文献名1霊界物語 第55巻 真善美愛 午の巻
文献名2第4篇 法念舞詩よみ(新仮名遣い)ほうねんぶし
文献名3第22章 比丘〔1430〕よみ(新仮名遣い)びく
著者出口王仁三郎
概要
備考
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データ凡例
データ最終更新日2024-06-03 17:40:57
あらすじ左守は、万公たち六人の応接をトマスに命じて、いそいそとして刹帝利の居間に伺った。左守は、万公が病気の原因とダイヤ姫の行方を知らせにやってきて、その霊力で刹帝利の病気も快方に向かったことを報告した。そして自分の落とし子モンテスと、刹帝利の落とし子玉手姫が夫婦となって、一緒にやってきていることを告げた。ビクトリヤ王の希望により、王妃ヒルナ姫は、万公一行を刹帝利の居間に迎えた。ビクトリヤ王は、お民となった玉手姫と親子対面し、涙にくれていた。そこへタルマン、ハルナ、エクスがやってきて、四人の修験者がダイヤ姫を送ってきたことを奏上した。ダイヤ姫は、父王の病気平癒のために照国山の清滝に祈願を凝らしに行ったところ、ベルツとシエールに出くわして悩められ、そこにやってきた四人の修験者たちに救われたことを報告した。刹帝利は娘を救ってくれた四人に礼を述べ、しばらく休息するように勧めた。治道居士は、自分は元バラモン軍将軍の鬼春別であると刹帝利に申し出て、他の三人も久米彦、スパール、エミシであることを明かした。そして自分たちが治国別の教導によって改心した物語の一部始終を語って聞かせた。刹帝利をはじめビクトリヤ城の一同はあっとばかりに驚き、しばし言葉も出なかった。刹帝利は二人の娘たちとの巡り合いにうれし涙をうかべ、三五教の大神に感謝の祈願を奏上した。左守も生き別れの息子との嬉しさに、刹帝利に倣った。ハルナはモンテスと兄弟の名乗りを上げ、ダイヤ姫も玉手姫と姉妹の面会を喜んだ。治道、道貫、素道、求道の四人の修験者は、刹帝利の依頼によって玉の宮の守護役になった。頭を丸めて三五教を四方に宣伝し、各地に巡錫して衆生済度に一生を捧げることになった。後世、頭髪を丸め衣を着て宣伝する聖者を比丘と称えることになったのは、ビク国の玉の宮の守護者たちがその始まりである。
主な人物
舞台
口述日1923(大正12)年03月05日(旧01月18日)
口述場所竜宮館
筆録者外山豊二
校正日
校正場所
初版発行日1925(大正14)年3月30日
愛善世界社版281頁
八幡書店版第10輯 136頁
修補版
校定版296頁
普及版122頁
初版
ページ備考
OBC rm5522
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