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文献名1霊界物語 第50巻 真善美愛 丑
文献名2第3篇 神意と人情よみ(新仮名遣い)しんいとにんじょう
文献名3第10章 据置貯金〔1304〕よみ(新仮名遣い)すえおきちょきん
著者出口王仁三郎
概要
備考
タグ データ凡例 データ最終更新日2023-07-17 17:56:37
あらすじ誰言うともなく、祠森に獅子・虎両性怪物が現れて人間に化けて主管している、という噂が立ち、ここ二三日は祠森に誰も立ちよらなくなってしまった。受付も事務室もきわめて閑散としていた。珍彦は相変わらず至誠神に仕え、参拝者有無にかかわらず朝と晩お給仕を忠実に勤めている。イル、イク、サール、ハル、テル五人は仕事をほったらかして、酒と肴を携えて祠もっとも風景良い場所で飲み始めた。次第に一同は酔ってきて、イルが初稚姫と間違えてスマート手を握って耳を噛まれた馬鹿話を披露した。また一同が話にふけっていると、森彼方から楓が呼ぶ声がする。五人はバタバタと事務所をさして帰って行った。
主な人物 舞台 口述日1923(大正12)年01月21日(旧12月5日) 口述場所 筆録者北村隆光 校正日 校正場所 初版発行日1924(大正13)年12月7日 愛善世界社版135頁 八幡書店版第9輯 199頁 修補版 校定版141頁 普及版70頁 初版 ページ備考
OBC rm5010
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本文の文字数5306
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本文  祠森には誰云ふとなく獅子、虎両性怪物が現はれ、人間に化けてゐる。そ人間が祠主管者だから、ウツカリ詣らうもなら喰はれて了ふと云ふ評判がパツと立つた。それ故気弱い連中は忽ち恐怖心にかられて、ここ二三日は誰も寄りつかなかつた。受付も事務室も極めて閑散である。只相変らず忙しいは珍彦神司みである。珍彦は至誠神に仕へ、参拝者有無に拘はらず、朝と晩とお給仕を忠実に行つてゐる。イル、イク、サール、ハル、テル五人は、受付も事務室もほつたらかしにして、瓢と鯣などを携へ、祠最も風景佳き日当りよい場所を選んで、頻りに酒を飲み始めた。
イク『オイ、御連中、何とまア祠森も淋しくなつたぢやないか。エー、杢助さまが怪我をしたとか云つて踪跡をくらまし、あ悪たれ婆さま義理天上さまは杉木へ天上して顛倒し、腰骨をしたたか打ち、梟鳥奴に両眼をこつかれて顔面膨れ上り、丸でお化様になつて了つたぢやないか。あんまり嫌らしくなつて此神聖なお館も妖怪窟様な心持になつて来て、ジツクリとして居られないぢやないか。酒でも飲んで元気をつけなくちやアやりきれないからな。おいイル、貴様は義理天上さまお世話をして居たぢやないか。随分気分が悪かつただらうな』
『何、そんな事に屁古垂れるイルさまぢやないわ。世中は善悪相混じ美醜互に相交はると云ふからな。一方には醜醜、悪悪なる義理天上さま生宮顔を見ながら、又一方には善善、美美なる天女やうな初稚姫様紅顔麗容を拝してゐるだから、相当に調和がとれるよ。美しいもばかり見てゐると、何時間にか瞳孔奴、増長しやがつて美しいもも美しうない様になるもだが、何と云つても極端な妖怪的醜面と又極端な芙蓉顔月眉、雪肌、日月眼、花姿初稚姫様を見返つた時には其反動力とでも云はうか、其美は益々美に見え善は益々善と映ずるだ。それだから辛抱が出来たもだよ。いや結句、辛抱どころか、得も云はれぬ歓喜悦楽気分が漂ふだ。イツヒヒヒヒヒ』
