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文献名1霊界物語 第47巻 舎身活躍 戌
文献名2第2篇 中有見聞よみ(新仮名遣い)ちゅううけんぶん
文献名3第7章 酔八衢〔1240〕よみ(新仮名遣い)よいやちまた
著者出口王仁三郎
概要
備考
タグ データ凡例 データ最終更新日2023-04-19 20:09:30
あらすじ智仁勇兼備三五教宣伝使・治国別もランチ将軍奸計に陥り、地下牢獄に転落して気絶してしまった。肺臓呼吸は微弱となり、心臓鼓動は休止し、治国別は竜公と共に見慣れぬ山野を彷徨していた。想念向かうままに進んで行くと、一方は屹立した山岳、一方は巨大な岩石に挟まれた谷間狭いところに迷い込んだ。ここは中有界入り口である。中有界は善霊・悪霊集合地点で、一名精霊界ともいう。治国別と竜公はいぶかりながらも進んで行くうちに、ランチ将軍計略にかかって命を落として中有界にやってきてしまったことに気が付いた。竜公は、死後世界が生前よりも知覚・想念がはっきりとしていることに驚きを表した。治国別は、天国に昇って天人になる精霊を本守護神といい、善良な精霊を正守護神といい、悪精霊を副守護神というと解説した。二人が話しているところへ一人守衛が現れた。守衛は三五教治国別一行であることを確認すると、ここは精霊界八衢であると告げ、二人を関所に通じる道に導いた。治国別供をしてどこまでも一緒に行きたいという竜公に対して、守衛は、善・信・智慧・証覚が同程度者同士でないと同道できないだ、と諭した。守衛は途中谷道まで二人を案内し、関所へ道を示すと、自分はまだ他精霊案内をしなければならないからと、光となってどこかへ飛んで行ってしまった。二人が歩いていくと、万公が歩いているに出会った。竜公が万公に話しかけ背中をたたきかけたところで、万公は消えてしまった。治国別は、万公は現界にいるだが、精霊みが自分たちを心配して探しにきただと諭した。そして、肉体ある精霊に言葉をかけるもではないと竜公に気を付けた。二人は赤い門を見つけて近づいて行った。赤門前には二人守衛がいた。一人は光明輝かしく優しい顔つき男とも女とも知れない者、もう一人は赤面唐辛子をかんだような顔をした男である。二人は秤前に厳然として控えている。優しい白い顔守衛は竜公には秤に乗るように促した。赤い顔男は、竜公は今まま測ったなら地獄行きだが、死期はまだ来ておらず、肉体であと五六十年は活動するはずだと告げた。そして娑婆へ帰ったなら地獄へ落ちないように善をおこない、神を信仰し人ために誠を尽くすように諭した。白い顔守衛は懐から帳面を出して確認すると、治国別寿命もまだ残っていた。守衛はまた数十年後に二人を測ることにしようと言い渡した。そこへ、へべれけに酔った一人男がやってきた。男はお寅元夫でウラナイ教に暴れこんで千両金を恐喝した熊公であった。熊公があまりに騒いで手に余った守衛は、伊吹戸主大神を呼んできた。伊吹戸主大神は閻魔大王ような厳めしい容貌で現れ、四方を照らすそ光明に竜公は目がくらんで大地に倒れてしまった。大神や守衛たち様子にようやく気が付いた熊公は、生前罪を測られることになった。熊公は一度は地獄行きを言い渡されてしまうが、伊吹戸主大神御慈悲により、残り金がなくなるまで娑婆に返されることになった。熊公は酒を飲み歩いている間に、酒屋門口でぶっ倒れて人事不省になっていたであった。目が覚めた熊公は恐ろしい夢を見たと改心し、人通り多い街道に出ると貧しい者たちに金を施しはじめた。熊公はついには善良な三五教信者となり、一生を送ることになった。
