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文献名1霊界物語 第64巻下 山河草木 卯巻下
文献名2第2篇 鬼薊よみ(新仮名遣い)おにあざみはな
文献名3第10章 拘淫〔1816〕よみ(新仮名遣い)こういん
著者出口王仁三郎
概要
備考
タグ データ凡例 データ最終更新日2023-02-23 20:11:07
あらすじ
主な人物バルガン、ガクシー、守宮別、お花 舞台橄欖山坂道 口述日1925(大正14)年08月20日(旧07月1日) 口述場所丹後由良 秋田別荘 筆録者松村真澄 校正日 校正場所 初版発行日1925(大正14)年11月7日 愛善世界社版128頁 八幡書店版第11輯 542頁 修補版 校定版130頁 普及版63頁 初版 ページ備考
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本文の文字数6851
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本文  橄欖山坂道木蔭に四五人ドルーズ人や、アラブや、猶太人が労働服を着た儘面白相に雑談に耽りゐる。そ一人なるバルガンは、
『オイ、ガクシー、汝は此間戦争に行つたといふ話だが、金鵄勲章でも貰つたか。花々しき功名手柄をして帰るなぞと云ひよつて、近所合壁に送られ、大変な勢であつたが、凱旋祝も根つから聞いた事もなし、いつ間にか吾々労働者仲間に舞戻つて来よつたが、一体戦ひ状況は何うなつたぢやい』
『ドルーズ族叛乱によつて仏軍から雇はれ、ジエーベル・ドルーズ都、ジエールに進軍した時、ドルーズ族勢猖獗にして、仏軍は手もなく打破られ、みじめな態で四方八方へ、一時は散乱して了つただ。其時俺は軍夫として、実所は後方に輸送をやつてゐたが、大砲弾が、間近にドンドン落ちて来るで、何奴も此奴も腰を抜かし、肝腎軍夫が、兵隊に担架に乗せられて運ばれるといふ惨めな態だつたよ』
『あれ丈軍器整うたフランス精兵が、なぜ又暴民団体たるドルーズ族に脆くも打破られただ。チとバランスがとれぬぢやないか』
『そこが所謂戦争は水物といふだ。兵数多い方が勝つ共、武器整頓した方が勝つとも、又は武器調はない兵数少ない方が勝つとも、それは時運だから分らないワ。何しろドルーズ族は一兵卒に至る迄地理には精通して居る上、人和を得てる上、あれ丈人気だつたから、其虚勢丈ででも勝たねばならぬ道理だ。僅か二万位叛乱軍に五万フランス兵が、飛行機も大砲も輜重車も、何もかも打ちやつて、命カラガラ敗北して了ひ、ドルーズは敵武器を応用して、あく迄も頑強に戦ひを続けるもだから、仏軍はたうとうジェーダ首都を占領されて了つただい。本当に強い者弱い、弱い者強い時節になつたもだ』
『さうすると、俺達も社会弱者として、地平線下に汗にひたつて蠢動してゐるだが、何時か又頭をあげる時があるだらうかな』
『あらいでかい、有為転変中だ。いつ迄も世は持切にはさせぬと、どつか神さまもいつてゐる相だから、未来は必ず吾々プロレタリヤ天下だ。まあまあクヨクヨ思はずに、暫く辛抱するだな、今日も今日とて、エルサレム町を温順う歩いてゐると、俺風体が醜いとか怪しいとか云ひやがつて、スパイ奴、何処迄も尾行してうせるだ。そして吐す事にや……君はどつから来た、そして何処へ行く。何用だ。年は幾つだ。姓名は何といふ……などと三文にもならぬおせつかいを遊ばすだから、道も安心して歩けやしないワ。丸で上に立つてゐる役人共は、子供につつかれた蜂番兵蜂様な神経過敏になつてゐやがるだからう』