サール『おい、イル、それ程高姫さま側が結構なら、何故朝から晩までくつついてゐないだ。俺等様な醜面処へ来て、口賤しい酒を喰はなくても、初稚姫様顔を見て恍惚として心魂を蕩かし、酔うてゐたら宜いぢやないか』
『それもさうぢやが、初稚姫様が「あたえ、一人でお世話を致しますから、イルさまは何卒休んで頂戴ね、又御用が厶りましたらお願ひ致しますから」と、それはそれは同情こもつた此イルさまに……ヘヘヘヘヘ、一寸細い目を向けて優しい声で仰有るだも、なんぼ頑固俺だとて、君命もだし難く退却仕ると云ふことになつて、暫く差控へてゐるだ』
テル『ハハハハハ、馬鹿だな。本当に貴様はお目出度い奴だよ。態よい辞令で肱鉄をかまされよつただ。貴様面を水鏡で一寸見て見よ、薩張顔詰がぬけて了つてるぢやないか』
『ナーニ吐しやがるだい。唐変木貴様等に分つて堪るもかい。初稚姫様と俺と関係を貴様知つてるか。以心伝心、不言不語間に於て万世不易愛的連鎖が結ばれてあるだ。誠に済みませぬな、エツヘヘヘヘヘ。エー、涎奴、イルさま許可も無くして勝手気儘に出ると云ふ事があるかい。何程俺がデレルと云うても、貴様までが勝手にデレルとはチツト越権だぞ。ウツフフフフフ』
と云ひながら牛様な粘液性に富んだ細い涎を手繰つてゐる。
テル『ハハハハハ、夢でも見てゐやがつたな。貴様と姫様と関係と云ふは、只主と僕と関係だ。到底夫婦なんぞと、そんな事は柄にないわ』
イル『実所は、初稚姫様美貌を幻になつて眺めてゐたもだから、義理天上さま命令も耳に這入らず、ポカンとして居つた所を、高姫奴目も見えない癖に、ポカンとやりやがつただ』
『愈三段目になつて来たな。さア一杯グツと飲んで、正念場を聞かして貰はうかい』
『酒一杯や二杯では、神秘鍵は渡す事は出来ないわ。此上話して聞かした処で、下根お前等、所謂八衢人間には到底解し得ないから、まア云はぬが花として筐底深く秘めて置かう。開けて口惜しき玉手箱でなくて、ぶちあけて嬉しい玉手箱、折角握つた運命鍵を貴様等に占領されちやア、折角苦心が水泡に帰するからな』
『おい、そんな出し惜しみをするもぢやない。其先一寸小意気な所を窺かしてくれないかい。刀鑑定人は、チツト許り砥石でといで窓をあけ、柄元匂ひを見れば、直に其名刀たり或は鈍刀たる事を知る如く、此テルさまは名如く、心底までよくテルさまだからな』
『実所は、其先は余りで云ふに忍びないだ』
『忍びないとは何だ、ヤツパリやり損ねただな。玉茸を採り損なつて梟宵企みに目玉をこつかれた口だらう。ウフフフフフ』
『秘密にして呉れたら言つてやるが、お前等四人は一生涯他言はせぬと云ふ誓ひをするか。さうすれば一部分位はお祝に表示してやらぬ事もない』
 四人声を揃へて、
『よし誓つた。誓つた以上は大丈夫だからね』
『それなら云つてやらう。初稚姫さまが、それはそれは何とも知れぬ情緒こもつたお声で、柔かい細いお手々を出して、「これイルさまえ、お前もお母さまお世話をして下さるで、さぞお疲れでせう。何卒コーヒーなつと一杯お飲り下さいませ」……ヘヘヘヘヘなーんて仰有つて、それはそれは情こもつた笑を湛へて注いで下さるだ。それから頭脳鋭敏某、チヤーンと相手方底まで見てとり、例軍隊式で身体をキチンと整理し、コーヒーを左手に一寸持ち、貴様等が酒を飲む様なしだらない事はなさらないな。