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文献名1霊界物語 第56巻 真善美愛 未の巻
文献名2第3篇 月照荒野よみ(新仮名遣い)げっしょうこうや
文献名3第11章 惚泥〔1441〕よみ(新仮名遣い)でれどろ
著者出口王仁三郎
概要
備考
タグ データ凡例 データ最終更新日2024-06-21 16:57:59
あらすじ日は暮れて、三人は月の光をたよりにテルモン山へ進んで行く。草丈が短い場所に出て、毒蛇の危険から免れたと思ったが、向こうの松林の中に覆面をした黒装束の男が通っている。求道居士とケリナは、早くもベルが金を奪いにやってきたことを悟った。しかしヘルの言動がだんだんおかしくなり、求道居士が持っているという一万両をなんとか渡してほしいと言いだした。求道居士は、一万両は心の中に持っているので実際は持っていないのだとヘルに説明した。ケリナは、ヘルはベルと八百長芝居をして金を奪おうとしているだけだと看破した。ヘルとベルは自棄になって正体を現し、求道居士に金を要求した。求道は着物を脱いで本当に一文も持っていないことを証明した。ヘルとベルは、こうなったらケリナをものにしようと求道居士に襲い掛かり、殴り倒してしまった。ケリナは二人を争わせておいて、どちらにも身を任せることを拒絶した。ヘルとベルは怒ってケリナの頭に棒を打ち下ろした。ケリナが打ち倒れると、一大火光が天を焦がして降ってきた。ヘルとベルは驚いて、森林の中を逃げて行ってしまった。これは第一霊国から月照彦命が、二人の危難を救うべく下られたのであった。求道とケリナが気が付くと、桃色の薄絹を着した麗しきエンゼルが立っていた。うれし涙にかきくれる二人に月照彦命は、神の大道を誤らず身をもって道のために殉じた志を賞した。月照彦命は、テルモン山に帰るまでにもう一度試みに遭うであろうことを二人に気を付けた。そして、自分の命を惜しむようなことでは世を救うことはできないから、何事も神に任せて救いの道を開くように諭した。二人は、紫の雲に乗って帰らせ給う月照彦命の後ろ姿を伏し拝んだ。二人は感謝の涙に暮れつつ、天の数歌を称えながらテルモン山を指して進んで行く。
主な人物 舞台 口述日1923(大正12)年03月16日(旧01月29日) 口述場所竜宮館 筆録者加藤明子 校正日 校正場所 初版発行日1925(大正14)年5月3日 愛善世界社版156頁 八幡書店版第10輯 204頁 修補版 校定版164頁 普及版76頁 初版 ページ備考
OBC rm5611
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本文  求道居士はヘル、ケリナ姫と共に、テルモン山の小国別が館をさして、草茫々たる原野を進み行く。人通りも少く、一面の原野には身を没する許りの雑草生え茂り、所々に荊蕀の叢点在し、思つたやうに道が捗らない。種々の花は原野一面に咲き匂うて居る、時々足許に蚖蛇現はれ行歩甚だ危険である。
 日はずつぽりと暮れて来た。月は東方の叢の中から覗き初めた。北にはテルモン山の高峰が巍然として控へて居る。夕の風に送られて晩鐘の声いと淋しげに諸行無常と響き来る。白赤斑の鴉は空を封じてテルモン山の方面さしてガアガアと鳴き乍ら帰り路を急いで居る。三人は月の光を便りに進んで行つた。併し乍ら足許に匍匐してゐる蚖蛇の危険を免るる事は到底出来ない。何程月は登りかけても長細き雑草に隔てられ、且つ昼の如くハツキリしない、若し誤つて蚖蛇の尾でも踏まうものなら、忽ち噛みつかれ、即座に命を落さねばならぬ危険がある。求道居士は惟神霊幸倍坐世を唱へ又、天の数歌を奏上し乍ら進んで行く、ヘル及びケリナ姫は未だ神徳足らずとして数歌を唱ふる事を遠慮し、ヘルはバラモンの経を称へ乍ら二人の後に跟いて行く。

