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文献名1霊界物語 第50巻 真善美愛 丑
文献名2第1篇 和光同塵よみ(新仮名遣い)わこうどうじん
文献名3第2章 照魔灯〔1296〕よみ(新仮名遣い)しょうまとう
著者出口王仁三郎
概要
備考
タグ データ凡例 データ最終更新日2018-11-04 06:52:28
あらすじ高天原最奥における霊国および天国天人は、すべて愛善徳を完備し信真善を成就し、智慧証覚に満ちている。ゆえに中間天国以下天人ように決して信を説かず、信についても知らない。また神真についても論究しない。なぜなら、最高天人は大神神格に充たされ、愛善信真はこれ天人本体であるからである。だから他界天人ように、これは果たして善なりや、悪なりや、などと真理を争うことはない。また最奥天人は視覚ではなく、そ聴覚によって宇宙に瀰漫せるアオウエイ五大父音音響如何によってそ証覚を円満にしていく。大本神諭にあるごとく、生まれ赤子心は清浄無垢であるから、たとえ智慧証覚は劣るといえども、そ清浄無垢が最奥天国に和合する。またすべて物欲をすてて老後を楽しみ罪悪に遠ざかり、天命を楽しむ老人は、証覚ありかつ無垢な者であることを現している。大本開祖は夫を見送り世間的生涯を終えて無垢生涯に入り給うた時、初めて神は予言者として神格に充たされた聖霊を降し給うたは、開祖身魂を清浄無垢に復活し、そ精霊をして天国籍におかせ給うたからである。ゆえに開祖は生前においてすでに霊的復活をせられたである。これを霊的人格再生という。大神は、人間齢が進むにしたがってこれに善と真とを流入し給うもである。まず人間を導いて善と真と知識に入らしめ、不動不滅智慧に入らしめ、最後に証覚に進ませ給う。しかし現代人間は、齢が進むにしたがってますます奸智に長け、表面は世捨て人ごとく装うといえども、そ実ますます不良老年域に進む者が大多数である。老齢にいたってもますます権謀術数をたくましうして世間的権勢を掌握し無上功名としている人物ごときは、霊界から見れば憐れむべき盲者である。無智にしてそ労働にいそしみ不遇生活を生涯送りし人間が、霊界に至って神恩寵に浴し、善と真と徳に包まれるである。神には一片偏波もないことを信じ、ひたすら神を愛し神に従い、正しき予言者教えに信従すれば、生前に物質上満足は得られなくても、そ内分に受ける歓喜と悦楽は、とうてい現界富者や権力者や智者学者うかがい知ることはできない。こ物語主人公たる初稚姫は再び天命を受け、地上に降誕して大本開祖となり、世間的務めを完成し、八人子女を生みそれぞれ神界内的事業に奉仕せしむべく知らず知らず間にそ任を果たし、そして仁愛と信智を発揮して地獄界を照破する神業に奉仕し、そ任務を終えて後事を瑞霊に充たされた予言者に託し、ここにめでたく昇天復活されたである。ゆえに開祖は生前よりそ容貌はあたかも少女ごとく、正音は優雅微妙にして、開祖に接近する者はそ円満な霊容に感化され霊光に照らされ、善人は信従し尊敬し、悪人を嫌忌し恐怖したである。開祖前身たる初稚姫もまた神代における神格者にして大予言者であった。しかしてそ霊徳を深く秘して和光同塵態度をもってあまねく万民を教化すべく、霊的・自然的活動を続け給うたである。神は瑞月を呼んで大化け物と宣らせ給うた。現代人はこれを聞いて、大悪人や権謀術数家ごとく認める者も少なくない。しかし神格に充たされた者を、頑迷不霊地獄界に籍を置いた人間目からみたときは、眼くらみ頭痛み息苦しくなり、恐怖心に駆られて、予言者を大怪物としか見ることができないもである。