主な人物 舞台 口述日1923(大正12)年01月08日(旧11月22日) 口述場所 筆録者松村真澄 校正日 校正場所 初版発行日1924(大正13)年10月6日 愛善世界社版107頁 八幡書店版第8輯 510頁 修補版 校定版111頁 普及版51頁 初版 ページ備考
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本文  天に輝く日月も  黒雲とざす時は
 忽ち其光を没する如く  智仁勇兼備
 三五教宣伝使治国別も  忽ち妖雲に霊眼を交錯されて
 悪虐無道ランチ将軍が  奸計に陥り
 暗黒無明地下牢獄へ  忽ち顛落し
 気絶せしこそ是非なけれ。
 肺臓呼吸は漸く微弱となり、情動は全くとまると共に、心臓鼓動休止し、治国別は竜公と共に、見なれぬ山野を彷徨することとなつた。行くともなしに、吾想念向ふまま進んで行くと、一方は屹立せる山岳、一方は巨大なる岩石に挟まれた谷間狭い所に迷ひ込んだ。ここは中有界入口である。中有界は、善霊、悪霊集合地点である。一名精霊界とも称へる。
 竜公は四辺不思議な光景に、治国別袖をひき、
『モシ先生、此処はどこでせうかな。ランチ将軍奥座敷で酒を呑んで居つたと思へば、局面忽ち一変して、斯様な谷底、何時間に来たでせう』
『どうも変だなア、幽かに記憶に残つてゐるが、何でも片彦案内で、立派な座敷へ入つたと思へば、忽ち暗黒穴へおち込んだやうな気がした。ヒヨツとしたら吾々は肉体を脱離して、吾精霊みが迷つて来たではあるまいかな』
『何だかチツと空気が違ふ様ですな。併し斯様な所に居つても仕方がありませぬ。行ける所まで進みませうか』
 治国別は少時双手を組み、幽かな記憶を辿りながら、二つ三つうなづいて、
『ウンウンさうださうだ、ランチ、片彦将軍計略にウマウマ乗ぜられ、生命をとられて了つただ。アヽ困つた事をしたもだな』
『モシ先生、生命をとられた者が、かうして二人生きて居りますか、変な事を仰有いますなア』
『人間界から言へば、所謂命をとられただ。併し乍ら人間は霊界に籍をおいてゐる。肉体はホン精霊養成所だ。霊界から言へば、死んだではない、復活しただ。サア之から吾々が生前に於て、現界にて尽して来た善悪正邪を検査する所があるに違ひない。そこで一つ検査を受けて天国へ昇るか地獄へおとされるかだ』
『エヽそりや大変ですな、マ一度娑婆へ帰る工夫はありますまいかな』
『何事も神素盞嗚大神様御心儘だから、精霊界にふみ迷ふも、或は天国へ復活するも、現実界へ逆戻りするも、吾々人間左右し得べき所でない。最早かくなる上は、神様にお任せするより道はなからうよ』
『私はあなたから、死後世界があると云ふ事は聞いて居りましたが、斯うハツキリと死後生涯を続けるとは思ひませなんだ。気体的体を保ち、フワリフワリと中空をさまよふもだと考へて居りましたが、今となつては、吾々触覚といひ、知覚といひ、想念といひ、情動といひ、愛心といひ、生前よりも層一層的確になつたやうな心持が致します。実に不思議ぢやありませぬか。死後世界はあると云ふ事は承はつて居りましたなれど、是程ハツキリした世界とは思ひませなんだ』
『人間肉体は所謂精霊容物だ。精霊中には天国へ昇つて天人となるもあれば、地獄へおちて鬼となるもある。天人になるべき霊を称して、肉体方面から之を本守護神と云ひ、善良なる精霊を称して正守護神といひ、悪精霊を称して副守護神と云ふだ』
『人間中には、さう本正副と三色も人格が分つて居るですか』
『マアそんなもだ。吾々は天人たるべき素養を持つてゐるだが、肉体ある中に天人になつて、高天原団体に籍をおく者は極めて稀だ。今人間は大抵皆地獄に籍をおいてゐる者ばかりだ、少しマシな者でも、漸くに精霊界に籍をおく位なもだよ。此精霊界に於て善悪正邪を審かれるだから、最早過去罪を償ふ術もない。あゝ之を思へば、人間は肉体ある中に、一つでも善い事をしておきたいもだなア』
