進して秘密を明かさるるであるが、最後秘密は最上級社員たる猶太人外誰も窺ふ事が出来ない」(八頁)と云つて居る。そこで第二級以下社員はすべて最後秘密を知らず、何為めかを明かにせずして最上級に頤使せらるるであるから、随分沢山基督教徒なども社員にはなつて居るが、結局猶太人為め運動に外ならない事になる。
 然らば所謂最後秘密とは如何なるもか。それは即ち前記「シオン長老決議録」に〓されて居ると云ふ。之れ丈を聴いても段々荒唐無稽作り話しらしい臭ひがして来るが、更に此決議録が如何にして今日我々に知らるるに至つたか説明を聞くと、紛ふ方なき妄説であることが明白になる。彼等は云ふ、猶太人は実にこんな怖ろしい陰謀を企てて居る。又云ふ、彼等運動巧妙なる、此運動は二千年来殆んど外界に知られなかつたと。又云ふ、今や此陰謀暴露に逢つて我々は其陰険残虐なるに戦慄を禁じ得ないと。そこで問題になるは、二千年も隠し了ふせた陰謀が、どうして昨今急に知られたか、と云ふ事である。彼等云ふ所によると、米国にある全結社首領が同社総会席上で述べた報告書中に、秘密条項を掲げてあるが、「此報告をした首領が自分妻を捨て他女と関係したで、其妻君が該報告原稿を盗んで仏蘭西に逃げて行つて、当時仏蘭西に住んで居た露西亜大地主なる某富豪に之を売つた。こは多分一八八〇年乃至一八八五年事であらうと思ふ。売却後二年を経て、此女は仏蘭西で毒殺せられて了つたが其下手人は遂に不明に終つた」(一二四頁)と云ふである。其後右原稿は或る裁判官に遺贈せられ、一八九五年露訳上出版せられたが、秘密手が忽ち之を買ひ占めて焼棄し、一般読者手に入らなかつた。次いで一九〇五年に第二版、一九一一年に第三版が出たが、其都度初版同様運命に逢つたと云つて居る(三四頁)。重大事件秘密を握つて居るもが、他女と関係した為めに妻君嫉妬に逢ひ其処から秘密が漏れたと云ふやうな事は、此種作り話によく出る手である。生中こんな来歴語を書いて居る為めに、此流説は益々其真実性を失つて行く。

 斯くしてマツソン結社本当中堅は、猶太人だとなつて居る。猶太人以外社員も沢山ある。が其等は本当目的を知らずして盲動して居るもに過ぎない。一番奥にあつて操つて居るは猶太人だから、此結社は即ち時代人秘密結社と云つていい。マツソン結社は即ち「猶太人を結束せる団体である」(五頁)。而して「彼等は一定領土を有せず、一地に固着せず、世界隅々到る所に散在して居るから、仕事が為し易い。彼等は世界に散在して居るが、結束鉄如くで夫、互に気脈を通じて世界革命計画実行に努めて居る」と云つて居る。之によつて見ると、世界中猶太人が悉く一つになつて、同一目的を意識して熱心に活動して居るやうに見えるが、之なども事実を飛び離れた飛んでもない独断である。

 斯う云ふ怖ろしい陰謀あると云ふ丈けで、可なり世界人が脅かされる訳であるが、更に進んで該書は此結社と露国革命と関係を説き、ボルシエヴヰズム運動が即ち此陰謀最も雄弁ならあらはれだと云ふて居る。此書標題が「過激思想由来」としてあるを観ても、其趣意は明かであらう。
 彼等は云ふ。露国革命先鋒たるリボフ公やミリユーコフ公は窮極目的を意識せざる第二級以下マツソンである。彼等は民意に副ふ政府を作らうとして君主政治を殪した。豈に図らんや、之れ猶太人操る所なることを。やがてケーレンスキーが出て来た。「兵卒は将校に敬礼するを要せず」と命令に次いで「兵卒は将校を監視すべし」と命令を発して軍隊破壊を企てたは彼であつて、而して之はマツソンがなさしめた仕事に外ならない。併し彼はマツソン旨を徹底的に奉ずる事を躊躇したが故にやがて排斥され、レーニン、トロツキー徒が之に代つて出て来た。此両人によつてボルシエヴイズムは初めて徹底された(一四-一七頁)。「以上革命経路を一覧した丈けでもマツソン分子が加はるに従つて破壊程度が濃厚になつた事が窺はれるではないか」(一七頁)と。「彼等は先づ軍隊に入り込み、非戦論を鼓吹し軍隊解散を主張した。彼等は実に露国に於ける革命扇動者である。彼等は今日尚依然として印刷物や流説によつて盛んに下層民を扇動して居る。──要するに露国革命は猶太人陰謀実現である。」(一八-一九頁)斯くして過激派は即ち猶太人怖るべき世界顛覆陰謀有力なる発現であるから、我々は厭くまで之が撲滅を期せなければならない。過激派侵略は如何なる形に於て来るもでも、我国とつて最も怖るべきもである。之れ容易に西伯利撤兵を断行し得べからざる所以で、又厳しく過激派かぶれ思想横行を抑圧せざるべからざる所以であると云ふである。


(三)世界征服方法


 然らば猶太人がマツソン秘密結社を通じて世界を征服する方法は如何。彼等云ふ所によると、第一には、自由平等博愛思想を鼓吹することによつて、民心社会的〓〓を紊乱することである。第二に猶太人有する広大なる金力によつて世界物質生活を極度に苦めることである。第三には更に種々手段を講じて人心頽廃勢を助長することである。第四には此種運動遂行に最も邪魔になる君主制を何よりも先に打破することである。第五に斯くして尚世界征服功を完うし得ざる時は、遂に最後大々的革命手段に出づると云ふである。此等点が「決議録」と猶太民族に与へたる訓令とに詳しく説かれてあるが、更に之を簡単に要約したもが前掲出版物二箇所に出て居る。

 フリー・メーソンリーが自由平等並びに四海同胞人道主義基礎上に立つて個人的道徳修養を専らとする団体であり、又一つには人種宗教等差による各種族抗争を排し、純乎たる四海同胞大義上に完全なる人類和親を主張するもであることは公知事実である。而して之が危険なる世界顛覆陰謀巣窟だと云ふだから我々には不思議である。何故斯く如き団体が世界顛覆陰謀を企てて居るだと伝へるか、と云へば、彼等は云ふ、自由、平等、平和思想によつて民心を荼毒弛頽し、主権と国家とを崩壊せしめ、暴民台頭を促し、〓を以て之を猶太人支配下に置かんとすると。自由平等と云ふと一寸見ると人道的だと云つて人は喜ぶ。「而して其後ろ陰謀を知らぬから、自分が人道為めに盡して居ると思ふて居るが、何ぞ知らん其陰には破壊、革命、暴動、延いては国家滅亡と云ふ怖ろしいもが〓らんで居るである」(八頁)。彼等は自由平等主張によつて先づ君主独裁制を破り、盲目な群集手に政権を移す。立憲君主制になつたと云ふ事は夫れ自身己に主権を弱めることになる。何故なれば、之は「主権者が政治一部を臣民に与ふることになる。即ち主権を弱めたもである」(十頁)から。更に進んで彼等は立憲政体を共和政体に導き更に無政府状態に引張つて行く。此点に至つて、天下は全く猶太人になる。「各国が無政府状態とまで行かなくとも、民主政体まで崩れた時は、彼等目的が達せられたである」(十頁)。斯くして彼等は今日自由とか平等とか、四海同胞とか真面目になつて唱へて居るもは、皆人道為め、世界平和進歩為めに盡して居る積りであらうが、其努力為めに何物があらはれ来るかと云へば、猶太人陰謀遂行に便利な状態に外ならない。かかる状態を来さんが為めに初めから悪意を以て自由平等を唱へて居るもも〓なくないが、善を以て之を唱ふるもと雖も、畢竟マツソン傀儡に過ぎぬから、我々はウツカリ此等に雷同してはならないと云ふである。
 自由平等思想を鼓吹する事が、政治方面から壬申頽廃を誘致するばかりでなく、又宗教方面からも混乱を導かうといふである。「基督教会は吾人最も怖るべき敵一つであるからして、吾人は其勢力を失墜させる為め不断努力をしなければならぬ。即ち之が為め基督教を信ずる知識階級間に極力自由思想(懐疑思想)を注入し、宗派教派分裂を来たさしめ、其間争闘を激烈ならしめるやうに力めなければならぬ」(九九頁)と。前記「猶太牧師訓令」中に述べて居る。
 斯くして人心を頽廃し、国家的精神を打破する事が隠れたる最後目的であるから、此為めには自由思想鼓吹外、どんな手段でも取る。戦後頻りに「国際」と云ふ文字を使ふが、之も其震源は此処に在る。「彼等は盛んに国際といふ言葉を振廻して居る。曰く国際連盟、曰く国際警察、曰く何々など、孰れも国際といふ形容詞付きで、要するに国家といふ境界を取除いて世界人心を統一し、金力に依つて猶太主権を全世界に樹立しようといふである」(一一頁)。又曰ふ、「彼ウイルソンが主張して居る国際連盟や国際警察なんどといふ事は、猶太人政策をそつくり其儘提議したもと云つてよい」(一二頁)と。
 要するに「自由・平等・同仁なる語は盲従的な吾人諜者によつて世界隅々まで喧伝せられ、幾千万民衆は吾人陣営に投じ、此旗幟を担ぎ廻つて居る。然るに実際をいふと、此標語は到る処平和安寧一致を破壊し、国家基礎を顛覆し、非猶太人幸福を侵蝕する獅子身中虫であつて、従つて吾党幸福を大いに増進し、事は諸君直ちに首肯せらるる所であらう」(四一-四二頁)。と「決議録」第一に述べて居る。荒唐無稽作り話であるといふ面目は、此処に於いて遺憾なく発揮されて居る。