こような頑迷徒を神光明に浴せしめ、天国生涯を送らせるは実に最大難事である。大正五年、口述者が役員室で神諭を紐解いていると、高島久子があわただしく居間に走ってやってきて、一厘秘密を知らせるという。瑞月は厳然として神道に秘密などないことを説き諭すと、高島久子精霊は大いに怒ってわが耳をつかみ頬をたたいて狂い回った。瑞月はやむを得ず霊縛をかけて彼女動きを止め、また神に祈ってお許しを乞うた。起き上がった彼女は悪態をつきながら開祖居間に侵入した。久子精霊は開祖容貌を拝するや、アッと仰向けに倒れ、開祖に悪態をつきながら吾が居間に戻ってきて、仁王立ちとなって瑞月をにらみつけた。そこに開祖が梅杖をつきながらちょっと障子を開けてぞかれた。久子はまたもやキャッと叫んでそ場に転倒し、毬ように表に駆け出してしまった。後で高島久子に聞けば、開祖居間障子を開くやいなや、開祖肉体は金色燦爛たる光明に満ち、そ御姿を熟しすることができず、恐ろしくなって自分守護神が一生懸命駆け出した、と答えた。またあるときは修行場へ暴れこんで修行者に馬乗りになって小便をかけたりしたが、聖場で小便をしても神罰が当たらなかったは神格が高いからだ、などと誇っている始末である。神は畜生が糞尿を垂れても看過したまう、これと同じ道理であることがわからないである。自愛心強く世間愛を善事としている人間はかえってこような奇矯な行いを神秘とみなし、人間業でできることではないと感心するである。悪霊は、開祖身内であれば決して悪神が憑依すべきもでない、という人々思い込みを利用し、高島久子を従えてしまうと、二三迷える信者を引き連れて八木に逃げ帰り、兇党界団体をますます大ならしめ、大神神業を妨害せんと企みつつある。久子本人は元来開祖を思うこと深く、無知にして比較的そ心も清ければ、兇霊も開祖神諭を非難することはできなかった。そこで表面には厳瑞二霊を尊敬し信従するごとく装い、狂惑した久子を使って世人を魔道に引き入れようと企みつつあるである。こ悪霊教えを妙に曲解して随喜渇仰し随伴している者がたくさん現れてきたは、神界ために実に悲しむべきことである。八木停車場で狂態を演じて人々を驚かせ、大本教えを破壊せんと企んだこともあった。兇霊はこ筆法を用いてあるときは変性男子を極力賞賛し、また対する者中に男子・女子を否んでいることを認めるときは声をひそめて頻りに誹謗し、吾が薬籠中になそうと企むもである。初稚姫と高姫今後活動は、これに類するもが多ければ巻頭に引証することとした。
主な人物 舞台 口述日1923(大正12)年01月20日(旧12月4日) 口述場所 筆録者松村真澄 校正日 校正場所 初版発行日1924(大正13)年12月7日 愛善世界社版19頁 八幡書店版第9輯 154頁 修補版 校定版20頁 普及版11頁 初版 ページ備考
OBC rm5002
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本文  高天原最奥に於ける霊国及び天国天人は、すべて愛善徳を完備し、信真善を成就し、智慧証覚に充ち居るを以て、中間天国以下天人如く、決して信を説かず、又信何たるかも知らないである。又神真に就いて論究せないである。何故ならば、斯かる霊的及び天的最高天人は、大神神格に充たされ、愛善信真これ天人本体なるが故である。故に他界天人如く、これは果して善なりや、悪なりや、などと言つて真理を争はない。只争ふもは中間及び下層天界天人内分低いも所為である。