第一姿勢を正しうし、気を付け「一、二、三」と、斯う空中に角度を描いて、わが口中へ徐に注入した。さア、さうすると流石初稚姫さまも堪へきれない様な笑を洩して、「ホホホホホ」と鶯さね渡り様な美声妙音を放つて笑ひ遊ばしただ。さうすると一方に控へて居る義理天上怪物奴、目が見えないもだから初稚姫様に喰つてかかり「これ初稚、お前は之程親が苦しんでゐるに、何面白さうに笑ふだい。小気味がよいかい」等と意地苦根悪い、あ優しいお姫さまに毒ついてゐるだ。憎いと、此時こそは愛人為に敵を討つてお目にかけむと奮然として立上り、高姫横つ面目がけて骨も挫けよと許り「ウーン」と叩いたと思へば火鉢角だつた、アハハハハ。よくよく見れば指から血が滲んでゐる。そこで「痛い」と云はむとせしが待て暫しだ。それはそれ、初稚姫様が監視して厶るだらう。千軍万馬中を命を的に勇往邁進し、砲煙弾雨を物ともしない軍人某、マサカ弱音を吹く訳にも行かず、痛さうな顔も出来ないだから随分我慢したね。さうすると、又もや初稚姫様が梅花唇を開いて、鶯でも囀つてゐるやうに「ホホホホホ」と笑ひ声をお洩し遊ばしただ。そこで此イルさまが「これはしたり、初稚姫殿」とやつたね』
テル『うーん面白いね。談益々佳境に入りけりだ。謹聴々々』
『さうすると初稚姫様が仰有るに「あまあイルさま勇壮なお顔、口をへ字に結び眉間に迄皺を寄せて厶るお姿は、ビリケン化相した山門仁王さま見た様だわ」と仰有るだ、エヘヘヘヘヘ。ここに初めて某ヒーロー豪傑たる真相を認められたと思つた時嬉しさ、勇ましさ、イヤ早形容すべき言語もない位だつた』
サール『馬鹿、貴様、馬鹿にしられ居つてそれが嬉しいか。恋に恍けた奴目には、何でもかんでも愛に映ずるだから堪らぬだ。本当に此奴は睾玉を落して来よつただよ』
『こりや、サール、黙つて聞かう。聴講者妨害となるを知らぬか。あまり騒擾致すと会堂外へ退去を命ずるぞ』
『ヘヘヘヘヘ、あーあ、あーあ、化物屋敷ぢやないが、アークビが出るわい』
テル『おい、イル公、サールなどに構はずドシドシと長口舌を運転さしてくれ。機関油がきれたら又こアルコールをグツと注してやるからな』
『竹林七賢人でなくて、森林四賢一愚人がここに集まつて林間酒を暖めながら、田原峠実戦状況を実地に臨んだ其勇士から聞くだから、随分勇壮なもだぞ。謹んで聞かないと、再び斯様な面白き趣味津々たるローマンスは一生涯聞く事は出来ないぞ』
『うん、さうだろ さうだろ。之からが正念場だ』
と捻鉢巻をしながら肱を張り、自分がやつた様な気で二足三足前へニジリ寄り、咬み犬様な顔をしてイル顔をグツと見上げてゐる。イルは演説口調になつて、四辺幹に片手を支へ、右手を腰辺りに置き、稍反身になつて喋々と虚実交々取りまぜて、講談師気分で喋り始めた。
『扨て、前席に引続きまして御静聴を煩はしまする。愈祠森、高姫段、三五教に其人ありと聞えたるイル勇将に、一方は古今無双ナイス、初稚姫と面白き物語で厶ります。そこへ勇猛なる義犬スマートをあしらつた物語で厶りますれば、益々佳境に入り、お臍宿替は申すに及ばず、睾玉洋行致さない様、十二分御注意を払はれむ事を希望する次第であります』
ハル『おい、そんな長口上は如何でもいいわ。早く本問題に移らないか』
『お客様仰せ、御尤もには候へど、今申したは今夕添物と致しまして、愈本問題に差しかかりまする』
テル『おい、最前様に坐つて酒を飲みながらやつてくれないか。何だか学術講演会へ出席してる様な気がして、酒を飲んでる気分がせないわ』
