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文献名1霊界物語 第65巻 山河草木 辰
文献名2第4篇 神仙魔境よみ(新仮名遣い)しんせんまきょう
文献名3第18章 白骨堂〔1674〕よみ(新仮名遣い)はっこつどう
著者出口王仁三郎
概要
備考
タグ データ凡例 データ最終更新日2018-04-06 15:00:12
あらすじ
主な人物 舞台 口述日1923(大正12)年07月17日(旧06月4日) 口述場所祥雲閣 筆録者加藤明子 校正日 校正場所 初版発行日1926(大正15)年4月14日 愛善世界社版203頁 八幡書店版第11輯 682頁 修補版 校定版213頁 普及版92頁 初版 ページ備考
OBC rm6518
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本文  三千彦は、山野を渉り谷を越え、漸くにして仙聖山阪道に取りかかつた。これは仏者云ふ所謂十宝山一つである。さすがアルピニスト三千彦も、長途旅に疲れ果て、仙聖山頂を眺めて吐息をついて居る。
三千『あゝ漸く此処迄山野を渡り、やつて来たも、何処かで道を取り違へ、仙聖山方へ来て仕舞つたやうだ。どこにも家は無し、声するもは鳥声と獣声ばかりだ。実に淋しい事だわい。三千彦は健脚家だと、玉国別様に褒められたが、かう酷い山阪を当途もなしに跋渉しては、もはや弱音を吹かねばならなくなつて来た。二つコンパスは何だか硬化しさうだ。どこか此処辺でよい雨宿りがあれば息を休め運を天に任して、月名山を跋渉し山頂から見下ろし、エルサレム方向を定めて往く事にせう。それについてもデビス姫、ブラヷーダ姫は繊弱き女足、定めし困難して居るだらう、併し乍らブラヷーダ姫はハルセイ山で泥棒に出逢つた時度胸、実に見上げたもだつた。あれだけ勇気があれば、屹度無事に往くであらう。夫れよりも今は自分体を大切にして、往く所迄往かねばなるまい。どこかよい木蔭があれば休む事にして、まだ日暮に間もあれば一つ登つて見よう』
と独りごちつつ、形ばかり細い道を、右に左に折れ曲りつつ登りゆく。
 日は漸く高山頂にさしかかり、大きな影が襲ふて来る。道傍に一つ白骨堂が立つて居る。三千彦はつと立ち留まり、
三千『ハテ不思議だ。こんな所に白骨堂が立つて居る以上は、此上に人家が立つて居るだらう。先づこひさしを借りて、今宵一夜を過ごさうかなア』
と言ひつつ俄に勇気を鼓して、細い天然石階段を登り白骨堂に近づいた。見れば一人女が細い声を出して何事か祈つて居る。三千彦は訝かりながら足音を忍ばせ、白骨堂密樹蔭に身を潜ませ、女祈りを聞いて居た。

『憐れ憐れ吾命白く荒廃せり
    ○
愁へる異端者胸に
力を悲しく受けて泣く
忍従と犠牲痛ましさ。
    ○
蒼白き中に吾も彼も朽ちて行く
其幻滅果敢なさよ
    ○
恋もなく友もなし
悲しくあえぎて恋も忘れ友も忘れむ
一人行く生命原に
唯横たはる黒き暗闇
父よ母よ オーそして兄弟よ
身失せたまひし吾背為に
すべて滅行くも為に
大空包む天空に健かなれ
    ○
白き生淋し
果敢なく淋し
あはれあはれ亡き人あはれ』

 斯く悲しげに謡ひ終り、徐に懐中より懐剣を取り出し、淋しげにニヤリと笑ひ、顔写るやうな刃口をつくづく打ち眺めながら、
『オー、願はくは吾等を作りたまひし皇神よ。百罪汚れを許し給ひて、吾身魂をスカーワナ(安養浄土)へ導きたまへ』
と云ふより早く、今や一刀を吾喉に突立てむとする。三千彦は吾を忘れて飛び出し、矢庭に腕を叩いて短刀を打ち落した。女は驚いて三千彦顔をつくづく眺め、唇をびりびり慄はせて居る。
三千『これこれお女中、短気を出しちやいけませぬ。何為めに此結構な世中を見捨てようとなさるか、まづまづ気を落着けなさい。吾は三五教宣伝使三千彦と申すも、神御命令を受けてエルサレムに参る途中道踏み迷ひ、此処迄出て来た所幽かに白骨堂が見えるで、一夜宿をからむもと来て見れば貴女有様、これが何うして黙言て見て居られようかとお止め申た次第で厶います。何程辛いと云ふても死ぬには及びますまい。先づ先づお静まりなさいませ』