又最奥天人は視覚によらず、必ず其聴覚によつて、即ち宇宙に瀰漫せるアオウエイ五大父音音響如何によつて、其証覚をして益々円満ならしむるもである。大本神諭に『生れ赤子心にならねば、神真は分りは致さぬぞよ……』とお示しになつてゐるが、すべて赤子心は清浄無垢にして水晶如きもであるから、仮令智慧証覚は劣ると雖も、直ちに其清浄と無垢とは、最奥天界に和合し得るからである。又社会的覊絆を脱し、すべて物欲を棄て、悠々として老後を楽しみ、罪悪に遠ざかり、天命を楽しむ所老人を以て、証覚ありて無垢なる者たることを現はし給ふである。大本開祖が世間的生涯を終り、夫を見送り、無垢生涯に入り給うた時、始めて神は予言者として、これに神格充されたる精霊を降し給ひ、天国福音を普く地上に宣伝し給うたは、実に清浄無垢身魂に復活し、精霊をして天国籍におかせ給うたからである。故に開祖如きは、生前に於て已に霊的復活をせられたである。此復活を称して霊的人格再生といふである。大神は人間をして其齢進むに従ひ、之に対して善と真とを流入し給ふもである。先づ人間を導いて善と真と知識に入らしめ、これより進んで不動不滅智慧に入り、最後に其智慧より仏者所謂阿羅耶識(八識)即ち証覚に進ませ給ふもである。之を仏教にては、阿耨多羅、三藐三菩提心(無上証覚)といふである。併しながら現代人間は、其齢進むに従つて、益々奸智に長け、表面は楽隠居如く世捨人如く、或は聖人君子如く装ふと雖も、そ実益々不良老年域に進むもが大多数である。優勝劣敗、弱肉強食を以て社会真理と看做してゐる現代に立ち、多数党与を率ゐて政治界又は実業界に跋扈跳梁し、益々権謀術数を逞しうし、僅に其地位を保ち、世間的権勢を掌握して無上功名と看做してゐる人物如きは、実に霊界より之を見る時は憐れむべき盲者である。斯如き現界に於ける権力者よりも、無智にして其日労働に勤しみ、現代人無道権力に圧倒され、孜々として之に盲従し、不遇生活を生涯送りし人間が、霊界に至つて神恩寵に浴し、其霊魂は智慧相応光を放ち、善と真と徳に包まれて、生前位地を転倒してゐる者が沢山にあるである。故に霊的観察よりすれば、権勢ある者、富める者、智者学者といはるる者よりも、貧しき者、卑しき者、力弱き者、現界に於ていと小さき者として、世人脚下に踏み躙られたる人間が、却つて愛善徳に住し、信真光に輝いて、天国団体に円満なる生涯を送るもである。故に神には一片依怙もなく偏頗もない事を信じ、只管神を愛し神に従ひ、正しき予言者教に信従せば、生前に於ても、仮令物質上満足は得られずとも、其内分に受くる歓喜と悦楽とは、到底現界富者や権力者や智者学者窺知し得る所ではないである。此物語主人公たる初稚姫は再び天命を受け、地上に降誕して大本開祖となり、世間的務めを完成し、八人子女を生み夫々神界内的事業に奉仕せしむべく、知らず知らず間に其任を果し、微賤に下りて、溢るる許り仁愛と透徹したる信智を発揮して、暗黒無道地獄界を照破する神業に奉仕し、其任務を了へて、後事を瑞霊に充されたる予言者に托し、茲に目出度く昇天復活されたである。故に開祖は生前より其容貌恰も少女如く、其声音は優雅美妙にして、又少女如く、玲瓏玉如き顔容を抱持し給ひ、開祖に接近する者は、何時とはなしに其円満なる霊容に感化され、霊光に照され、善人は之を信従し尊敬し、悪人は之を嫌忌し恐怖したである。開祖前身たる初稚姫も亦神代に於ける神格者にして、大予言者であつた。そ容貌及び全身より金色光明を放射し、悪魔をして容易に近づき得ざらしめたである。されど初稚姫は、其霊徳と霊光を深く秘し給ひ、和光同塵態度を以て普く万民を教化し天国に救はむため、ワザと其神相を隠し給ひて、霊的及び自然的活動を続け給うたである。