『本当に約らぬ世中だ、何時迄も此儘にして置こうもなら、世界はメチヤメチヤになるだらうよ。どうしても此調子では十年たたぬ内に大革命が起るだらうと思つてゐるだ』
『そらさうだ、生活難や就職難叫びがこれ丈喧しくなつて居るだも。ブル階級や役人共も可いかげんに目を醒ましやがらぬと、たつた今、俺達と地位転倒して彼奴等は惨めな態になるだらうよ。俺や其世が来る迄は死んでも死なれないだ。先祖代々から彼奴等に虐げられて来ただも、祖先恥を雪ぐは、吾々子孫たる者義務だからなア。最前も此山麓でトロッキーとかいふ男が、労働団や農民団を集めて過激な演説をやつて居つたが、聴いてみれば一から十迄御尤も至極だ。併し乍ら、あんな事を聞いて居らうもなら、蜘蛛巣をはつた如き警察網にかかつて、厭応なしに、暗い所へブチ込まれちや大変だと思ひ、君子は危きに近付かずといふ筆法で、ここ迄スタスタやつて来りや、君たち御連中御集会、屹度今頃にや、何か乱痴気騒ぎが始まつてるかも知れないよ』
『誰でも可いから、確りした犠牲者が現はれると可いだがなア。さうすりや俺達ア、漁夫利を占て安楽に暮せるだけれど、何奴も此奴も小ざかしい人間許りで、自分身命を賭して矢面に立つといふ大馬鹿が出て来んで、サツパリ駄目だ。かういふ時にや、どうしても大馬鹿でなけりや、世界改造が出来ないからう』
『そらさうだ。ドルーズ族酋長カンバスでさへも、始めは大変な勢で矢面に立ち、二万民衆に武器を携帯させ、フランス軍と勇敢に戦ひ、一時は大勝利を博しよつたが、いよいよ茲といふ所で、俄に怖気立ち、安全地帯に身を逃れよつたもだから、全軍士気頓に阻喪し、折角取つた首都も再び仏軍手に帰し、重立つた者は何れも縛につき、ドルーズ族へは莫大な賠償金を云ひ付けられ、ヤツト事で、カンバス哀願に仍つて、大赦令を布かれ、一件落着するはしたも、ドルーズは酷い破目に陥つたもだ。徹底的にどこ迄も犠牲になるといふ奴さへあれば、あんな事は無いだけれどな、何と云つても烏合衆だから、バラモンには最後迄敵する事は出来やしないワ。之を思ふと吾々プロレタリヤ前途も暗澹たるもだないか。腹いせまぎれに、夜中密かに役所門に小便を屁りかけたり、糞を垂れた位では何にも効はないし、大頭一疋や二疋爆弾でやつてみた所で、飯蠅を追ふやうなもだ。先ぐり先ぐり次から次へと、だんだん悪い奴が現はれて、益々吾々に対して厳しい法律を発布したり、三人寄つて話をしても拘引するといふ、石で手をつめたやうな目に会はすだから、矢張、弱い者弱い、強い者強い時節だ……と云つても仕方がない。強い者弱い、弱い者強い時節は万年に一度位しか、廻つて来るもぢやない。何だか日出島からブラバーサとかいふ宣伝使がやつて来て、今に救世主が現はれるとか、神が表に現はれて善と悪とを立別けするとか、下が上になり、上が下になるとか、ほざいてゐるやうだが、これも一種宗教拡め広告に過ぎないだらう。何程宗教が愛を説いても、パンを与へてくれなくちや、吾々は生存権を保持する事が出来ないだからなア。……ヤ、何だか山下に当つて、騒がしい声がし出したぞ。トロッキー奴、どうやら警官隊と格闘を始めたらしいワイ。ソロソロ降りて壮快な戦闘振りを見物せうぢやないか。獅子子か何ぞやうに、かう木かげに潜伏して、世を呪ひ、悲鳴をあげて居つても、一文所得もなし、愉快もないからう』
