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文献名1霊界物語 第16巻 如意宝珠 卯
文献名2第3篇 真奈為ケ原よみ(新仮名遣い)まないがはら
文献名3第19章 文珠如来〔609〕よみ(新仮名遣い)もんじゅにょらい
著者出口王仁三郎
概要
備考
タグ データ凡例 データ最終更新日2021-02-08 18:22:04
あらすじ黒姫は今度は、悦子姫に説教を始める。黒姫は大風呂敷を広げて素盞嗚尊悪口を言い、変性男子系統出神生き宮に従うように、と悦子姫に迫る。一同は黒姫に係わり合いになっていると足止めを食うで、そまま過ぎ去ろうとするが、黒姫が引き止めにかかるが、鬼虎、加米彦は先へ促す。音彦は黒姫偵察をしようと付いてきたわけを明かし、ウラナイ教教理は取るに足らないことがわかったから、もう三五教に戻って一緒に行こう、という。黒姫はしきりに大風呂敷を広げて一同をウラナイ教に引き込もうとするが、説得力がなく、三五教一行は去っていく。一行は途中、文珠堂を見つけてそこで一夜宿を取る。鬼虎は、かつて竜灯松麓へ悦子姫らを召捕りに行った晩ことを思い出している(第一章)。青彦、音彦、加米彦らもかつて遍歴を思い起こして語り出す。鬼虎は寝ず番を買って出るが、寝ぼけて夢を見ている。そ間に、天から竜灯松をめがけて火団が落下して物凄い音を立てた。
主な人物 舞台 口述日1922(大正11)年04月16日(旧03月20日) 口述場所 筆録者松村真澄 校正日 校正場所 初版発行日1922(大正11)年12月25日 愛善世界社版227頁 八幡書店版第3輯 484頁 修補版 校定版231頁 普及版102頁 初版 ページ備考
OBC rm1619
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本文の文字数10936
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本文  ヤンチヤ婆ア黒姫は、性来聞かぬ気を極度に発揮し、青彦、音彦其他に向つて舌端黒煙を吐き、一人も残さず紅蓮焔に焼き尽さむと凄じき勢なり。
黒姫『コレコレ、最前から其処に、男とも、女とも、訳分らぬ風をして居る三五教宣伝使、良い加減に此世に暇乞ひをしても悦子姫阿婆擦れ女、沢山荒男を引きつれて、女王気取りで、傲然と構へて御座るが、チト此婆アが天地根本道理を噛みて啣める様に言ひ聞かしてやるから、ソンナ蓑笠をスツパリと脱いで、此処へ御座れ、滅多にウラナイ教為に悪い様な事は申さぬ。問ふは当座恥、知らぬは末代恥だ、此山中で結構な神徳を戴いて、又都会へ出たら、自分が発明した様に、宣伝使面を提げて歩かうと儘ぢや。何でも聴いて置けば損は往かぬ。サアサア婆ア渋茶でも呑みて、トツクリと身魂洗濯をしなされ。チツト此頃はお前も顔色が悪い。此黒姫が脈を執つて上げよう。……どうやら浮中沈、七五三脈膊が混乱して居る様ぢや、今間に療養せぬと、丸気違になつて了ふぜ。今でさへも半気違ぢや。神霊注射を行つてあげようか。それが利かなくば、モルヒネ注射でもしてやらうかい。サアサア トツトと前へ来なさい』
悦子姫『それはそれは、何から何まで御心を附けられまして、御親切有難う御座います』