開祖は常に云はれた……出口直が正体を現はしたなれば、人民は眼くらみ、到底側へは寄りつくことは出来ない、故にワザとに世におちぶらし、今まで衆生済度為に化してあつただ……と物語られた事は屡々である。此時側に親しく侍してゐた役員共は、開祖平素人格には敬服してゐたが、併し其お言葉余りに高調的なるに対し、開祖が慢心をされたもみ思うてゐた者も沢山にあつたである。神は必ず順序を守らせ給ひ、相応理に依りて和合徳を表はし給ふが故に、其対者に向つて余り懸隔なき様に現はれ給ふである。故に対者徳と智慧如何によつて、神又は開祖を見る所目に非常差等があるは、已むを得ないである。神は瑞月を呼んで大化物と予言者を通じて宣らせ給うた。現代人は大化物名を聞いて、大悪人代名詞如く或は権謀術数家別称如く、又巧言令色、表に善を飾り虚偽を行ひ、世人を誑惑する悪人と認むる者も少くないである。併し神格に充されたる者を、頑迷不霊地獄界に籍を於ける人間目より見るときは、忽ち眼眩み頭痛み、息苦しくなり、癲狂痴呆と忽ち変じて、恐怖心に駆られ、そ真相を看取することは出来ないもである。故にかかる人間地位に立ちて予言者を仰ぎ見る時は、大怪物とより見ることが出来ないである。吁斯如き頑迷徒をして、神光明に浴せしめ、愛善徳に住せしめて、永遠無窮天国生涯を生きながらに送らしめむとするは、実に最大難事である。大正五年事であつた。口述者は役員室に在つて神諭を繙く折しも、慌しく入り来りしは開祖娘なる高島久子であつた。彼は前節に述べたる如き肉体的兇霊に心身を占領されて、吾居間に走り入りて、恭敬礼拝し言ふ。『瑞御霊様、一大事が突発致しました。一厘秘密をお知らせ申します』と言ふより早く、吾耳側に口をよせ、歯ぬけた口から、臭い息と唾を、吾顔面にふきかけながら、下らぬ不合理に充ちたことを喋々と弁じ立てた。そこで瑞月は儼然として、『誠道に秘密あるべき道理なし、秘密秘は必ず示すといふことである。決して隠蔽すべきもでない。耳もとに囁く如きは神人なすべき所でない。これは体主霊従的人獣敢へてする行為である』と云ふや否や、高島久子精霊は大いに怒つて、わが耳たぶを左手にて引張り、右手を以てわが頬をピシヤピシヤと叩きつけ『義理天上日出神秘密忠告を聞かねば、地高天原は大騒動が起りますぞ。何うなつても日出神は知らぬぞよ』とわめき立て、狂ひまはつた。そこで瑞月は兇霊憑依せるもなることを本人に懇々と諭してみたが、もはや兇霊に霊肉全く占領された彼女には何効能もなかつた、みならず大いに怒つて、吾喉元に飛びかかり、咬みつかむとした。そこで瑞月は已むを得ず、右人指を前に向けて『ウン』と一声、神に祈つて、其面体を霊光に照すや否や、忽ちパタリと倒れて了つた。そこで瑞月は直に神に彼が為に謝罪をなし、お許しを請うた。彼女はムクムクと立上り、口を極めて『変性女子糞奴、糞先生奴先生、小松林悪魔奴』と喚き立てながら、長い廊下を韋駄天走りに開祖居間に侵入した。
忽ち久子に憑依せる兇霊は、開祖容貌を拝するや、アツと仰向けに倒れ、キヤアキヤアと喚きながら、長廊下を毬如くころげて、再びわが居間に逃げ帰り来り『奴開祖糞開祖奴、これから俺が誠金神ぢや、変性男子も女子も此処を出て行け、これから地高天原は、高島久子が艮金神変性男子と現はれて、日出神を地に致し、大広木正宗殿霊を御用に使うて、神政成就神業に奉仕するから、此方申す事が耳に入らぬ奴は、一人も残らず出てゆけ。金勝要神身魂は我が強いぞよ。木花咲耶姫生宮も訳が分らぬぞよ。