 猶太人がどれ程恐ろしい陰謀を企てて居るとしても、彼等は差当り領土を有つて居ない。又兵隊も有つて居ない。然らば吾々から見て少しも恐るべき理由は無いではないか。と云ふに、否、さうではない、彼等は実に何よりも恐るべき金力を擁して居る、金力巧妙なる利用によつて武器以上効果を収める事を知つて居ると云ふである。猶太人は今日まで金力で基督教国民を虐めたといふ事は、殆ど欧羅巴人迷信と云つてもいい位だから、猶太人は其有する金力方面から恐ろしいもと説くは、少くとも彼等間には十分効き目があるである。其処で「決議録」第二十二には、猶太人をして斯ういふ事を云はしめて居る。曰く「吾人掌中には現代一大威力なる金力がある。吾人は如何なる巨額金であつても、之を二日間に取出す事が出来るである」(八六-八七頁)。彼等は如何に金力を利用して其目的を達せんとするであるか。自由思想鼓吹によつて小作人を地主に背かしめ、労働者を資本家に反かしめ、遂に労働者をして工場を奪はしめ、小作人をして土地を奪はしめる。併し乍ら「農民地主から奪つた土地は、地主が経営したやうに開拓発展せしむる事が出来るであらうか。労働者は工場主様に企業を経営し得るであらうか。今彼等教育程度を〓つてしては到底出来ようがない。とどつまりは土地なり工場なり経営、尠くとも其利益は、秘かに手を拡げて持つて居る猶太人手に落つるである」(一三-一四頁)。斯くして先づ各国に於ける産業根本要素を猶太人手に収めると云ふである。
 次ぎに彼等は各国政府財政鍵を握らうとする。今や欧米諸国大都市に於ける経済界中堅は、殆ど例外なく猶太人である。而かも各国政府は軍備競争為めに財政上大いに苦んで居る。其処で仮想的平和下に各国を滅亡淵に進ましめる為に、「吾人に残されて居る問題は、各国国債成立を容易にし、斯くして世界財政支配者となる事である。さうすれば遂には各国鉄道を奪ひ、森林を奪ひ、大工場を奪ひ、同時に他不動産形に於いて関税並に国税を手にする事を得るに到るであらう」(九八頁)。
 それでもまだ完全に各国各民族を従へる事は出来ない。其処で「尚ほ騒乱を続け、平和を与へずに国民を苦しめる。即ち生活難で苦しめるである。彼等(猶太人)手で金融界を左右する事が出来る以上、極めて容易に生活難を惹起する事が出来ると彼等は信じて居る」(一一頁)。即ち広大なる金力を以つて生活必需品買占めによつて一般人民を苦しめるである。「生活難為め一般人民は奴隷制度下に於けるより以上苦を嘗めて居る。既に国によつては擾乱が起つたもある。やがて到る処に蔓延するであらう」(四五頁)。〓え「苦しめ抜いた揚句に、彼等所謂一片パンを人民に与へて其主権に帰属させるである。……非猶太人を奴隷やうに労働さして其金を絞り上げ、そして時々パンを与へつつ人心を緩和し、世界を支配しようと云ふである」(一二頁)。言葉を換へて云へば「各国民経済を破壊し、自己掌中に富を収め、各国民間和平を奪ひ、民衆を飢餓と失望と極度まで到らしめ、困窮疲弊極遂に世界経済的優越権を掌握する猶太王に頼り、随喜涙を流すに到らん時機を待つ」(一一四頁)と云ふである。随分人を食つた話である。

 右やうな方法で、武力に依らずして世界を征服しようといふであるから、非猶太人に対しては自由平等思想を鼓吹すると同時に、淫靡・贅沢・〓偽凡ゆる悪徳注入を〓らず、殊に文学鼓吹によつて少しでも多く人心頽廃を謀らんとする。「決議録」第十四に、「所謂一等国といふ国々に、吾人は馬鹿な淫靡な実に唾棄すべき文学を作り上げた。吾人が政権獲得後、暫時は之を奨励する」(六六頁)と云つて居る。又曰ふ、「マツソンが文学美術方面から風俗破壊を企てて居る事は、マツソン自身之を自白して居る。……現に一時猶太人が根拠を据ゑた仏国に於ける文学如きは其適例である。モウパツサンやゾラ作、其他有象無象小説、一つとして然らざるはなしだ。……然るに日本文士は社会を荼毒すべく猶太人が故意に流し込んだ排泄物が入つて居るを知らずに、西洋文学をそつくり其儘日本に紹介するから堪らない。……近来頻々起る裸体画問題なども亦然りである」(二六-二七頁)と。
 さうすると昨今世界に淫靡流れて居るは、猶太人為す所である事になる。さうすると木乃伊取りが木乃伊になるといふ譬通り、猶太人自身も亦一緒に頽廃する事がないか。此点について本書作者は「彼等自身は如何に己を持し、又如何に彼等主権を擁護しつつあるか」点につき大いに学ぶべき点があるとて、次やうな事を云つて居る。「彼等は非猶太人に対して自由・平等を鼓吹し、代議制を慫慂し、民権伸長勧告して居るが、彼等自身は「カガル」(秘密結社長)に対しては絶対服従を為して居る。一例を挙ぐれば彼等は自ら餓えても「カガル」に納付を怠らない。又非猶太人民に対しては階級軋轢を助長して居るが、自らは階級制を遵守して居る。又、非猶太人に向つては贅沢を鼓吹するに反し、自身は如何に富んで居つても極めて質素で虚栄に走らぬ。夫婦関係如きも、非猶太人に鼓吹すると反対で、頗る厳格である。彼等は人前に於ては一見淫靡如く見ゆるが、実際は必ずしも然らずである。そして彼等結束と相助観念とは鉄如くであつて、非猶太人をば欺きもし、苦しめをもするが、猶太人が猶太人を欺き又は見殺しにする事は稀である。又子弟は最も厳重な監督と制裁と下に教育し、所謂猶太魂涵養に努めて居る。それであるから殆んど二千年間流浪生活を送り乍ら、彼等民族性は今も昔も変らないである」(二九-三〇頁)と。酔払ひ道楽親爺が自分小供にだけ品行方正ならん事を求むると同じ様に、他人を散々堕落せしめて自身だけ一人厳格な生活を送らうといふは、無論初めから出来ない相談ではあるまいか。若し夫れ「貴族富豪家庭に入込んで居る男女家庭教師、奴婢、番頭、執事及び非猶太人歓楽場に出入せる猶太女性、就中此最後は……非猶太人淫楽贅沢を故意に幇助して居るもであつて」(四〇頁)、之れ取りも直さず殉教精神に富む吾党諜者であると云ふに至つては、呆れて物が云へない。猶太人で妾を持つもがあるか、其女は非猶太人に限るとか、又露西亜では婦人共有法律を作つて居る所もあるが、此法律適用を受くるもは事実上純露国婦人に限られ、猶太婦人に及んで居ない、之れ皆非猶太人を堕落せしむる為め魂胆に出づると云ふに至つては、人を馬鹿にするも程があると云ひたくなる。