黒姫『有難いか、ウラナイ教は親切なもだらう。頭先から足爪先、神経系統から運動機関は申すに及ばず、食道、消化機関から生殖器、何から何迄、チヤンと気をつけて、根本から説き明かし、病根を断る重宝な教ぢや。お前も神経中枢に多少異状があると見えて、三五教木花姫生宮様に、女だてら、男風采をして、男を同伴つて、そこら中を歩きまはすは、普通ではない。此儘放つとくと、巣鴨行をせなければならぬかも知れやしない。………サアサア此黒姫は耆婆扁鵲も跣足で逃げると云ふ義理堅い義婆ぢや。世間奴は訳も知らずに、黒姫を何と申すけれども、燕雀何ンぞ大鵬志を知らむやだ。三千世界立替立直し根本を探ると云ふ、大望なウラナイ教を、三五教宣伝使位に分つて堪るもか。お前が此処へ来たも、みなウラナイ教を守護し給ふ、尊き大神様御引合せぢや。躓く石も縁端と言つて、世界には道を歩いて居ると、沢山な石が転がつて居る。其幾十万とも知れぬ石中に、躓く石と云つたら、僅に一つか二つ位なもだよ。これも因縁が無ければ蹴躓く事も出来なければ、蹴躓かれる事も出来やしない。同じ時代に生れ、同じお土上に居つても、コンナ結構なウラナイ教を知らずに、三五教にとぼけて一生を送る様な事は本当に詰らぬぢやないか。何事も神様お引合せ、惟神御摂理、縁あればこそ、斯うしてお前は此山奥に踏み迷ひ……イヤイヤ神様に引つ張られて来ただ。決して決して黒姫我で云うと思つたら量見が違ひますデ、竜宮乙姫さまが仰有るだ。今迄永らく海お住居で、沢山宝を海底に蓄へて居られたぢやが、今度艮金神様が世にお上りなさるに就て、物質的宝よりも、誠宝が良いと云つて、五六七神政成就為に、惜しげも無く綺麗サツパリと、艮金神さまに御渡しなされると云ふ段取りぢや。併し人間は誠宝も結構ぢやが、肉体有る限り、家も建てねばならず、着物も着ねばならず、美味いもも食はねばならず、あいさには酒もチヨツピリ飲みたいと云ふ代物だから、形ある宝も必要ぢや。三五教奴は「こ宝は、錆、腐り、焼け、溺れ、朽果つる宝だ、無形宝を神国に積め」なぞと、水中で屁を放いた様な屁理屈を言つて、世界奴を誤魔化して居るが、お前等も大方其部類だらう……イヤ其通り宣伝して歩くだらう。……能う考へて見なされ。お前だつて食はず飲まずに、内的生活ばかり主張して居つて、堂して神宣伝に歩行けるか。これ程分り切つた現実道理を無視すると云ふ教はヤツパリ邪教ぢや。瑞霊吐す事は、概して皆コンナもだ。言ふ可くして行ふ可らざる教が何になるもか。体主霊従と霊主体従正中を言ふが当世ぢや。当世に合ぬ様な教をしたつて誰が聴くもか。神清き御心に合むとすれば、暗黒なる世心に合ず、俗悪世界心に合むとすれば、神心に叶はず……なぞと訳分り切つた小理屈を、素盞嗚尊馬鹿神が囀りよつて、易きを棄て難きに就かむとする、迂遠極まる盲信教だから、根つから、葉つから、羽が生えぬぢや。ウラナイ教は斯う見えても、今は雌伏時代ぢや。軍備を充実した上で、捲土重来、回天動地大活動を演じ、それこそ開いた口が塞がらぬ、牛糞が天下を取る、アンナ者がコンナ者になると云ふ仕組手を現はして、天御三体大神様にお目にかける、艮金神仕組ぢや。三五教は艮金神教を樹てとる様な顔して居るが、本当は素盞嗚尊教が九分九厘ぢや。黒姫はそれがズンとモウ気に喰はぬで、変性男子系統肉体、日出神生宮を力と頼み、竜宮乙姫さま生宮となつて、外国行方を、隅から隅迄調べあげて、今度岩戸開に、千騎一騎大活動をするぢや。お前も、三五教宣伝使と云ふ事ぢやが、名はどうでもよい、お三体大神様と艮金神様御用を聴きさへすれば宜いだらう。サアサア今日限り化物様な奴吐す事を、弊履如く打棄てて、最勝最妙、至貴至尊、無限絶対、無始無終神徳輝く、ウラナイ教に兜を脱いで、迷夢を醒まし、綺麗サツパリと改心して、ウラナイ教を迷信なされ、悪い事は申しませぬ、ギヤツハヽヽヽ』