これから此高島久子体を借つて、誠事を知らすぞよ』などと狂態を演じ、身体を頻りに震動させて、猛悪相を現はし、座敷中央に仁王立ちとなつて睨めつけてゐた。そこへ開祖は梅杖をつきながら、障子をあけて一寸覗かれると、又もやキヤツと叫んで其場に顛倒し、毬やうになつて表へ駆け出して了つた。後に至つて高島久子に聞けば、彼は云ふ……開祖居間障子を開くや否や、開祖全肉体は金色燦爛たる光明にみち、そお姿を熟視する能はず、忽ち恐ろしくなつて、妾守護神が一生懸命に駆け出しました……と答へたである。又彼女が自筆筆先にも此事を明記してゐる。それから久子は表へまはり、金竜殿に侵入した。そこには数多役員や修業者が幽斎最中であつた。久子は矢庭に暴れ出していふ……汝等盲役員、幽斎修業などとは以て外だ、こ生宮申す事を聞け……と呶鳴りながら、修業に来てゐた河井芳男といふ青年を引捉へ、殿中に於て馬乗となり、其青年首にジヤウ ジヤウ ジヤウとぬくい小便をたれかけ……汝如き者は之にて結構だ……と喚き立て、狂態を演じてゐた。こ事も高島久子精霊が書いた筆先に自慢さうに記してある。すべて兇党界悪霊は順序を弁へず又善悪美醜区別がつかないから、神聖なる金竜殿内に於て、人首に小便をかけ、得意となつてゐるである。而して彼女はいふ……わが守護神は実に偉大なもだ、あ様な聖き御殿に於て、外者が小便をこかうもなら、忽ち守護神も肉体も神罰が当るであるが、何をいつても神格が高いから、あ通りチツとも罰が当らなかつただ……と誇つてゐるは実に済度し難き難物である。丁度猫や鼠が大神鎮座まします神聖なる扉中に巣をくみ、或は糞尿をたれても、神は畜生として看過し給ひ、之を懲め給はざると同様理である事を知らない癲狂痴呆者である。自愛心強く世間愛みを以て唯一善事と思惟しゐたる人間は、却つて斯かる奇矯なる行為を以て、神秘行為となし、之を随喜渇仰していふ……全くあ行ひは人間ではない、人間心で、何うして殿内に於て、而も人間首に跨がり、小便がかけられようか、全く神様証拠である……と、斯う云つて感心するである。彼等云ふ如く決して人間ではない。併しながら神だと思つたら大変な間違である。スツカリ肉体的兇霊、悪魔が彼女全身を支配して行うた所狂態であるである。
 其後かれ悪霊は久子肉体に対し、いろいろと幻覚を示し、益々誑惑淵に陥れ、或は一ケ月間断食を与へ、地獄有様を眼前に髣髴せしめ……汝わが言を用ゐざる時は、斯如き無間地獄に陥落すべし。又わが言を信従し、わが頤使に従つて活動する時は、汝をして将来斯如き結構なる位地につかしむべし……と、或はたらし或は威し、漸くにして開祖身内たる肉体を、わが自由に駆使する事を得たである。彼等が悪業を遂行せむとすれば、現界人浅薄なる識見より見て、開祖血統と生れし人間なれば、大丈夫、決して悪神憑依すべきもでないと信用させ得る便宜があるからである。かれ兇霊は無智なる久子霊肉を完全に占領した上、地高天原霊光にゐたたまらず、二三迷へる信者を引連れ、一目散に八木へさして逃げ帰り、ここに久子記憶と信仰を基礎として、其想念中に深く入り込み、兇党界団体をして益々大ならしめ、大神神業を極力妨害せむと企みつつあるである。さりながら久子其人は元来開祖を思ふ事最も深く且無智にして比較的其心も清ければ、遉兇霊も開祖神諭を非難することを得ず、且又厳御霊、瑞御霊を極力排斥し、誹謗しては其目的を完成し得ざるを知るが故に、表面に厳瑞二霊を尊敬し信従する如く装ひ、先づ久子を誑惑し其口と手を以て世人を魔道に引入れむと企みつつあるである。之は決して瑞月が卑しき心より述ぶるではない。