 以上やうな方法で、猶太人は結局世界を征服先として居るであるが、それがすらすらと目的が達成られるかと云へば、其処に一大いなる障害がある。「猶太人世界掌握陰謀邪魔は、勲章を戴いた国家である。何となれば聡明なる君主は彼等跋扈や主義実行を許さないからである」(九頁)。「決議録」中にもマキアヴエリ流独裁君主制を謳歌し(三九頁)又「政治問題とは社会指導者が知つてさえ居ればよいであつて、社会一般民衆が容喙すべきもでではない」(五二頁)などと云つて居る。其処で世界表面から君子国を絶滅するといふが彼等最大急務になる。「××××××××、×××××××××××××××××××」(××)。×××××××××××××××××××××××××××××××××××××。
 君主制を打破するには君主と民衆とを離反せしめなければならぬ。之が為に自由平等を説くだ。而して君主に背いた多数民衆は常に之を友として置く必要がある。それが為には「凡て社会問題殊に労働者運命を改善しようとするやうな問題に対しては熱心な見方であるかごとく仮面を冠る事」(一〇三頁)が必要である。斯くして暗に最近労働問題など担ぎ回るもは皆マツソン手先であるといふやうな意味を仄めかして居る。何れにしても、柔順にして且つ無智なる民衆大部分は吾人味方になつて居るから大丈夫である」(一〇一頁)勝利は疑ない云つて居る。けれども万一計画破れる事あらんか、其際は「吾人は如何なる勇敢な人間でも、之を聞けば直ちに縮み上つてしまふやうな準備をなしつつある。準備とは何ぞ。地下道開設之である。吾人計画一般に関付かれる頃迄には、各国首都に於いて地下道完成を見るであらう。そうなれば一朝事ある時は、吾人は国家重要機関を爆破する事が出来る」(六八-六九頁)と云つて居る。

 以上述べたやうな方策を更に数箇条に要約して、次如き行動計画なるもを掲げて居る(二二頁-二八頁及一一四)。(一)、自由平等思想鼓吹に依り、個人的権利拡張名義下に漸を以て主権を薄弱にし、愛国心を弱め就中君主国〓〓を図る事。(二)、貧富〓〓を大ならしめ、階級闘争助長し、下層民手を借りて貴族富豪撲滅を図る事。(三)、非猶太人間に隠微放縦風を助長し、人間劣情を発達せしめ、殊に人倫上最も大切なる貞操如きは迷信として嘲笑する風を流行し、殊に青年気風を薄弱ならしむる事。(四)、猶太教以外総ゆる宗教撲滅を図る事、殊に基督教撲滅為めには最も慎重なる方法を講ずる事、之れが為めには表面から露骨に攻撃する事を避け、基督教仮面を被つて基督教根底を覆す手段を執る事。(近頃基督教が社会主義や危険思想根源となつて居るは、実はマツソンが基督教を利用して居るだと云つて居る)。(五)、以上計画実行ために新聞雑誌言論機関を盛に利用する事。(世界新聞八割は猶太人手に帰して居るとか、所謂世界大勢などと云ふもは之等新聞が国家思想破壊するがために〓〓するもだなどと云つて居る)。(六)、斯くして非猶太人民心退廃を極度に進めた後、徐ろに其膨大なる金力を利用して確実に世界制服地位を占むる事。


(四)マツソン結社組織


 マツソン結社は全猶太人固い〓結で、彼等は全世界に散在して居るが、其結束鉄如く、互に気脈を通じて熱心に計画実行に努めて居る。如何にして気脈を通じて居るかと云ふに、七十七支部を全世界に設け、北米合衆国南カロライナ州チャールストンに設けられてある本部に於て之れを総括して居ると云ふ。支部はアジア方面にもあるが日本にも四箇所あると云ふて居る(六頁)。
 マツソン結社は前に述べた如く表面は正義人道〓〓を掲げて居る所から、其本当魂胆を知らない者は、世界平和為めだ、正義人道為めだと考へて入会して居るもが多い。斯くして其「組織は一寸見当が付かぬ程複雑である。即ち社会階級総てを包括したもで、宗教、政治、経済、総ゆる方面に亘つて居り、学者、政治家、論客、芸術家、俳優、番頭、給仕等に至るまで総て階級を網羅して居る。而して入社する者は猶太人とは限らない。三十二階級があつて、社員は其一階級に属する。下級雑輩は、大工、左官等と称する階級に属し、段々昇進して秘密を明かさるるであるが、最後秘密は最上級社員たる猶太人以外誰れも窺ふ事が出来ない」(八頁)。之れは即ちフリー・メーソンリーを眼中に置いたもである事が明白であるが、而もフリー・メーソンリー事を知らずして恁んな事を云つて居る所に無邪気な滑稽が表はれて居る。

 そこで彼等云ふ所によるとマツソン結社社員は三十二階級に分かれて居るが、之れを大別して二つ階級に分ける事が出来る、即ち一つはマツソン悪辣陰険目的を意識して居る最上級者で、他一つは只正義人道看板に眼が眩み、其陰に潜む陰謀を知らずして善意を以て世界破壊運動手先きとなつて居る者即ち之れである。決議録第九に曰く「目下世界各国に於ては、我党作つた種々意見を鵜呑みにした連中が吾人為めに犬馬労を取つて居る。曰く君主制復興家、曰く専制政治家、曰く社会主義者、曰く共産主義者云々」(五七頁)斯くして此種正直なる愚民を使つてマツソン最高幹部は着々として世界顛覆陰謀遂行に努めて居るである。
 併し乍らマツソン結社は、如何にして本来馬鹿正直なる青年輩を自〓陰謀に〓致する事を得るか。非猶太人〓服為めに其非猶太人子弟を使ふと云ふだから余程巧みな手段を執らないと底が割れる恐れがある。之れに就いては次ぎやうな事を云つて居る、「一例を挙ぐれば最高秘密結社が基督教権威を失墜せしめやうとする時は、基督教的教育又は訓練を施して幾多人民を牽き着ける。…………表面では基督教的道徳涵養を以て其社根本目的と揚言し乍ら、実際に於ては基督教根本義を迷信なりとして排斥し、次いで基督教道徳破壊に手を伸すである」(一〇六-一〇七頁)。又云ふ、最高秘密結社が〓道人心を〓〓せしめんとする時は、適当な人士を選んで青年会を設けしめ、青年気質に統合するやうな説を餌として徐々に目的を〓せんとする。譬へば子たる者は父母要求が正当なる時に於いてみ服従すべき者であるなどと説いて、子女して父母を批評する位置に立たしめながら、父母に背く習慣を助長し、遂には親〓破壊を来さしめんとする。其他政治的、文化的事業に至つても一として然らざるもはない。「彼等が国民政治思想涵養目的を以て社を〓す事があらば、そは如何なる愚者にも主権活動に対し絶えず批評を加へる特権を与へて、主権権威を堕し、国家組織解体に導かうとする陰謀から之れをを為すに外ならぬ」(一〇七-一〇八頁)と云つて暗に社会党や労働党若しくは急進党を呪ふて居る。
 斯う云ふ目的を達する為めに特にマツソン社骨を折る所はあ、飽く迄天下耳目を欺くために世界各国に亘つて増設さるべきマツソン社には現在及び未来大家を網羅すると云ふ事である。フリー・メーソンリーには、後にも述ぶる如く今日政界で云ふならロイド・ジョージとか、ウィルソンとか云ふ第一流人物が皆這入つて居る。夫れ丈けで見ても此結社が猶太人世界顛覆陰謀手先きなどになる筈はない。況んや知らずして之れを助長して居ると云ふが如きおや。けれども何処までもフリー・メーソンリーを猶太人陰謀たるマツソン結社に結び着けやうとするには、ロイド・ジョージも、ウィルソンも皆マツソン徒と云はなければならない。斯くして彼等は云ふ、出来る丈け世間耳目を瞞着する為めに我々は一流大家を網羅するだと。斯うなると馬鹿も休み休み云へと云ひたくなる。


(五)「シオン決議録」内容


 二千年来猶太人抱いて居つた陰謀、而して久しく秘密中に隠れて居つたが前に述べたやうな不図した事から最近やつと世界に暴露された陰謀計画内容は、所謂「シオン長老決議録」に列挙されて居る。前に述べた事とは重複するが其大要を次ぎに示さう。決議録は全体で二十四項目がある。けれども之れを系統的に分けると三大綱目になると思はれる。

 第一に掲げて居る事はマキアヴェリー流独裁君主制謳歌である。政治と道徳とは全く没交渉で、徳義を基礎とする為政家は政治家でないとか、苟くも政治家たらんとせば偽善を旨として奸策を弄さなければならぬ、公明と正直とは政治家にあつては寧ろ罪悪であるとか、吾人が今日止むを得ず行ひつつある所罪悪は後日善となる日があらう、吾人計画は、是非善悪点よりも寧ろ必要、不必要、利害得失観点より判断されなければならぬとか云つて、「政治本領は幼少より専制政治訓練を受けた者に限りて之れを発揮する事が出来る。独裁君主みが諸計画を概括し、国家機関間に之れを案配し、秩序を立てて之れを処理して行く事が出来るである」(三九頁)。之れはマツソン政治理想が如何に現代欧米自由主義と相容れないもであるかを明かに示すもである。