悦子姫『ホヽヽヽ、アハヽヽヽ、あマア黒姫さま黒い口、……妾様な口端に乳附いてる様な者では、到底あなた舌鋒に向つて太刀打は出来ませぬ。あなたは何時宣伝使にお成りになりましたか、随分円転滑脱、自由自在に布留那弁、懸河論説滔々として瀑布落ちるが如くですナ』
黒姫『定つた事だよ。入信してからまだ十年にはならぬ。夫れでも此通り雄弁家だ、是れには素養がある。若い時から諸国を遍歴して、言霊を練習し、唄であらうが、浄瑠璃であらうが、浪花節であらうが、音曲と云ふ音曲は残らず上達して鍛へたぢや。千変万化、自由自在口車、十万馬力を掛けた輪転機様に、廻転自由自在ぢや、オホヽヽヽ』
加米彦『モシモシ悦子姫さま、コンナ婆アに、何時までも相手になつとると、日が暮れますで、一時も早く真名井ケ原に向ひませうか』
悦子姫『アヽさうだ、折角尊いお説教を聞かして貰うて、お名残惜しいが、先が急きますから此処らで御免蒙りませうか』
鬼虎『アーア、最前から黙つて聴いて居れば、随分能く囀つたもだ。一寸謂はれを聞けば、根つから葉つから有難い様だが、執拗う聞けば、向つ腹が立つ……お婆アさま、ゆつくり、膝とも談合、膝坊主でも抱へて、自然に言霊停電するまで、馬力をかけ、メートルを上げなさい。アリヨース』
黒姫『待つた待つた、大いにアリヨースだ、様子あつて此婆アは、此魔窟ケ原に仮小屋を拵へ、お前達来るを待つて居ただ。往くと云つたつて、一寸だつて、此婆が、是れと睨みたら動かすもか』
鬼虎『まるで蛇様な奴ぢやナア。執念深い……何時間にか、俺達に魅入れよつたぢやナ』
黒姫『さうぢや、魅を入れたぢや、お前もチツト身入れて聞いたが宜からう、蛇に狙はれた蛙様なもぢや、此処をかへると云つたつて、帰る事出来ぬ様に、チヤーンと霊縛が加へてある。悪霊注射も知らず識らず間に、チヤアンと行つて了うた。サア動くなら動いて見よれ』
鬼虎『アハヽヽ、何を吐すだ。動けぬと云つたつて、俺体を動かすは、俺自由権利だ。……ソレ……どうだ。これでも動かぬか』
黒姫『それでも動かぬぞ。お前が今晩真名井ケ原に着いて、草臥れて、前後も知らず、寝ンだ時は、ビクとも体を動かぬ様にしてやるワイ』
鬼虎『アハヽヽヽ、大方ソンナ事ぢやろと思うた。……ヤイヤイ黒姫、三五教は起きとる人間を、目前で霊縛して動けぬ様にするぢやぞ。一つやつてやらうか、……一二三四五六七八九十百千万……』
黒姫『一二三四五六七八心地よろづウ……ソラ何を言ふぢや、それぢやから三五教は体主霊従と云ふぢや。朝から晩まで、算盤はぢく様に数を数へて、一から十まで千から万まで……取り込む事につけては抜目ない教ぢや。神道は無形に視、無算に数へ、無声に聞くと云ふぢやないか、…何ンぢや、小学校生徒様に、一つ二つ三つと勿体らしさうに、……ソンナことは、三つ児でも知つてるワイ。