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文献名1霊界物語 第58巻 真善美愛 酉の巻
文献名2第3篇 千波万波よみ(新仮名遣い)せんぱばんぱ
文献名3第15章 哀別〔1490〕よみ(新仮名遣い)あいべつ
著者出口王仁三郎
概要
備考
タグ データ凡例 データ最終更新日----
あらすじ玉国別一行は初稚丸を猩々島の磯辺に付けた。見れば、大なる猩々が人間とも猿ともわからぬ子を抱いている。その傍には髯をむしゃむしゃと生やした人間が立っている。伊太彦の呼びかけに、バーチルは答えて身の上を話しだした。猩々たちは人間たちがたくさんやってきたので遠巻きにして様子をうかがっている。玉国別はバーチルとの間に子をなした猩々を憐れに思い、一緒に船に乗せて帰ることはできないかと聞いた。バーチルは、この猩々の女王は自分の群れを島のさまざまな危険から守っているため、仲間を捨てて人間と共に島を出ることはないだろうと答えた。ともあれ、バーチルを故郷に帰すことになった。バラモン組のヤッコス、サボール、ハールの三人が猩々の子供らを追いかけて遊んでいる間に、初稚丸はバーチルを乗せて島を離れた。猩々の女王はバーチルが去っていくのを見て悲鳴を上げ、子供を示してバーチルの帰還を促したが、バーチルが帰ってこないのを悟ると、子供を絞め殺して自分も藤蔓に重い石をくくりつけて入水してしまった。この惨状を船上から見て、玉国別の一行は悲嘆にくれた。ヤッコス、サボール、ハールの三人は自分たちが置いて行かれたことに気が付いて磯端で地団太を踏んで叫んでいる。メートとダルの二人は、悪事を企んだ報いだと三人を嘲笑した。初稚丸は西南指して進んで行く。船上の一行は、猩々島での一件を述懐の歌にそれぞれ歌いこんだ。船は潮流に乗って進んでいたが、イールは船が魔の海の潮流に流れ込み、方向転換ができないことを告げた。バーチルの故郷・スマの港には遠回りになるが、それほど危険はないことを宣伝使たちに報告した。
主な人物 舞台 口述日1923(大正12)年03月29日(旧02月13日) 口述場所皆生温泉 浜屋 筆録者加藤明子 校正日 校正場所 初版発行日1925(大正14)年6月15日 愛善世界社版178頁 八幡書店版第10輯 434頁 修補版 校定版190頁 普及版71頁 初版 ページ備考
OBC rm5815
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本文  玉国別の一行は初稚丸を猩々島の磯辺につけ、よくよく見れば、勝れて大なる猩々が、人間とも猿とも知れぬ子を抱いて居る。傍に髯むしやむしやと生えた、人間か猿か分らぬ人間が一人立つて居る。伊太彦は其男に向つて、
伊太『オイ其処に立つて居るのは人間か、人間ならものを云つて呉れ』
 バーチルは三年振りで人間の顔を見、人間の声を聞いて、懐しさ嬉しさに、涙をハラハラと流した。そして、
バーチル『ハイ私は人間です。どうか助けて下さい、三年以前に此島に漂着し、此の通り猩々の群と一緒に淋しい生活を送つて居りました』
伊太『ヤア、そいつは奇妙な話だ、深い様子があるだらう。兎も角、とつくりと聞かして貰はう。もし先生、こいつは一つ上陸して見ませう。ひよつとしたら宝石の島かも知れませぬぞや』
玉国『ウン、兎も角上陸して、様子を探つて見よう。サア皆さま一同上陸しなさい』
と云ひ乍ら、ポイと飛んで磯辺に降つた。続いて一同は船頭を残したまま、皆好奇心にかられて上つて来た。猩々は沢山の凛々しい男がやつて来たので、稍怯気を生じ、猩々の王は児を抱いて七八間も後に退き、首を傾げて様子を考へて居る。沢山の小猿は一緒に集まつてキャキャ云ひ乍ら瞬きもせず、瞠めて居る。
玉国『アア、お前さまはどこの人ですか。どうしてまアこんな離れ島に猩々なんかと同棲して居たのです。一通り話して見て下さい。私は三五教の宣伝使、人を助けるのが役です。決して御案じなさるやうな人間ぢや厶いませぬ。安心してお話を願ひます』
バーチル『ハイ、有難う厶います。私はイヅミの国、スマの里の首陀で、バーチルと申す百姓で厶いますが、大変漁が好きな所より、荒れ模様の海を犯して僕と共に三年以前に湖中遠く漁をやつて居りますと、俄に暴風に遇ひ船体は浪にのまれ、私はお蔭で此島につき、猩々の王に助けられ今日迄命を保つて参りました。嘸国元には女房が心配して居る事で厶いませう。何卒お助けをお願ひ致します』
玉国『成程それは御難儀でしたらう。もう斯うなる上は御心配なさるな。此船に貴方を救ふて帰りませう』
バーチル『ハイ、何分宜敷くお願ひ申ます。三年以来此島で猩々に助けられ食物に不自由は致しませぬが、何を云ふても相手が畜生の事、言葉が通じないので困りました』
 かく話す折、猩々の王は赤ン坊を抱いて其場に現はれ来り、児を指しては分らぬ事をキャキャと叫んで居る。伊太彦はつくづくと其子を見て、
伊太『アア此児は人間と猿との混血児ぢやな。ハハア妙な事があるものだ。若しバーチルさま、こりやお前さまと猩々さまとの中に出来た鎹ぢやなからうなア』
バーチル『ハイ、実にお恥かしい事で厶いますが、あの猩々の王と夫婦になつたお蔭で、今日迄命が保てたので厶います。因果の種が宿つてあのやうな児が出来ました。実に困つたもので厶います。畜生の腹に出来たとは云ひ乍ら私も実に未練が残ります。併しあんなものを連れて帰る訳にも参りませず、又猩々の女房を連れて帰る訳にも参りませぬ。実に畜生と云ひながら親切なもので厶います。国へ帰りたいは山々で厶いますが、斯う云へばお笑ひなさるか知れませぬが、実にあの猩々が可愛さうです』