 第二項目には斯く如き猶太人独裁的主権を確立する前提として、先づ如何にして世界擾乱を来すべきか方法を論じて居る。猶太人には武力がない。従つて世界征服事業を全うするためには、いろいろ特殊方法を講ずる必要があるである。之れに就いて彼等最も得意気に主張して居る所は世界各国至る所に数百万諜者を配置し(四三頁)金力を以て言論機関を左右するみならず、更に行政官を左右し、(四八頁)各国国家機関運転を彼等手に収め(五二頁)次いで又大統領地位を自分思ふがままに左右する(六〇-六二頁)。斯く国家政治〓〓を掌中に収むる方策を講ずる一方に於いて、又盛んに民心を混迷させる方法を怠らない。彼等は刊行物力を借りて科学に対する盲従を絶えず鼓吹し、ダルウイニズムやマルキシズムやニイチエズム等成功に依つて思想界を混乱したは我々力であると云つて居る(四三-四四頁)。表面飽く迄も労働階級を助けるやうな顔をして資本主義攻撃経済学説を流布したも我々だと云つて居る(五四頁)。
 自由看板下に政党を作らしめ、政権争奪為めに争はしめたも我々だ。生活難為めに彼等を苦しめたも我々だ。「斯かる状態所へ持つて行つて、我党士は人道とか四海同胞とかを標榜して、社会主義や無政府主義や、共産主義を我々が援助を与へて居る労働者に勧説するであるから」、彼等は期せずして我々を救済者と仰ぐ。斯くして我々は民衆を唆かし「其手を借りて五人前途を妨げる者を撲滅すべきである」(四五-四六頁)。斯う云ふと詰り貧乏人が金持に反抗するは自ら手を下さずして貴族富豪を撲滅せんとする猶太人陰謀に基くと云ふ事になるが、併し金持大部分は猶太人である部何う説明するか。そこで彼等は云ふ。「併し乍ら彼等は吾人に猶太人富豪には手を触れないだらう。何となれば吾人には彼等攻撃時までに事情が分かつて居るから、予め適当予防手段は講ずる事が出来るからである」(四六頁)と。
 此方法を以て進むに当り、「現今吾人を倒す事出来る勢力は国際間には何もない。何となれば一勢力が吾人を攻撃すると他勢力が吾人を防護するからである」(四七頁)。
 要之猶太人は斯う云ふ悪辣な方法で世界を苦しめる。昨今世界を騒がして居る所謂危険思想や乃至其運動は皆猶太人に淵源する事だと云ふ意味がよく表はされて居る。
 終りに第三項目には、猶太人が愈々其目的を達して世界を掌握した時には、何う云ふ風に之れを治めるかと云ふ事が述べられて居る。
「吾人天下となつたならば………法律に依り世間に対して絶対的服従を要求する」(七〇頁)。之れまで大いに擾乱されて愛国心も、宗教心も滅却して居るだから、恁う云ふ社会を治めるには圧制外にないと。「吾人は社会一切勢力を掌握するため極度中央集権を取り」彼等を治むる法律は極度圧制的なもでなければならぬと云つて居る(五〇頁)。さうして置いて段々人民に服従徳を教へて行く。
 此目的を達する為めには「主要官庁から一切自由主義者を駆逐し、之れに代うる吾人が行政教育を施した者を以て」しなければならない。「我党裁判官は詰らない慈悲寛恕は正義法則に違反する者なる事を知らねばならない」と(七一頁)。弁護士制度は「無責任な放縦な人間を養成するもである。弁護士は……只管被告みを弁護する習慣を持つて居る。……此故に吾人は此職業を極限する必要がある」。(七五頁)更に吾人は大いに言論取締りを厳重にする必要を認める。免状を持たずして出版業者、印刷業者たる事が出来ない。総て刊行物に保証金を徴し、一頁毎に課税し且つ二十頁以上には倍額税を課する。雑誌如きは大半之れを国有にしなければならぬ(六四-六五頁)。斯くして厳重に取締つた上広く諜者や密告者を放つて秘密探偵をするから、殆んど不穏陰謀企てられやうがない。それでも若し警戒を厳にする必要な出来事が起つた場合には、紛擾診断なるもをやる(七七頁)。それは雄弁家に頼んで不穏演説をさせる。若し之れに共鳴する者多かつた時には、直ちに警察力を以て之れが一掃を図るである。
 次に宗教に就いては猶太教以外一切宗教破壊するとか、其ため過渡的現象としては無神論者など跋扈させるとか(六五頁)、教育に就いては「総合大学を吾人方針通りに教育して無害にする必要がある。此目的を達する為めには、総長や教授に詳細な秘密教程を授け、少しでも之れに違反したら処罰する事とする」(七三頁)。今までは非猶太人国家組織を覆すために故意に政治法律課目を設けて来たが、我々時代になれば之れ等は悉く省いて了ふ事にする。本当に我党機密に参与して居る少数者丈けに之れを授ければ好い。一般人には寧ろ為政者善い事計りを教へる事にする(七三-七四頁)。
 財政並びに公債政策に就いても詳細に述べてあるが〓々しいから今は省く。要するに猶太人天下になれば、如何に現代世界が苦しまねばならぬかを特に欧米下層階級神経を悩ましめるやうに説明してある。

 以上を以て「決議録」内容を大体述べ終つた事にする。もつと詳しい紹介は、三月十五日発行「外交時報」紙上に乗せた今井文学士論文に詳しいから、就いて参照せられん事を希望する。唯此処に一言付け加えて置きたい事は此「決議録」を振回すもが、此猶太人陰謀計画が其通り今日世界的擾乱に表れて居る、予言斯くまで的中して居る所から観ても、現代世界的擾乱は取りも直さず猶太人為す所に相違ないといふ風に見て居る事である。我々から見れば、猶太人希望するやうな状態は一つも現はれて居ない。現に現はれて居る事は、猶太人予言を俟たなくとも予想され得るべき事柄である。之を予言的中などと云ふが分らない。且つ又予言的中だとしても、今日世界的擾乱を見て〓かに之を猶太人計画に帰して、彼等を陥れんが為めに本書を拵へたもでないかといふ疑もある。其為にや「決議録」発行者は之は最近に作つたもではない、一九〇五年に出版されたもで、現に大英博物館には一九〇六年八月十日日付けで十七門三千九百二十六号として一本が保存されてあると態々断つてある。恁んな事を弁じ立てて居る丈け此本下らないもであるといふ真相が益々明白になるやうな気がする。


(六)マツソン余毒


 我が「過激思想由来」は更にマツソン結社秘密陰謀が古来幾度も世界擾乱を企てたといふ事実を立証せんとして居る。其滑稽な立証方法一つ二つを御目に掛けよう。

 第一に来るが仏蘭西革命である。仏蘭西革命は正にマツソン起したもだと断言して居る(一一五頁)。それからナポレオンとマツソン関係説明が面白い。ナポレオンは仏蘭西帝位に即くまではマツソン徒で、又其指示を受けて居たが、皇帝となつてからは〓に其勧告に従はざりしみならず、国内に在る猶太人を公然敵視したで、遂にマツソンは種々画策を廻らしてナポレオンを仆した。即ち一方に於いてマツソン徒が多数を占めて居る当時英、露、墺諸国政治家を動かして欧州連盟を造り、他方に於てはナポレオン腹心中マツソンを唆かして陰に陽にナポレオン虚栄的野心を煽り、遂に滅亡的事業を決行せしめたと云つて居る(一一九頁)。
 次に露国を倒したも亦マツソンだと云つて居る。露国にマツソン入つたは余程以前事で、アレキサンドル一世時代には既に廷臣多くが之に加はり、皇帝自身又其真目的を知らずして之に帰依し、為めに其勢力は益々張つて来た。然るに一八九五年最高幹部総会は、露国勢力を弱むる為めに全力を注ぐ事を決議したが、当時露西亜は実に此陰謀為めに絶好機会であつた。何故ならば政権は剛毅果断なアレキサンダルから優柔不断ニコライ二世に移つたみならず、帝は即位当初より露国マツソン首魁たるウヰツテ薬籠中であつたからである。日露戦争を起したは露国〓〓を希望するウヰツテ一味マツソンがやつたである。此戦争に露西亜が敗けたで、マツソン〓〓は一時私かに喜んだが、其後露国国力回復が案外〓かなるを見て、之れではならぬと直ぐに又革命運動を起したが、〓、国民多数まだマツソンに〓〓れて居ないと、外、独逸皇帝来〓あつて、運動は忽ち鎮定せられた。けれども彼等は之に屈せず、言論機関を利用して盛んに破壊思想を注入した。露国に代議制を設けしめたが即ち此運動一大成功であると云つて居る(一一八-一二〇頁)。