女『ハイ、有難う厶います。妾は此山奥に住まひして居りまする、小さき村女でスマナーと申します。親兄弟夫には死に別れ、頼る所もなく、又村人若い男等が種々様々事を云つて、若後家貞操を破らせうと致しますから、一層事親兄弟、夫後を追ふて安楽世界へ参らうと存じ、祖先遺骨納めてあるこ白骨堂前で、自刃せむと致した所で厶います。もはや此世に在つても何楽しみもなき妾、悪魔誘惑にかかつて罪を作らうより、夫後を慕ふて極楽参りをせうと覚悟を定めました。どうぞお止め下さいますな』
 三千彦は涙を払ひ声を曇らせて、
三千『貴女お言葉も一応尤もながら、貴女が一人残されたも神界御都合でせう。貴女が自殺すると云ふ事は罪悪中罪悪ですよ。止むを得ずして命が終つたなら天国に往けませうが、吾身勝手に命を捨てたもは天国へは往けませぬ。屹度地獄に往きますから、お考へ直しを願ひます』
スマナー『自殺を致しましたら、どうしても天国へは行けませぬか、はて困つた事で厶いますなア』
三千『貴女は今承はれば、親兄弟、夫に先立たれたと仰有いましたが、それや又どうして左様な事になられたですか。貴女が今自害して果てたなら、親兄弟、夫菩提を弔ふもは誰も厶いますまい。さすれば却て親に対し不孝となり、夫に対して不貞となるでせう』
スマナー『ハイ、御親切によく言つて下さいました。貴方御教訓によつて妾迷ひも醒めました。何分宜しくお願ひ申します。妾家は此小村では厶いますが、夫はバーダラと申し、村たばねをして居りましたもで、家屋敷も可なりに広く、財産も相応に厶いますが、半月程以前に、虎熊山に山砦を作つて居る大泥棒乾児タールと云う奴が、十数人手下を引きつれ夜中に忍び込み、家内中を鏖殺に致し、宝を奪つて帰りました。其時妾は、押入中に布団を被つて都合よく匿れましたで、生き残つたで厶います。其後は村人世話になつて親兄弟死骸を荼毘に附し、此堂に白骨を納めて、相当とひ弔ひを致しましたが、何となく其後は心淋しくなり、又いろいろ若い男が煩さくて、死ぬ気になつたで厶います』
 三千彦は涙を流し乍ら、スマナー背を三つ四つ撫でさすり声も柔しく、
三千『スマナー様、承はれば承はる程同情に堪へませぬ。併し乍ら斯うなつた上は最早悔んでも帰らぬ事、これから一つ気を取り直し、神様にお仕へになつたらどうですか』
スマナー『ハイ有難う厶います。併し乍ら妾村は五六十軒小在所で厶いますが、先祖代々からウラル教を信じて居りますで、俄に貴方お道に入る事は到底出来ますまい。折角お言葉で厶いますが、何程妾が信じましても、三百人村人が承知せなければ駄目で厶いますからなア』
三千『決して決して左様な事に御心配は要りませぬ。何れ教も誠に二つはありませぬ。又神様は元は一柱ですから、ウラル教でも宜しい。貴女が今死ぬる命を永らへて比丘尼となり、祖先を弔ひ、又村人を慰め、こ山間に小天国をお造りになればよろしいでは厶いませぬか』
スマナー『左様ならば、何事も貴方にお任せ致します。どうぞ一度妾淋しき破屋にお越し下さいますまいか』
三千『それは願うてもない仕合せで厶います。知らぬ山道に往き暮れて、宿るべき家もなし、体は疲れ、困つて居つた所で厶いますから、厚面しうは厶いますが、今晩は宿めて頂きませう』
スマナー『早速御承知有難う厶います。左様ならば妾が御案内を致しませう』
と白骨堂階段を下り、再び阪道を四五町下り、右に折れ、樹木茂れる山道を辿つて、奥へ奥へと進み入る。
 夏とは云へど樹木覆へる谷川道を行く事とて、身も慄ふ許り寒さを感じた。
(大正一二・七・一七 旧六・四 於祥雲閣 加藤明子録)
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