『おけおけ、コンナ時に出るもぢやない。側杖をくつて打ち込まれちや大変だ、先づ嵐静けさを見聞するが、処世上悧巧なやり方だ。それよりも腹いせに何か面白い話をせうぢやないか』
『俺達に面白い話があつて堪らうかい、朝から晩までブル階級に酷きつかはれ、僅な賃銭を恵まれて、孜々として僅に露命をつないでる悲惨な境遇にあつては、到底面白い味も分らず、苦しい事許りだ。俺が五六年前事だつたが、仕方がないで、人力車夫をやつてゐると、家主奴、人並よりも高い店賃を取り乍ら、従僕か何かようにガクシーガクシーと口ぎたなく呼つけにしやがつて、雪隠掃除までいひ付けくさる。劫腹でたまらないが、怒れば家を出て行けと云ひやがるし、裏店隅々迄貧民でつまつてゐる此際、此処を放り出されたが最後、忽ち親子が野宿をせなくちやならず、仕方がないで辛抱して居ると、しまひ果にや、おれ名を呼捨にさらすだ。けつたい悪い胸糞が悪いつて、胸が張裂ける様だつた。そこで俺は道路端に餓ゑて、死にかけてる野良犬を一疋拾つて来て、そいつに家主名を付け、大きな声で、……コラ権州々々……と口汚なく喚き立て、其度毎に拳骨で頭を、大家権州だと思ひ、撲りつけてやつた。其時や、チツと許り痛快だつたが、野良犬奴、大変な大喰をしよるで女房子供腮が干上り相になつた。此奴にや一つ俺も面くらはざるを得なかつたが、それでも人間は意地だ。こんな所で屁古たれちや、男が立たないと、要らぬ所へ力瘤をいれ、働いても働いても、皆犬にしてやられる。苦み果ててる矢先へ、大家権州奴、大きな犬を俄かに三疋も飼ひやがつて、其奴に俺名と女房名と伜名を付けやがつて、家内中が寄つて集つて呼びつけにしやがるで、俺もこんな所で屁古垂れちや仕方がない。もつと犬を集めて大家家内中名をつけて、呼つけにしてやらうと思つたが、能く能く考へてみれば、大きな家に三夫婦もけつかつて、子や孫総計二十八匹も居やがるもだから、たうとう根負して旗をまき、矛を収めて、一時ジェール都迄逃出して了つただ。本当に仕方ないもだよ』
『ハヽヽヽヽ、そら失敗だつたね。さうだから、昔賢人とか君子とかいふ阿呆者が、長い者にまかれよ……とか、衆寡敵せず……とか、ほざきよつただ。何程面白い話が無いといつても、失敗許りぢやあるまい。お前だつて、永い事人力屋をして居れば、些と位ボロい事もあつただらう』
『いやもう失敗だらけだ。エー、コーツと、何時やら夕まぐれだつた。ジェール郊外を歩いてると、大きなデーツプリと太つた、布袋やうな男がやつて来よつて、俺は万民に福を与へる福神だから、一時間許り乗せて呉れないか、……と云ひよつたで、お金は幾ら下さるか……といへば、お前に金をやつては福が退ぬ。俺さへ乗せておけば、屹度汝内は明日から繁昌すると云ひよつたで、此奴ア願うてもない事だ、一時間許り無料働しても構はぬ、八卦みて貰つても三十銭五十銭は取られるだ……と思ひ、クソ重たい、太い福神を乗せて、町中を右へ左へウロつきまはつた所、モウ之で可いと言ひよつたで梶棒下ろしよると、一寸便所へ行つて来ると吐しよつてなア。便所へ入ると姿が見えなくなつて了つたで、それから俺も便が催したで便所に入り、沢山雪隠戸を開けて、一々点検してみたが、影も形もない。此奴アいよいよ福神だ、姿が消えただ。