 今次世界大戦とマツソンと関係については次やうな事を云つて居る。「マツソン秘密結社は欧州大戦準備に着手した。此決議は一八九八年になされて居る」(一二〇頁)。之が為めには、独逸をして世界政策を取らしめ、之と英吉利とを〓〓せしむるに努めた。而して最初計画では〓〓〓問題で世界戦争を勃発せしめようといふ予定であつたが、一九〇六年に至つて多少計画を変更し、三国同盟にはトルコ、ブルガリア等を加盟せしめ、又露仏同盟には英吉利、日本を加へ、此二大同盟を争はしめて欧亜大国を疲弊せしめ、やがて之等国内に革命を起さしめようと云ふであつた。而して米国は既に著るしくマツソン化して居るから、将来欧亜を併せてマツソン世界的主権を樹立する時に策源地とする必要もあるから、二大同盟何れにも加はらしめなかつた。此目的為めにマツソンは露西亜に入つては英露同盟必要を説き、仏蘭西に入つては英仏同盟必要を論じ、独逸に入つては英仏露対戦準備が急務なる事を力説した。是等国がうまうまと此議論に乗つたは、彼等為めに考へて見れば誠に危険な事であつた。併しマツソンは果して此計画通りに行くか何うかを多少懸念して居つたが、愈々大戦が勃発すると予期以上成功で、有〓強大を謳はれた露国も、見る影も無く崩壊したで、マツソンは大いに狂喜した。所が之が為めに独逸勢が馬鹿に強くなり、自国君主制を益々堅固にするで、之れではマツソン計画進行に邪魔になるといふ所から、更に改めて独逸圧迫新方針を執る事になつた。之が為めにマツソンは先づ以つて米国を利用した。従来首鼠両端を持し、多少独逸に同情を有するかに見えて居た米国が、忽ち豹変して独逸敵となつたは之が為めであると云つて居る(一二〇-一二三頁)。
 次ぎに巴里平和会議に於いても亦マツソンが大いに活躍したと云ふて居る。彼等は国際連盟や民族自決主義などは共にマツソンが之を説かしめたもだと云つて居るが、国際連盟方は此「美名下に各国家経済的政治的境界を取除き、各国戦後疲弊に乗じ全力を以て世界覇権を握り、其盟主にならう」(一二一頁)と云ふであり、民族自決、方は「列強多くは植民地又は多数民族から成立つて居るから、各民族が独立を宣言主張する事になると、列強が自然に崩壊しないまでも紛擾が絶えない事になる」。(一二一頁)畢竟米国以外列強を弱める手段であると云つて居る。

 彼等は又云ふ。若し欧州大戦前に日露独如き純粋な君主国がなかつたならば、マツソンは其予ねてより準備して居つた社会革命運動を一二ケ月以内に勃発せしめ、無政府状態を現出せしめて、遂に彼等陰謀目的とする所を達する事が出来たであらう」(一一七頁)。故にマツソン何よりも撲滅せんとする所は君主国である。そこで「露独君主制を倒した今日、マツソン徒は全力を挙げて×××××××を企てて居る」(一二三頁)。一九〇六年以来多数マツソン結社が日本に設立せられたが、昨今普通選挙運動や労働運動や、其他日本固有伝統に知られてなかつたいろいろ新運動起つて居るは皆其陰にマツソン手が潜んで居るだと云ふやうな事が仄めかされて居る。×××××××××××××××××××××××××××××××××××××× ×××××××××××××××××××××××××××××××××××(一二三頁)と云つて、盛んに米国対日脅威を説いて居る。斯くして該書結論に曰ふ「××××××××××××××××。×××××××××××××××××××××××××、×××××××××××××××××××××××××××」(一二五頁)と。


(七)前記出版物正体


 以上述ぶる所によつて当該出版物荒唐無稽を極めて居る事が、最早や極めて明白であらう。若し之が民間射利手によつて作られたもであつたなら、殆ど識者知る所とならずして終つただらうが、或る方面有力なる筋よりに非常な大発見でもしたか如く勿体をつけて頒布されたで、意外にもそれからそれへと伝唱され、遂に動かす可からざる一世界的事実として受取らるるに至つたは、不思議と云ふよりも寧ろ滑稽沙汰である。而して斯く如き事になつたは、畢竟人々が単純な伝聞によつて軽率に信ずるといふ所から来るで、若し其半分でも又は三分一でも精読したなら、恐らくは直ちに其途方も無い出鱈目である事が感知せられたであらう。予前段に照会した所はそれ丈けでも其荒唐無稽なる事を証明するに十分であると信ずる。
 更に当該出版物が如何なる拠り所があつて出来たか、又之を作る時考は何ういふもであつたか等を考察して、該出版物正体を解剖して見ると、其出鱈目なもである事は益々明白になる。予輩観る所に拠れば、作者も云つて居る通り、之れには西洋種本がある。而して其種本はフリー・メーソンリーと猶太人とに対する西洋人伝来反感を利用して、ボルセ井゛ズムに対する不信を〓らんが為めに作つた、所謂為めにする所ある〓様本に外ならない。然るに我国読者は恐らくフリー・メーソンリー事も又アンチ・セミチズム事も余り能く御存知なく、従つて種本真意を諒解せず、漫然之を卒読して、自分達頑迷な思想宣伝に利用しようとしたもだと考へる。次に簡単に此等点を説明しようと思ふ。

 マツソン結社とは即ちフリー・メーソンリー事だといふ事は読んでも分るが、又明白に断つて居る所もある。而して読者はフリー・メーソンリーについて殆ど何等知る所なかつたと見えて、到る所に其無智を暴露して居る。例へば、「久しき以前より世界を擾乱し、遂には世界を支配しようとする組織立つた秘密結社がある。其名称は時代によつて異つて居るが」目下はマツソン結社と云つて居る(五頁)とあるが、併しフリー・メーソンリーは時代によつて名称を異にした事はない。一体マツソン結社といふ名から可笑しい。フリー・メーソンリーは時としてマソニツクといふ形容詞で呼ばるる事はある。現に「決議録」中には、ジユーウイツシ・マソニツク・コンスピラシイ(猶太人マソニツク陰謀)などと罵倒して居るが、併し何うもぢつて読んでもマツソンといふ発音は出て来ないである。甚だしきは英国では此結社をフリー・メーソン名称で呼ぶが、独逸、仏蘭西方面ではマツソン結社と云ふなどと出鱈目を云つて居るももある。独逸ではフライ・マウラライ、仏蘭西ではフラン・マソンヌリーで、マツソンとは何うしても読めないである。
 又該書は此団体総本山を「全世界最高バトリアーク社」(他一本に、社代りに座血を用ひたもがあつた)と書いてあるが(八頁)、バトリアークを社だ座だと訳した丈でも甚だしき無学を暴露して居るではないか。
 序でに訳者もつもつともひどい無学一例を示して置かう。該書十八頁に斯う云ふ注釈がある。「目下吾人はボルセオキを称してタワ゛ーリシチと云ふて居るが、之は猶太人たる煽動者が群衆なり軍隊なりに向つて演説する時に此言葉を用ゆるである。タワ゛ーリシチとは朋友、同輩義で、諸君代りである、猶太神話中にある該〓である」(一八頁-一九頁)。と。タワ゛ーリシチが猶太神話と関係があると云ふ事は、露西亜語学者に聞いても明かではないが、唯此言葉は純粋露西亜語で同輩義であり、昔から社会主義者好んで使つた言葉である事は何人も知つて居る。社会主義者が普通日常会話に用ゆる君、僕といふ言葉起源が、封建時代主従階級的意味を帯べるを不快とし、全然同列人格だと云ふ意味を表はす為めに、殊更に同輩と云ふ言葉を用ひて居る事は、今に初まつた事ではない。英人がお互にカムラードと呼び合ひ、独逸人がコレーグ、仏蘭西人がコンフレールと呼ぶと同じく、露西亜人は多年タワ゛ーリシチと呼び合つて来た。聞く所によれば日本社会主義者間にも、お互に呼び合ふ時にはカムラードと云ふ言葉を使ふさうだ。之れ丈け事を知つて居れば、西伯利に於ける露西亜人がタワ゛ーリシチと云ふ新しい呼び方をするからとて、少しも怪しむべき理由は無かつたである。之を猶太神話に出るもなどと云ふに、随分人を馬鹿にした牽強付会ではなからうか。