 かく話す所へどこともなく、一人守衛が現はれて来た。
 守衛は治国別に向ひ、
『あなたは三五教治国別様では厶いませぬか』
『ハイ左様で厶います。エヽ一寸お尋ね致しますが、ここは天八衢ではございませぬかな』
『お察し通り、ここは精霊界八衢で厶います、サア是から関所へ案内を致しませう』
『有難う厶います。オイ竜公、ヤハリ吾々は最早娑婆人間ぢやないだよ。覚悟せなくちや可けないよ』
『仮令八衢へ来た所で、此通り意思想念共に健全なる以上は、決して死んだぢやありませぬから、何とも思ひませぬワ』
『竜公さまとやら、お気毒ながら、あなたは八衢に於て少しく暇取るかも知れませぬ。そして治国別様とお別れにならなきやならないでせう』
『エヽ何と仰有います、別れよと仰有つても私は治国別様家来ですから、どこ迄も伴いて行きます。家来が主人後へ従いて行かれぬと云ふ、何程霊界でもそんな道理はありますまい』
『それは御尤もですが、併しながら貴方善と信と智慧と証覚とが、治国別様と同程度になつて居れば、無論放さうと思つても放れるもぢやありませぬ。併しながら貴方円相が余程治国別様に比べて見劣りが致しますから、私考へでは、どうも御一緒は六かしいやうに感じられます。併しながら八衢関所までお出でになつて、伊吹戸主神様お審きを受けねば、到底私では決定を与へる事は出来ませぬ。又決定を与へる丈資格も権能もありませぬからなア』
治国『惟神霊幸倍坐世、三五教を守り給ふ国治立大神、豊国主大神、守り給へ幸はへ給へ』
 竜公はしきりに、
『惟神霊幸はへませ。一二三四五六七八九十百千万』
と数歌をうたふ。守衛は谷道に立止まり、
『治国別様、此竜公さまをあなたにお任せ致しますから、どうぞ此処をズツと東へ取つてお出で下さいませ。少しくあ山をお廻りになると、稍平かな所が厶います。そこが天八衢関所で厶いますから、私は之から又次へ出て来る連中がありますから、それを案内して来ます。左様なら、之で失礼を……』
と言ひながら電光石火如く、空中に一字を画いて、光となつて西方指して飛んで行く。二人は崎嶇たる山道をドシドシと、三十丁ばかり登りつめた。見れば万公が首を傾け、口をポカンとあけ、憂鬱気分で此方を指して進んで来るを、四五間ばかり手前で見つけた。竜公は、治国別袖をひいて、
『モシ先生、あこへ来るは万公ぢやありませぬか。何だか心配らしい顔をして歩いて来るぢやありませぬか』
『ウン確に万公だ、併しながら言葉をかけちやいかないよ。向ふがも言ふまで黙つてゐるがいい。先方がも言つても、こちらはも言つちや可けないよ』
 かく話す折しも、万公は行歩蹣跚として、二人前に立ちふさがり不思議相な顔をして、二人を眺めてゐる。治国別は心内にて、天数歌を奏上してゐる。竜公はあわてて、治国別戒めた事を打忘れ、
『オイ万公ぢやないか、何だみつともない、其ザマは、シツカリせぬかい』
と背中をポンと叩きかけた拍子に、万公はプスツと煙如くに消えて了つた。
『アヽ万公かと思へば、何だ、化物だなア。ヤツパリ霊界は霊界だなア。万公に冥土狐奴、化けてゐやがつただなア』
『エヽ仕方ない男だなア、ありや万公に間違ひないだ。肉体はまだ現界に居つて精霊みが俺達上を案じて、捜しに来てゐるだ。肉体ある精霊に言葉をかけるもぢやない。肉体ある精霊は霊界にゐる者が言葉をかければ、すぐに消えるもだ。それだから俺が気をつけておいたに、困つた男だな、これから伊吹戸主神様関所へ行くだから、余程心得ないと可かないぞ』
『ハイ、キツと心得ます。あなたがモシヤ天国へお出でになつたら、私をどこ迄も伴れて行つて下さりませうねエ』