……大きな声を出しよつて、アオウエイぢや、カコクケキぢやアタ阿呆らしい、何を吐すぢやい……白髪を蓬々と生やしよつた大男が見つともない、桶伏山上へあがつて、イロハから勉強ぢやと云ひよつてな、……小学校生徒が笑うて居るも知らぬか、…良い腰抜だなア、それよりも天地根本大先祖因縁を知らずに神教が樹つもか、三五教様な阿呆ばつかりなら宜いが、世中には三人や五人、目開いた人間も無いとは謂はれぬ。其時に、昔サル昔から因縁を知らずに、どうして教が出来るか、馬鹿も良い加減にしといたが宜からう。鎮魂ぢや、暗魂ぢやとか云ひよつて、糞詰りが雪隠へでも行つた様に、ウンウンと汗をかきよつて、何ザマぢやい、尻穴が詰つて穴無い教と云ふか、阿呆らしい、進むばつかり行方で、尻締り出来ぬ素盞嗚尊紊れた教、何が夫程有難いぢや、勿体ないぢや、サア鎮魂とやらをかけるなら、懸けて見い、……ソンナ糞垂腰で鎮魂が掛つてたまるかイ。グヅグヅすると、妾方から、暗魂をかけてやらうか』
加米彦『ヤア時刻が移る、婆アさま、又ゆつくりと、後日お目にかかりませう』
黒姫『後日お目にかからうと云つたつて、一寸先は闇夜ぢや。逢うた時に笠脱げと云ふぢやないか、此笠松下でスツクリと改心して、宣伝使笠を脱ぎ、蓑を除り、ウラナイ教に改悪しなさい。一時も早う慢心をせぬと、大峠が出て来た時に助けて貰へぬぞや』
加米彦『アハヽヽヽ、オイ婆アさま、お前さま本気で言つてるかい、お前言ふ事は支離滅裂、雲煙模糊、捕捉す可らずだがナア』
黒姫『定つた事だイ、広大無辺大神生宮、竜宮乙姫さまお宿ぢや、捕捉す可らざるは竜神本体ぢや、お前達様な凡夫が、竜宮乙姫尻尾でも捉へようと思ふが誤りぢや、ギヤツハヽヽヽ』
音彦『アヽ是れは是れは、加米彦さま、久し振ぢやつたナア』
加米彦『ヤア聞覚えある声だが、……そ顔はナンダ、真黒けぢやないか、炭焼爺かと思つて居た、……一体お前は誰だ』
音彦『音彦だよ、北山村より此婆ア後に従いて、ドンナ事をしよるかと思つて、ウラナイ教に化け込み伴いて来ただ。イヤモウ言語道断、表は立派で、中へ這入ると、シヤツチもないもだ、伏見人形様に、表ばつかり飾り立てよつて、裏へ這入ればサツパリぢや。腹中はガラガラぢや。ウラナイ教は侮る可らざる強敵と思つて今日迄細心注意を怠らなかつたが、噂様にない微弱なもぢや、何程高姫や、黒姫が車輪になつても、最早前途は見えて居る。吾々もモウ安心だ。到底歯牙に掛くるに足らない教理だから、わしもお前後に伴いて、今より三五教宣伝使と公然名乗つて行く事にしよう。此婆アさまは、如何しても駄目だ。改心望みが付かぬ、縁なき衆生は済度し難し、……エー可憐相乍ら、見殺しかいなア』
黒姫『アーア音彦も可憐相なもだナア。如何ぞして誠事を聞かしてやらうと思ふに、魂が痺れ切つて居るから、食塩注射位では効験がない哩、アーア気毒ぢや、いぢらしい者ぢや……それに付けても青彦奴、可憐相で堪らぬ。……コラコラ青彦モ一遍、直日に見直し聞直し、胸に手を当てて能う省みて、ウラナイ教に救はれると云ふ気はないか。此婆はお前行先が案じられてならぬワイ』
青彦『アーア、黒姫婆アさま、お前御親切は有難い、併し乍ら、個人としては其親切を力一杯感謝する、が、主義主張に於ては、全然反対ぢや、人情を以て真理を曲げる事は出来ぬ、真理は鉄如きも、曲げたり、ゆがめたり、折つたりは出来ない、公私区別は明かにせなくては、信仰真諦を誤るからナア、……左様なら…御ゆるりと御休みなされませ、私は是れから、悦子姫様お後を慕ひ、一行花々しく、悪魔征討に向ひます。ウラナイ教が何程、シヤチになつても、釣鐘に蚊が襲撃する様なもだ。三五教は穴が無いから大丈夫だ。水も洩らさぬ神教、御縁が有つたら又お目に掛りませう』