 当該出版物が「過激思想由来」と題するも、全体四部よりなつて居る事は前にも述べた。此第一「世界革命陰謀」はあと三篇翻訳に与つた日本人たる「某憂国士」へ起稿に懸ると断つてあるが、予観る所では最後「マツソン陰謀」も亦日本作ではないかと疑はるる。第二「シオン長老決議録」と第三「猶太牧師猶太民に与へたる訓令」二つは、共に明かに翻訳である。前者は僕手許にもある。そこで第二第三両篇は、余り正確ではないが西洋種本翻訳であり、第一第四両篇は之を翻訳せる某日本人註解と見て可い。而して少しく精密に研究して見ると、其注釈がまた全然原書真意を取違へて居るから面白い。最初僕が此本を読んだ時、日本人起稿と断つてある第一篇趣意と、第二第三両篇趣意とまるで違つて居るに驚いた。やがて第四篇を見ると、之が又全然第一編と同趣意で出来て居るから、之は翻訳とは云ふもも、恐らく日本製偽物であらうと考へたである。何れにしても本書は過激思想由来を説いて猶太人陰謀怖るべきを警告せんとしたもであらうが、西洋種本作者着眼点と、日本で之を利用せんとするも着眼点とまるで違ふ。そこで予は故らに第二と第三とより引用は洋字、第一と第四とより引用は日本字で頁数を示して置いたから、読者に於いて少し此点を注意して読まれたなら、直ちに矛盾ある所が明白になるであらう。
 先づ日本訳者は何目的に之を利用せんとしたかと云へば、極端に頑迷な保守思想擁護に在る事は疑を容れない。尤も表面は露西亜過激思想と云ふもは斯ういふ恐ろしいもである、之が日本に入つては大変だから何うしても喰ひ止めねばならぬと云ふて、或は西伯利駐兵口実にしたり、又支那に於ける新運動排斥論拠としたりする点はある。之にも可也重大な誤解はあると思ふが、それでも単に猶太人陰謀といふ恐るべきもが我々を脅かして居るといふ事実丈を紹介するなら可い。作者は此処に止まらず、更に労働運動を初め其他凡ゆる社会的運動より、普通選挙運動、否、立憲政治其物までを罵倒し、更に国際聯盟や平和運動如きまでをも呪ひ、自由、進歩、平和等目的を有する凡ゆる運動を皆マツソン為す所だと云つて排斥して居る。即ち日本に於ける是等文化的新運動凡てをマツソン汚名と共に排斥せんとするが其根本目的であるやうだ。驚くべき頑迷な反動思想で一貫して居る事は、前段紹介によつても分るだらう。此点が又実に此書が其傾向頑迷者流に喜ばれ、秘密間に大いに広く持囃された所以である。東北或県では県庁役人肝煎りで民力涵養委員なるもが数万部を複製し、時勢に適切な極めて有益な読み物として、各郡市町村公〓、学校、図書館、青年団、婦人会より誰れ彼れ有志にまで配つて、一時大いに物議を醸した事は前にも述べた。さう露骨に反動思想を宣伝して居る丈け、また少しく心あるもが見れば荒唐無稽を極めて居る事が直ぐ分る。唯露西亜過激派が引合ひに出て居る丈け、而して過激派に対する疑惑不信念は今日一般識者間にも相当に強い丈け、鳥渡之に迷はさるる事はある。
 併し西洋種本も亦同じやうな目的で書かれたもかと云ふに、さうではない。西洋原書は猶太人決議とか猶太牧師訓令とかいふ謂はば猶太人自身書いたもといふ形で書かれてあるから、一見すると日本訳者と同じやうに、極端な反動思想宣伝やうに見ゆるけれども、実は之は非猶太人が書いたもで、猶太人がこんな不都合な事を考へて居るから、我々は自由と進歩と平和と人道とために之に警戒し、又之と戦はなければならないといふ趣意を述べたもである。即ち此本原作者結局に於いて擁護せんとするもは、日本訳者極力排斥せんとするもと同一なである。日本訳者は自由と平和とを呪ひ、更に進んで此種思想並に運動策源地として基督教会及び青年会を罵倒して居るが、原作者は猶太人陰謀怖るべきを説き、基督光りと教会それとみが能く此魔手を抑へる事が出来ると説いて居る。(「シオン長老決議録」英文原書九五頁)。西洋作者は猶太人は斯ういふ不都合な事を考へて居るから、真自由為めに起てと云ひ、日本訳者は自由進歩などといふ奴等は皆マツソン手だから之を排斥せよと云ふ。単純な利用方法としては鳥渡巧妙やうであるが、能く読んで見ると、まるで真意を取違へて居るから可笑しい。
 「能く泳ぐもは水に溺る」譬で、能く利用したがるもは兎角飛んでもない誤りをする。日本頑迷者流は日進月歩自由平和大潮流に、なかなか正面から抵抗する事が出来ない所から、兎角裏面から凡ゆる手段を弄して其陰険なる目的を達せんとする。西洋本などで鳥渡都合好ささうなもがあると直ぐ之を利用したがる。昔山縣公が内務大臣であつた時、露西亜ボビエドスチエツフ本を翻訳して物議を醸した事があつた。併し之は正面から立憲政治を呪ひ、民主主義を罵倒したもであつた。今度又同じ目的為めに「シオン長老決議録」を利用したであるが、〓んぞ知らん、之は立憲政治や民主主義や並に其根底となる思想擁護為めに書いた本である。唯書き方が猶太人が盛んに之を罵倒するといふ形を取つた所から西洋人なら直ぐに之に唆かされて猶太人に対する反感を催す丈けであるに是等点に諒解ない日本人は、浅墓にも直ちに之を取つてボビエドスチエツフ本と同じやうに利用し得ると考へたであらう。