玉国『実にお察し申します。こりや可愛さうな事だ。バーチルさまを連れて帰れば家の奥さまはお喜びなさるだらうが、第二夫人の猩々姫の心が察せらるる。何とかして連れて帰る訳には参りますまいかな』
バーチル『ハイ有難う厶いますが、併し猩々は決して此島を離れは致しませぬ。あれだけ沢山の猩々が、時々現はれる大蛇にも呑まれず、ああして居るのはあの王があるからで厶います。あの猩々を連れて帰れば眷族を見殺にせねばなりませぬ。又猩々は自分の眷族を見殺にして吾々に跟いては参りますまい、実に情深い動物ですから』
伊太『三年も畜生とは云ひ乍ら夫婦となつて暮して居たとすれば、さうも未練が残るものかな。アアてもさても人間の心理状態と云ふものは分らぬものだなア』
玉国『人間であらうが獣であらうが、決して愛情に変りはない。況て人間と云ふ奴は少しく気に喰はねば女房を放り出したり、夫を捨てたりするものだが、畜生は其点になれば偉いものだ。空飛ぶ鳥さへも一方が人に取られるとか、又は死んで仕舞ふとかすれば、仮にも二度目の雄を持つたり、雌を持つたりしないものだ。これを思へば、人間は鳥獣に劣つて居るやうだ』
伊太『成程感心なものですな。これ三千彦さま、お前さまも今の先生のお話を腹に入れて、決してデビス姫を出したりしてはなりませぬぞや。又仮令奥さまが亡くなつても、二度目の奥さまは持たないやうになさいませ。奥さまも奥さまですよ、どんな事があつても決して二度目の夫を持つたり、臀をふつてはなりませぬぞや』
三千『ハハハ。何から何迄有難う厶います。決して仰に背くやうな事は致しませぬから、御安心下さいませ』
伊太『本当だよ、決して伊太彦の話を軽く聞いてはなりませぬぞや。いやもう、今の話で実に涙が零れました』
玉国『どうも、何時迄悔んで居た所で仕方がない、兎も角バーチルさま此船にお乗りなさい。一先づ帰つて奥さまに安心させたが宜しからう』
バーチル『ハイ、有難う厶います。何卒宜しく願ひます』
 子猿はキャッキャッと云ひ乍ら、追々と近よつて来る。バラモン組のヤッコス、ハール、サボールの三人は小猿の群を面白がつて追つかけ乍ら、荒れ廻つて居る。其間に船は三人を残して、磯辺を七八間許り離れた。猩々の王は悲鳴を上げて磯辺に佇み、赤ン坊をつき出し、バーチルの顔を眺めて涙をハラハラと流し、口には云はねど、『此子は貴方、可愛う厶いませぬか。妻を見捨てて帰るとは惨酷では厶いませぬか』との表情を示し、地団駄踏んで居る。時々小猿を股から引き裂く様を見せて脅喝を試みた。併し一同心を鬼にして、止むを得ぬ今日の場合と船を漕ぎ初めた。猩々王は、見る見る自分の子の喉を締めて殺し、自分は藤蔓に重い石を縛りつけ、ドンブと許り海中に身を投じて仕舞つた。
 此惨状を見て、玉国別の一行は悲歎の涙に暮れた。ヤッコス、ハール、サボールの三人は船が出たのを見て驚き磯辺に慌ただしく駆け来り、
三人『オーイ オーイ待つた待つた、俺達三人此処に残つて居るぢやないか。其船返せ』
と地団駄踏んで叫んで居る。メート、ダルの二人は、舷頭に立ち妙な恰好して腮をしやくり、幾度となく拳骨で空を打ち乍ら、
『イ、ウフフフ。オーイ三人の悪人奴、貴様はキヨの港で俺達一同を捕縛する計略をやつて居るやうだが、そんな事はちやんと三五教の宣伝使も御存じだ。夫だから貴様等三人を此処に置き去りにしてお帰り遊ばすのだ。まア猿島の王となり、猿と夫婦となり子孫繁栄の道を講じたらよからう。アバヨ、お気の毒様、御悠りと、左様なら』
と所有嘲笑をなし、三人が磯辺に立つて居るのに素知らぬ顔をしながら、折から吹き来る、微風に帆を上げて西南の方さして辷り行く。
 船頭は櫓をゆるやかに操り乍ら涼しい声で歌ひ出した。
船頭『ヤンサモンサで沖を漕ぐ船は
 女郎が招けば何んと磯による、
 ヤンサ、女郎が招くとも
 磯にども寄るな
 ナント女郎は化物昼狐
 ヤンサヨー
 泥坊の泥坊の三人連が
 声を涸らして招くとも
 ヤンサー、磯には寄るな
 彼奴ア盗人昼狐
 キヨの港についたなら
 ヤンサー、エンサー
 ヤンヤーノヤー
 目付の奴等と諜し合ひ
 数百の手下を引き率れて
 ヤンサー コレワイサー
 玉国別の宣伝使
 其外一同の生神を
 一網打尽にして呉りよと
 手具脛引いて待つて居る
 其手に乗つて耐らうか
 ヤンサ、エーンサーノ
 エンヤラヤー
 猩々の島にと蟄居して
 猩々姫をば嫁に取り
 結構毛だらけ子を生んで
 キヤツキヤツと泣いて暮しやんせ
 これが此世の懲戒か
 ほんにお前は偉い奴
 猩々の島の王となり
 治外法権の生涯を
 送らしやんせよいつ迄も
 これもお前さまの身の錆だ
 折角命助けられ
 ヤンサ、エンサ
 エンヤラサー
 心の底に悪企み
 それを悟つた宣伝使
 俺等もすつかり知つて居る
 ほんに貴様は気の毒ぢや
 月は照る照る涼風は吹く
 浪も静にさやさやと
 面白おかしく潔く
 キヨの港にや着かないで
 イヅミの国のスマの浦
 バラモン教の目付等が
 鼻をあかして
 吃驚さしてやらう
 エンサ、エンサノ
 エンヤラヤー』
と手をふり足をふり三人を嘲弄し乍ら、追々島に遠ざかり行く。