『どこへ俺が行つても従いて来るといふ真心があるか、それなら俺は若も天国へ行く時には、八衢神に願つて伴れてゆく。併しながら、俺も随分若い時にウラル教で悪事をやつて来た者だから、善悪ハカリにかけられたら、大抵は地獄行だ。地獄へ落ちてもついて来るかなア。万劫末代上れない悪臭紛々たる餓鬼道へおちても従いて来る考へか』
『先生がメツタにそんな所へ落ちなさる気遣ひがありますもか。どこ迄もお供を致します』
『地獄へでもついて来るなア』
『ハイ、従いて行きます。其代りにモシモ私が地獄へ落ちた時には、先生もついて来てくれますだらうなア』
『そりやキマつた事だ。お前を見すてて行く事が何うして出来よう。霊界も現界も凡て愛といふもが生命だ。愛を離れては天人だつて、精霊だつて、人間だつて存在は許されないだ』
『あゝそれを聞いて安心致しました。どうぞ、どこ迄も私を伴れて行つて下さい』
『ヤア、あこに赤門が見える、どうやらアコが関所らしいぞ。サア急いで行かう』
 治国別は先に立つて進んで行く。赤門側へ近付いて見れば、二人守衛が立つてゐる。一人は光明輝く優しい顔付男とも女とも知れぬ者、一人は赤面唐辛をかんだやうな顔した男、衡前に儼然として控へてゐる。
『ヤア皆さま、御苦労ですなア、ここで吾々軽重を査べて頂くですかな』
 優しき守衛は面色を和らげて、
『イヽヤ、あなたは査べるには及びませぬ、どうぞ奥へお通り下さいませ……一人お方、一寸ここへ残つて下さい。査べますから……』
『ヤア此奴ア大変だ。サ先生、断り云つて下さいな』
『霊界規則だから仕方がないワ。先づ地獄行か天国行か査べて貰ふがよからうぞ』
『モシモシ、門番さま、現代娑婆では何事も簡略を尊びますから、そんな看貫でかけるよな七面倒臭い事はおやめになつたら何うですか』
 赤顔守衛はグルリと目をむき、竜公を睨みつけながら、
『不届き者ツ、霊界法則を蹂躙するかツ』
と呶鳴りつける。竜公はちぢみ上り、不承不承にカンカン上へ身を載せた。一方は地獄行、一方は天国行と金文字で記してある。
『地獄行方が下つたら、気毒ながら、之から苦しい暗い所へ落ちて貰はにやなりませぬ。又天国行方が重かつたら、天国へ行つて貰ひませう。ここは一厘一毛も掛値ない、正直一方裁判所だから、地獄へ仮令落ちても、決して無実罪ぢやないから、満足だらう』
と云ひつつ、懐から帳面を出して、
『三五教信者竜公竜公』
と、厚い緯に長い帳面を繰り広げてゐる。
『ハヽア、お前はアーメニヤ生れだな、そしてウラル教に這入つて居つたな。随分後家倒しや女殺をやつて来たとみえる。チヤンとここに記いてゐるぞ』
『モシモシ善方面を一つ査べて下さい』
『宜しい、ハヽア、善方は丸がしてある』
『ヤア有難い、満点ですかなア』
『なに、零点だ。零点以下廿七度といふ冷酷漢だと見えるわい。気毒ながらマア地獄行かなア、併し未だお前は生死簿には死期が来てゐない。まだ五六十年は娑婆で活動すべき代物だ。娑婆へ帰つたならば、地獄へ落ちない様に、善を行ひ、神を信仰し、人為に誠を尽すがよからうぞ。今此儘で肉体を離れようもなら、気毒ながら地獄落だ』
『エヽさうすると、マ一度娑婆へ帰れますかな』
『まだ心臓に微弱な鼓動が継続してゐる、そして肺呼吸も微弱ながら存在してゐるから、キツト娑婆へ帰るだらう』
『ヤア、それは有難い、併し宣伝使さまは何うですかな。一寸帳面を査べて下さいませぬか』
『宣伝使様は天国行霊だから、此帳面には記してない。モシ白さま、あなた一寸査べて見て下さい』
 白い顔守衛は懐から帳面を取出し、
『三五教三五教』
と云ひながら、見出しを読み中程をパツとめくつて、