キツと明日から福があるに違ひないと、吾家へ帰り、車をしまはうとすると、そこへ財布が残つてゐる。下げてみると中々重い。ヤ此奴アしめた。いかにも福神様だわイ。有難う頂戴致しますと五六遍頭上へ捧げ、神棚へまつり、塩をふつて、其処辺中清め、開けて見た所、大枚百両丸金が目を剥いてけつかる。コリヤ、祝をせにやなるまいと、俥引友達や近所合壁を集めて、其中金を三十円許りはり込んだ積りで、百円金を料理屋に見せつけて置き、仕出しをさして、一生懸命に福神さまを讃美し、呑めや唄へ大散財をやつて居ると、昨夜神奴、ポリスと共にやつて来よつて、棚上にある財布に目をつけ、……これは昨夜俥上に忘れて置いた金だとぬかし、有難うとも御苦労とも吐さず、ポリス奴おまけに、拾得物隠匿罪ででもあるやうな面して、睨めつけて帰つて了ひやがつた。怪体が悪い悪くないつて、其時丈けは女房にも申訳立たず、穴でもあれば入りたい様な気がしたよ。それから料理屋奴、三十円催促に毎日日日やつて来やがる。どれ丈働いたつて、三十円はおろか三円金も出来ないで、女房に因果を含め、又もや貧民窟端つぱへ宿替をしてやつただ。ホン一晩ヌカ喜びをした丈だつたよ。運悪い者といふ奴ア、する事なす事悪いもだ。あゝあ、本当に世中が厭になつて了つたワイ』
『ウツフヽヽ、其時顔が見たかつたう』
『丸切り出来損ひ今戸焼ダルマみた様な顔をしてふくれた時にや、俺も聊か面目玉をつぶしたよ。エーエ、怪体悪い、序にも一つ話してやろ。これも人力引いてゐた時話だ。日輪様が西端に半身を隠された時分、一人お客がやつて来て、……オイ俥屋、俺はジェール都を見物に来た者だが、人見えぬ様になる迄、十銭与るから乗せて呉れぬか、……と吐すで、此奴あボロい、三町か五町歩きや、ズツポリと日が暮れるだろ。其間に十銭金まうけはボロいと、二つ返事でお客を乗せ、ゴロゴロと引張出した所、二時間たつても三時間たつても下りようとぬかさず、とうと、夜明け頃迄俥を引かされた。それでもまだ、人顔が見えるぢやないか、とお客は吐す。可怪しいと空を仰いで見ると、何事だ、十四日月夜だつた』
『ハヽヽ可い馬鹿だな。どうで運悪い奴する事はそんなもだ。おまけに余程頓馬だからな、フヽヽヽ』
 四五人労働者も共に声を揃へてゲラゲラと笑つてゐる。そこへ守宮別、お花両人は何だか意茶つき乍ら坂路を上つて来た。
『オイオイ、彼奴が日出島からやつて来たといふ、フンゾ喰ひ泥酔守宮別といふ奴だ。そしてあ婆は石灰ガマやうにコテコテと白粉をぬつて若う見せてゐやがるが、お寅といふ気違婆に違ないよ。一つ腹いせに嬲つてやらうぢやないか』
『なぶつたつて仕方がないぢやないか。何とか因縁をつけて、懐金でも、おつぽり出さすよにせなけや、忽ち明日生計が立たないから
『それもさうだ、一つ相手になつてみよう』
と云ひ乍ら、守宮別前にツカツカと進み寄り、
『エ、一寸物をお尋ね申ますが、日出島からお越になつてゐる、守宮別さまといふ立派な宣伝使様は貴方ぢや厶いませぬか』
『ウン、俺は守宮別だ。何ぞ用かな』
『ハイ、別に用といふては厶いませぬが』
『何だい、用がなけりや、アタ邪魔臭い、尋ねるに及ばぬぢやないか』
『オイ、ガクシー、之から汝番だ。何だか尋ねる様な事があるやうに云つてたぢやないか。ドンドンと、それ、物になる迄尋ねるだぞ』
