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文献名1霊界物語 第65巻 山河草木 辰
文献名2第1篇 盗風賊雨よみ(新仮名遣い)とうふうぞくう
文献名3第1章 感謝組〔1657〕よみ(新仮名遣い)かんしゃぐみ
著者出口王仁三郎
概要
備考
タグ データ凡例 データ最終更新日----
あらすじ
主な人物 舞台 口述日1923(大正12)年07月15日(旧06月2日) 口述場所祥雲閣 筆録者松村真澄 校正日 校正場所 初版発行日1926(大正15)年4月14日 愛善世界社版11頁 八幡書店版第11輯 613頁 修補版 校定版11頁 普及版5頁 初版 ページ備考
OBC rm6501
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本文  夏強い光に侵されて、水に落ちた船影は、動く水うねりに従つて、幾重にも縞になつて、暗い緑に渦捲いて、竿を入れるたび、輪が画かれ、岸あたりまで、そ輪が大きく大きく拡がつて行く。古い陶器色にでもある様な雨風に晒された船色は、沈んだ調子に水に接して、積荷上を、かすつた、強い紅がかつた斜陽色と、稍曲つた帆半面を照らした光とが、暗い水に映つて、時ならぬ色模様を織出して居る。
 ハルセイ沼辺りに、二人男が水面を見守り乍ら、雑談に耽つて居る。
甲『世中に何が一番困難事だといつても、世に処する道程、六ケ敷いもは無いだ。日月星辰は大空に懸り、雲は中空に彷徨往来して居つても、人間と云ふ奴は毎日々々食はず呑まずには生きて居られない。五穀は何程米屋倉に積んであつても、黄金が無ければ、一粒五穀も買ふ訳には行かず、酒が何程在らうが、黄金がなければ、自由にならない。朝はハルセイ山から吹颪す、山嵐に震へながら、身を縮めて野良仕事も、夜は星を戴いて家に帰つて来るも、皆、其日其日生活をなし、又は黄金を貯へたいからだ。黄金がなければ、何うも仕様ない今中だから、仕方なしにトランス様になつただ。意気地無い奴は、首を吊つてブランコ往生を行りよるだが、俺等は一人前男子だ。まさかそんな卑怯な事は出来ないからウ。今迄バラモン軍に仕へて居つたも、つまりは生活安全を保つためだつた。最早今日となつては、鬼春別将軍も彼状様になつただから、乾分俺たちはトランスでも為なくては、今日生活が出来ない』
乙『如何にも、お前説は至極尤もだ。俺は陸海軍何れか将校になる、俺は何々官吏になる、俺は何々大事業を企てると云つて、意気衝天青年でも、そ一面は国家を思ふとか、国民を愛するとか、立派に言つて居るが、そ半面には、矢張り月給を沢山に取つて、相当な生活をしたい、と云ふ念慮より外には何もも無い。大体表面には、名誉とか、出世とか、成功とか、社会奉仕とか、名前だけは実に立派なことを言つて居るが、ドド約りは矢張金が儲けたいだ。黄金が無ければ今日中は、何程聖人でも、学者でも、田舎爺でも、矢張名誉を得、立身出世したとは言はれない。金ない奴は何時でも、彼奴は相変らず意気地なしだ。困つて居やがるナア位で、社会から追つ払はれて了ふだ。嬶褌一枚でも、六一銀行へ持つて行けば、少々ばかり汚くつても金になるが、髯や名誉では借金取りを追つ払ふ訳には行かない。如何に俺は学士だ、勅任官だ、華族だ、おれは社会を取締る警官だ、と威張つて見た所が、肝腎金がなければ、サア鎌倉と云ふ時には、グー音も出ない。やつぱり米屋へ頭を下げたり、味噌屋へ味噌をすつて、御千度を踏まねばなるまい。それを思ふと金なるかなだ。併し何程金が欲しいと云つても、トランスになるだけは、考へねば成るまいぞ』
甲『何、現代人間は優勝劣敗式だから、トランスせない奴は一人もありやしないよ。金が無ければ、勅任官でも奏任官でも、カラツキシ駄目だ。況してや判任雇傭、ヘツポコ官吏をやだ。昼は廟堂に国政を議して威張つて居つても、夕べに米櫃泣く音を聞いては、如何なる志士でも、豪傑でも、断腸涙を溢さずには居られまい。それ故今中は皆までとは言はぬが大小トランスを行らない奴は無からうよ。月、雪、花、恋愛、肉楽などと言つて居つても、明日食物に芋小片一つないと来ては、三年恋も猶覚め了るでは無いか。身には錦衣をまとひ、髭髯いかめしく天下を睥睨し、口角泡を飛ばして、大言壮語を為すも、懐中無一物と来ては、乞食女だつて相手にして呉れない。