『ヤア此方もまだ、寿命がありますわい。現世に於てまだまだ数十年、活動して貰はなくちや、ハア、なりませぬよ。併しながら、伊吹戸主神様御意見を聞かなくちやシツカリしたこた言へませぬワ』
『私測量は免除して下さいますだらうな』
『エヽ今すぐに地獄へやるべき精霊でもないから、査べた所で駄目だ。数十年後に更めてハカる事にしませう』
『ヤアそりや有難い、皆さま、エライお気をもませました』
『ハヽヽ、吾々は日々之が役目だから、別に気も揉ましないが、お前は随分気をもんだだらう』
『モシ先生、今白い守衛お言葉をお聞になりましたか、あなたは今から天国行資格がある相ですなア』
『ヤア実に汗顔至りだ。まだ寿命があるさうだから、モ一度現界へ往つて、大神様為、世為に、一働きをさして頂かうかなア』
 斯く話す所へ、ヘベレケに酔うた一人男、行歩蹣跚として八衢赤門にドンと行当り、
『ドヽドイツぢやい、バヽバカにすない、俺を誰だと考へてゐる? おれはヤケ酒権と云つたら、誰知らぬ者ない哥兄さまだぞ、エヽーン、こんな所へ赤い門を立てやがつて、往来妨げをするといふ事があるかい。叩きこはせ叩きこはせ』
『コリヤ コリヤ、ヤケ酒権太とやら、ここを何処ぢやと心得てゐる』
『ドコも、クソもあつたもけえ、ここは帝大入口だ、赤門ぢやないか。俺が酒に酔うとると思うて余り馬鹿にするない、俺だつて足があるだから、赤門位はくぐるだからなア。永らく校番を勤めて居つただから、学士連中よりも赤門勝手はよく知つてゐるだい。何時間に門番奴、代りやがつただ、エヽーン、何だ其面ア、真白けな面しやがつて、男だてら白粉をぬり、チツクをつけ、おれやそれが癪にさはつてたまらぬだ。今学士や青年に学生といふ奴ア、皆貴様やうな代物ばかりだ。何でえ、そんなコハイシヤツ面しやがつて、睨んだつて、何が恐いか、江戸つ児哥兄さまだぞ。鬼瓦みたやうな面しやがつて、門番が酒に酔つぱらつてそんな赤い顔するといふ事があるかい。今日から免職だ。サア、トツトと去ね……』
赤『コリヤコリヤ権太、ここは冥土八衢だぞ。何と心得て居るか』
『ヤア、成程、道理でチツトそこら様子が違ふと思うて居つたワ。どこぞ、ここらにコツプ酒でも売つてる所はないか、エヽー、チツト案内してくれたら何うだ』
『此奴ア、余り、酔うてゐるで手に合はぬ。コレ白さま、一寸伊吹戸主大神様に、何う致しませうと云つて伺つて来て下さらぬか』
 白はうなづきながら門内に姿を隠した。暫くすると、金冠を頂いた仏画でみる閻魔大王如き厳しい容貌をした伊吹戸主神、四辺を光明に照しながら、悠々と現はれ給うた。此光明に照らされて、竜公は目もくらむばかり、ヨロヨロと大地に倒れ、地上にかぶりついて慄うてゐる。治国別は莞爾として判神に向ひ、叮嚀に会釈してゐる。判神も亦治国別に向つて礼を返した。
赤『コリヤ権太、伊吹戸主様お出ましだ。サア此処で其方罪を査べるだから、此衡にかかれ』
『こりや衡をようせよ、ハカリが悪いと地獄へ落ちるぞ。高い高い酒を売りやがつて、ハカリで誤魔化さうと思つても駄目だ。朝から晩まで汗水たらして働き、日暮になつて、一日疲れを休むべく大切金を使つて、俺たち貧乏人は酒を買ひに行くだ。それにハカリを悪うすると冥加が悪いぞ』
『チエツ、エヽまだ酔うてゐやがる。コリヤここは地獄八丁目だぞ』
『地ゴク御尤もだ、八升でも九升でも、タダ酒なら何ぼでも持つて来いだ、メツタにあとへは引かぬだからなア』
 赤は劫をにやし、ピシヤツと横面を力に任せて擲りつけた。権太はビツクリして、ハツと気がつけば、光明輝く判神が儼然と吾前に立つてゐる。そして赤鬼が衡を持つて大きな目で睨みつけてゐる。
『モシ、ここは何といふ所で厶います』