バーチル『久方の天津御空の救ひ神
  天降ましたる今日ぞ嬉しき。

 さりながら三年の間吾妻と
  慈たる姫こそ哀れ。

 猩々の姫に宿りし吾胤を
  見殺にする心苦しさ。

 妻となり夫となるも前の世の
  深き縁と白浪の上。

 白浪の上漕ぎ渡る此船は
  百の哀れを乗せて走れる。

 訪ふ人もなき荒島に残されし
  三人男の心しのばゆ。

 村肝の心の鬼にせめられて
  かく浅ましき身とぞなりしか』

真純彦『大空も水の底ひもすみ渡る
  さはさり乍ら心悲しき。

 猩々の憐な最後を見るにつけ
  耐へ兼ねたる吾涙かな』

メート『三人の悪漢どもを島におき
  帰りて行かむ吾ぞ嬉しき。

 ヤッコスは嘸今頃は磯辺に
  吾船眺め泣きくづれ居む』

ダル『何事も心の罪の播きし種
  猩々の島に生えしなるらむ。

 少々の過ちなれば兎も角も
  空怖ろしき曲神の罪』

三千彦『悲しさは涙の壺に三千彦の
  汲むすべもなき今日の哀れさ』

デビス姫『三柱の醜の司も皇神の
  厚き守りに安く住むらむ』

玉国別『スマの浦浪打ち際につきし上は
  態人をもて向ひ助けむ』

と各述懐を述べ乍ら、潮流に乗つて湖上を右に左に辷り行く。遙か前方に当つて霞のやうに浮びたる小さき島影が目についた。イールは目敏く之を見て、
イール『ああ仕舞つた、たうとう魔の海に船が流れ込みました。あれへ廻れば三四十里の廻り道で厶いますが、この湖はもうあの潮流に乗つたが最後、方向を転ずる事が出来ませぬ。併し乍ら暗礁のない限り滅多に危険な事は厶いませぬ。皆さま御安心下さいませ。スマの港に着かうと思へば余程の廻りですが、これも成り行だと諦めて下さい』
玉国『何かの神様の御都合だらう。浪のまにまに任して、充分気をつけてやつて呉れ。又大変な獲物があるかも知れないから』
イール『ハイ、有難う、それで私も安心致しました』
と鉢巻をしながら、八人の水夫を指揮し、一生懸命、真裸体となつて漕ぎ初めた。船は蜒々として浪のまにまに漂ひ行く。
(大正一二・三・二九 旧二・一三 於皆生温泉浜屋 加藤明子録)
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