 右如く日本方では飛んでもない読み損ひをして居るから益々荒唐無稽なもになつて了つたが、併しさうでなかつたにしろ西洋原書其物が既に途方も無い出鱈目である。そこで問題は何故又何目的ためにこんな出鱈目が西洋で白々しくも説かれて居るかと云ふ点に集る。之には又其由つて来たる理由があるである。
 第一に何為めに此本が作られたか。と云ふに之は欧米民衆をボルセ井゛ズムから引き離さんが為めである。之は予輩一人考ではなくして西洋批評家も既に之を喝破して居る。ボルセ井゛ズムが独り露西亜天下を風靡して居るみならず、欧州一般下層階級に伝播して、政府当局者は勿論一般ブールジョア階級を非常に苦しめて居る。尤もブールジョアジー立場が正しいか、或は之に対抗する過激派感染れ民衆立場が立つ正しいか、之は一つ大いなる問題であつて、又人によつて各々其観る所を異にするであらう。之れについて議論は問題外だから特に之を避くるが、唯疑ない点は、各国政治家、資本家、其他中産以上階級が過激派感染れ流行を非常に苦として居る事である。而して如何にかして之を撲滅せん事に心を砕いてゐる事も公知事実だ。彼等は各自国民衆過激化を防がんが為めにいろいろ手段を講じたみならず、何よりも先づ其源を一掃するが先決問題だと云ふで、露西亜本国に於いて反過激派勢力勃興を助けた事も既に人知る所である。けれども此目的は容易に達せられない。レーニン政府は露西亜民衆間になかなか堅い根底を有つて居る。みならず、自分達国に於へてもプロレタリアート階級は動もすればレーニンに加担して自国政府反過激派〓〓行動を妨害せんとする。之には政府も資本家も手古摺つた。又現に手古摺つて居る。何とかして一般民心をレーニン一派に〓かしめんと苦心するけれども効果が揚らない。そこで最後窮策として所謂マツソン結社説を作り出したである。何となれば欧州人民大半はフリー・メーソンリーと猶太人とに対して歴史的に特別な反感を有し、此二者為す所だと観ゆれば、訳も無く民衆反感を唆るに都合が好いと考へられるからである。斯くして吾々は遂にフリー・メーソンリーと猶太人とについて少しく考へて見る必要がある。
 フリー・メーソンリー事は今詳しく之を説明して居る暇が無い。何れ他日を期して之を紹介して見たい。唯簡単に其輪郭丈けを述ぶるなら、之は名称示す通り建築石工組合から発達したもである。起源については色々説があるが、広く欧羅巴に広がつたは、中世石造建築が伊太利方面から北欧に広がつた頃にある。此石工が同時にある精神主義を伝へたで、今日では純然たる道徳的修養団体となつて了つた。唯昔石工組合から発達した所から、今でも石工に絡んだいろいろ伝説を有つて居る。彼等集合所をロツヂ(小屋)と云ふも此処から出て居る(但羅典諸国ではオリエントと云ふ)。三十二階級に分れて居る事は前にも述べたが、更に之を大別すると親方、中〓、徒弟三級に分れること、当時ギルドと同一である。而して各階級に於いて守るべき又養ふべき道徳が夫々設定され、それが又皆石工道具に縁んだ名称を有つて居る。物指し道徳だか、水盛り道徳だといふ種類である。物指しはもを測る標準だから即ち正義を表はすとか、水盛りは公平を表はすと云ふやうな意味に解せられて居る。而して上階級事は全然下階級には秘密になつて居る。総じて此組合は非常に秘密を重んじ組合其物が所謂秘密結社となつて居る所から、いろいろ誤解を招いた事は今に初まつた事ではない。今日はいろいろ其内部事も世間に分つて居るが、併し大体に於いて今なほ秘密結社として発達して居る事は云ふまでも無い。
 此団体標榜する精神主義は何かと云ふに、四海同胞と云ふ事である。仏蘭西革命標語たる自由、平等、四海同胞は実は此団体旗幟に外ならない。之れ仏蘭西革命は彼等陰謀に出づと昔から信ぜれた事ある所以である。兎に角四海同胞と云ふ点が彼等最も重んずる所だから、昔から欧羅巴に絶えなかつた人種宗教争などに対しては、極めて激しい反感を有つて居る。人類は凡て唯一人子だ。いろいろ教は明暗差こそあれ等しく皆神光りを反映するもである。神は即ち宇宙大建築師で、吾々は其一材料に過ぎない。石塊は其儘では立派な建築材料とならないやうに、吾々も亦神建築せんとする精神的宇宙一分子たる使命を果すには、錐や鑿でいろいろ削りこなされなければならない。荒削り儘では駄目だ。即ち道徳的修養を必要とする。而し吾々個人個人を神目的に応ふ立派な建築材料たらしめんが為に、いろいろ宗教が生れただ。故に宗教も人種もいろいろあるが、帰する所は唯一つ神だ。然らば吾々は唯一つ神によつて繋つて居る兄弟ではないか。末節に拘泥して争ふは以て僻が事がであると云ふである。さういふ立場であるから、一方には人種、宗教争を緩和すると共に、更に進んでいろいろ平和的国際運動原動力ともなつて居る。其極、時として国境を無視し、反国家的なコスモポリタニズムに堕する事はある。けれども今日殆ど凡て国際的運動は悉く此フリー・メーソンリーに関係ありと云つても敢て誣言ではあるまい。加之、有名な世界宗教家政治家学者文人にして此団体に入つて居るもが又非常に多い。当代偉人としてはウィルソン、ロイド・ヂヨーヂ、ブリアン等を数へられ得べく、少し古い所ではイギリスエドワード七世陛下、露西亜トルストイ、アメリカマツキンレー皆フリー・メーソンである。更に遡つてはカント、ゲーテ、フランクリン、ワシントン其他数へ挙げればいろいろ方面に際限はない。フレデリツク大王を始め独逸皇室にも、之に帰依する者頗る多くがある。(最近では前カイゼル、ウィルヘルム二世を除いては殆ど皆フリー・メーソンであつた)。して見るとフリー・メーソンリーは危険どころか非常に結構な、此上も無い立派な団体と云はなければならない。僕自身にした所が縁故が無いから入らないも、出来るなら是非之に入りたいと考へて居る位だ。西洋滞在中適当な機会があつて之に加入した日本人は、私知人中にも多少はある。知名人としては嘗て外務大臣であつた故林〓伯は熱心な団員一人であると聞いて居る。兎に角フリー・メーソンリーは危険な団体でも何でもない。寧ろ其一員たる事を誇つて然るべきもと云つていい。
 然らば之れ程結構なもが何故欧米一部間に非常に嫌はれて居るかと云ふに、之れには歴史がある。中世以来天主教会が之を蛇蝎如く嫌つた為である。それが今日も残つて居る。何故に天主教が蛇蝎如く之を嫌つたかと云へば、フリー・メーソンやうな主張が通れば天主教会根底が動揺するからである。同じ耶蘇教でも天主教会はプロテスタントやうに個人銘々信仰を大事だと云はない。信者として最も尊重すべき徳は聴従である。蓋し全智全能神は、自分名代として此世中に基督を生れしめ、基督は自分精神的後継者として羅馬法王を立てたから、羅馬法王が法王といふ位に於いて発言する時は、即ち神其物発言であるから、彼は間違つた事をしようたつて間違ひやうがないもである。而して法王旨は大僧正之を奉じ、大僧正通して更に幾多階段を通して教会教師が之を教へるだから、各信徒は即ち其教を金科玉条として守ればいい。なまなか自己判断を加へるは、人間智恵を以て神智恵に対抗するもである。之即ち聴従を以て信徒最高徳となす所以である。天主教会は即ち斯く如き形式的論理によつて神意思本当に表はれて居る所だから、人間魂を預り得る真教会は此外には無い。天主教会は即ち唯一教会であると云ふ。プロテスタントは無論事、其他境界は真に人間を救ひ得るもでないから、之は言葉正しき意味に於いて教会と云ふ事は出来ない。さういふ所から天主教会以外教会を彼等は教会(英語所謂チャーチ)とは云はずして殿堂(テンプル)と云ふ。だから天主教国なる仏蘭西では、英語チャーチに当るイグリーズといふ字は初めから天主教会丈けを意味するもと定まつて居る。之を英語チャーチや独逸語キルヘと全然同一と見てはいけない。英語チャーチは独逸語キルヘを仏蘭西語に訳す時は、其天主教会を意味するかプロテスタントを意味するかによつて、或はイグリーズと訳し、又或はテムベル字を当て嵌めなければならない。斯く天主教会では自分教会丈けが唯一正しい教会であると云ふ事を非常に強く主張して居る。吾々想像にも及ばない程力瘤を入れて居る。成程、プロテスタント教会でも矢張り人間魂を預り得る教会だと考へるやうになつては、天主教会は立ち行くまい。自分教会が立ち行かないとなると、利己的主張だと気付かずして遂に其反対意見に極度反感を抱くやうになるもだ。日本官僚軍閥が真に国家為めになるか否かを考ふるに〓あらずして、吾々を危険思想家扱ひすると同一心理状態である。文明今日フリー・メーソンリーを極端に憎むといふやうな事は有りさうがないやうに考へられるけれども、然し熟く考へて見れば、同じ様な事は日本にも存するだから、其実毫も怪しむべきではない。
 斯くして天主教会では非常にフリー・メーソンリーを憎んで居る。中世ジエスイツト盛んな時、宗教裁判制度を利用して厳刑を以つて迫害した事もある。之れがフリー・メーソン秘密結社として発達し来れる原因である。石工技術を盗まれまいといふ所から秘密結社として発達したといふ説もあるが、主としては天主教会迫害為めだ。斯う云ふ歴史があり、且又現に教会当局者が非常な憎悪念を向けて居る所から、今日でもフリー・メーソン自身が戦々競々として教会耳目を脱がれんとする風がある。若し夫れを一般教民に至つては、平素フリー・メーソン頗る憎むべきを教はつて居るから、フリー・メーソンが吾々村に入つて来たと云ふやうな話でも聞くと、如何にも極悪非道人間が吾々を脅かして居る位に考へて心配する。而してフリー・メーソンを嫌悪するは主として天主教会だけれども、之れに次いで希臘教会や独逸やうな旧式新教徒間にも多い。要するに余程開けた人間でないとフリー・メーソン事は分つて居ない。大体としては厭なもと云ふ風に考へて居る。日本で云へば不敬罪に対するやうな、又は年を老つたもが社会主義者に対して抱くやうな考を有つて居る。であるから欧羅巴で人を陥れる場合に、彼はフリー・メーソンだと云ふが頗る有効に効くである。

 フリー・メーソンと猶太人とは直接関係は無い。猶太人も沢山入つて居るには居る。が、併し国によつては基督教徒でなければ入れないと決めて居る所すらある。故に此両者をゴツチヤにするは大変に間違であるが、之をやつたは畢竟フリー・メーソンリーに対する反感みでは足りない。併せて猶太人に対する基督教と一般反感をも利用せんとしたである。そこで吾々は次にまた猶太人に対する反感即ちアンチ・セミチズム事について少しく考へて見る必要がある。