威張れば威張る程腹が苦しく、錦を着れば着るほど、胸が苦しい。三歳童子も、金満家児は金威光で尊まれ、阿弥陀様でさへも金箔で価値が出る世中だ。何程華族でも、法主でも、債鬼前には頭が上らず、靴屋息子も金さへ有れば結構な若旦那様と、もてはやさるる世中だ。たとへ無理しても、金さへ持つて居れば、悪も善で通用するだから、俺は何うしても初心を枉げない覚悟だ。青楼へ登る時にも、ヘイーいらつしやいと意気な詞や、お通り遊ばせ、と艶な台詞で迎へられても、イザ勘定となつて一文も無いと来ては、如何に嬋妍な美人でも、忽ち額に皺を寄せ、眼を吊り上げ、柔和なお世辞良い番頭でも、苦情を述べ立てずには居られないぢやないか。先に艶麗にして柔和なりし其顔は、忽ち鬼かヱンマと激変し、入らつしやい、お上り遊ばせ、言霊は忽ち、出て行け、腰抜け奴、暴言となり、命令となり、果ては引つぱられた其手で、すげなくも突出され、迎へられた其口から、唾液を吐きかけられる事になるだ』
乙『成程そらさうじや。金が無くては今中に生活する事も出来ない。何うしても衣食住を廃すること出来ない人間は、食はずには生て居れない動物たる以上は、如何に金銭に威張られても仕方がない。是非共善良なる方法で、黄金を蓄へ、米を買ひ、生命を繋ぐ算段をせなくてはなるまい。

「イザさらば、花見にごんせハルセイ山」

も衣食足り、住居あり、生命あつて事だ。そこでこ衣食を満たし、住居を定め、生命を繋ぐ算段するが肝腎だが、こいつが抑難ケしいで、栄辱も利害も、禍福も得失も、倫常も学問も、教育も戦争も、皆こ必要から湧き出されるだ。此根本的原理を離れた道徳も無く、此原理を去つて社会なく、国家もない。況んや政治、経済、実業、教育、倫理、科学、宗教をやだ。宇宙間森羅万象、これ悉く、吾々が生活資料となり、要素となるもで、こ生活無き以上は、宗教も、坊主も、神主も必要がないだ。況んや、聖人君子も、天地そも、既に必要がない。太陽光線、星辰運行、風雨霜雪、河川港海、山岳森林、皆これ、吾々が生活為に設けられたもでは無いか。こ生活をなし、生命をつないで行くは、人間それ自身でなければならぬ。人生と云ふは、生活上に於いて、千差万別状態あるを、云ふだからウ。成るべくはトランスだけは止めて天与富源を開拓しようぢやないか』
甲『俺たちは、百姓せうにも田畑はなし、鋤鍬、そ附属道具もなし、商売するにも資本はなし、だと云つて乞食も出来ないから、こ世を太く短く暮すトランスを、止むを得ず選むことにしただ。貴様も今となつて、そんな弱音を吹くもで無いよ。それよりも早く、何とか一仕事して帰らなければ、親分に言訳が立たぬぢやないか』
 かく話す所へ、法螺貝音ブウーブウーと、遠く近く、或は高く、或は低う、響き来たる。
 甲乙二人名は、ヤク、エールと云ふ。どこともなく、権威籠もつた法螺音に稍怖気付き、傍灌木茂みに姿を隠した。治道居士はベル、バット、カークス、ベース改心組と共に此場に現はれ来り、二人が隠れて居る、傍芝生に腰打かけ、息を休めた。そして治道居士は二人トランスが、此密樹蔭にかくれてゐる事も、バラモン軍兵士であつて、今はトランスに成下つてゐる事も、霊感に仍つて直覚してゐた。治道居士はワザと大きな声で二人に聞こえよがしに、
治道『オイ、ベル、バット、外両人、どうだ昨日迄トランスをやつて居つた時心と、只今心と何方が安心に思ふか』
ベル『ハイ、お尋ね迄もなく、朝から晩迄、戦々恟々として、人声を聞いてもビクビクし、法螺音を聞いても、慄ひ上つて居りましたが、斯う何はなく共真心に立返り、あなたお伴をさして頂き、神さま愛を悟つた上は、今迄天地暗澹として塞がつてゐた世界が、無限大に拡張し、心中に天国浄土が建設され、こんな楽しい嬉しい事は、バラモン軍人時代にも会ふた事が厶いませぬワ』
治道『さうだらう。俺だつてバラモン軍中将と迄なり、三軍を指揮して権威を誇り、何不自由なく暮らして居つた時よりも、斯う比丘と成下り、一蓑一笠で神為世為に、広い天地を跋渉する位愉快な事はないよ。此広い結構な此世中を、狭く暗く、恐れ戦いてくらすも、喜んで勇んでくらすも、皆心持様一つだ。お前もヨモヤ元トランスに、逆転するやうな事はあるまいなア』