『目が醒めたか、ここは八衢だ、今其方娑婆に於ける行ひ善悪を査べて、之から地獄へやるか、天国へ救うてやるかといふ所だ。サア判神様前だ、神妙にこ上にれ。そして正直に白状するだぞ。其方娑婆に於て尽した善悪は全部此処につけとめてあるから、正直に申上げよ』
『ハイ、申上げます、私は……エー……権太と申すは仇名で厶いまして、……エー実は、酔どれ熊公と申しやす』
『成程、それに間違ひない、其方は余り酒に喰ひ酔うて、社会的勤めを致さないによつて、お寅といふ女房に逃げられた事があらうがな』
『ハイ恐れ入りました。確に厶います』
『そして其後其方は焼糞になり、隣屋敷迄抵当に入れて金を借り、皆呑んで了つただらう』
『ハイ、夫れに相違は厶いませぬ』
『それから浮木村で其方女房だつたお寅が侠客をして居つた時、幾度も酒に酔うてグヅを巻きに行つたであらうがな』
『ハイ、それも其通りで厶います』
『併し何時とても袋叩きに遇ひ、無念をこらへて辛抱致した、それ丈は感心だ。此忍耐力に仍つて、今迄悪事は棒引だ』
『ハイ有難う厶います』
『それから其方は小北山ウラナイ教本山に行つて、お寅と蠑螈別を脅迫し、一千両金をフンだくり、皆呑んで了つたであらうがな』
『ハイ、それに相違は厶いませぬ』
『なぜさういふ悪い事を致すか』
と声を尖らして言ふ。
『余りムカツパラが立つてたまりませぬで、ウヽヽヽヽついグヅつてやる気になりました。どうせお寅婆ア事だから、一文生中も出す気遣はひない……が……ダダでもこねて、無念晴しをしようと思ひやして、一寸試みにゴロついてみた処、悪党婆アに似合はず意外にも気が折れて、一千両くれましたで、これ幸ひと懐にたくし込み、それから呑んで呑んで呑み続けました。まだここに五百両ばかり残つてゐます、どうぞ、……地獄沙汰も金次第と言ひますさうですから、此金をあなたに上げますから、……地獄行丈はこらへて下さいませ……』
『馬鹿を申せ、至正至直、寸毫も虚偽を許さぬ此八衢に於て、賄賂を提供するとは以て外だ。其方がお寅から奪ひとつた一千両罪は実に重いけれど、其為にお寅婆アと魔我彦とに改心動機を与へた功徳に仍つて、其方功罪を比較し、第三天国へ遣はすべき所であつたが、此神聖なる八衢に於て賄賂を使はむと致した罪に仍つて、ヤツパリ地獄落だ。有難う思へ』
『それなら、モウ此五百両は提供しませぬから、どうぞ天国へやつて下さい。頼みます』
『モシ伊吹戸主神様、如何取計らひませうか』
『此権太事、酔どれ熊はまだ五百両酒代を残してゐるから、此金がなくなる迄娑婆へ帰してやつたがよからう。冥土へかやうなムサ苦しい金などを持込まれては、大変だから……』
『コリヤ権太、其方はまだここへ来るは早い、此五百両金がとこ、酒を呑んで了ふ迄、娑婆へ帰つたがよからう。長生がしたくば、此金を使はずに、酒を辛抱して居つたがよからうぞ』
『ハイ有難うございます、併しながら何程死ぬが厭だと云つても、現在五百両金を持ちながら呑みたい酒を呑まずに居れませうか。それならコレからマ一度娑婆へ出てお酒を頂戴して参ります』
 赤は、
『サア早く帰れ』
と云ひさま、背中をポンと叩いた拍子に、権太は煙となつて消えて了つた。権太熊公はお寅から奪ひ取つた金で酒を呑み歩き、衣笠村酒屋門口でブツ倒れ、一時は人事不省になつてゐたが、漸く目がさめ、
『あゝあ、怖い夢を見た。モウ酒はコリコリだ』
と言ひながら、懐から金を取り出し、人通多い街道に出で、乞食らしい者通る前に一円二円とまきちらし、施しをなし、遂には善良なる三五教信者となり、善人評判を取つて一生を送る事となつた。此熊公物語は後に述ぶる事があるであらうと思ふ。あゝ惟神霊幸はへませ。
(大正一二・一・八 旧一一・一一・二二 松村真澄録)
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