黒姫『アーア、縁なき衆生は度し難しか、……エー仕方がないワイ………ウラナイ教大明神、叶はぬから霊幸倍坐世、叶はぬから霊幸倍坐世、……ポンポン』
 魔窟ケ原黒姫が  伏屋軒に暇乞ひ
 日は西山に傾いて  附近を陰に包めども
 四方景色は悦子姫  松吹く風音彦や
 秋山彦門番と  身をやつしたる加米彦が
 顔色さへ青彦を  伴なひ進む九十九折
 鬼棲処と聞えたる  大江本城左手に眺め
 鬼彦、鬼虎、岩、市、勘公引連れて  さしも嶮しき坂路を
 喘ぎ喘ぎて登り行く  地は一面銀世界
 脛を没する雪路を  転けつ転びつ汗水を
 垂らして進む岩戸口  折柄吹き来る雪しばき
 面を向くべき由もなく  笠を翳して下り行く
 夜帳はおろされて  遠音に響く波
 松響も成相  空吹き渡る天
 天橋立下に見て  雪路渉る一行は
 勇気日頃に百倍し  気焔万丈止め度なく
 文珠切戸に着きにけり。
青彦『アーア、日も暮れたし、前途遼遠、足も良い程疲労れました。アヽ文珠堂中へ這入つて一夜を凌ぎ、団子でも噛つて休息致しませうか』
悦子姫『何れもさま方、随分御疲労でせう。青彦さま仰有る通り、あお堂中で、兎も角休息致しませうか』
 一同此言葉に『オウ』と答へて、急ぎ文珠堂に向つて駆けり行く。
鬼虎『ヤア此処へ来ると、何時やら事を連想するワイ、恰度今夜様な晩ぢやつた。此様に雪は積つて居らぬで、あたりは真暗がり、鬼雲彦大将命令に依つて、あ竜灯松麓へ、悦子姫さま達を召捕に行つた時事を思へば、全然夢やうだ。昨日敵は今日味方、天が下に敵と云ふ者は無きもぞと、三五教御教、つくづくと偲ばれます。其時に悦子姫さまに霊縛をかけられた時は、どうせうかと思つた。本当に貴女も随分悪戯好方でしたなア』
悦子姫『ホヽヽヽヽ』
鬼彦『オイオイ鬼虎、貴様はお二人中央にドツカリ坐りよつて、良い気になつて居ただらう』
鬼虎『馬鹿言へ、何が何だか、柔かいも上に、ぶつ倒れて、気分が悪い、悪くないつて、何分正体が分らぬもだから、ホーズ化物が出たかと思つて気が気ぢやなかつたよ、それに就けても、生者必滅会者定離、栄枯盛衰、有為転変中無常迅速感愈深しだ。飛ぶ鳥も落す勢鬼雲彦御大将は、鬼武彦為に伊吹山に遁走し、吾々は四天王と呼ばれ、随分羽振を利かした者だが、変れば替はる世中だ。あ事を思へば、長者と乞食程懸隔がある。三五教宣伝使卵になつて悦子姫さまお供と迄、成り下つたか、成上がつたか知らぬが、モ一度、あ四天王振が発揮したい様な気もせぬ事はない。アーア誠道は結構なも、辛いもだ。

 あひ見て心に比ぶれば 昔は物を思はざりけり

だ。善悪正邪区別も知らず、天下を吾物顔に、利己主義自由行動を採つた時方が、何程愉快だつたか知れやしない、吁、併し乍ら人間は天地神を畏れねばならぬ、今苦労は末為だ。アーア コンナ世迷言はヨウマイ ヨウマイ。神直日大直日に……神様、見直し聞直して下さい。私は今日限り、今迄繰言を宣り直します。アヽ、惟神霊幸倍坐世』
青彦『因縁と云ふもは妙なもですな、同じ此竜灯下蔭に於て、捉へようとした宣伝使を師匠と仰いで、お伴をなさるは、反対に悦子姫様擒となつた様なもだ。アハヽヽヽ、吾々も全く三五教捕虜になつて了つた。それに就けても、執拗なは黒姫ぢや、何故あれ程頑固なか知らぬ、どうしても彼奴ア改心が出来ぬと見えますなア』