大神御子たる可憐なる精霊や人間をして、一人なりとも邪道に陥らざらしめむが為慈愛心に外ならぬである。かれ精霊は久子肉体を綾部停車場に仰向けに倒し、陰部を曝して大呼して云ふ……われは地高天原変性男子出口直肉体をかりて生れた日出神生宮であるぞよ。皆者、これを見て、大本教を悟れよ……と呶鳴り立てた。精霊が久子に斯かる衆人環視前にて狂態を演ぜしめた其底意は、要するに神名を冒涜し、世人をして大本を信用せしめざらむが為悪計であつた。されど暗愚なる信者は、そんな所に少しも注意せずしていふ……ああ吾々が改心が足らぬ故に神様が変性男子系統肉宮をかつて、お戒め下さつたであらう、お前達心は此通り醜いだ、お前達が神界より罰せられ、地獄ドン底へ落されるだが、高島久子に千座置戸を負はして助けてやつて居るぞよ、と深き思召であらう……などと妙な所へ曲解して益々随喜渇仰し、精霊誑惑に乗せられて、遠近神社を調査するといつて、或は其費用を献じ、或は随伴してゐる者も沢山現はれて来たは、実に神界為悲しむべきことである。されど神は決して斯如き兇霊に汚され給ふもでもなく、又如何に妨害せむとするも聊か痛痒も感じ給はないである。只々可憐なる神御子が彼等兇霊に心身を誑惑され邪神界に引入れられ、無間地獄に陥落しゆくを悲しみ給ふみである。かかる仁慈無限大神御心も知らず、男子が何うだとか、女子言行がなんだとか云つて、そ光明に反き、醜穢極まる地獄に転移するは、実に仁慈目より見て忍び難き所である。かれ精霊は久子を又もや八木停車場に連れ行き、大声叱呼して云ふ……此女は元を糺せば、丹波国何鹿郡綾部町、本宮新宮坪内、変性男子身魂出口直体をかり、出口政五郎といふ父を持ち、若い時から男女と呼ばれたる、ヤンチヤ娘出口久子、今は神因縁に依つて、八木高島寅之助が妻となり、あ、山ほでらあばらや住居、今はおちぶれて居れども、結構な身魂が世におとしてあるぞよ。侮りて居りたもは、アフンと致してあいた口がすぼまらぬぞよ。今に天地がかへるぞよ。欲を致して沢山金をためて居りても、其宝は持切には出来ぬ宝であるぞよ。此神申した事には一分一厘間違ひはないぞよ。先をみてゐて下されよ、と前をまくつて大音声……と自ら呼ばはり、停車場に集まる人々を驚かせ、之を鎮定せむと入り来りし長左といふ男腕にかぶりつき、狂態を演じ、大本教を破壊せむと企んだ事もあつたである。兇霊は此筆法を以て、或時は変性男子を極力賞讃し、また対者中に男子女子を否むと認むる時は、声を秘そめて切りに誹謗し、吾薬籠中となさむと企むもである。
 さて、初稚姫と高姫と今後活動は之に類するも多ければ、巻頭に引証することとしたである。

追伸=霊界物語読者中には凡て、斯様であります……とか、斯う考へます……とかいふ謙譲言葉がなく、かうである……どうである……などと断定的に、且高圧的に口述してあるは、所謂口述者が慢心した結果、かかる不遜言辞を弄するだと非難する人が間々あるさうです。併しながら『あります』と云へば活字を四字用ひなくてはなりませぬ。『ある』といへば二字で事がすみます。それ故にかかる洪瀚な物語には一字なりとも冗言を省き、可成数多意味を読者に知らさむが為忠実なる意思より出でたであります。而して口述者自身は只神格にみたされたる聖霊に霊と体を任せきつてゐるでありますから、口述者が之を改めようと致しましても、肝腎局に当る聖霊が聞かなければ是非ない事であります。一寸茲に一言断つておく次第であります。
(大正一二・一・二〇 旧一一・一二・四 松村真澄録)
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