『ヨシ来た。之からが俺本舞台だ。モシモシ守宮別さま、此御婦人はお寅さまでせうね。最前も聞いて居れば、神聖にして犯す可らざる此霊山へ、お寅さまと意茶つきもつて、お登りになつたが、左様な事をやつて貰ふと、聖地が汚れますよ。エルサレム市民がこんな事を聞かうもなら、お前さま、どんな事になるか知れませぬぜ』
『ハツハヽヽヽ、妬くない妬くない、アレは、あやめお花といつて、日出島切つて別嬪だ。お寅なンか古めかしいワ。今日更めて結婚式をあげ、此霊山へ御礼参り傍、新婚旅行と洒落てゐるだ。神さまだつて、聖場だつて、夫婦が参るを咎める理由はあるまい。自由権だ。放つといてくれ』
『放つとけといつても、放つとけぬワイ』
『ソンナラ何うするといふだ』
『汝生命を頂戴するだ、覚悟せい』
『ハヽヽヽヽ、おあいにくさま。一つより無い大事な大事な生命は、新夫人花子嬢にサーツパリ与へて了うただ。モウ此上やらうといつたつて、やる物がないワイ』
『ホヽヽヽ、もしもし皆様、守宮別さま命は皆こお花が頂戴したですよ』
『エー、ろけよるない。ここを何と心得てゐやがる』
『ここはパレスチナ中心地、エルサレム市街を下に見る、キリスト再臨に名も高き、橄欖山中腹ですよ』
『そらなーんぬかしてけつかる。誰がソンナ事を聞いてゐるかい。サ、汝命と守宮別命と、二つ乍ら一緒に貰はう、サ覚悟せい』
『お易い御用、何卒、生命をお取りやしたら、頼んでおきますが、守宮別さまと一緒に体を引括つて葬つて下さいや』
『エー、此奴アたまらぬ、まだ惚けてゐやがる。箸にも棒にもかからぬ代物だな』
『ホヽヽヽ、どうで、お前さま方手に合ふやうな女ぢや厶いませぬワイな。お前さまは其んな事いつてお金が欲しいだろ。お金が欲しけらほしいと、なぜ男らしうスツパリ言はぬだい』
『斯うしてここに六人も待つてゐるだから、少々目くされ金位貰つたつて仕方がないワ。とつとと百両許しよこせ、さうすりや、無事に此関所を通過さしてやるワ。淫乱婆奴が……』
『ホヽヽ、妾は衆生済度為、此世に現はれた真宗開山いんらん上人ですよ。肉食妻帯、勝手たるべしといふ宗門を開いただから、別に守宮別さまと手をつないで聖地を歩いたつて、霊山法則に反きも致しますまい。アタ甲斐性ない。大きな荒男が六人も寄つて、百両呉れなんて、よくも言へたもだな、せめて一万両出してくれと何故言はぬだい』
『一万両でも十万両でも、請求するこたア知つてるが、其面で大きな事いつたつて、持つて居相な事がない。それだから、汝風体相応に百両と云つただ』
『ヘン、ソンナ貧乏と思つて下さるかい。コレ御覧、此貯金帳にチヤンと一万両付いてるでせう。併し乍ら何程請求したつて、やるやらぬは此方自由だ。そんなら仕方がないから、百円恵んで上げませう。今後は必ず必ず無心を云つちやなりませぬよ』
と云ひ乍ら、百円束を放り出せば、
『ヤア、これはこれは有難う、三拝九拝、正に頂戴仕ります。どうか又宜しう御願申します』
『嫌だよ、もうこれつ切りだから、覚悟しなさい。サ、守宮別さま、早くお山頂上迄参りませう』
 斯かる所へ十四五人武装した憲兵警官現はれ来り、バルガン、ガクシーを始め四人労働者を有無をいはせず、ふん縛り、坂路を引立てて行く。お花は之を見るより又守宮別が下らぬ義侠心を出してくれては面倒だと、守宮別手を無理無体に引張り急坂を登り行く。
(大正一四・八・二〇 旧七・一 於由良秋田別荘 松村真澄録)
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