音彦『到底駄目でせう。私もフサ北山ウラナイ教本山へ、信者となり化け込みて、内様子を探つて見れば、何れも此れも盲と聾ばつかり、桶屋さまぢやないが、輪変吾善と思つてる奴ばつかり、中にも蠑螈別だ、魔我彦だと云ふ奴は、素的に頑固な分らぬ屋だ。高姫黒姫と来たら、酢でも蒟蒻でもいく奴ぢやない。どうかして帰順さしたいと思ひ、千辛万苦結果、黒姫荷持役とまで漕ぎつけ、遥々と自転倒島まで従いて来て、折に触れ物に接し、チヨイチヨイと注意を与へたが、元来が精神上盲聾だから、如何ともする事が出来ない。私も加米彦さまに会うたを限として、此処迄来ただが、随分ウラナイ教は頑固者寄合ですよ』
加米彦『フサ国で、あなたが宣伝をして居られた時、酒を飲むな酒を飲むなと厳しい御説教、私はムカついて、お前サン横面を、七つ八つ擲つた。其時にお前サンは、痛さを堪へて、ニコニコと笑ひ、禁酒宣伝歌を謡うて御座つた、そ熱心に感じ、三五教を信じて、村中に弘めて居つた処、バラモン教捕手奴等に嗅付けられ、可愛い妻子を捨てて、夜昼なしに、トントントンと東を指して駆出し、月国まで来て見れば、此処にもバラモン教勢力盛ンにして、居る事が出来ず、西蔵を越え、蒙古に渡り、天真名井を横断つて暴風に遭ひ、船は沈み、底藻屑となつたと思ひきや、気が附けば由良湊に真裸儘横たはり、火を焚いて焙られて居た。「アーア世界に鬼は無い、何処何方か知りませぬが、生命を御助け下さいまして有難う」と御礼を申し見れば秋山彦御大将、生命を拾つて貰うた恩返しに、門番となり、馬鹿に成りすまし勤めて来たが、人間身は変れば替はるもぢや、世界は広い様なも狭いもぢや。フサ国で、あなたを虐待した私が、又あ様な破れ小屋でお目にかからうとは神ならぬ身計り知られぬ人運命だ…………アヽ惟神霊幸倍坐世、三五教大神様有難う御座います、川流れと人行末、何事も皆貴神御自由で御座います。どうぞ前途幸福に、無事神業に参加出来まする様、特別御恩寵を垂れさせ給はむ事を偏に希ひ上げ奉ります』
悦子姫『サアサア皆さま、天津祝詞を奏上致しませう』
 一同は『オウ』と答へ、声も涼しく奏上し終る。
悦子姫『サア皆さま、坊主は経が大事、吾々は又明日が大切だ。ゆつくりとお休みなされませ。妾は皆さま安眠を守る為、今晩は不寝番を勤めませう』
鬼虎『ヤア滅相な、あなたは吾々一同為には御大将だ。不寝番は此鬼虎が仕りませう。どうぞお休み下さいませ』
悦子姫『さうかナ、鬼虎さまに今晩は御苦労にならうか』
と蓑を纒うた儘、静かに横たはる。一同は思ひ思ひに横になり、忽ち鼾声雷如く四辺空気を動揺させつつ、華胥国に入る。鬼虎は不寝番退屈紛れに雪路をソと歩き出し、何時間にやら、竜灯根元に着き、ふつと気が付き、
『あゝ此処だ此処だ、悦子姫に霊縛をかけられた古戦場だ。折から火光天を焦して竜灯松を目蒐けて、ブーンブーンと唸りを立てて遣つて来た時凄じさ、今思つても竦然とするワイ。あれは一体何火だらう。人能く言ふ鬼火では有るまいか。鬼虎が居ると思つて、鬼火奴、握手でもせうと思ひよつたかナア。霊魂もお肉体もあ時はビリビリブルブルぢやつた。どうやら空様子が可笑しいぞ、真黒け鬼が東北天に渦巻き始めた。今度こそ遣つて来よつた位なら、一つ奮戦激闘、正体を見届けてやらねばなるまい。是れが宣伝使肝試しだ。オーイ、オイ、鬼火奴、鬼虎さま御出張だ、三五教俄宣伝使鬼虎命此処に在り、得体知れぬ火玉となつて現はれ来る鬼火命に対面せむ』