『御註文とあれば仰せに従ひ、それでは一寸天降りを致し、光を和らげ塵に同はつて、下賤人物と共に兄弟如く、朋友如く、打解けて御相談を致しませう。ハハハハハ』
と云ひながらドスンと腰を卸した拍子に、細い木角杭削ぎ口が槍様に劣つて居る其上に尻を下ろしただから堪らない。忽ちブスツと肛門に突入し、恰も粉ひき臼上臼様になつて了つた。
『アイタタタ、然し丸いもと云ふもは誰でも狙ふもと見えるわい。木株迄が俺尻を狙つて居やがる。何程株が流行る世中でも、此株ばつかりは御免だ。然し節季になつて尻拭ひが出来ぬと困るから、今内に倹約して此処にチヤンと据置貯金だ。イヒヒヒヒヒ』
と少し許り肛門を破り血をたらしながら、ズブ六に酔うて居るで、そんな事に頓着なく滔々として弁じ始めた。
『さて、初稚姫様お顔が目にちらつき、日が暮れても、寝ても起きても、雪隠中にでも俺前に現はれるだ。何とまアよく初稚姫さまも惚れたもだな。何処に行つてもついて来てゐる。据膳喰はぬは男でないと思ひ、轟く胸をグツと抑へ、勇気を鼓してそ優しい手をグツと握つた途端に、「ウー、ワンワン」と云つて俺耳たぼに噛振りつき、これ、此通り傷をさせよつただ』
テル『何と顔にも似合はぬ恐ろしい女だな』
『何、姫様だと思つたら猛犬手を力一杯握つたもだから、畜生吃驚して喰ひつきよつただ、アハハハハハ』
サール『何だ。大方、そこらが落ちだと思つてゐただ。貴様は一霊四魂活動が不完全だから、そんな頓馬な事ばかりやりよるだ。チツと霊学研究でもしたら如何だい、男爵様が気をつけるぞや』
『ヘン、男爵、馬鹿にするない。貴様は首陀生れぢやないか』
『男が酌をして飲むが男爵だ。私が勝手に酌をして飲むが私爵だ。小酌な事を申すと承知致さぬぞ』
『俺は酒を飲んで口から嘔吐と一緒に吐いたから吐く酌様だ。吐く酌として余裕ある一丈七尺男子だからな』
『ヘン、一丈七尺なんて七尺にも足らぬ小男奴、偉さうに云ふない』
『八尺と九尺とよせて八九尺だ。一丈七尺と云つたが何処が算盤が違ふだ。何と粗雑な頭脳持主だな。一霊四魂が如何だかうだと、偉さうに云ふない。それ程偉さうに云ふなら、一つ解釈して見よ』
『貴様様な木耳耳には聞かしてやるは惜しけれど、俺が無学者と思はれちや片腹痛い。云ひがかり上、男子として説明労を与へないも、学者估券を傷付くる事になるから、一つはりこんで教訓してやらう。エヘン、抑々一霊四魂と云ふは、直霊、荒魂、奇魂、幸魂、和魂を云ふだ。さうして荒魂は勇なり、幸魂は愛なり、奇魂は智なり、和魂は親なり、分つたか、随分よく学理に明るいもだらう』
『勇とは何だ。勇説明をせぬかい』
『マ男を即ち勇者と云ふだ。どうだ、分つたか。それから親講釈だ。親と云ふ事は親と云ふ字だ。辛い目を八度見せるを親と云ふだ。それから愛だ。どんな事でも有利なもであつたならば喉を鳴らして受ける心、之を愛と云ふ。ヘン、又日々貴様やうに口で失策する奴を智と云ふだ。十目一様に見るを直霊直といふだ。何といつてもサールさまだらう。俺知識には、誰一人天下に手をサールもがないだから、サールさまと申すだ、エヘン』
テル『成程、妙々、如何にもよく徹底した。文字と云ふもは感心な意味を含んだもだね』
 斯く話す折しも楓は森彼方より、
『イルさま、皆さま、早う帰つて下さい』
とありきり声を出して呼ばはつた。
 五人は取る物も取り敢へず、バタバタと事務所をさして帰り行く。
(大正一二・一・二一 旧一一・一二・五 北村隆光録)
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