 或遇悪羅刹  毒竜諸鬼等
 念彼観音力  時悉不敢害
 若悪獣囲繞  利牙爪可怖
 念彼観音力  疾走無辺方
 蚖蛇及蝮蠍  気毒焔火然
 念彼観音力  尋声自回去
 雲雷鼓掣電  降雹澍大雨
 念彼観音力  応時得消散

と唱へながら進んで行く。幸に経文の力でもあらうか、毒蛇も現はれず稍広き草の短き所へ出た。まだこれからはテルモン山の麓へは我国の里程に換算して二里以上もある。さうして山は一里許り上らねばならぬ。そこが小国別の館であつた。三人はやつと危険区域を脱れ、白楊樹の麓に、折からさし登る月を眺めながら、腰を卸して休息した。此時覆面頭巾の黒装束をした男、ノソリノソリと遥向ふの松林を通るのが見えた。ヘルは目敏く之を見て、
ヘル『もし先生、今彼方へ怪しの影が通りましたが、あれは一体何でせうかな』
求道『ウン、あれは泥坊と見える。何か悪い目的を以て旅人を掠めようとやつて来たのだらうが、先方は一人、此方は三人だから到底駄目だと思うて、道を外れたのであらう。アア可愛さうな男だなア。此世の中に為すべき事業は沢山あるに、どうして泥坊なんかするのか、どうかして助けてやりたいものだが、もはや何処かへ行つて了つた』
ヘル『もし先生、もう泥坊を助けるのはお止めなさい。あのベルだつてあの通りですもの。ゼネラルさまから沢山のお金を頂き、もう是切り泥坊はやらないと云うて置き乍ら、まだ精神が直らないのですから、駄目ですよ』
求道『それでもお前は改心したぢやないか。ベルのやうな男のみはあるまい。あれでも時節が来たならば、きつと改心するだらう』
ヘル『そりやさうです。私も実はゼネラル様からお金を頂き、これつきり泥坊を止めて正業に就かうと思ふて居ましたに、つい悪友の為に折角の決心が鈍り、益々悪事が増長して終には人を殺し、其天罰であの世の関所迄やられて来たやうな悪人が、今漸く改心して貴方のお伴するやうになつたのですから、泥坊だつて改心せないには限つて居りませぬ。併し乍ら今日はケリナさまを送つて行かねばなりませぬから、途中で泥坊に出会つても相手にならないやうにして下さいませや』
求道『ウン、承知した。併し乍らベツタリ出会つた時にや、先方が改心せうと、しまいと、一応の訓戒は与へねばならぬ。魔道に堕ちたる人間を、修験者として見捨る訳には行かぬからなア』
ヘル『それもさうですなア。成る可くそんなものに出会はないやうに、神様に願つて参りませうか』
ケリナ『もしお二人様、あの怪しい影は何うも私はベルのやうに思ひますが、違ひませうかな』
求道『ケリナさまのお察しの通りだ。間違ひはありますまい』
ヘル『エ、あの影がベルぢやと仰有るのですか、そいつは怪しからぬ。吾々が疲労れて野宿でもせうものなら、寝込を考へて先生のお金を取らうと云ふ考へで来よつたのでせう。仕方の無い奴ですなア』
求道『ウン仕方の無い奴だ。何程改心して居ても金の顔を見ると、直に又悪に還るのが小人の常だ。お前は俺の懐に持つて居る一万両の金は欲しい事は無いか』
ヘル『別に……たつて欲しいとは申しませぬ。併し貴方が与らうと仰有れば頂きます。これから修験者になつて世界を歩かうと思へば旅費も要りますからなア』
求道『さうすると矢張りお前も油断のならない男だ。トコトンの改心は中々出来ぬものと見えるのう』
ヘル『人間は如何に神様の御子ぢやと云つても、天国と地獄との間に介在して居る以上は、善許りでは到底世に立つていく事は出来ませぬ。内的生活は如何やうにも出来ませうが、衣食住の為に苦しまねばならぬ肉体は、多少の自愛心も必要で厶いますからなア』
求道『刹帝利や毘舎や、首陀なれば、多少自愛の心も生存中は必要だらうが、最早修験者となると定つた以上は金などは必要はない。神のまにまに野山に伏し、食あれば食を取り、食なければ水を飲み、水も無ければ草でも噛んで行くのが修験者の務めだ。一切の物欲を捨てねば神の使となる事は出来ないからのう』