とお山大将俺一人気取になつて、雪中に呶鳴つて居る。忽ち一道火光、天一方に閃き始めた。
『ヤア天晴々々、噂をすれば影とやら、呼ぶより譏れとは此事だ。鬼虎言霊は、マアざつと斯く通りぢや。一声風雲を捲き起し、一音天火を喚起す。斯うなつては天晴れ一人前ネツトプライス、チヤキチヤキ宣伝使ぢや、イザ来い来れ、天火命、此鬼虎が獅子奮迅活動振り……イヤサ厳雄猛び踏み健び御覧に入れむ』
 言下に東北天に現はれたる火光は、巨大なる火団となりて、中空を掠め、四辺を照し、竜灯松目蒐けて下り来る。
鬼虎『ヨウ大分に張込みよつたな、此間事思へば、余程ネオ的だとみえる。容積に於て、光沢に於て天下一品だ……否天上一品だ。サア是れから腹帯でもシツカリ締て、捻鉢巻でも致さうかい、腹帯が緩むとまさか時に忍耐れぬぞよと、三五教神様が仰有つた。サアサア鬼虎さま肝玉が大きいか、天火玉が大きいか、大きさ比べぢや』
 火団は竜灯松を中心に、円を描き、地上五六尺所まで下り来り、ブーンブーンと唸りを立て、ジヤイロコンパス様に、急速度を以てクルクルと回転し居たり。
鬼虎『ヤイヤイ火玉、何時までも宙にぶら下がつて居るは、チツト、ンセンスだないか、良い加減に正体を現はし、此方さまと握手をしたらどうだい。お前は天鬼火命、俺は地鬼虎命だ、天地合体和合一致して、神業に参加せうではないか。是れからは火守護になるだから、貴様やうな奴は時代に匹敵した代物だ……イヤ無くて叶はぬ人物だ。サアサア早く、天と地と障壁を打破して、開放的にならぬかい。お前と俺と互にハーモニーすれば、ドンナ事でも天下に成らざるなしだ』
 火団は忽ち掻き消す如く、姿を隠しけるが、鬼虎前に忽然として現はれた白面白衣うら若き美女、紅唇を開き、
『ホヽヽヽヽ、お前は鬼虎さまか、ようマア無事で居て下さつたナア』
鬼虎『何ぢやア、見た事も無い、雪ン婆ア様な真白け美人に化けよつて、雪に白鷺が下りた様に、白い処へ白い者、一寸見当取れぬ代物だナア。俺を知つて居るとは一体どうした訳だ、俺は生れてから、お前様な美人に会つた事は一度も無い、何時見て居つただ』
『ホヽヽヽヽ、モウ忘れなさつたかいなア、覚え悪い此方人、お前は今から五十六億七千万年ツイ昔、妾が文珠菩薩と現はれて、此切戸に些やかな家を作り、一人住居をして居つた所へ、年も二八優姿、在原業平朝臣様な、綺麗な顔をして烏帽子直垂で、此処を御通り遊ばしただらう。其時に妾は物書きをして居つたが、何だか香ばしき匂ひがすると思つて、窓から覗けば、絵にある様な殿御お姿、ホヽヽヽヽおお恥し……其一刹那に互に見合す顔と顔、お前涼しい……彼眼、何百年経つても忘られようか、妾が目電波は直射的にお前目に送られた。お前も亦「オウ」とも何とも言はずに、電波を返した……。あローマンスをモウお前は忘れたかいなア。エーエ変はり易きは殿御心、桜花ぢやないが、最早お前枝から、花は嵐に打たれて散つたかい……、アーア残念や、口惜しや、男心と秋空、妾は神や仏に心願掛けて、やつと思ひ叶うた時は、時ならぬ顔に紅葉を散らした哩なア、オホヽヽヽ、恥しやなア』
鬼虎『さう言へば、ソンナ気もせぬでも無いやうだ。何分色男に生れたもだから、お門が広いで、スツカリ心中からお前記憶を磨滅して居ただ。必ず必ず気強い男と恨めて呉れな。是れでも血も有り、涙も有る。物哀れは百も承知、千も合点だ。サア是れから互に手に手を取かはし、死なば諸共、三途川や死出山、蓮台に一蓮托生、弥勒代までも楽みませう』