ベル『ハイ、どうしてどうして、そんな馬鹿な事が出来ませうか。これ丈愉快を味はうた上は、アタ窮屈な恐ろしい、トランスなんかになれますか。世中にトランスをやる人間程、馬鹿骨頂は厶いませぬワ。此世中が狭くて、大きな声で咳一つ出来ぬやうな気が致しますからな。何程金中だと云つても、自分魂には替へられませぬ。折角結構な神分霊を頂いて、悪に曇らして了へば、久遠霊界に於て其報いを受け、無限苦しみを受けねばなりませぬからな』
治道『そらさうだ。僅か此世中で、悪事を為て、未来永劫種をまく位馬鹿な者はあるまいよ。私だとて、別にゼネラルを棒にふりたい事はないが、未来程が恐ろしいから、みすぼらしいこんな比丘になつただ。バット、カークス、ベース、お前もベルと同感だらうなア』
 三人一度に幽かな声で『ハイ』と言つたきり、落涙してゐる。
治道『お前等三人は泣いてゐるぢやないか。今境遇が苦しいか……イヤ辛いか。但しは私云ふ事が気に容らぬか』
ベル『オイ、バット、なアんだ。ほえ面かわいて……余りバットせぬぢやないか。オイ、カークス、御主人さま前だ。何もカークスには及ばぬ。遠慮は要らぬから、自分思つてる事を、ハキハキと申上げるがよからう。……これベース、汝もうつむいてベースをかいてるよりも、チツと、バットしたら何うだい』
 三人一度に涙声になつて、
三人『イヤ、モウ感謝に堪へませぬ。嬉し涙をこぼしてゐるで厶います』
ベル『ヨーシ、それなら分つて居る。サア之から、治道居士様、又テクシーに乗つて進む事に致しませうか』
 後灌木茂みから、ワーツと男泣声が堤防くぢけたやうな勢で聞えて来た。
 ベルは後振返り、
ベル『ヤア何だ。ここにも亦ベソをかいてゐる感謝組が隠れて居ると見えるな……。オイ何者か知らぬが、そんな所で何を吠るだ。こんな結構な天国に生れ乍ら、泣く奴があるかい。汝も大方神さま恵に放れた馬鹿者だらう。遠慮は要らぬ。ベル宣伝使が一つ引導を渡してやらう。サア早う、出たり出たり』
 此声にヤク、エール両人は、ころげるやうにして治道居士足許へ現はれた。
ベル『ヤア、汝はヤクにエールぢやないか。こんな所で何が悲しいか知らぬが、吠面かわいたつて、何ヤクにたつかい。ヤクザ者奴、汝も元は軍人ぢやないか。ウン汝はエールだな。元は剣を帯びた軍人ぢやないか。何をメソメソとほエールだい』
ヤク『ア、お前はベルか。俺は実事を白状すれば、バラモン軍解散よりゼネラルさまから頂いた涙金は酒色為に使ひ果たし、よるべ渚捨小舟、とりつく島もないで、そこら中をぶらつきトランスを両人がやつてゐた所、思ふやうに、良心が咎めて仕事も出来ず、困つてゐる所へ、セール大尉がハール少尉と共に、虎熊山に岩窟をかまへ、山賊をやつてると聞いたで、そこへ尋ねて行つて、児分にして頂き、親分命令で、今何か可い仕事はなからうかと、此沼ふちで網をはつてゐた所だが、治道居士様とお前と話を木蔭で聞いて、自分身が恐ろしくなり、何だか今迄心が恥かしくて、思はず知らず泣いただ。どうぞ私も此比丘様に助けて貰うてくれ。鬼春別将軍様ではないか』
ベル『オウさうだ。改心さへすればキツと許して下さるよ。俺だつて二三日前迄は、汝やうに親分はないけれど、独立でトランス団を組織し、随分悪逆無道をやつて来たが、結局自分が食ふ丈が難ケしいだ。トランスして居つては、何時までたつても妻子を養ふといふやうな事は出来ない。此位約らぬ仕事はないから、俺もフツツリとトランスは断念しただ。元はお前御主人様だから、キツと許して下さるだらうよ』
治道『お前はヤク、エールだなア。こらへてくれ。お前を堕落させたは皆俺が悪いだ。俺はお前たちを堕落さした其罪亡ぼしに、一蓑一笠比丘となつて、艱難辛苦をなめ、罪贖に歩いてゐるだ。許しも許さぬもない、改心さへして呉れたら、こんな嬉しい事はない。サア之から俺と一所に、聖地エルサレムへ参り、魂を研いて、立派な神さま御子となり、世為道為に尽さうぢやないか』
ヤク『ハイ、有難う厶います。何分宜しう御願ひ致します』
エール『ゼネラル様、宜しく御願ひ致します。キツと改心を致しますから……』
治道『セール大尉が堕落して、虎熊山とやらに、山賊張本となつてゐるか。之を聞いた上は見遁しは出来まい。之も俺罪だ、何とかして改心させねばなるまい。サア、ヤク、エール俺を案内してくれ』
 両人は『ハイ承知致しました』と涙を拭ひ乍ら、先頭に立つて、虎熊山岩窟へ、治道居士一行を導き行く事となつた。
(大正一二・七・一五 旧六・二 於祥雲閣 松村真澄録)
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