 アンチ・セミチズム事も詳しく云へば際限も無い。之も欧羅巴社会状態内面的構成には非常に深い関係があるから、何れ他日機会に於いて述べる時があらう。兎に角欧州人は一般に猶太人に対して迷信的に反感を有する事、有田ドラツクが尾崎島田両氏や僕等を嫌ふ比ではない。主としては彼等祖先が基督十字架に掛けたといふ考から来る。其他猶太人が常に基督教敵として発達して来たと迷信し、其金銭欲強くて又残忍非道事などを数へ立てて、小説や戯曲や其他物語を通して人々頭に非常に深く植えつけた。「ヴェニス商人」を読んで見ても、欧羅巴人が猶太人を何う見て居るかが分る。であるから最近まで猶太人をば法律上又は少くとも社会上普通市民と同等に取扱はれないやうになつて居た。例へば猶太人は弁護士にはするが裁判官にはしないとか、兵隊にはするが将校にはしないとかいふ類である。比較的猶太人寛大に取扱はるる英吉利に於いてすら、十九世紀初めまでは、猶太人に対して種々拘束があつた。最近まで最も烈しく迫害されたは露西亜に於いてである。居住移住自由が大いに拘束されて居るみならず、時々大挙虐殺厄に逢ふた事もある。それほど嫌悪されて居るであるから、人を陥れるに、彼はジユーらしいと云ふ事程有効に効くもはない。従て又左したる事でない出来事でも、それは猶太人がやつただと云ふと、格別民衆へ反感を興奮せしめる事も出来る。殊に天主教や希臘教等盛んな所に於いて然うである。
 そこで露西亜過激派を徹頭徹尾猶太人仕事といふ事に付会したであらう。且つ之に加ふるにフリー・メーソンリーに対する反感を以てすれば所謂鬼に金棒だ。大いに民衆血を湧かし、以つてレーニン一派を精神的に孤立させる事が出来ると考へたであらう。であるからマツソン結社最高階級は猶太人だと云ふ出鱈目を延べ(此事事実に反するは英国に於けるフリー・メーソンリー総大将が、其即位までエドワード七世陛下である、陛下即位以来はコンート殿下であるといふ公知事実に見ても分る)。而して偶々猶太人でないもがあると、無理に之を猶太人だと付会する。ケーレンスキーについては、「彼は姓名こそ露人であれ、出生は猶太人である事が今になつて明白になつた。彼父は学校教師であつた。此教師は先妻を失ひ、後妻に猶太女を迎へた。其間に出来た子がケーレンスキーである。一説には彼は後妻連れ子で、元父も猶太人であつたといふ。兎に角彼が猶太血統を継いで居る事は明白である」(一五-一六頁)と云ひ、又過激派頭目中唯一非猶太人と知られて居るレーニンについては、本当レーニンは二年前独逸で客死した。「現在レーニンは此死んだレーニン旅行券──露西亜戸籍制度は我国と聊か趣を異にし、各々皆我国旅行券やうな体裁戸籍券を有つて居る。之れが重要戸籍證明書である──を盗んで、露人に化けて居るフオキルバウム(一説によればニコライ・イリツチ・ウリアフと云ふ)といふ猶太人である」(一七頁)と云つて居る。随分白々しい牽強付会と云はなければならない。
 一体冷静に考へると、如何に欧羅巴人でも、凡て猶太人が皆鉄如く堅く結束して恐ろしい陰謀を企らむと聞かされて直に、之を本当と信ずる筈は無い。何千万といふ人間が悉く同一目的に結束するといふ事は不可能話だ。支那人や朝鮮人から観れば、日本人は一人残らず侵略的軍国主義に凝り固つて居るやうに見えるさうだが、併し内部に入つて観れば、老人をして思想混乱や国家危機を叫ばしめる程バラバラになつて居るではないか。政治的に統一されて居ない猶太人は尚更ら事であらう。尤も猶太人は随分欧羅巴で迫害されて居る丈け極端にひねくれたもはなかなか多い。権力を以つてする迫害がある丈け極端な無政府主義などを唱へるやうなもも多く猶太人中から出る。西洋で能く自由思想家同盟といふ会合に出席して見た事があつたが、看板は名ばかりで実は猶太人旋毛曲りが中堅になつて基督教徒たる友人を誘つて教会を欠席させたり、其他普通人厭がる事をさせやうといふ団体であつた。余り官憲が社会主義者を矢釜しく取締ると、穏健な日本人でも法廷で肌を脱ぐと云つたやうな態度に出づるもも出る。而して斯う云つたもが沢山になると、もともと虐めたが悪るいと云ふ方は忘れて、人厭がる事をやる奴が憎いといふ感情が先に立つ。斯う云ふ所から昨今に猶太人が又格別嫌はれて居る。
 併し猶太人だからとて皆々斯ういふもばかりではない。オルソドツクス方は今日尚ほ厳格に昔ながら態度を改めないし、其改良派に属するもは、其生活様式を出来る丈け基督教的に改め、之に属する知識階級中にはフリー・メーソンリーなどに関係して居るもも少くない。此等間には固より全部結束して不逞陰謀を企てるなどと云ふ事は考へられない。要するに猶太人が凡て固い結束をして居ると云ふは、凡て日本人が固く結束して世界併呑を企てて居ると云ふと同じく、愚民はいざ知らず、識者は固より文字通りに之を受取らない。唯猶太人間に起つて居るシオニズム運動は、各国に於いて政治的陰謀嫌疑を受けて居る所から、ひよつとすると軽率なる人には猶太人陰謀と聞いて、若しやと疑はねばならない事がないとも限らない。だから猶太人陰謀と云ふ流説は、昨今やうな時代に於いて猶太人を陥れるには最も都合好い話なである。従つて又或る者に対する反感を起さしめる為めに、之を猶太人と引つつけるは最も好都合なである。

 斯く考へて見ると、西洋に於いて如何にかしてボルセ井゛ズム対する一般民衆憎悪反感を醸成する為め、最後窮策としてフリー・メーソンリーとアンチ・セミチズムとを利用した魂胆は略ぼ推察し得られる。作者と雖も其余りに馬鹿馬鹿しい事は知つて居るに相違ない。が、斯うでもしなければレーニン一派を精神的に孤立せしめる事が出来ない。背に腹は代へられないで、馬鹿馬鹿しいとは知りつつ斯う云ふ流説を流布したもだらう。従つて作者目指す所はフリー・メーソンと猶太人とに対して最も強き反感を有する天主教徒である事は、出版物随所に之を推知する事が出来る。現に「決議録」最後には、此風潮に対抗して悪魔陰謀を看破るもは天主教会外にはない、此悪風潮と戦ふ為めには第八回エキユメーニカル、カウンシルを開く必要ありと云ふやうな事を云つて居る。此カウシセルは専ら天主教会会議である事は云ふまでもない。
 天主教徒を特に眼中に置いたと云ふ事は、最近英仏諸国が頻りに羅馬法王庁に秋波を送つて居るといふ事実と対照すると面白い。米国と法王庁と間に密接な交渉ある事は、新聞電報にも明かである。ルーベー伊太利訪問以来国交断絶姿となつて居つたを、昨今もと通り公使を授受しようといふ話合が、仏国政府と法王庁と間にある事も〓々電報せられた。それかあらぬか日本までが法王庁に人をやつたりして居る。兎に角欧州に於ける民心左傾に対する有力なる防波堤として、法王庁勢力を利用せんとして居る事実は極めて明白である。併し斯くして結局其目的を達し得るか何うか、又此目的を達するが為めに斯う云ふ反動思想に頼る事が得策であるが何うかは問題である。が所謂苦しいとき神頼みで、政治家や資本家天主教会勢力に結ばんとして居る形勢は之を看過する訳には行かない。
 併し乍ら斯う云ふ魂胆は、前にも述べたやうな特別事情があるで、欧羅巴人になら幾分か効く。又欧羅巴民衆を瞞着する目的を以つて斯かる魂胆に出たもである事にも諒解は出来る。けれども欧羅巴とはまるで事情を異にする日本に之を利用しようと云ふは、恰かも肺病病みに能く効いたからとて、其同じ薬を胃病患者に与ふるやうなもで、何等効目あるべき道理は無い。故に此流説を日本で振り回す段になると、其運命は唯一笑に付せらるるみであらう。有繁西洋に於いてすら、今や此魂胆は正体を見露はされて三文値打ちも無いもになつた。それを日本に利用しようと云ふだから、其愚寔に嗤ふべきであるが、偶々之を本当でもあらうかと若干気にするもがあるから呆れる。一昨年三月、朝鮮万歳運動時、民族自決主義を提唱したウィルソンが、飛行機に乗つて朝鮮救済為めに来ると盲信した或る田舎朝鮮人が、暗夜目標が無くては着陸するに困るだらうとて小山上に焚火して待つて居つたと云ふ話がある。吾々は其無智を嗤ふたであるが、然し生真面目にマツソン結社流説を信ずるもは、之れ以上無智を告白するもと云はねばならない。
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