ヘル『成程、仰せ御尤もで厶います。併し乍ら貴方は修験者の身分であり乍ら、一万両の金を持つて居ると仰有つたぢやありませぬか、どうも仰有る事が矛盾して居るやうに思はれてなりませぬがなア』
求道『ハハハハハ、私は実際は無一物だ。併し乍ら心の中に一万両持つて居るのだ。どうかして是を投げ出したいと思ふて居るが、まだ罪業が充たないと見えて除去する事が出来ないのだ。俺の一万両と云ふのは、我慢、高慢、自慢、忿慢、慢心と云ふ悪竜が一匹残つて居ると云ふ事なのだ。此一万竜を何とかして放り出さなくては、比丘になつても天地へ恥かしくて仕方がないから、宣伝使でもなければ俗人でも無い、半聖半俗の境遇に彷徨ひ、修験者となつて居るのだ。どうぞして御神徳を頂き、宣伝使の候補者にでもなりたいものだが、仲々容易の事ではない、それがために実は困つて居るのだ』
ヘル『私は又本当のお金を一万両懐中に持つて厶るのかと、固く信じて居りました。先生は口でこそ恬淡無欲らしう見せて厶るが、矢張り内心は、マンモニストだと思つて居たに、形の上の宝は些も持つて居られないのですか。それで私の疑団も晴れました。ベルの奴本当に貴方が現金を所持して居ると思ひ、こんな所迄跟いて来たかと思へば可憐さうぢやありませぬか』
ケリナ『ホホホホホ、ヘルも可憐さうぢやありませぬか。貴方だつてベルと八百長喧嘩をして、旨く修験者を誑かし、一万両の金を取らうと思つて来たのでせう。そんな事はチヤンと、私も先生も看破してゐたのですよ。この辺で諜合はし、ボツタクル考へであつたのでせう』
求道『アハハハハ、オイ、ヘル、もう駄目だ。俺達の前にはどんな悪も施すの余地がないぞ。本当に改心するか、どうだ』
ヘル『ヘン馬鹿らしい、素寒貧の文なしに跟いて来たかと思へば業腹だ。オーイ、ベル一寸来い、此奴はあんな事を云やがつて一万両持つてけつかるに違ひない、早う来い、ヤーイ』
と呶鳴り出した。忽ち駆けて来たベルは威猛高になり、
ベル『アハハハハ、今迄はバラモン軍の上官で、カーネル カーネルと尊敬して来たが、もうそんな態になつて零落て来た以上は一個の修験者だ。サア綺麗薩張りと懐の金を渡せばよし、グヅグヅ吐すと肝腎要の命が危ないぞ。サアどうだ、返答聞かう』
求道『ハハハハハ、分らん奴だなア、俺の体を何処なりと調べて見よ、一文も持つて居やしないわ』
ベル『そんなら早く裸体になつて見せろ』
 求道はムクムクと真裸体になり、薄い着物をはたき乍ら、二人の前に放り出した。
ヘル『ハハア、矢張り駄目だな。併し乍らこのナイスをどうしても自分の物にせなくては嘘だ。それについては此修験者が居ると何彼の邪魔になる。サア序にバラさうぢやないか』
 求道は頻りに天の数歌を奏上し始めた。ヘル、ベルの両人は些しも頓着せず、ベルの持つて来た二本の棒千切を持つて双方より打つてかかる。ケリナは白楊樹に抱きついて慄うて居る。求道居士は真裸体のまま一生懸命防ぎ戦うた。されど一本の木切も持つて居ない真裸体の求道は、二人の為に打ちのめされ其場に絶命となつて了つた。両人は冷やかに笑ひ乍ら、
『アハハハハ、どうやらこれで俺達にもハツピネスが見舞うて来たらしい。サア是からがナイスの番だ。何と云つても斯うなれば此方の自由だ。オイ、ケリナとやら、俺達二人の意志に従ふかどうだ』
ケリナ『肝腎の修験者迄が、此通りなられたので厶いますから、女の細腕で抵抗して見た所で仕様が厶いませぬ。御意見に従ひませう、併しラマ教のやうに多夫一妻主義はどうも面白う厶いませぬ。何方かお一人に願ひ度いもので厶いますなア』