女『ホヽヽヽ、好かぬたらしいお方、誰がオ前様な山葵卸様な剽男野郎に心中立するもかいナ。妾は今其処に、天から下りて御座つた日出神様にお話をしとるだよ。良い気になつて、お前が話横取りをして、色男気取りになつて……可笑しいワ、ホヽヽヽ』
鬼虎『エーツ何事だ。人を馬鹿にしよるな、まるで夢やうな話だワイ』
女『ホヽヽヽ、夢になりとも会ひたいと云ふぢやないか。妾様な女神を掴まへて、スヰートハートせうとは、身分不相応ですよ。馬は馬連れ、牛は牛連れ、烏女房はヤツパリ烏ぢや。此雪降つた白い世界に烏下りたよな黒い男を、誰がラブする物好があるもか。自惚も程々になさいませ。オツホヽヽヽ、おかしいワ……』
鬼虎『エー馬鹿にするな、俺を何と思つて居る。大江山鬼雲彦が四天王と呼ばれたる、剛力無双ジヤンヂヤチツクジヤンジヤ馬、鬼虎さまとは俺事だよ。繊弱き女分際として、暴言を吐くにも程が有る。サアもう量見ならぬ。こ蠑螺壺焼を喰つて斃ばれ』
と力限りに、ウンと斗り擲り付けたり。
悦子姫『アイタタタ…誰だイ、人が休眠みてるに、……力一杯頭を擲ぐるとはあまりぢやありませぬか』
鬼虎『ヤア、済みませぬ。悦子姫さまで御座いましたか。ツイ別嬪に翫弄にしられた夢を見まして、力一杯擲つたと思へば、貴女で御座いましたか。ヤア誠に済まぬ事を致しました。真平御免下さいませ。決して決して、悪気でやつたぢや御座いませぬ』
悦子姫『ホヽヽヽ、三五教に這入つても、ヤツパリ美人事は忘れられませぬなア』
鬼虎『ヤアもう申訳も御座いませぬ。世中に女がなくては、人間種が絶えまする。日出神も素盞嗚尊も、世界英雄豪傑は、みな女から生れたです。

 故郷穴太少し上小口 ただぼうぼうと生えし叢

とか申しまして、女位、夢に見ても気分良い者は有りませぬワ、アハヽヽヽ』
鬼彦『ナヽ何ンぢや、夜夜中に大きな声で笑ひよつて、良い加減に寝ぬかイ。明日が大事ぢやぞ。貴様は、……今晩私が不寝番を致します……なぞと、怪体な事をぬかすと思つて居たが、悦子姫さま綺麗な顔を、穴開く程覗いて居よつただらう。デレ助だなア』
鬼虎『馬鹿を言ふない。俺は職務忠実に勤める積りで居つたに、何時間にか、ウトウト睡魔に襲はれ、竜灯松下へ行つて別嬪に逢うた夢を見て居つたぢや。聖人君子でなくてはアンナ愉快な夢は見られないぞ。貴様やうな身魂曇つた人間は、到底アンナ夢は末代に一度だつて見られるもかい』
鬼彦『アツハヽヽヽ、そ後を聞かして貰はうかい。他人恋女に岡惚しよつて、色男気取りになつて、肱鉄を喰つた夢を見よつただらう。大抵ソンナもだよ、アハヽヽヽ。早く寝ぬかい、夜が明けたら又、テクつかねばならぬぞ』
 此時天一方より、今度は真正火団閃くよと見る間に、竜灯松を目蒐けて、唸りを立て矢を射る如く降り来り、一同前にズドンと大音響を発し、爆発したり。火光はたちまち、花火如く四方に散乱し、数百千小さき火球となつて、地上二三丈許り所を、青、赤、白、紫、各種色に変じ、蚋餅搗する如くに浮動飛散し始めたる。其壮観に一同魂を抜かして見惚れ居る。吁、此火光は何神変化なりしか。
(大正一一・四・一六 旧三・二〇 松村真澄録)
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