ベル『成程お前の云ふのも尤もだ。まだお前はバージン姿だから到底誰が好だの嫌ひだのと云ふ事はよう云ふまいから、一つ茲で俺達二人が抽籤をやつて、一の出た方がお前を女房にすると云ふ事に定めようかなア』
ケリナ『物品か何かのやうに抽籤とは余りぢや厶いませぬか、どうか私に選まして頂く訳には行きますまいかなア』
ベル『ウン、それも一方法だ。善悪美醜をトランセンドして、お前の本守護神の得心した方に向いたが好からう。スタイルは醜うても心の綺麗な男らしい男もあり、何程スタイルは好くても、心の汚い卑劣の男もあるからなア、そこはそれ選択を誤らない様にしたがよろしからうぞ』
ケリナ『そりやさうで厶いますな。何と云つても男らしい男で、何処ともなしに同情心のある柔し味のある方が好きですわ、人を叩き殺して埋けてもやらないやうな方は絶対に嫌ひです』
ベル『成程俺も最前からヘルの棒が当つて死んだ修験者に同情の涙を濺いで、どうか死骸でも隠して上げ度いと思うて居た所だ。余り妻の選択に就いて気を取られて居つたものだからウツかりして居た。是もお前を愛する心が深いのだから、決して悪くは思うて下さるな』
ケリナ『女の美貌に現を抜かして仮令ヘルが殺したにもせよ、死屍の横たはつて居るのを見て隠してやらうともせぬ男は嫌ひですわ、お前の棒が当つて死ななくても同じ事ですよ。矢張り二人して殺すといふ考へだつたのでせう。同じ悪人に身を任す程なら、スタイルの美しいヘルさまに身を任しますわ』
ヘル『エヘヘヘヘ、オイ、ベルどうだ、恋の凱旋将軍様だ。畏れ入つたか』
ベル『ヘン馬鹿にするない、「色は年増が艮め刺す」と云つて最後の勝利は俺の手に握つて居るのだ』
ヘル『馬鹿云へ、御本人が承諾しない恋が何になるか、お生憎様だ、イ
ケリナ『ホホホホホ、揃ひも揃ふたデレ泥だ事、誰がお前のやうな馬鹿者に身を任すものがありますか、よい加減に自惚をして置きなさい』
ベル『オイ、何程美人だと云つてもこれだけ侮辱せられては、女房にする訳にも馬鹿らしくて出来ぬぢやないか、序に此奴も一緒にバラしてやらうかい』
ヘル『ウンさうだ。かう愛想尽かしを云はれては仕やうがない。女は世界に幾人でもある。此女を生かして置いては修験者を殺したのは俺達だと云つて貰うと、些許り剣呑だから、やつつけて仕舞はうよ』
 ベルは、
『よし合点だ』
と矢庭に棒千切をもつて打つてかかる。ケリナは白楊樹を盾に取つて身を脱れようとする。ヘルは又もや棒千切をもつて脳天目蒐けて打ち卸した。憐やケリナはキヤツと悲鳴を上げ其場に打ち倒れた。此の時天を焦して下り来る一大火光があつた、二人は驚いて雲を霞と森林の中を逃げて行く。火団は忽ち二人の倒れて居る前に降下した。是は第一霊国より月照彦命が、二人の危難を救ふべく神の命を帯びて下られたのである。二人は漸く火団の落下した音に気が付き、四辺を見れば、桃色の薄絹を着した麗しきエンゼルが立つて居る。求道居士は拍手再拝して救命の恩を感謝した。ケリナも亦エンゼルを拝み一言も発せず、嬉し涙にかき暮れて居る。エンゼルは言葉静に両人に向ひ、
エンゼル『汝等両人、神の大道を誤らず、身をもつて道の為に殉じたる其志は見上げたものだ。其方の志に免じ、霊国より汝等を救ふべく下つて来た。吾は月照彦神なり。随分気をつけてテルモン山に帰つたがよからう。それ迄に、も一度試みに遇ふ事があるだらう。屹度自分の命を惜むやうな事では世を救ふ事は出来ないから、何事も神に任して救ひの道を拓いたらよからう。さらば』
と一言を残し、紫の雲に乗つて東の空を指して帰らせたまふた。二人は後姿を伏拝み、感謝の涙に暮れつつ、天の数歌を称へながらテルモン山を指して帰り行く。
 赤心を貫き通す桑の弓
  届かざらめや神の御国へ。

(大正一二・三・一六 旧一・二九 於竜宮館 加藤明子録)
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